万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
ゲートの中でナリタタイシンは思い出していた。パドックで目があった貸服のウマ娘、イズミスイセン。
彼女があの実行犯の身内であったことは知らなかったが、むしろイズミスイセン自身が自分と面識があるウマ娘であることを思い出した。名前こそ覚えてはいなかったが、顔を見て認識が合致した。
恨みがないと言えば嘘になるし、どうでもいいと言うほど達観もできていない。しかしその一方で、個人個人に対する恨みは既に『他の奴ら』という一絡げに纏められ、イズミスイセンから受けた言葉はすぐに思い出せても、それを言ったイズミスイセンの顔はすぐに思い出せなかったくらいだ。
謝罪されたとして、それを受け入れるつもりはない。赦す気はさらさらないし、彼女個人に謝られても何かが変わるわけではないのだ。奇しくも、イズミスイセン自身もそれを理解していた。
(でも、そこにいるなら
心には余裕がある。他にあるのは程よい緊張と、レースへの期待と高揚。
(アタシがマジだってこと、教えてあげる)
ゲートが開く。BNWの3人はそれぞれが違う脚質の位置につく。ビワハヤヒデはいつもの先行、ウイニングチケットはやや控えて差しの位置。そしてナリタタイシンは最後方。
一方、イズミスイセンはウイニングチケットよりやや後ろの差しの位置にいた。ダートでは先行気味に走る彼女が、芝に適応する上で選んだのがこの位置だった。
(芝の上だと思ってるよりもかなりスピードが出る……いつものペースで走るとスタミナが保たないし、脚を残さないと後ろからでも差し切られる……ダートとはまったくセオリーが違う。力押しは通用しない……!)
イズミスイセンの頭に浮かぶのは中央で芝とダートを行ったり来たりしている化け物と、大井から中央へ渡り砂を蹂躙している化け物。カミノクレッセとハシルショウグン。
その両方ともが、芝のレースを先行で勝っている。とてもではないが真似できるとは思わなかった。
(イズミスイセン。中央転属の話も出たが、断って地方に残ったと聞いていた……なるほど、相応の実力はありそうだ)
ビワハヤヒデは分析する。ダークブロワーであるイズミスイセンのデータは少なく、芝のレースに至っては1レース分しか存在していない。
その不明瞭さから危険度を上に設定していたが。
(だが、これなら予想値を外れることはない……やはり注意すべきはチケットとタイシンか……実力に関してはチケットから逃げ切れるかどうか、1バ身以内の決着になりそうだが、逆に言えばある程度予測はつく……その点、タイシンは不安定性が脅威だ)
ウマ娘は大きく分けて、負けないレースが得意な者と勝つレースが得意な者がいる。前者の代表こそが『"絶対"なる皇帝』シンボリルドルフと、『名優』メジロマックイーンと言えるだろう。ビワハヤヒデ自身もこちらに分類されると考えている。
一方の後者は『ターフ上の演出家』ミスターシービーや『傷だらけの帝王』トウカイテイオーが分類される。まだデビューこそしていないがビワハヤヒデの妹であるナリタブライアン、そしてナリタタイシンが、こちらに分類されるウマ娘だ。
後者の特徴こそ、ビワハヤヒデ曰く『乱数の幅の広さ』である。自他のコンディションやレース展開に影響されやすく、負けるときはあっさり沈んだかと思えば大番狂わせの金星を挙げたりもする。
(その点、今日のタイシンは明らかに
前半を過ぎてビワハヤヒデは逃げふたりの後ろ3番手。中団にウイニングチケットとやや後方にイズミスイセン、ナリタタイシンは未だ最後方。
「……逃げがペースを握れてないの」
「えぇ。ビワハヤヒデのレースコントロールが抜群に上手い。ナイスネイチャのように臨機応変に小細工を仕掛けるのではなく、恐らくはじめから描いてきた設計図のままに周りを走らせている」
「こざ……?」
俯瞰してみればよくわかる。一見逃げのふたりがレースを引っ張っているかに見えて、その実逃げ不利のハイペースかつ詰まった展開になっている。逃げが後続を押さえきれていない。
「すごい圧迫感だよね……」
「確かにあれに追いかけられたら焦るの」
「先輩方わざとやってます?」
彼女の頭はデカくない。しかし存在感は圧倒的だ。
ビワハヤヒデの走りはブレない。体幹の強さもそうだが、自分の走りに一切の迷いや疑いがない。そのブレなさが周りを焦らせる。
最終コーナー手前、計算通りのハイペースの中でしっかりと息を入れ、早々に前ふたりを捉える。ここから最終コーナーで抜け出して突き離すのがビワハヤヒデのいつもの勝ちパターン。
しかし、スパートの一歩を踏み出そうとした瞬間、ビワハヤヒデの背後から強い圧迫感が襲った。《八方睨み》のような鋭い威圧ではない、暴力的な、殴りつけるような、あるいは面で圧し潰すような圧迫感。
イズミスイセンの威圧だった。息を入れた相手の緊張が弛緩する瞬間を狙った威圧で多くの走者が萎縮した。
それを機と見たウイニングチケットが一気に位置を上げる。最終直線が短い中山レース場で早仕掛けをするのは有効な手だ。2400mを目標とするウイニングチケットにはそれを可能にするだけのスタミナもある。
レースは佳境の勝負所に突入する。ナリタタイシンは最後方から動かない。前から順に名前を呼んでいた実況が、ナリタタイシンの名前を呼ばなかった。
ビワハヤヒデが加速する。一瞬タイミングがズレたものの前を捉えて抜け出し、突き離しにかかる。それを見た後続も、引き離されまいとスパートをかけ始める。
バ群を避けるように大外に振っていたウイニングチケットが追い上げる。GⅠ制覇の末脚は伊達ではない。遠回りのロスなどものともせずビワハヤヒデに迫る。
最終直線、そんな強者のぶつかり合いを見ながら、イズミスイセンは歯噛みした。自分の脚は動いている。他のウマ娘たちは次々後ろに流れていくのだ。
しかしそれでも、ビワハヤヒデに、ウイニングチケットに、届かない。
(あぁクソッ!! 遠いなぁGⅠ!!)
