茂みに隠れたまま、エルハは周囲の会話と戦闘音に耳を澄ます。
エルハは、ゲーム開始直後から、ずっとこのフレスベルグ出現場所の茂みに隠れていて、戦闘も移動もしていない。何人か人が通る気配は感じていたが、彼女に気づく者はおらず、結局こんな時間まで生き残ってしまったのだ。
エルハは元々好戦的な方ではない。戦闘経験はそれなりにあるし、高難度のエリアボスに挑戦したこともあるが、それはあくまで、他のプレイヤーとの交流手段の1つだった。
ガツガツ戦闘して強くなるよりは、色んな人と遊んで、フレンドの輪を広げたい。そうやって、人と人の繋がりを大事にするのが、エルハの信念だった。
緊張で冷たくなる手をすり合わせながら、エルハは茂みの外をそっと伺う。
4人のマスターが、乱戦状態に陥っていた。目にも止まらぬ速さで繰り広げられる戦闘に、エルハは圧倒されてしまう。
【iLL*】【EDEN】【フレアージュ】【franchement】、どこも色んな場所で名前を見聞きする、有名ボンドだ。割り込む隙も勇気も見いだせないエルハは、冷たく震える手でサントプリエΩを握り直し、ソワソワと身じろぎをした。
ここにずっと隠れていても、ゲームは終わらない。いつかは誰かと戦わなければならないのだ。エルハは勝ち負けにはこだわらないが、ここで何もしないままでいるほど、臆病でもなかった。それに、みんながやったことを、自分だけしないというのは、卑怯だと感じる。
「(やるしかない。)」
覚悟を決めて顔をあげた直後
「そろそろいいかなって思って!」
と、ぽちが明るく言うのが聞こえ、エルハは驚愕に目を見開く。協力しているように見えたぽちとソラだったが、それも終わりを迎えようとしていた。
エルハは杖を構え、詠唱に入る。それはほとんど本能的なもので、なんの策略も、謀略もない。
ぽちのアーダーストームに合わせて、エルハはソラにプシュケーをキャストした。
柔らかな光のベールがソラを包み込むと、そのHPがみるみる回復していく。
「ちっ!」
エルハの存在に遅れて気づいたぽちは、作戦が丸々潰されたことに苛立ちながら、杖の切っ先をエルハに向け、フラッシュを放つ。
「きゃぁっ!」
放電の痛みに、エルハは悲鳴をあげた。
ぽちがさらに追撃を加えようとしたところに、ソラが割り込んで、剣を振り下ろす。グレイヴ・ソリッシュ。神聖騎士最強の攻撃スキルのそれは、4連撃でぽちのHPをあっという間に削り取った。
「運がないなぁ……。」
そう呟きながら倒れゆくぽちは、最後の力でウィンドチャリオットを放つ。風の歯車は目の前のソラの横を通り過ぎると、フラッシュの痛みに膝をついていたエルハに直撃する。
「エルハさん!」
「エルハさんばっかり構ってて、大丈夫?」
ぽちは、ソラにそう意味深な言葉を残すと、教会に送られていった。
ソラは振り返り、エルハに手を伸ばす。その瞬間、激しい水流が2人を襲った。12星導士専用のスキル・アクエリアス。
ぽちの攻撃で、エレノアは先に教会へ行ってしまったようだが、LUNA*はHPを僅かに残し、なんとか立っていた。
「ソラさん!」
水流に揉まれながらも、エルハは必死に杖を構えて回復しようとするが、力が入らず、立ち上がることすらできない。LUNA*の疾走のピアスの効果で、1回、2回と続くダメージに、エルハは耐えられず、ソラの安否確認もできぬまま、教会へと送られた。
「別にね、勝ちたいわけじゃないの。」
満身創痍でボロボロのLUNA*が呟く。
「強いて言うなら、みんなでお酒を飲んで楽しく騒ぎたい。」
【iLL*】のメンバーは、とにかくお祭り騒ぎが好きだ。みんなで集まって騒げれば、それは戦闘でなくてもいい。ただ集まって深夜までしゃべり倒して、みんな仲良く寝落ちする。そんな日だって十分楽しい。
でも、戦って勝って騒ぐのは、また格別だ。
戦いながらあーだこーだ言い合って、考えて、協力して、最後勝った時は最高の気分になる。そして、その後に飲むお酒は、どんなに安い酒でも特別美味しく感じるのだ。
