万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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 100話でキリもいいのでここで(ターフを)終わらせようか迷ったんですが、分けたほうがテンポはいいので分けます。
 んで昨日更新できなかったので2回行動です。


再来のガマガエル

「全力のブルボンさんと戦うためです」

 

 ライスシャワーは正直にそう返答する。ライスシャワー自身に菊花賞への強いこだわりはない。あるのはミホノブルボンへのこだわりだ。

 

「ということは、ミホノブルボンさんと戦えれば菊花賞でなくともよかったということですかね?」

 

「ブルボンさんが全力で戦えるなら、確かに菊花賞じゃなくても構いません。私は、ブルボンさんが全力で、肉体の限界を超えて挑戦するのは、三冠が懸かった菊花賞だと思います」

 

「では、やはり菊花賞そのものではなく、ミホノブルボンさんに勝つことが目的だったと……いえいえわかりますよ。ウマ娘同士の競い合い、素晴らしいと思います……しかし、やはり世間一般的にはそれだけとは言えないようで、ライスシャワーさんが菊花賞へ出走したことへの批判もあるんですよ」

 

 蒲江の発言それ自体は事実だ。

 『芦毛のアイドル』オグリキャップ含む永世三強から始まり、アイネスフウジンの凱旋門賞制覇が大々的に取り上げられ、TTNが牽引する戦乱世代で盛り上がり、そしてミホノブルボンの三冠リーチという出来事の連続で、日本のウマ娘レース界は未曾有の盛り上がりを見せている。

 それとともに増えたのがライト層だ。ウマ娘が走っているところはすごいし周りがすごい記録だと言っているならすごいんだろう、その程度の認識のファンが急増していた。

 現代で言うなら、野球や将棋のことをよく知らないファンが、メジャーリーガーが二刀流で何本ホームランを打ったとか、最年少の棋士が次々と記録を伸ばしているとか、そういうことで盛り上がるようなものだ。

 例えば、その棋士が様々な読み合いの末に打った一手が原因で負けたとしても、ライト層には「様々な読み合い」の重要性は伝わらず、単なる「敗因のミス」にしか思えない。

 グッドウッドカップや英セントレジャーステークスは日本では馴染みが浅い。海外コンプレックス、あるいは海外アレルギー的な海外遠征への苦手意識と実際に遠征に弱い日本ウマ娘の特性で、近年までファンの間でも海外のレースへはそれほど目が向けられていなかったのが原因である。

 だから、ライト層から見ればライスシャワーの長距離重賞無敗記録のすごさが上手く伝わらない上に、「無敗記録は確かにすごいが、記録を続けるのは菊花賞でなくてもいい」という情報は伝わるのだ。

 そして、海外での悪役(ヴィラン)扱いの情報を部分的に知ってしまうことも多く、「海外では本当に嫌われている」と思っている者も多い。

 

 一方、ミホノブルボンの三冠。そもそも三冠という言葉自体はウマ娘レース以外でも使われているため、「特定の3レースを勝利」という条件の限定性が伝わりやすい。

 また、クラシック三冠のレースは毎年大々的に広告が打たれる。テレビでも雑誌でもネットでも広告が出るため目に留まるし、それが毎年なのだから嫌でもすごさが刷り込まれる。

 そして、URAの集客を狙った広告により、ミホノブルボン自体が世間一般にもプッシュされていた。彼女自身、性格に(激しい意味で)癖があることが多いウマ娘の中では温厚で万人受けするし、ファンサービスにも寛容だ。

 長年ウマ娘レースを見てきたファンが知っている、ちゃんと情報を調べればわかるようなことでも、ライト層はそれほど調べない。素人にもわかりやすく(あつら)えられた「三冠候補の主役ミホノブルボンVSそれを阻む悪役ライスシャワー」の構図で満足する。

 

 それ自体はファンが増える上で致し方ないことだし、昔からあった。人間は良くも悪くも「わかりやすくハッキリしたもの」に惹かれる。問題は、昔に比べて情報化社会になり自分の意見を気軽に発信できるようになったことである。

