次なる決戦の為に、ぽちはプシュケーを唱え、HPを全快にした。
周辺を警戒しながら、ぽちとソラは、特に話すこともなく、クローバーの後を追って、坂を登っていく。
ゲームももう終盤戦である。ここで焦って読み間違える訳にはいかない。2人の間にはピリピリとした緊張感が漂っていた。
丘を登り、少し開けた場所に辿りつくと、クローバーは隠れる事もなく、フレスベルグの出現エリアの前の柵に、もたれ掛かるように座り込んでいた。
このバトルロイヤルでは、不意打ちが基本的な戦略だ。本来ならば、身を隠し奇襲をかけるべきなのだが、ぽちは勢いそのまま、クローバーに近づき声を掛ける。
「くーろさん♪」
ぽちの出現に、クローバーは忌々しそうな顔を返す。
「遊びに来ちゃった!」
ぽちはそう言いながら、にっこり笑いかけた。
クローバーは、ぽちが追ってくる可能性は低いと考えていたのだろう。だから、こんな開けた場所で、無防備に休んでいたのだ。
急襲はできなくても、予想外という不意をつくことはできた。
「お呼びでないよ。」
クローバーがそう言い終わる前に、ぽちはフラッシュを放つ。
クローバーは、エレノアを押しつけてまで体勢を立て直そうとしていた。ぽちが急襲を狙って、身を隠すのにぐずぐずしていれば、その分その猶予を与えてしまう。それに、のろのろしていると、エレノアが追いついて面倒な状況になる。その前に、クローバーを片付けておく必要があった。
「エレノアさんは?」
ぽちは2撃目のウィンドチャリオットをキャストする。狙いはクローバーの右側、少し外したところだ。
クローバーはそれを転がるように避けた。
そうやってクローバーを袋小路に追い込んで、ぽちは心の中でほくそ笑む。張り巡らせた戦略の糸で、少しずつクローバーを絡めとるのは、案外楽しい。
「さっき別れた。」
戦略に夢中になっているぽちの代わりに、ソラが、自身にシヴァルラスウィールドのバフをかけながら答えた。
「逃げたんだ?」
クローバーは挑発するように目を細めるが、そんな安い言葉にのるような幼稚な精神は、ソラもぽちも持ち合わせていない。
ソラは
「うん、そう。」
と事も無げに返事をすると、飛ぶようにクローバーに向かっていった。
ぽちは敢えて袋小路に入らず、その入口付近に陣取って、ソラとクローバーの戦闘を遠巻きに観察する。
ソラのカレッジブレードに、クローバーがフェイタルエッジで応戦したが、動きにいつものキレがない。手に力もまったく入っていないようで、握ったウーシアナイフが、無惨にも遠くへ吹っ飛んでいった。
クローバーはエレノアとの戦闘で、相当消耗していたようだ。ぽちたちの攻撃がまともに入ったのは、これが初だったが、HPはもうほぼ残っていない。
ぽちはトドメのための魔法詠唱に入る。
その瞬間、突然地面から突き出て来た岩に、クローバーの体が引き裂かれた。
「……!!」
教会へと送られたクローバーを見て、ぽちはターゲットを無理やり変更し、新たに現れた人物に向けてワール・オブ・ミゼリーを放つ。
「また2人?」
そう言いながら、木の影から現れたのは、LUNA*だった。
LUNA*はぽちの攻撃をものともせず、リングオブサターンでソラとぽちの両者に攻撃する。
「くっ……。」
「つっよ……。」
ぽちがすぐさまプシュケーで回復するが、そう何度も食らってしまうと、追いつかなくなりそうなダメージ量だった。
アルストの第一線を走っている LUNA*は、ぽちにとっての憧れだった。しかし、その憧れは、敵として対峙した際には、恐怖へ変わる。
「(どうする……。引くか?いや、逃げ切れるのか?)」
LUNA*はスタート地点で見かけたときから、1番対峙したくないと考えていた相手だ。
いくら戦略を練っても、勝利のイメージが湧かない。小手先の思いつきや技術では、絶対に越えられない壁。それこそ時の運を味方につけない限りは、不可能な話だった。
「まぁ、もうそろそろ人も減ってきたし、一気にカタをつけるのもいいか。」
LUNA*がそう言って杖を構える。
恐らく1撃目を受けるのは、距離の近いソラである。その出方を見てから動いても、損は無いと考えたぽちは、杖を握りしめながら様子を伺う。
LUNA*が詠唱を始めようとした瞬間、その頭上を1つの影が掠める。
「っ!?」
間一髪、脳天に振り下ろされそうになった大斧を、LUNA*はギリギリ避けた。
リサナウト。大きく地面に斧を振り下ろすそのスキルは、崖から飛び降りた勢いも相まって、直撃すれば、とてつもないダメージを叩き出していたところだ。
「ざーんねーん。」
