万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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 お久し振りです。
 


皐月前

 府中の中心地とも言える立地にある大型のショッピングモールは、目前に迫りつつある桜花賞・皐月賞フェアが行われていることもあり、賑わいを見せていた。

 ファングッズ売り場の棚に所狭しと並べられたぱかぷちは特に歴代の桜花賞・皐月賞ウマ娘のものがクローズアップされており、出走表こそ確定していないもののまず間違いなく出走するだろうとされているウマ娘の応援グッズなども、小気味よい売れ行きを見せている。

 丁度そんな応援グッズコーナーを見ていた親子連れの父親が、小学生の息子に彼が好きなビワハヤヒデのお面を買ってやろうと手に取ったとき、父親の手がクイクイと引かれた。

 

「ぱぱ、あれ」

 

 息子が指を向ける方を見るまでもなく視界に飛び込んできたのは、目立つほどに膨らんだ芦毛の髪だった。その親子ばかりでなく周りの客もチラチラと視線を向けている。とはいえ、彼女が――正確には彼女()()が――見られているのはその髪だけが原因ではない。

 なんせ、同じ顔が目の前の棚と自分の手の中にあるのだから。

 

「よ゙がっ゙だよ゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!! ダイ゙ジン゙も゙皐゙月゙賞゙出゙ら゙れ゙る゙ん゙だ゙ね゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙!!!?」

 

「うっさい。チケット、公衆の面前」

 

「だから言っただろう。重賞を2勝しているんだ、出走できないということはまずないと……いやそれにしてもチケット、声量」

 

「ゔる゙ざぐでご゙め゙ん゙よ゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!」

 

「止めようとすると余計大きくなるんだけど」

 

「トランプタワー建築時の手の震えか?」

 

 まぁ正確に言えば頭のデカさではなく声のデカさで目立っていたのだが。

 ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナリタタイシン。今注目されている3人の競走ウマ娘である。特にウイニングチケットとビワハヤヒデは2()()という形で、今年の皐月賞の優勝候補として数えられている。

 古将、柴原政祥トレーナー率いるチーム《レグルス》に所属するウイニングチケットと、中央トレセン学園最強と言われるチーム《リギル》に所属するビワハヤヒデはともに、先日行われたトライアルレースである弥生賞と若葉ステークスにそれぞれ勝利し、皐月賞への優先出走権を獲得している。

 同世代のウマ娘たちの中では抜けた実力を持つこのふたりに期待が集まるのは至極当然なことだろう。

 

 そして、それとはまた別にこのナリタタイシンも注目を集めている。ここまで無敗。京都ジュニアステークスと共同通信社杯を勝っており、前評判に比べれば戦績は上々。

 とはいえ、ウイニングチケットとビワハヤヒデのふたりには劣ると見る者が多く、掲示板に載る可能性はあっても優勝は難しい。世間一般の印象はおおよそそういうものだ。

 ただでさえ、ナリタタイシンというウマ娘は非常に華奢な体つきをしている。小柄な実力者と言われれば、直近では秋の天皇賞を連覇している皐月賞ウマ娘『不滅の逃亡者』ツインターボや、世界最強格のステイヤーと目されている『黒い刺客』ライスシャワー。小学生からの飛び級でありながらGⅠ3勝をあげた『早咲きの乙女』ニシノフラワーがいる。

 少し歴史を遡れば、オグリキャップと並んで芦毛の呪いを覆した『白い稲妻』タマモクロスや、同じくオグリキャップと熱戦を繰り広げ永世三強の名を(ほしいまま)にした『大井から来た猛将』イナリワンが挙げられる。

 しかし、彼女らが小柄ながらに筋肉の付き具合などから体が鍛えられていることを見て取れるのに比べて、ナリタタイシンの小柄さはそのまま脆弱さに見える華奢さがあった。

 栄養状態や体力こそ、トレーナーによる栄養管理で改善されておりレースに影響が出るほどではないのだが、それが見た目に反映されづらい体質であるようだ。そして、そのような事情など世間は知ったことではない。

 

 そんなナリタタイシンが注目される理由は、はっきり言って戦績よりも所属するチームにあった。

 チーム《ミラ》。先述したツインターボやライスシャワーの他、日本初の凱旋門賞ウマ娘であるアイネスフウジンなどが所属する、新進気鋭の強豪チーム。であればナリタタイシンも凡百ではないのだろうと。

 ウイニングチケットやビワハヤヒデには流石に()()()()()()()()()、勝てなくともレースを盛り上げてくれるのではないか、という期待がそこにはあった。

 