 特に、SNSや匿名掲示板。匿名性は人の枷を外す。善悪に拘らず、気に入らない、自分の意見と食い違うものがあれば攻撃したくなるのもまた人間の性質だ。

 ライスシャワーにどんな正当性があっても「ミホノブルボンの三冠を阻止するライスシャワーが気に入らない」から叩き、その批判に正当性を後付けする。

 

 ライスシャワーの制覇した英セントレジャーステークスはイギリスのクラシック三冠最終戦で、日本の菊花賞と同じ立ち位置のレースだ。と、この情報だけを知ったライト層はこう思う。

 

『既に似たようなのをとってるなら出なくてもいいじゃない』と。

 

 クラシック三冠の最後の一冠を日本のステイヤーが勝つことの伝統的価値や、菊花賞が春の天皇賞と同じ京都レース場開催の長距離レースであり出走そのものに意味があることを、ライト層は理解していない。

 多くの人間は軽く説明されれば納得し、一部の人間は詳しい説明を要求し、ごく一握りの人間は納得しないだろう。

 問題なのはその説明は一対一での説得でない限り、例えば雑誌やテレビでチラッとやるだけでは注目されず意味がないということだ。

 そう言った層を取り出してみれば、確かに批判の意見は多いだろう。しかし、そんな偏った意見に効果があるのだろうか。

 否、蒲江はそれを攻撃に使おうとはしていない。あくまで「自分の意見ではなく世間の声ですよ」というポーズのために、わざわざそんな意見があることを示唆したのだ。

 もちろん、大半の人物はそれが世間の声を借りた蒲江の意見だと言うことは一目瞭然だろう。しかし断定できない時点でなかなか指摘することはできない。

 

「個人的な勝負がしたければ個人協賛レース*1を開けばいい、という声もあります。夜間競走(ナイター)に空きはありますし。ライスシャワーさんとミホノブルボンさんは仲のいいご友人でいらっしゃいますし、交渉すれば全力でレースをしてくれるのでは?」

 

「あ、えっと……レースについてはトレーナーさんに任せてますから……」

 

「……応対代わってもよろしいですか?」

 

 蒲江の質問に対して、口下手なライスシャワーが助けを求めるように網を見る。そこで、網が選手交代を申し出た。

 ライスシャワーの容姿は庇護欲を誘う。ここでライスシャワー相手に突っ込み続けても印象が悪いだろうと、蒲江はそれを了承する。

 

「えー、まず前提として聞いておきたいのですが、先の意見はあくまで貴方自身の意見ではなく、そういう意見もある、ということですね?」

 

「えぇもちろん。私自身ウマ娘レースの世界に身を置いて長いですから、ライスシャワーさんが菊花賞に出走することの意義は承知しておりますとも」

 

「であればそれは私たちの責任ではありません。競走ウマ娘の仕事はレースに勝つことであり、トレーナーの仕事は担当に勝たせることです。ウマ娘レースを楽しむために必要な知識を広報で流布するのはURAがするべき企業努力でしょう」

 

「えぇはいそれは確かに正論でしょう。しかし、しかしですよ? ウマ娘レースにはお客様がいます、客商売です。ウマ娘レースを楽しんでいただいているファンの皆様に対する配慮をするべきでは? ルールではなくマナーとして」

 

 そんなマナーねえよと思いつつ、網は蒲江の考えを把握した。蒲江は正論を感情論で飲み込みに来ている。無知な大衆(ライト層)を武器にした同調圧力、報道機関がよく使う手だ。

 

「確かに菊花賞は日本において唯一のクラシック限定の長距離GⅠですが、ライスシャワーさんは既に英セントレジャーステークスを制覇していらっしゃいますよね? チーム《ミラ》は海外挑戦に積極的です、それは海外レースに価値を見出しているからでしょう。それならば菊花賞に拘る必要はないのでは?」

 