上から降ってきたエレノアはそう言いながら地面に刺さった大斧を素早く引き抜くと、バックステップでLUNA*から距離を取る。
「パーティには間に合ったかな?」
そう微笑むエレノアに、LUNA*は警戒した目を返す。直撃は避けたが、それなりのダメージは受けていた。
「(チャンス!)」
全員、どうせいつかは闘わなくてはならない相手である。それに、逃げっぱなしはつまらない。
戦闘において、運という不確定要素は、それなりのウェイトを持って、勝敗を左右する。
ボス攻略のパターン分岐において、ダメージの少ない方、または全体攻撃のない方が続けば、勝利の可能性は上がり、逆の場合は敗北の色が濃くなる。
それはランダム要素、つまり運であり、コントロールできるものでは無い。
そういう運に頼らず、確実に勝利を掴むためには、結局のところ『強くなる』しかないのだ。ダメージを受けないよう防御を上げて、迅速に倒せるよう火力を上げる。それが攻略への最大の近道だ。ステータスさえあれば、運は無視できるし、工夫も、PSも必要なくなる。
でも、ぽちはそれで満足しない。
勝利が約束された、安心安全の快適な戦闘は、理想であるが、理想というものは、手が届かないからこその理想であるし、なにより退屈だ。
ぽちが持てるカードは限られている。装備やステータスで、LUNA*を超えることなんて到底不可能。
でも、だからこそ楽しいのだ。
制限だらけの不自由の中で、複数の選択肢をどう使うか。ぽちなりの戦略で、やれる限りで勝負する。
エレノアの登場と、LUNA*がそれで受けたダメージから、ぽちは自分に運が向いてきつつあると判断した。これをモノにしない手はない。
「今のうちに!」
ぽちは連続で攻撃魔法を使い、LUNA*とエレノアを攻撃する。
「ちょっと!」
そして、そのヘイトを受けるのはソラであった。
ぽちはソラという盾をフルに使い、後方から攻撃をする。そうして、安全圏から3人の動向を伺いながら、勝負のタイミングを見極めようとしていた。
エレノアの斬撃をなんとかかわしたソラは、今度はLUNA*のマーキュリーショットの直撃を受け
「ゴホッゴホッ……。」
とむせていた。それでも前を向き、反撃にリバーサルレイドをLUNA*に向かって放つ。LUNA*は少なくないダメージを負った。
3人のHPの推移や、スキル回しを見ながら、ぽちは杖を構える。
「(少し早いけど、そろそろかな。)」
乱戦状態の3人に、ぽちはサンクティファイをキャストした。そして3人にダメージを与えるとともに、自身のHPを全回復させる。
「あれ?」
ソラが気がついたようだが、ぽちは構わずワール・オブ・ミゼリーで、ソラを攻撃する。
「うおおおい!?やっぱ今俺に攻撃しただろ?!」
「え?」
「え?じゃねーよ!前線で体張ってるソラさんになんてことするんですか!?」
とぼけ顔をしているぽちを、ソラが怒鳴りつけた。
「そろそろいいかなって思って!」
ぽちはそう言いながら、笑顔で詠唱を始める。
エレノアの斧を盾で受け止めながら、ソラが絶望的な顔をした。
バトルロイヤルの勝者は1人のみ。いくら協力し合っても、最後は戦う運命になる。
いつかこうなることは、ソラもわかっていたはずだ。
だがソラは、ぽちが裏切るのを警戒するばかりで、自らが裏切るという選択肢を持っていなかった。
ぽちの戦略は、そんなお人好しのソラの性格も含めて練られている。おかげで、主導権はいつでもぽちにあり、ソラにとって最も不利な場面で、それを行使できた。
「そっちがその気なら、こっちも!」
ソラはエレノアの攻撃をシュヴァリックブレードで弾き返すと、ぽちへ向かって足を進めようとする。
ソラの遅すぎる判断に、ぽちは「ふっ」と口元を緩める。
目の前でランカーを2人も相手しているのだ。視野が狭くなって状況判断に遅れが出るのは当然の結果だった。それもぽちの計算のうちである。
「でも、ごめんね。さっきので4連分、印貯まっちゃった。」
対エレノア戦から、じわじわ貯め始めた聖印はぽちの切り札だった。
1つ1つは、僅かな行動である。ポストに手紙を入れるくらいの手軽さで、さほど難しいものはなく、大した労力も必要としない。
だが、それが積み重なった結果は、大きなものとなる。
ボンドもそうだ。やることは簡単で、小さなことだが、それがあるからこそ、みんなの居場所が守れる。
ぽちは、ソラが動く前に、アーダーストームをキャストした。
ソラやエレノアは、接近系の攻撃職であるから、袋小路の奥に居てくれれば、ぽちに影響はさほどない。
問題は、ぽちが1番恐れているLUNA*だった。十二星導士である彼女は、遠距離攻撃も可能だ。さらにその威力は常人の比ではない。一瞬で消し炭にされてもおかしくないレベルだ。
