万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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 前話までのサンデーサイレンスに対するヘイト管理について、数件の苦言と低評価をいただきまして、それに伴って幾分か表現を修正するはずでしたが、直そうと思っても「なんかちげぇな」となるのでやめました。このままいきます。バッチコイ低評価。
 ただイメ損って言われるのも怖いので今回はサンデーサイレンスさんに関する拙作世界線での生い立ち編です。
 先に言っておきますが、7、8割原作通りです。


【閑話】静謐なる安息日

 アメリカの競走ウマ娘で最も気性難だったのは誰かという議論になると真っ先に名前が挙がるのが、『司教(Bishop)』ヘイルトゥリーズンの弟子であり、『赤銅の刺客(Copper Hitman)』や『冷徹な異端審問官(Cold Inquisitor)』とも呼ばれる欧州へ渡った稀代の悪役(Villain)ロベルトの同期。『精神異常修道女(Sr.Psychotic)』、或いは『理不尽な侍祭(Hot Acolyte)』ことヘイローであろう。

 冷徹でありながらも冷静であった一般家庭出身のロベルトとは反対に、アメリカでも超が3つつくほどの良家の令嬢でありながらデビュー前に殺人未遂で少年院へ送られた経験さえあるヘイロー。彼女が自らの賞金で孤児院を建て院長を務め始めた時は全米が耳を疑った。それだけ、彼女の気性難は筋金入りだった。

 そしてまた、そのヘイローの弟子であり彼女の建てた孤児院で長い時を過ごした義娘とも呼べるサンデーサイレンスも、アメリカでは悪名を轟かす存在だった。

 

 その生涯は悲嘆に満ち溢れ、同情に値するものだったろう。ストリートチルドレンとして生まれ父親の顔を知らず、母親は生き別れるまでの7年間、クリスマスを共に過ごしたことは一度もない。*1

 ストリートの大人たちからは小柄で貧相な体躯、愛想と人相の悪さや、もとの青鹿毛が灰色になるほど、周りのストリートチルドレンの中で極まって不潔だったことから嘲りと罵りを受け、ウイルス性の腸疾患に苦しんだときは、生死の境を彷徨うほどに悪化するまで誰も助けようとせず、運良く感謝祭の日で病院がスラム住人を対象にした無償の治療を行っていなければ命はなかっただろう。

 さらには、スラム区域の開発に伴って養護施設へ送られる際にバスの運転手が心臓発作を発症したことで横転事故を起こし、そのバスに乗っていたサンデーサイレンス以外の、彼女が少年時代を共に過ごした悪友たちはひとり残らずこの世を去った。

 彼女自身もまた、全身に無数の裂傷と打撲を負って入院、ヘイローと出逢ったときは、生まれつきの重度の外反膝も相まって、まるで常に乗り物酔いを起こしているかのようにまっすぐ歩くこともままならない状態だった。

 

 サンデーサイレンスとヘイローがふたりきりの孤児院でどのような時間を過ごしてきたかは、両者ともに一度として語っていないため、(よう)として知られていない。しかし、ふたりの間に互いを母娘と呼び合うほどの絆が生まれていたのは確かだった。

 しかしその触れ合いがサンデーサイレンスの心を癒やすには、周囲の悪意は大きすぎたと言える。現役時代のとある事件で評判を落としていたロベルトと違い、過激かつ理不尽な言動でもそれなりの数が存在していたヘイローの熱狂的なファンでさえ、「気狂いが死神を引き取った」と揶揄していたのだ。

 その背景には、ストリートチルドレンでありろくに授業料も払えず育ちも悪い、かつ到底走れるとは思えないほどの肉体的ハンデキャップを抱えているのにもかかわらず、ヘイローという名選手であり名指導者からの指導を、それこそ文字通り昼夜関係なく受けることができるという環境への嫉妬や、サンデーサイレンスの生い立ちや事故で唯一生き残ったということに対する好奇があった。

 なにより、ろくな教育も受けられず世間とは違うストリートの常識で育ったサンデーサイレンスと周囲との軋轢が、数え切れないほどのトラブルを生んだ。

 

 しかしながら、そんな世間の声に逆らうように、いや、そんな、世間の声があったからこそ、サンデーサイレンスは大きく成長したと言える。

 ジュニア期のレースをすべて連対に収めたサンデーサイレンスは、クラシック級に上がってからGⅡのサンフェリペハンデキャップとGⅠのサンタアニタダービーで連勝、特にサンタアニタダービーでは、コース史上最大着差の11バ身差をつける圧勝であり、彼女のトレーナーがヘイローに「あの真っ黒いのは走るぞ」と電話をかけたほどだった。

 前評判から一転、米国三冠のひとつめ、ケンタッキーダービーの優勝候補と目され始めたサンデーサイレンスは、ここで宿命の好敵手と巡り会う。

 

 当時既に3代目『偉大なる栗毛(Big Red)』と評されていた名家の優駿、イージーゴアである。

 

