万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
活動報告の方で第一話から第十話までの小ネタ解説を投稿していますのでそちらもよろしければどうぞ。
ダイタクヘリオスはマイラーである。
これは自他ともに認める事実であり、彼女の勝利した重賞の殆どがマイル以下の距離であることが示すとおりだ。だから、本来2500mはおろか2200mでさえ長い。2000mだってギリギリなのだ。
また、爆逃げが代名詞となっている彼女ではあるが、彼女の脚質はどちらかと言えば先行寄りである。むしろそちらのほうが勝率はいい。
事実、だからダイタクヘリオスは去年の有馬記念では好位を追走したのだ。結果は伴わなかったが。
だから、今回もダイタクヘリオスは先行策を採るものと、多くの観客は予想していた。
『さぁ、今ゲートが開きます!! 飛び出したのはやはりこのふたりだ!! メジロパーマーとダイタクヘリオス!! 爆逃げコンビが有馬のハナをもぎ取った!! それに続くのはキョウエイボーガン!! 暮の中山もかなりのハイペースになりそうだ!!』
下り坂の中途からスタートするコースの構造を利用して、スタート直後から加速していく3人。その後ろからフジヤマケンザンを先頭に先行集団が脚を溜めながら追走する。
確かに有馬記念の舞台である中山レース場は最終直線が短く後方脚質には比較的不利なコースだが、しかしそれと同時にゴール前に鎮座する急坂もまた有名だ。
スタミナを消費しすぎた結果、この上り坂で逆噴射ということも逃げウマ娘には少なくない。とりわけ、メジロパーマーが障害競走において障害の跳び越しが苦手なのは少し調べれば出てくる情報である。
有馬記念に出走するウマ娘がその程度の情報を見逃すはずもない。前目につけながらも最終直線で差し切る。そのために、スタミナの消費を抑えながらも位置取り争いを激化させていた。
ナイスネイチャはそれを最後方から、さながら追込のような位置で見据えていた。スタートダッシュでの急加速でスタミナが削られることを嫌い、緩やかな加速をしながら追込のいないこのレースの差し集団
現在、レース展開は逃げの3人と離された先行集団、その後ろの差し集団と縦長の展開になっている。後方脚質にとってハイペースであることは望ましいが、この縦長の展開は拙い。
単純に先頭までの距離が長いため、届かない可能性があるのだ。
だから、ナイスネイチャは最初のコーナーを曲がった下り坂の終わり時点で、ほんの僅かにスパートをかけ始めた。いや、スパートとも言えない、あまりにもジリジリとした微々たる加速で、最後方にいたナイスネイチャがひとつ前のレッツゴーターキンへ迫る。
レース中のウマ娘は時速60kmを超えるスピードで流れていく景色の中で走っている。自動車を運転した経験がある方ならば、少しずつ追い抜きをかけてきた別の車に気づかなかった経験はあるだろう。速いものに適応している時の脳は、相対的に遅々とした速度で動くものを極端に認識しづらくなるのだ。
いわんや、半酸欠状態で走っている最中でのことなど。レッツゴーターキンには、あたかも
それを、ナイスネイチャが加速していると捉えられるなら問題はない。しかし、レースの基本は楽観視を禁ずるものだ。例えばこれが、
本当の最悪はそれこそが落とし穴だった場合なのだが、酸欠と焦りで緩慢になった思考ではそこまで届かない。だから、手が届く距離にいるナイスネイチャを差し返すために、レッツゴーターキンは加速した。加速、してしまった。
レッツゴーターキンが
レッツゴーターキンへ与えた変化は前へ前へと進んでいく。しかも、ナイスネイチャではなくレッツゴーターキンが、その前のウマ娘たちを巻き込んで仕掛け人を増やしていくのだ。自然、前に行くほどより掛かりやすくなる。
とはいえ当然、状況を冷静に判断できる者もいる。ホワイトストーンやイクノディクタスのような歴戦のウマ娘に、ヒシマサルのような頭が回るウマ娘だ。
だがそれで構わない。この作戦は全体のハイペースを維持したまま、展開を団子にして差しやすくするためのものだ。デバフとは違い、その程度の誤差なら大勢に変わりはない。
早々にダイタクヘリオスが先行集団へ沈んでいく。菊花賞より距離は短いものの、キョウエイボーガンの持久力は根性によるものであり、さらに完璧に仕上がっていた菊花賞と比べればコンディションも見劣りする状況。限界は近いだろう。
レース後半、ナイスネイチャは少しずつ外へ移動し始める。スタミナを消費しすぎないように、団子集団の最外よりもわずかに外。
それを気にしないレオダーバンが大外からまくり始める。メルボルンカップを制覇し、香港ヴァーズでも3着に滑り込んでの遠征帰りであるのにあの領域崩しの咆哮は健在で、何人かそれで走りのテンポを崩されたのが見えた。
瞬発力でも劣っている自覚があるナイスネイチャもまた、溜めに溜めた脚を解き放ってまくり気味に早仕掛けを始める。
それと時を同じくして、相対的に後ろの位置に変わっていたイクノディクタスから《八方睨み》が放たれる。ナイスネイチャに比べれば冷たく刺すような、鉄杭の如き視線に射抜かれたウマ娘たちが精神を磨り減らされる。
そして、遂に雪崩のごとく限界を迎えたウマ娘たちが垂れてきた。巻き込まれたホワイトストーンが減速し、イクノディクタスはメガネのフレームをラチに擦りつけながら、最々内で壁を躱す。
スパートが始まる。ロングスパートを始めていたレオダーバンを追いかけるように、スタミナが残っている面々が先頭のメジロパーマーへと詰め寄っていく。
遠征の疲れが出たのか、レオダーバンが失速する。ナイスネイチャの"デバフ"が放たれ、キョウエイボーガンも力尽きた。
最終直線に入る。失速こそしていないものの加速もないメジロパーマーのリードは最早ない。ナイスネイチャが遂にその背中を捉えようとしていた。イクノディクタスの末脚も伸びている。
だが、それでもメジロパーマーは笑っている。笑みを消すのは今じゃない。
ナイスネイチャがメジロパーマーの横を通り過ぎる。その瞬間、メジロパーマーは自分の中でスイッチが入ったことを自覚した。
超集中による
吹き荒ぶ強風、打ち付ける豪雨、空には曇天。すぐ前を見ることも難しい大嵐の中、ナイスネイチャをメジロパーマーが差し返す。
急坂でスピードを落とすことなく駆け上がっていくメジロパーマーの背中を睨みながら、ここまで来て離されてたまるかとナイスネイチャは強く脚に力を込める。
(ッ……! やられたっ……!!)