LUNA*が望むのは、そんな勝利の美酒。
「美味しいお酒を飲むには、勝たないとね!」
LUNA*は杖を構え、詠唱に入る。
「くっそ……。」
ソラは痛む身体にムチを入れ、なんとか立ち上がると、LUNA*の方に走り出す。足に力が入らず、フラフラ左右にふらつきながらなのでスピードはあげられない。詠唱終わりに間に合うか間に合わないか、微妙なところだ。
それでも諦めきれない思いがある。正直、ソラはこんな所まで生き残れるとは思ってなかった。むしろ、1番最初にやられていてもおかしくなかったのに、色々な人に助けられ、様々な幸運が重なって、ここまでこれたのだ。
諦めたら、ここまで駆け上がるのに犠牲にしてきてしまった人達に、顔向けできない。最後まで走りきって、そして勝ちたかった。
ソラは地面を蹴って飛び上がると、LUNA*の脳天目掛けて、リバーサルレイドを放つ。
それとほぼ同時に、LUNA*はサンをキャストし、灼熱の炎があたりを包む。
それが、このバトルロイヤル決着の瞬間だった。
神へ続く道の公国側入口に用意された待機場では、既にどんちゃん騒ぎの飲み会が始まっていた。
ゲームが終わったマスターたちを労うために用意されていた酒や食べ物は、観戦していた各ボンドのメンバーたちが勝手に開けて飲み食いし、当のマスターたちが連邦の教会から戻ってきた頃には、既にみんなできあがっている状態だった。
「男なら、ここはぐぐっと1杯いくとこっすよ!!」
【シルフィード】のメンバー・レッコは、【Fran】のマスター・海斗に、巨大な盃を勧め、無理やり酒を飲ませているし、【フランボワズ】メンバー・ルイは運営委員だったにも関わらず、焼き鳥を口に突っ込みながら、知り合いを探し練り歩き、絶えずおしゃべりをしていた。
「表彰式があるので、マスターのみなさんは1度集まってくださーい!」
ちゃんと仕事をしている運営委員【天の川の星空】のメンバー・ちゃこがそう呼びかけるが、返事をする者はいない。
「うぅぅぅ……。やっぱりぃ……私じゃぁ……全然勝てなかったよぉ……。」
【いちご組】マスター・いちごは、序盤でやられてしまった自分の不甲斐なさを泣きながら訴え、メンバーから慰められているし、【フレアージュ】のメンバー・ノイズは
「俺の酒が飲めないの?」
と、マスターであるソラに絡んで表彰式への参加を妨害していた。
「カオス……。」
運営委員である【✿梅花月✿】マスター・イスナが呟く。
どこもかしこもどんちゃん騒ぎで、収拾つかない。
「ママおねでとー!!」
「めいちゃんありがとう!」
LUNA*は、すでに酔って呂律が回らなくなっているメイサを抱き寄せると、心ゆくまでよしよしと撫で回す。
ボンマスバトルロイヤルの勝者は、LUNA*だった。
最後の最後、ソラの切っ先がLUNA*に届く前に、LUNA*の炎がソラを焼き尽くしたのだ。
「閉会式しますよー!」
今回のゲームの運営委員長である【XILLIA】のメンバー・シャオが丁寧に呼びかけるが、誰も聞く耳を持たない。
「とりあえず優勝したLUNA*さんだけでも!表彰を!!」
そう言って、シャオはLUNA*の元に向かう。
既にほろ酔いで幸せ気分のLUNA*は、賞金と賞状を受け取ると
「やったー!!私がいっちばーーーん!!」
とジャンプして喜び、【iLL*】のメンバー・みとに抱きつく。みとは待ちくたびれて、ゲームが終わる前に寝落ちしていたが、お構い無しだった。
「おめでとう!!」
「お疲れ様!」
「おめでとうございます!」
「楽しかったでーす。」
「またやりましょー。」
様々な方向から、お祝いの言葉や、労いの言葉が飛ぶ。
やはり、勝った時のお酒は特別美味しいし、楽しい。みんなの楽しそうな笑顔が見れて、LUNA*は幸せだった。
「あと少しだったね。」
【フレアージュ】のメンバー・フレアが、ソラにそう声をかけて、優しくその髪を撫でた。
「ん?いーや、俺はたまたま運が良かっただけさ。全然少しじゃないよ。」