 ふたりの出会いはケンタッキー州。サンデーサイレンスが自身とヘイローに対しての侮辱を吐いてきた、彼女に言わせれば不良もどきのボンボン数人を人間ウマ娘関係なく叩きのめし、ついでに小遣い稼ぎとカツアゲをしていた時に、それを見咎めて制止したのがイージーゴアだった。故に、当初互いの第一印象は最悪だった。

 サンデーサイレンスにしてみれば、人の話を聞こうとしない、見てくれだけで判断して正義を押し付ける鼻持ちならないクソアマであり、イージーゴアにしてみれば暴力で人を脅かし金を強請る荒くれの乱暴者である。

 無論、サンデーサイレンスの暴力は過剰にも思えるかもしれなかったが、相手がバタフライナイフなどの凶器を所持していたことから正当防衛の範囲内であり、彼女の言い分を全く聞かなかったイージーゴアにも非はある。それと同時に、カツアゲに関しては完全に犯罪であり、サンデーサイレンスにも落ち度があった。

 

 そして2度目の邂逅。互いの氏素性を知ってからの改めての初対面はケンタッキーダービー当日、イージーゴアの謝罪から始まった。

 自らの非を認め謝罪しながらも、改めてカツアゲの件を咎めてきたイージーゴアに対して、サンデーサイレンスは「しつけぇウゼェ死ね」の3語で対応したという。

 

 彼女たちのクラシック三冠争いは、ケンタッキーダービーとプリークネスステークスの両方を、1番人気だったイージーゴアを押し退けてサンデーサイレンスが制覇した。

 そのうちケンタッキーダービーは、スタート直後にサンデーサイレンスが体勢を崩したことによる他選手との接触があったものの降着には至らず、それに対する批判とバ場や天候の特殊性が影響し、結果とは裏腹にサンデーサイレンスの評判は伸び悩んだ。

 さらにプリークネスステークスでは彼女の宿泊地に押しかけたファンとも呼べない程度の観光客やマスコミに対する罵倒や挑発。

 さらにはトレーナーの判断でそれらのストレス源から遠ざけるために部屋に籠もったことを理由に、イージーゴア陣営に忖度したイージーゴア贔屓のマスコミ各社によって薬物疑惑――ドーピングと違法薬物の両方の線で――を報道されたこともあり、サンデーサイレンスの能力評価はかろうじて上がったものの人物評価は下がり続けていた。

 そもそも、セクレタリアトの再来とさえ言われていたイージーゴアの人気が高かったことも、そのイージーゴアをことごとく負かしてきたサンデーサイレンスの人気低迷を引き起こしていた。

 そして遂に、米国三冠を懸けた最後の1戦、1番人気をイージーゴアから奪い取ったベルモントステークスで、サンデーサイレンスはイージーゴアに敗戦を喫する。

 イージーゴア勝利に盛り上がるマスコミや世間とは反対に、サンデーサイレンスの胸には冷たい失望と不信感が渦巻いていた。

 

 そこからサンデーサイレンスはトレーニングをサボりがちになり、次の目標に定めたBC(ブロワーズカップ)クラシックの試運転に選んだスワップスステークスでプライズドに敗れた。それはまだ良かった。

 その敗戦を揶揄し、さらには師であり義母でもあるヘイローさえ侮辱するような記事を出した新聞社へ乗り込んでのトラブル。トレーナーと偶然居合わせたイージーゴアが止めなければ暴力事件に発展していただろうとさえ言われるこの事件によって、サンデーサイレンスの評判は地に堕ちた。

 余談だが、この事件に対してヘイローは「アタシは、もしこの便所紙屋にアタシがなんかしら書かれたことにキレてたんなら、自分で行って神の御下に送ってやってたよ。なんもしてないんだからそれはこの程度の(さえず)りなんて、靴の底にへばりついたガムほどにも気にしてないってことさ。だから、あのバカ娘がキレたってんならそれはアタシの名誉を守るためでもなんでもなく、ただのガキの癇癪だよ」とコメントしている。

 

 ともあれ、サンデーサイレンスは事件後、ひと月近く行方を(くら)ました。これを必死に捜しに東奔西走したのが、彼女のトレーナーと、イージーゴアだった。

 イージーゴアは風聞を恐れた周囲の制止を振り切ってサンデーサイレンスの薬物疑惑を真っ向から否定。件のトラブルについても擁護するコメントを公表し、G1レースを2勝する傍ら、余暇をすべてサンデーサイレンスの捜索に費やした。

 

 イージーゴアがサンデーサイレンスを見つけたのは9月始め、彼女の生まれたスラム跡の一角に建てられた教会だった。

 安息日の午後、他に誰もいない静謐な教会で祈りを捧げるサンデーサイレンスの姿を見て、イージーゴアは後に「呼吸が止まった」と語っている。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 「美しい」と、そう思った。

 会うたびに見ていたボサボサの、手入れのなっていない髪の毛ではない。艶のある流れるような青鹿毛と、彼女の師の勝負服にも似た修道服の彼女は、イージーゴアが今まで見てきたどの人物よりも美しく見えたが、しかしそうではない。