一度目の受験で折れ、二度目の受験では背中さえ見えなかったGⅠの背中は、それでも遠く遠くに、見えている。
その時、最後方から影が迫った。
イズミスイセンを抜き去って、ナリタタイシンがスパートを切る。観客たちがその急加速にざわめいた。急速に上がっていく影は次々に先行を抜き去っていく。
バ群の外目の位置を突っ切って、最短距離で先頭を目指すナリタタイシン。その背中を見て、イズミスイセンは力を絞り出す。待ち受けるのは中山の急坂。
(くっ……わかっていたが、計算に実力が追いついていないか……!)
上り坂で僅かに減速するビワハヤヒデ。それでも、追走して差し切らんと走るウイニングチケットに前を譲らない。
接戦を演じるビワハヤヒデとウイニングチケットに、ナリタタイシンとイズミスイセンが迫る。ナリタタイシンとイズミスイセンの差は縮まらない。むしろ刻一刻と開いている。
坂を登りきり、ナリタタイシンが並――ばない。そのままビワハヤヒデとウイニングチケットを躱し先頭に立つ。
それを見て、ビワハヤヒデが差し返す。ウイニングチケットは伸びが苦しい。イズミスイセンは諦めない、
最終的にはほとんど並んでのゴールイン。しかし、写真判定するまでもなく差は歴然。1着、ナリタタイシン。
観客が沸く。高く振り上げた拳が天を衝くその背中が、背丈以上に大きく見えて、イズミスイセンは掲示板で自らの決着を見る。
3着。ビワハヤヒデの後塵を拝し、それでもウイニングチケットを差し切っての3着は、地方のウマ娘ならば上々の結果だろう。しかしそれでも。
(……勝ちたかったなぁ……)
彼女でなくたって、誰でも思うことだ。今更しみじみと考えることではない。
(……謝るべきか)
レース前は、変な影響が出ないようにという気持ちもあった。今は、それは関係ない。許しを請う気持ちは依然としてない。謝罪に対する考えも変わってはいない。
謝るのも謝らないのも、どちらも自分の意志で、相手のことを考えてと言っても結局は自分の考えで、だからといってナリタタイシンに「謝ったほうがいいか」なんて口が裂けても言えなくて。
それは至極簡単なことで、間違いを犯したその時点で、詰んでいるのだ。加害者側が何を選んだところで加害者でしかない。
「……え……?」
程よい疲労からかいつの間にか座り込んでいたイズミスイセンに手を差し伸べたのは、あまりにも予想外なことに、当のナリタタイシンだった。
「……えっと……」
「言っとくけど、赦す気はないから」
言葉が詰まって出てこないイズミスイセンに対して、ナリタタイシンは無理やり手を掴んで立ち上がらせながらそう言い捨てる。
「アタシの勝ち。ざまみろ」
べーと、からかうように笑いながら舌を出すナリタタイシンに、イズミスイセンは一瞬呆気にとられたあと、これでいいのかと納得した。
「似合ってんじゃん、勝負服」
「当たり前でしょ」
「次は勝つから」
「あっそ、精々頑張れば?」
皐月賞閉幕。ナリタタイシンの因縁もまたひとつ幕を下ろし、舞台は次へと進む。
謝罪関係はどうあがいても納得できない層が出るんですよね。感情論しか出ないので。結局「時と場合と人による」が正解なんすわ。だから色んな意見感想あって然るべきなんだけど、せめてちゃんと読んでからにして(哀願)
まぁ今回のことはこれが正解だったってことで。ヨロシャス。
スプラトゥーン3が面白いのが悪い。