 迂遠に「菊花賞より英セントレジャーステークスのほうが格上」ということを前提としつつ、その前提が網の意見によるものとすり替えている。

 相手の言動から相手の意見を決めつけ、さも前提のように語り否定の機会を奪う。一段飛ばしのレッテル。冷静に聞けば見抜くのも容易だが、語調や環境で混乱させて見抜きにくくしている。

 更にあえて「菊花賞を下に見る」ではなく「英セントレジャーに価値を見出す」と言ったことで、否定の言葉を間違えると「海外レースに価値があると思っていない」と歪んだ解釈をされる可能性がある。

 だが、はっきりと同格だと言うのも憚られる。日本にも英国にも、自分たちのほうが上だという自尊心は確かにあるのだから。

 

「……英セントレジャーステークスをとっているから菊花賞はとらなくていい、という論調こそ菊花賞を軽んじるものでは?」

 

「いえいえ滅相もない! そんなことは考えておりませんとも! しかし皆様、この会場にいる皆様、ミホノブルボンさんの三冠を観に来たという方も多いでしょう! えぇ、ミホノブルボンさんはあと一冠、菊花賞さえ勝てば三冠ウマ娘の栄誉が手に入ったんです! ()()()()()()()()()()()()()()()()()! 翻ってライスシャワーさんの長距離重賞無敗記録は、直近であればメルボルンカップ……オーストラリアの3200m級GⅠレースでもよかったでしょう。日本国内最長のGⅠレースである春の天皇賞と同じ距離だ、予行練習にもなるでしょう」

 

 ならねぇよバカ。とは言わない。距離よりも開催されるレース場が同じことが予行には重要であることは、蒲江が演説の対象にしているライト層は知らないのだから。

 網がここでそれを説明しようとも流されて終わりだろう。最初にデカい声で印象付けたほうが勝ちだ。もちろん、ちゃんと理解している観客もいるだろうが、ライト層のほうが数は多い。母数が違いすぎる。

 

「メルボルンカップよりも菊花賞を選んだというのは、それこそメルボルンカップの価値を軽んじているか、ミホノブルボンさんの三冠に懸ける想いやそれを望む方々の声を軽んじているのではないですか!?」

 

「メルボルンカップはこの先何度でも挑戦できます、菊花賞はこの機を逃せば挑戦できません。それでは不十分ですか?」

 

「ではあくまでファンを軽んじると!?」

 

 回答を歪める。そんなことは言ってない。

 勝手にファンの気持ちを代弁する蒲江に、会場のファンから否定の言葉はかからない。自らの顔が周囲に晒された状態で、沈黙に一石を投じることを日本人は得意としていない。

 そしてライト層はその沈黙を肯定とみなす。もちろんあとから調べれば簡単にわかることだ。

 

 そこで網は蒲江の考えを正確に理解した。もうこいつは()()()()()()()()()()()()のだと。

 

「ウマ娘たちのライブの時間も迫っています、もう言い逃れはいいでしょう。ファンの想いを裏切ってまで菊花賞を選んだことについて一言お願いします!!」

 

 網は知りもしないことだが、月刊ターフの廃刊はこの時点で()()()()()()()()

 蒲江は、月刊ターフの出版社が発刊する他の雑誌の編集部へ回される。事実上栄転扱いだ。編集部は表に出る職ではないのでここでの外聞は気にならない。

 だから蒲江は最後の機会にここに来たのだ。この先ここでの詭弁がバレようと関係ない。ただ、この一時(いっとき)、その場しのぎのものであってもいいから、網に謝罪させる。そのために。

 ただの鬱憤晴らしであり、どうなってもいい。日本が住みにくくなるなら、ウマ娘レースとは縁遠い国の海外部署に転勤すればいい。

 

 そんな蒲江の思惑を朧気ながら理解し、網は打つ手を決めた。

 

「えぇ、軽んじています!」

*1
当作品では中央レースでも個人協賛レースを行えるものとしています。




 一度に書ききらないでガマガエルの思惑を一度飲み込んでもらうために切りました。ただのバカだと歯ごたえないしね。
 作者は素人なので粗があっても赦して♡ダメです(自戒)

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