ぽちは下手に戦闘を長引かせて、狙いが自分に来ることを懸念して、早めに勝負に出た。
空に立ち込める光の雲に、ソラ、エレノア、LUNA*はそれぞれ焦りの表情を浮かべる。3人ともギリギリ耐えられるかわからないくらいのHPだ。
身を引き裂くような嵐が吹き荒れ、印分の4連撃が3人を襲った。
エレノアが教会に送られるのを見て、ぽちは勝利が近づいているのを実感する。
だがまだ油断はできない。多少の打ち漏らしはあるはずだ。
そう先回りして、杖を構え攻撃態勢に入ったぽちは、柔らかな光のベールがソラを包み込むのに、目を見張った。
エルハがソラにプシュケーを掛けたのだ。
「ちっ!」
エルハの存在に遅れて気づいたぽちは、作戦が丸々潰されたことに苛立ちながら、杖の切っ先をエルハに向け、フラッシュを放つ。
それはなにか考えがあったわけではなく、本能的なものだった。いきなり現れた存在に、怒りと牽制の意味を含めて攻撃する。
「きゃぁっ!」
放電の痛みに、エルハは悲鳴をあげた。
「(回復をみんなに掛けられたらまずい!)」
ぽちはエルハに狙いを定め、さらに追撃を加えようとしたが、そこにソラが割り込んで、剣を振り下ろす。
クレイヴ・ソリッシュ。
神聖騎士最強の攻撃スキルのそれは、4連撃でぽちのHPをあっという間に削り取った。
「(プシュケーをして回復を……。)」
そう思って、ぽちが顔を上げた瞬間、奥でLUNA*が詠唱をし始めてるのが見える。色々な職をやっているぽちは、何のスキルがくるのかわかった。
「運がないなぁ……。」
組み立てていた戦略が、思わぬ乱入者によって、一瞬で全て崩れていく。
結局、ぽち1人が動かせる事柄なんて、そう多くはないのだ。
ボンドだって、傍若無人な乱暴者が入ってきて暴れたら、あっという間に揺さぶられてしまう。積み上げてきたものは、バラバラと音を立てて崩れ落ち、守っていたものは奪われそうになる。
壊すのは、いつだって簡単だ。
それでも、手放すわけにはいかない。
「(ここで終わりか。けど最後まで……。)」
ぽちの手元に残されたのは、【franchement】の代表であるという意地と誇りだけだった。
自分1人であるなら、多分諦めきれる。でも、ぽちはマスターだ。揺さぶられても、壊されても、そばにいて、また一緒に積み上げてくれるメンバーが、ぽちの勝利を待っている。
最後まで諦めないということは、そんなメンバーに報いることができる、ただ1つの道であった。
「(最後に一撃だけでも……。)」
倒れゆくぽちは、最後の力でウィンドチャリオットをキャストする。
本当はHPの少ないLUNA*を狙おうとしたが、既に力の入らないこの腕では、少し距離のあるLUNA*に、狙いが定まるか不明であった。この際、ソラとエルハどちらかに当たればいいと思いながら放った風の歯車は、目の前のソラの横を通り過ぎると、フラッシュの痛みに膝をついていたエルハに直撃する。
「エルハさん!」
そう叫ぶソラの後ろで、LUNA*がアクエリアスの詠唱を終えるのが見えた。
「エルハさんばっかり構ってて、大丈夫?」
ぽちは、ソラにそう意味深な言葉を残すと、少しだけ笑った。
急速に霞んでいく景色の中で、出来なかったことの後悔と、精一杯やった満足感が渦巻く。
結末は、見届けられそうにない。
ぽちはゆっくりまばたきをしている間に、教会へと送られていった。
【あとがき】
0から1を創造するのは大変ですが、本編をなぞるスピンオフもまた、別な意味で大変です。
基本的に、先に書かれた本編の設定や内容は変えられません。本編のストーリーの制約を受けつつ、どうオリジナリティを出すかが、スピンオフの難しいところです。
ぽっちーはその辺りを、とても上手にやってくれました。
無理のない設定、心理描写、説明で、矛盾なく進められたと思います。
ぽっちーの書いてきた小説について「ここがこう良かった!」と私から感想を何度か送ったのですが、本人照れていましたね(*σ・ω・。)σツンツン
皆様も、良いと思った作品には、ぜひ感想を送ってください!創作者のモチベーション繋がりますよ。
4話について。
いくら準備を重ねても、些細なことがきっかけで、あっという間に崩れていってしまうことってありますよね。何事も、予定通り上手くいくとは限らない。現実とは非情なものです( ˇωˇ )
ボンド運営も、ちょっとしたことが原因で、大きく揺さぶられてしまうことがあります。
でも、揺らがない意思があれば、十分耐えられる。その意志の中心に、マスターとして居れたら良いですね。