フレアの手のひらの温かさを感じながら、ソラが苦笑いする。
「そうじゃ!おめぇは運が良かっただけ!相対的にワイは運が悪かっただけじゃああ!!」
どこからともなく急に現れたパーンが、ソラに絡みつくように言う。
「まぁ、運も実力のうちってことで。」
冷静に割り込んできたぽちに
「じゃかましいわぁああ!この卑怯者がぁ!」
と、パーンが持っていた一升瓶で殴りかかったが、【君の物語】の複数のメンバーがすかさず火スキルを放ち、パーンを燃やし尽くす。
「アイヤアアアアアア!!」
と断末魔の叫びをあげ、黒焦げになったパーンを見て、ソラもぽちも肩を竦める。
「よく訓練されたボンメンだよ。」
ぽちの冷静な感想に、ソラはため息を返すのだった。
はるばーは空を仰ぐ様にグラスを傾け、その中身を飲み干す。そうやって何度も一気飲みをし、グラスに入った飲み物が、酒なのか水なのか、既にわからなくなっていた。
「飲み過ぎじゃない?」
近くで【フランボワズ】のメンバーたちと共に休んでいたルフナが声をかける。
「だいじょぶです。」
呂律が怪しいはるばーに、一緒に飲んでいた飛沫は苦笑いを返した。
「ま、飲みたくなる時もあるよね。大人になればなるほど、そんな日ばっかりだよ。」
飛沫はそう言って、どんちゃん騒ぎに混ざって笑っている【戮力協心】のメンバーたちを見て、嬉しそうに目を細める。
「寒い。」
ルフナが眠そうな声でそう漏らすと、ルフナと同じ鳥の姿をした【フランボワズ】メンバーたちが、わらわらと彼女に群がり、暖を取る。
「優しいボンメンだね。」
「でしょ?」
得意げに言うルフナに、飛沫は肩を竦めた。
「なんだか、フラボワのみなさんをみてると、ねむく……なって……。」
はるばーはそう言い残すと、ゴロンとその場に崩れ落ちる様に突っ伏してしまう。相当酔っているようだった。
「寝た?」
「吐くかな?」
「いや、マスターはきっと吐かない。」
「謎の確信。」
と、【マルちーZoo】のメンバー次々現れ、心配そうにはるばーを覗き込む。
「大丈夫かな?」
ルフナがウトウトしながら言う。
「まぁ、酔いつぶれたい時もあるでしょ。」
飛沫も今はそんな気分だった。
グラスの中に映る自分の顔を打ち消すように、飛沫は目を瞑り、その中身を一気に飲み干した。
「案外いけるな。」
クローバーはエレノアから受け取ったオゾーニをはふはふしながら口に放り込む。
「でしょう?」
どこかご機嫌なエレノアは、笑顔でその様子を見守っていた。
延々と勧められるオシルコ&オゾーニ攻撃に耐えられなくなったクローバーは、とうとう折れて、それを受け取り、口にする。
「エレノアさんは、食べないの?」
「私は食べてる人を見るのが好きなんです。」
「特殊な性癖ですね。」
クローバーの失礼な発言に、エレノアは声を上げて笑った。
「食べてる人というのは、少し語弊がありましたね。私は楽しそうにしている人を見るのが好きなんですよ。」
そう言って、エレノアは談笑する【EDEN】のメンバーたちに目をやる。
「最初は、トレードミスだったんです。それで、なんとなくオシルコを渡したら、すごく面白がってくれて。」
そうやって、ボンド内での鉄板の流れというものは、独自に出来上がっていく。
【シルフィード】でも、メンバー・テイルに対しての骨投げと、顔面パンチは既に様式美になっていた。
「安心しますよね。いつもの空気、【EDEN】の雰囲気。そういう目に見えないものを、守って行けたらなーって。」
【EDEN】のメンバーは、みんな長くそこに留まり続けている。それだけ、ボンドの居心地がいいのだ。
「オシルコ食べます?」
そうチャーミングに微笑むエレノアにほだされて、クローバーは
「いただきます。」
と、返事をしてしまう。
目に見えないものほど、もろく儚い。それを守るということは、とても難しいことなのだ。このオシルコとオゾーニには、エレノアの思いが詰まっていた。
「(エレノアさんはやっぱり強いなー。私も頑張らないと。)」
