落下。
勇儀の体は遥か上空から地面に向けてまっすぐに落ちていた。勇儀は特に焦らずに辺りを見渡した。眼前には見た事も無い世界が広がっていた。遠くには断崖絶壁、眼下には巨大な天幕に覆われた大都市、そして自分の周りには同じ状況の人間が三人と三毛猫がいた。その中の一人の人間が叫んだ。
「ど……何処だここ!?」
そんな叫びの中でも三人と一匹と勇儀は落ちていき、途中の緩衝剤であろう水膜を幾重も通って
「わっ!」
「きゃ!」
「にゃ!」
湖に着水した。三人と勇儀は水膜のおかげで勢いが衰えていたため無傷であった。が、三人の内の誰かのペットであろう三毛猫は溺れていた。ペットを助けるために動いた少女以外はさっさと陸に揚がった。そして人間二人は口々に文句を垂れ始めた。勇儀はそんな二人の文句を聞き流しながら手に持っていた酒瓶と星熊盃の無事を確認し、盃から零れた分の酒を注ぐ。三毛猫を助けた少女も陸に揚がり、服を絞りながら呟いた。
「此処、どこだろう?」
「さぁな。まあ、世界の果てっぽいものが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃないか?」
三毛猫少女の呟きに先程、上空にいた時に大声で叫んでいたヘッドホンを着けた少年が服を絞りながら応える。真っ先に服を絞り終えたヘッドホン少年が軽く曲がったくせっぱねの髪の毛を搔き上げながらさらに言を続ける。
「まず間違いないだろうが、お前達も変な手紙を読んでここに来たのか?」
その言葉に先程の三毛猫少女ではない方の少女が応える。
「そうだけど、まずは”オマエ”って呼び方を訂正してくださる?私は久遠飛鳥(くどうあすか)よ。以後は気をつけなさい。それで、そこで猫を抱えている貴女は?」
「春日部耀(かすかべよう)。以下同文」
「そう。よろしくね春日部さん。次に、野蛮で凶暴そうな貴方は?」
「高圧的な自己紹介ありがとよ、お嬢様。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜(さかさまいざよい)だ。粗野で凶悪で快楽主義者の駄目人間だから、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれ」
「そう。取り扱い説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」
「ハハッ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」
「それで、最後に貴女は?そもそも人間なの?」
三者三様な自己紹介を終え、飛鳥のその声で三人が一斉に勇儀の方、特に額にある角に目を向ける。勇儀は三人の顔を見ていき、十六夜の前で止める。
「…私は勇儀。鬼の星熊勇儀だ」
十六夜は少し驚いた顔をした後、ニヤっと笑い、勇儀に問う。
「オニ?オニってあの鬼か?」
「どの鬼かは知らないが、多分その鬼だろうね」
手に持っている星熊盃を傾け酒を飲み、勇儀もニヤっと笑い返す。
「ハハッ、じゃああんたは強いのか?」
「ああ、強いよ。…あんたも人間にしては強そうだ」
「なんなら力比べでもしてみるか?」
「お!いいねぇ。鬼は強い奴を見ると力比べをしたくなるんだよ。先攻は譲ってやる。さぁ来な!!」
両腕を広げて十六夜を誘う勇儀。横で見ていた飛鳥は今にも殴り合いを始めそうな雰囲気の二人を止める。
「ちょっと、二人とも止めなさい。やり合うなら此処がどこなのかを調べてからにしなさい」
勇儀はチラッと横に居る飛鳥を見る。
「…そうだな。じゃあ十六夜、力比べはまた今度にしようか」
「随分あっさり引き下がるんだな」
「ふん、ここで無理矢理始めても、そこの草陰に隠れている奴が止めに入るだろうからね」
「なんだ、気づいていたのか」
「自慢にもならんがな、そこの嬢ちゃん達も気づいてるだろう?」
「まあ、そうね」
「風上に立たれたら嫌でもわかる」
「へぇ?面白いなお前ら」
四人の目が草陰の方に向けられる。勇儀以外の三人の目は理不尽な収集を受けたのだろう腹いせなのか殺気が籠っていた。少しの間、草がガサガサした後、草陰からウサギ耳を生やした少女が出てきた。
「や、やだなぁ、そんな怖い顔をしないでくださいよ、御四人方?上空4000mから落下の旅、お疲れでしょう?だから休憩がてら穏便にお話を聞いていただけたら私は嬉しいでございますヨ?」
「却下」
「お断りします」
「むしろ、楽しかったぞ」
「あっは、取りつく島も無いですね!後、4000mから落ちてきてそんな感想が出てくるあなた様の頭はおかしいでございますよ?」
バンザーイと降参のポーズを取る黒ウサギ。しかし、ふざけている黒ウサギの目はしっかりと四人の事を値踏みしている。そんな黒ウサギの右隣に耀、左隣に十六夜が立ち、
「えい」
「ふん!」
「ふぎゃ!!!???」
黒ウサギの耳を遠慮なく引っ張った。
「ちょ、いた、おま、お待ちを!触るまでならまだしも、いたた、しょ、初対面でいきなり黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」
