万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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どんな音楽が好きそうに見えますかね?

 絶句である。

 喩えるなら家の前に生きているか死んでいるかわからないセミが転がっているときのような顔で、ナリタタイシンはその男を見る。

 中学生時代からナリタタイシンはこの男のことが苦手だった。特別害されたという記憶がないから嫌いとまではいかないし、それを言うなら中学生時代のナリタタイシンは周囲の人間は嫌いか無関心かの2択だった。そんな中で、嫌いではないが苦手という分類をされていたこの男は珍しいとも言える。

 

「……なんでいんの」

 

「聞く前に通報しようとすんのウケる」

 

 パーソナルスペースというものが存在しないのではないかと思えるほどに距離が近い。対人関係においてインファイターな上にスキル構成はガチタンクなのだ。ナリタタイシンにとっては天敵のような相手である。

 話は逸れるが、トレセン学園で働く事務員は実は女性より男性の方が多い。これは、うら若き乙女であるウマ娘と多く接することを考慮して厳格な面接を実施してなおである。というか、女性が集まらないのだ。

 ウマ娘という種族は、人間に比較して知能の面でやや劣る傾向がある代わりに、身体能力と容姿の面では大きく上回っている。そして女性しか存在していない。自然、トレセン学園で働く女性は日常的に容姿端麗な女性を多く傍に置くことになる。

 なんせかつては美しい女性のことを「ウマ娘のようだ」と褒めていたほどである。いくら人間としては整った容姿の女性であっても、ウマ娘と並べば埋没する。十人が十人とは言わないが、そんな常に比較され、あるいは自らと比較してしまう環境で働くのは気が引けるわけだ。

 そういうわけで、トレセン学園に勤める事務員、用務員などの従業員は、男性の方が高い割合を占めている。

 だから別に、目の前の金髪インファイターがトレセン学園にいること自体は特段不自然なことではないのだが、それはそれとして不審者然とした態度は彼の人柄を知っているナリタタイシンであっても、というか、だからこそというか、ともかく警戒させるに足るものであった。

 

「何をフラフラしている? 大人しく待っていろと言っただろう」

 

「あ、バナナパイセン。トイレってどこっすか?」

 

「その呼び方をやめろ。トイレならそこの突き当りを右だ」

 

 そんな男――笹本(ささもと)秀吉(ひでよし)に声をかけたのは、意外にもナリタタイシンの親友であるところの芦毛のモジャモジャ、ビワハヤヒデであった。

 ビワハヤヒデと親しげ(に見えるが笹本は誰に対してもこの調子)な会話をしたあとそそくさと廊下の端へ消えていった笹本を見送り、ナリタタイシンはビワハヤヒデに向き直る。

 2週間前の日曜日、朝日杯フューチュリティステークスでビワハヤヒデは惜しくも2位に甘んじた。それはいいのだが、先週のトラブル以降、ナリタタイシンはビワハヤヒデやウイニングチケットから心なし距離をおいていた。

 彼女らがナリタタイシンの風評を気にしないことは確信していたが、彼女らの風評が悪影響を受けてしまう可能性を気にしてのことだ。少なくとも、あの場でナリタタイシンに対して悪印象を持っているウマ娘は、ビワハヤヒデに直接忠告せんとしたあのウマ娘ひとりだけではないようだったから。

 だから、それを指摘されまいと、ナリタタイシンはあえて先にビワハヤヒデへ話しかける。普段通りを装って。

 

「……で、アイツなんなの」

 

「あぁ……笹本と言ってな、新しくリギルに入ってきたサブトレーナーだ」

 

「リギルの!? ……大丈夫なの?」

 

「あぁ見えて試験の成績自体は優秀だったようだし、研修中だが指示されたことはしっかりやっているようだ……何かにつけてふざける面があるのは否定しないが」

 

 チーム《リギル》と言えば歴史と実力を兼ね備える名実共に中央トレセン学園のトップを――最近ではチーム《ミラ》の台頭により実力面こそ劣るのではないかと言われ始めているが――頂いているチームだ。

 そんなチームに笹本が……? と疑問が頭を過ったナリタタイシンだったが、それが見た目だけで判断しているように思えて思い直す。直後にビワハヤヒデの言葉を聞いて、見た目だけじゃなく性格を含めた判断だったことを思い出したのだが。

 

「どうにも《リギル》は堅いというか、近寄りがたい雰囲気があるからな。実力はあるが雰囲気が合わないから敬遠しているという生徒も多い。というところで、雰囲気を和らげてフレンドリーな空気を作ろうという会長のアイデアだそうだ」