少し痛み出したお腹を心配しながら、クローバーはぼんやりそう思うのだった。
「まずは滝に打たれましょう!」
そう言って、駆け出そうとする葵に
「いや!滝に打たれても強くはなれないと思います!」
と、キラが止めに入る。
「いいじゃん!打たれてきなよ!」
そう野次を入れるのは、運営委員の仕事が終わってリラックスしているあつだ。
「他人事だと思って。」
キラはプクッと頬を膨らませ、あつを睨みつけたが、効果はあまりない。あつはどこ吹く風で「あはは」と笑い声を漏らしていた。
そこにエルハが
「風邪引いちゃいうよ!」
と、割り込む。
「エルパは最後の戦い見たんでしょ?!どうだった?」
「どうと言われても……。」
葵に詰め寄られたエルハは、困ったように眉を下げる。
「正直、あんまり覚えてない……。」
目まぐるしく変わる戦況、次から次に起こるハプニング、大盤振る舞いで繰り出される大技。全てが数分の間に起こった一瞬の出来事で、脳の処理が全然追いつかなかったのだ。
「えー!じゃぁさ、すごかった?強かった?」
はしゃぐように言う葵にタジタジになりながら
「う、うん……すごかったし……強かった。」
とエルハが返す。
「そっかぁ!」
納得したように目を輝かせる葵に
「その返しでいいんですね……。」
と、キラが笑みを漏らす。
改めて、最後の戦闘を思い返しながら、エルハはため息をついた。あの時、自分は自分にできることを精一杯やったはずだ。でも、心はなぜかモヤモヤしていて、一向に晴れない。
「私で良かったのかな……。」
自分があの場に相応しかったのか、もっと他の人が居るべきではなかったのか。そんな思いが頭から離れない。
ぼーっと考え事をしているエルハに、突然葵が掴みかかる。
「ふぁ!?」
「これは!!滝に打たれるべき!」
「なんで!?」
「なんでも!!」
悲鳴を上げるエルハを担いで川へと走り出す葵、それを慌てて追いかけるキラ。
「いけー!」
「頑張れ!」
葵に連れ去られるエルハを見た【morning*】のメンバーたちが次々に野次を飛ばす。
エルハ以外の人があの場に居たら、きっともっと違う展開であったかもしれない。でも、エルハだったからこそのストーリーがそこにはあった。
それを知る葵や【morning*】のメンバーたちは、その頑張りの賞賛として、エルハを川に突き落とすのだった。
「スクショ撮りますよー!!並んでください!!」
シャオの呼び掛けに、スクショ勢が我先に陣取り、お気に入りの装備に着替え始める。
「ちょっ!優勝者のLUNA*さん真ん中でお願いします!」
「私はいいので、皆さんでどうぞ!」
「私もいいやー。」
「今酒飲むのに忙しいんで。」
「マスター寝ちゃってマース。」
最初に声を上げたLUNA*に続き、参加者だったマスターたちが次々と辞退を申し出る。そんな状況にシャオは苦い顔を返した。
「あーもー!とりあえず撮るんで!!もう写りたい人だけ入ってください!」
やけっぱちになったシャオはそう叫ぶと、カメラを構えた。
「撮りますよ!再エモお願いします!」
ちゃこの呼びかけに、各々好きなエモーションをして、ポーズを取る。
「はい、ポーズ!!」
ゲームに参加したマスターが、ほとんど写ってない。謎の集合写真が出来上がった。
こうして、ボンマスバトルロイヤルは、大団円で幕を閉じたのだった。
【あとがき】
Twitterの何気ない一言から始まったボンマスバトルロイヤル。
構想から約1ヶ月で、公開、完結できました。
出演者の皆様に重ねて御礼申し上げますm(*_ _)m
続編を期待する声があるのは、重々承知しておりますが、残念ながら今の私の技量では、これ以上の物を書ける気がしません_(:З」∠)_
これからゲーム内で様々な人と交流し、その人たちの人柄に触れ、また書きたい、書けそう!となるまで、お待ちいただければと思います。
最後になりますが、ここまで読んでくれた読者の皆様、本当にありがとうございましたm(_ _)m
それでは皆様、楽しいアルストライフをお過ごしください☆