 振り返ったサンデーサイレンスの、初めて見る憂いに染まったその表情を、イージーゴアは堪らなく美しいと思った。

 

「……なんだよ、その顔」

 

 そんなサンデーサイレンスの、困ったように笑う顔も、吐き出すような声も、初めて見るもので。彼女に言われて初めて、イージーゴアは自分の瞳から涙が零れていることに気づいた。

 

 ヘイルトゥリーズンの弟子は、あのヘイローさえも含め、いやむしろヘイローを筆頭に、全員が敬虔な信徒である。

 そこから、例えばロベルトの弟子であるリアルシャダイなどは敬虔でこそないものの信徒であり、それは更に、彼女の弟子であるシャダイカグラやライスシャワーにも幾分か影響を与えている。

 一方、ヘイローは自らの弟子には教義を授けなかった代わり、娘とも言えるサンデーサイレンスがその影響を色濃く受け継いでいた。即ち、サンデーサイレンスは敬虔な信徒であった。

 知っているものこそ少ないが、サンデーサイレンスは今までも、日曜日の早朝は毎日必ず教会へ赴き祈りを捧げていたし、食事の前の祈りも忘れたことがない。

 

 イージーゴアは、サンデーサイレンスが幼い頃の仲間をみな亡くしていることを思い出した。当然、あの事故に関してサンデーサイレンスに思うところはないし、彼女を死神などと思ったこともない。

 イージーゴアがサンデーサイレンスの隣に並び、神に祈りを捧げてからサンデーサイレンスの方を向くと、サンデーサイレンスはそれをギョッとしたような顔で見ていた。

 

「……なんですか」

 

「いや……そんな顔しながら隣で祈られたらこんな反応にもなるだろフツー……」

 

「どんな顔ですか……」

 

「5日ぶりに食うパンを横から掻っ攫われたような顔」

 

 サンデーサイレンスはガシガシと頭を掻いて、せっかく整えてあった髪を乱しながら、「バカンスも終わりか〜」などと嘯いている。しかし、イージーゴアは調べていて知っていた。彼女がしていたのはバカンスなどではない。今までの賞金を使った、ストリートチルドレンへの奉仕活動だった。

 素性を隠した彼女は各地のスラムを回り、ストリートチルドレンを中心に孤児たちを、近くの孤児院や養護施設へ預かってくれるように交渉して回っていた。時には多額の寄付をしながら。

 

「……正直、あなたの勝負服(カソック)は形だけのものだと思っていました。あくまで師であるヘイロー女史を尊敬しているだけで、神の存在など信じていないものと……」

 

「あ? カミサマはいるに決まってるだろうが」

 

 呆れたようにそう断言するサンデーサイレンス。その顔は普段見ていた人をバカにするような表情だ。

 しかし、それは次の瞬間にはひっくり返っていた。サンデーサイレンスは、強い憎悪を込めたような表情と声で吐き捨てる。

 

「じゃないと、俺様が殺してやれないだろ」

 

 ミドルスクールの生徒がエッジロード*2(かか)って言うような格好つけのそれではない。本気の憎悪。

 

「俺様をこんなクソみてぇな運命に放り込みやがったカミサマをこの手でぶっ殺す。そのためにはカミサマがいなきゃ話にならねぇ……まぁ、義母(おふくろ)に会えたことは感謝してるし、悪友(クソったれ)どもが安らかに眠れるように、おだててやんなきゃならねぇから面倒なことやってるけどよ……いつか空の上でふんぞり返ってるクソ野郎(サノバビッチ)を蹴り落として、代わりに俺様がその席に座ってやる。そうしたら、俺様を産んだアバズレも、散々イジメてくれやがった排泄物(████)どもも、コケにしてくれやがった便所紙売りも、全員まとめて地獄送りだ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 サンデーサイレンスが発見された後、イージーゴアと彼女とは頻繁に交流するようになったのだが、その理由は語られていない。ただ、イージーゴアが周囲に無理を言って、サンデーサイレンスの世話を焼くようになったことは、世間の首を傾げさせた。

 

 それから、サンデーサイレンスはGⅠレース3戦、うちBCクラシックはイージーゴアとの対戦になるもこれらをすべて勝利し、2着となったハリウッドゴールドカップハンデキャップステークスを最後に競走ウマ娘としては致命的な故障が発覚し、骨折によって先んじて引退していたイージーゴアを追うような形でターフを去った。

 

 世間一般の常識の通じない魔窟で育ち、悪意と運命に虐げられてきた彼女にとって、罵倒も挑発も標準語だ。だからといってそれを赦す必要はない。彼女自身も、赦しなど求めていないのだから。

*1
アメリカではクリスマスを家族で過ごすことを大変重要視しており、クリスマスに子供を放置する行為は最悪の虐待、それこそ親権を取り上げられてもおかしくないほどである。

*2
刃の領主。日本で言うところの邪気眼に近い概念。いわゆる厨二病。

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