 

「前から思ってたけど会長ってちょっとアレだよね」

 

「天才とは多かれ少なかれ常人とズレを持つものだ」

 

 それは、この友人もそうだろうとナリタタイシンは内心で漏らす。ビワハヤヒデは分析や計算を得手とするにもかかわらず、優秀すぎる妹がいる影響からか自身の評価の物差しにナリタブライアンを使う癖がある。

 自己評価が低いわけではない。ナリタブライアンを無意識に神格化し、理性やら常識やらがその神格化を現実的なものに矯正する際に自己評価が歪む。

 他者と自分との相対評価もナリタブライアンの絶対評価も、あるいはナリタブライアンと他者との相対評価も正確に行えるのに、ナリタブライアンと自分の相対評価を基準にしているが故に、自分の絶対評価が歪んでいるのだ。

 自分は決して弱くないし、自分の理論は《リギル》の強者たちにも通用する。そんな正しい認識を持つと同時に、ナリタブライアン(てんさい)と違って()()である自分がナリタブライアン(いもうと)の姉であり続けるために研鑽を重ねる。

 (いもうと)を持つがゆえに(じぶん)を見られない天才。それがビワハヤヒデへ抱くナリタタイシンの評価であった。

 

「……それじゃあ、アタシもう行くから」

 

「ぁあ〜!! タイシンちょっち待って!」

 

「おい笹本。君、手は洗ったのか」

 

「バナナパイセンちょっとあとにして! タイシンに一応言っとくんだが……"アテナ"にバレたぞ」

 

 笹本の言葉に、ナリタタイシンは凍りついた。

 "アテナ"とは、ギリシャ神話における知恵、芸術、工芸、戦略を司る女神であり、美しい容姿を持つと同時に非常にプライドが高いことで知られる。

 黄金の林檎やトロイの木馬などが登場するトロイア戦争は、トロイアの王子パリスが最も美しい者に贈るとした黄金の林檎をヘレネースパルタ王妃へ贈ったことに憎悪したアテナがヘーラーと結託して起こした戦争だ。

 また、アテナより美しい髪を持つと自慢していたメドゥーサや、織物勝負でアテナを上回る作品を作ったアラクネーを怪物に変えるなどしている。

 美しく優秀であるが傲慢で嫉妬深く自分勝手。そんな女神の名は、かつてナリタタイシンが通っていた中学校では、似たような特徴を持つ一個人の、表向きは尊称、裏では蔑称として扱われていた。

 『鈴木服飾グループ』の役員令嬢、鈴木美穂。ナリタタイシンのことを、最も目の敵にしていた人物である。

 

「……なんで」

 

「お前のチーム最近目立ってんじゃん。それで、同中(おなちゅー)に《ミラ》入ったやつがいるってお前のことを自慢してた奴がいて、そこに"アテナ"もいたんだよ」

 

「サイアク……」

 

 当然、それほど仲が良かった友人と言える人間などいない。ただチーム《ミラ》の人気に便乗したいだけの赤の他人だろう。そういう人間は湧いてくるだろうと予想していなかったわけではないが、"アテナ"に知られてしまったのが面倒だ。

 ウマ娘の勝負服作製にも携わっている服飾グループ役員の娘であるにもかかわらず、"アテナ"はウマ娘に関する事柄に疎かった。幸い、ナリタタイシンの周りには当時嫌がらせをするような人間だけでなく、善人(余計なことをするやつら)もいたため、彼らを使って"アテナ"から自身の進学先を隠すことに成功していた。

 そうでなければ、"アテナ"は何が気に入らないのか、ナリタタイシンが中央トレセン学園へ進学することに何かしら難癖をつけてきただろう。

 

「……タイシン? どうした、大丈夫か? ……おい、笹本、何を言ったんだ」

 

「ふぅー! 冤罪ィ〜!」

 

「……大丈夫。そういうんじゃないから……」

 

 顔を青くしたナリタタイシンを見て勘違いしたビワハヤヒデが笹本を責めようとするのを()めて、ナリタタイシンは一度大きく息をついた。

 

「……じゃ、アタシもう行くから」

 

「おい、タイシン!?」

 

「夜道とか気ぃつけろよー」

 

「君は手を洗ってこい笹本!!」

 

「俺年上ェ〜イ!」

 

「いやほんと、大丈夫だから……」

 

 その場を立ち去るナリタタイシンの背を見送るビワハヤヒデ。何もかもを抱え込みがちな友人の姿を見る彼女の目は、どこか無力感を湛えていた。




 笹本は一発キャラじゃありません。
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