一方のメジロパーマーも余裕はない。想定よりも早く追いつかれ、"
(多分、ネイチャからは逃げ切れる……ネイチャにここから差し返す末脚はないはず。イクノも適性より距離が長いから大丈夫……)
「くっ、そおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
心中で呟きながら歯を食いしばって速度を保つメジロパーマー。失速はしない、しかし伸び切らない。悔恨の咆哮をあげながら走り続けるナイスネイチャ。
そんなナイスネイチャの横を抜けていく影があった。
「勝つぞーーーー!!! パーーーーマーーーー!!!」
それはずっと、ギリギリまでバ群の中で息を入れ、スタミナを回復させ続けていた伏兵。輝かしい太陽を背負って、ダイタクヘリオスがそこにいた。
誰も気づいていなかった。ダイタクヘリオスがそこまでスタミナを身に着けていたことに。策を巡らせ続けていたことに。この一瞬を狙っていたことに。
再加速したダイタクヘリオスがメジロパーマーと並ぶ。その瞬間、ふたりの表情から笑みが消えた。
誰も予想していなかった展開。GⅠ未勝利と純マイラーが有馬記念のラスト1ハロンを競り合う。観客の顔にも彼女たちを笑うものはない。
(乗り越える!! どんな障害だって、どんな嵐だって、私の脚で飛び越えてみせる!!! 勝つのは私だ!!!)
限界はとうに超えている。そのはずなのに、燃えたぎるように熱い脚は止まろうとしない。メジロパーマーの本能が、一切のブレーキを破壊し尽くした。
解けかけていた"
「これが私の、大逃げだあああああああああああああ!!!」
そうして、ゴール板を踏み越える。写真判定をするまでもない。
1バ身差で、1着、『嵐を呼ぶ逃亡者』メジロパーマー。
息を整えながら掲示板を確認するメジロパーマーの腰に、大泣きしながら彼女のトレーナーがタックル――もとい抱きついてくる。後ろからはダイタクヘリオスが笑いながら肩を組みかけてきた。
勝利者へインタビューをしようと近づいてきたカメラに対して、自分のことのようにダイタクヘリオスがピースを見せる。それを見て、自分もピースサインを送ったメジロパーマーの顔にも笑みが浮かんでいた。
"バカと笑え。最後に笑うのは
嵐の先に待っていた快晴の下で、彼女は大いに笑っていた。
◇◆◇
年が明けて、某日。中央トレセン学園、生徒会室。
「……先に、念の為聞いておこう。
生徒会長の席に座るのは言うまでもない。『"絶対"なる皇帝』シンボリルドルフ。しかし、平時の穏やかな視線とは違い、その双眸には剣呑な輝きが宿っている。
その原因は、彼女の前にある机の上に落ちていた。偶然シンボリルドルフしかいない生徒会室へ突如やってきた
反射的にシンボリルドルフが顔を庇った手に当たったそれの意味を彼女なら、上流階級の一員たるシンボリ家次期総帥ならば理解できている。
だが、その闖入者は上流階級からは程遠い生まれ育ちであるために、
投げつけてきたその、
「その反応ってことは、間違ってないってことだよね。なら聞くまでもないでしょ、皇帝陛下」
貴族のルールにおいて、白手袋を投げつけることは即ち、決闘の申し込みを意味する。簡潔に言えば、それは果たし状だ。
目の前のウマ娘から発せられる圧力に、シンボリルドルフはまるでそれが別人であるかのように錯覚する。一度見た顔を二度と忘れない彼女を以てしても、そう錯覚するほどの凄みをその挑戦者は持っていた。
グツグツと煮え滾る6,000℃の睥睨。その顔に、笑みはない。
「アンタを
ギラギラとした灼熱を
ストーリーライン的事情で、オグタマライブは延期となります。