耳を引っ張られていた黒ウサギが途中で二人を引き離し怒鳴る。それに悪びれも無く二人は応える。
「好奇心のなせる技」
「お前の言葉に少しムカついたから」
「自由にも程があります!」
「へぇ、それ本物なのかしら?」
先程は見ていただけの飛鳥も興味を持ち、三人が見事な連携で黒ウサギを追いつめていく。黒ウサギは唯一、黒ウサギの素敵耳引き抜き包囲網に参加していない勇儀に泣き声になりながら助けを求める。
「お、おまちください!そ、そこの立派な角をお持ちの方!この御三人様を止めるのを手伝ってください!!」
その叫びを聞いた勇儀は星熊盃に酒を注ごうとして酒瓶の中身が空だと気づいた。勇儀は少し考え
「なぁ、黒ウサギ…だったか?助けたら酒…買ってくれるか?」
と、黒ウサギに聞く。
「な!?いた、いたた!う、うぅぅ、わ、わかりました!買ってあげますから!!は、はやく!この問題児様達を」
「よし!今の言葉、忘れるなよ?…よし、お前ら黒ウサギを放せ」
勇儀が三人に言うが引っ張り続ける。それを見た勇儀はまず耀と飛鳥の首根っこを掴んで持ち上げると近くに放り投げる。
「いたっ」
「……っ」
次に未だに黒ウサギの耳を引っ張り続けている十六夜の手首を掴む。
「……」
「……!」
十六夜が手を動かそうとするも勇儀にガッチリと掴まれ微動だにしない。少しの間、静かに見つめ合っていた二人だが先に十六夜が折れた。
「はぁ、わかったよ」
「すまないね、これも酒のためだ」
勇儀は、はっはっはと笑うと黒ウサギの方を向いた。
「さぁ、さっさとこの世界の説明をしてくれ。そして酒だ」
促された黒ウサギは自分の耳をなでながら、この世界の説明をし始めた。
「ふぅ、ありがとうございます。では、気を取り直して定例文でありますが、この黒ウサギめが説明させていただきます」
黒ウサギはビシッと背を伸ばす。
「ようこそ、箱庭の世界へ!我々は御四人様にギフトを与えられた者だけが参加できる”ギフトゲーム”への参加資格をプレゼントさせていただこうと招待状を送りました」
「ギフトゲーム?」
「YES!ギフトとは様々な修羅神仏、悪魔、精霊、星から与えられた能力のことです。世界にはそんな力を持った方々が沢山おります!御四人様もその内の一人です。そしてその様な力を面白可笑しく使って、楽しく過ごすために作られたステージがギフトゲームであり、この箱庭の世界です」
両手を広げ、先程まで引き抜かれそうになって、へにょりとしていた耳もピンと伸ばし、満面の笑みで箱庭をアピールする黒ウサギ。そんな黒ウサギに質問をするために飛鳥が挙手する。
「まず、初歩的な質問をしていいかしら、貴女の言う我々は貴女を含めた誰かなの?」
「YES!異世界から呼び出されたギフト保持者の皆様には、箱庭で生活するにあたって、“コミュニティ”に属していただきます。当然、召喚されて身寄りのない皆様には私たちのコミュニティをご案内する次第でなのデスヨ」
「嫌だね」
「私の上に立つならそれなりの力と勇気を示してもらう」
「属してもらいます!それにコミュニティに依りますが、私たちのコミュニティには上下関係という物はなく、あくまで仲間という関係です。そしてギフトゲームの勝者はゲームの主催者が提示した商品をゲットできます」
「…主催者は誰がやるの?」
「主催者に制限はありません。誰にでもできます。暇つぶし、力の誇示など理由も様々です。しかし、主催者によっては命の危険もあるゲームも存在します。が!、そういったゲームの方が見返りは大きいですね。土地や人、便利な道具、新たなギフトを手にするのも夢ではありません。ただし、参加するにはこちらも何かをチップとして用意しなければなりません。簡単に言えば勝った人が総取りできます」
「ふぅん、結構俗物ね……チップは何を?」
「それも様々です。金品、土地、人材そして……ギフトを賭けることも可能です」
「そう、ならゲームはどう開くのかしら?」
「コミュニティ間のゲームを除けば、ゲーム内容を決め、期日を決め、参加者が集まれば始められます。商店街でも各お店が小規模ながらゲームを開催していますので、良かったら参加していってくださいな。…さて、まだまだ説明しなければならない事もありますし、質問したい事もおありでしょうけれども、いつまでも立ち話というのも何です、よろしければ私のコミュニティにご案内しますよ?」
黒ウサギが一旦説明するのを止める。静聴していた十六夜がそれを聞いて声を出す。
「待てよ。まだ一番大事な事を聞いていない」
十六夜の真剣な声を聞き、黒ウサギが身構える。
「…なんでしょう?」
黒ウサギの返答から少し時間をあけてから、十六夜は一つの質問をする。
「この世界は……面白いか?」
その問いに勇儀も耀も飛鳥も黙って黒ウサギの方を向く。
「——-YES。ギフトゲームは人を超えたモノのみに許されるゲームです。皆様の元の世界より格段におもしろい、と黒ウサギが保証します」
黒ウサギは四人に見つめられながらも、自信満々といった風に応えた。