 勿論、「あのチーム《ミラ》が、網怜がその程度で済ますはずがない」と、ナリタタイシンの優勝を期待する声もある。

 しかしそれは、ホープフルステークスを制することで実力をハッキリさせたウイニングチケットや、《リギル》所属であること、デビュー前でありながらも模擬レースやトレーニングで既に話題となっているナリタブライアンの実姉であることを差し引いても実力を評価されているビワハヤヒデとは違い、ナリタタイシン本人ではなく《ミラ》への信頼であった。

 

 さらに、幸運なことになのか不運なことになのかはわからないが、先日行われた大阪杯が「ナリタタイシンも皐月賞で勝てるのではないか」という声を大きくしていた。

 理由は簡単。メジロマックイーン、ナイスネイチャ、ツインターボ、イクノディクタスなどの錚々たる出走者を押しのけ、レッツゴーターキンが11番人気で勝利し、()()G()()()()を成し遂げたのである。

 ツインターボを差し切ったその末脚は前走までのそれを大きく上回る鋭さで、()()()()()()()()()()()かのような鬼気迫る走りは"領域(ゾーン)"を凌駕する何かがあったと同時に、レースに絶対はないのだと再確認させるに至った。

 ただでさえその前週の高松宮記念で、サクラバクシンオーが圧倒的な1番人気での圧倒的な勝利を、先月はフェブラリーステークスで1番、2番人気のハシルショウグンとカミノクレッセが盛大なマッチレースを見せたあとだったのだから、この大番狂わせは2戦とのギャップで強く印象付けられただろう。強いものは強い、が、絶対ではない。

 あるいはスプリングステークスを制し、史上二人目となる()()()()()中央重賞ウマ娘となり、皐月賞への切符を手に入れた者がいることも一因か。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、ナリタタイシンが皐月賞を勝つこともあり得るのではないか。

 

 ただ、それらを加味してもナリタタイシンの人気は他のふたりに比べて大きく劣っていた。

 今回、ツインターボのときのようにギリギリまで実力を隠す作戦を網は選んでいない。

 それは「自分の実力を見せつける上で不純物を混ぜたくない」というナリタタイシンによる希望だ。作戦など関係なく自分の脚だけで、勝てるということを証明する。そういう意図があった。

 そのためにはじめから実力を隠すことなく重賞を2勝、無敗で勝ち進んできたのにも関わらず、くだらない色眼鏡のせいで劣ると思われていることは、ナリタタイシンの精神を逆撫でた。

 

 ――とはいえ、その色眼鏡は特別間違ったものの見方であるとは言えないのだが。

 ナリタタイシンを主役に据えるのなら、確かにその体格を見た者たちが浮かべる侮りや同情、あるいは心配といった感情は余計なお世話でしかなくひどく苛立つものだろう。

 しかし、よく考える必要などないほどに、()()ではなく()()であるその体躯は本来レースにおいて大きなハンデとなる要素なのだ。ナリタタイシンがそれをどう感じているかはともかく、客観的に見て彼女への評価は妥当なものだった。

 

 そんなわけでこの3人が並んで歩いていれば、目立つのは基本的にウイニングチケットとビワハヤヒデの2人であり、体格差もあってナリタタイシンは目立たないことが多い。

 実際、今も3人を見ている人の多くはそのふたりに気を取られ、ナリタタイシンまでは注視していない者がほとんどだった。

 

「あっ! ハヤヒデ、タイシン! 見てみてカブトムシ売ってるよお!!」

 

「旬だからな。だが寮はペット禁止だ、諦めろチケット」

 

「ハヤヒデええええええ!! こいつら交尾してるよおおおおおおお!! 生命の神秘だあああああああ感動したああああああああ!!」

 

「なんでもいいのかお前は」

 

 何度か言及しているが、ウマ娘というのは意識外の衝撃に対して、その人間を凌駕する膂力を発揮できない。ナイスネイチャが暴漢の一撃に耐えられなかったように。

 

「そう言えばタイシン、そのカバンのストラップ……タイシン?」

 

 ビワハヤヒデが振り向いた先に、ナリタタイシンはいなかった。

 

「……やはり今度から手を繋ぐか……」

 

 ナリタタイシンもウイニングチケットも、気がつけばどこかへ行ってしまうのはいつものことだ。このショッピングモールにはゲームセンターも入っているので、そこへ行ったのだろう。ビワハヤヒデはそう結論付けて、LANEで自分たちはフードコートへ行くことを伝えるメッセージを送ると、ペットショップの奥へ入っていくウイニングチケットを追いかけた。

 

 ビワハヤヒデの背後で、多目的トイレの『使用中』のランプが光っていた。




 隔日か……3日に1回は少なくとも……

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