万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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※この作品はフィクションです。現実とは異なる点が多々ございます。ご了承ください。


土産

 ふたりが出会ったのはある夏の日のことだった。

 ビワハヤヒデとナリタタイシンが一足先にチーム入りしトレーナーを持ったことに焦りを覚えたウイニングチケットは、フラフラとトレーナー探しに歩いていた。

 実際はこの日より数日前に行われた選抜レースでウイニングチケットは見事な走りを見せ、彼女をスカウトしようと名乗りをあげるトレーナーも少なからずいたのだが、その名乗りはことごとく彼女の声に阻まれて彼女には届いていなかった。

 ちょうどそんなときだった。ウイニングチケットがふと三女神像の陰に目をやると、何者か人影が横たわっているのが見えたのだ。校舎裏、階段の防災扉の裏、切り株のウロ、柴原政祥による都度4回の試行が実った瞬間である。

 倒れている柴原を見つけるや否や彼の元へと駆け寄るウイニングチケット。その際に発した悲鳴で柴原が本当に召されかけたが彼は負けなかった。

 

「う、うぅ……水……水、もしくはダービー……」

 

「お爺さん!? どうしたの!!? しっかりしておじいさあああああああああああああん!!?」

 

「うっせ……おぉお嬢さん……わしゃもう駄目じゃ……体は思うように動かんし飯も3杯しか食えん……せめて最後にダービーウマ娘を育ててみたかっ……た……」

 

「ああああああああああああああああああああ!! おじいさあああああああああああん!! アタシなるよおおおおおおおお!! ダービーウマ娘になるよおおおおおおおおおおおお!!」

 

「やマジでうっせ……じゃ、じゃあこれに記入しとくれ……」

 

 こうして、ウイニングチケットは柴原の名演技と巧みな話術によってチーム加入申込書類にサインをしたのだった。

 

「ということで新しいチームメンバーを連れてきたぞい!」

 

「ぞいじゃねえんだよ枯れ枝ァ!!」

 

「カンピョウッ!!?」

 

「あの茶番で騙されて連れてこられる方も連れてこられる方だけどアホな方法でスカウトしてんじゃねえよぉ!!」

 

「す、《スピカ(ズタ袋で拉致)》よりマシじゃろ……?」

 

「スカウトにおいてマシもクソもあるかよぉ!!」

 

「落ち着いてジーニアス。あなたも茶番で連れてこられたから悔しいのはわかるけど」

 

「あたしはジュンペーにスカウトされましたけど!!?」

 

 ウイニングチケットを伴って《レグルス》のチームルームへと戻ってきた柴原を襲ったのは、チームメンバーのオギジーニアスによる剛速球(スポンジ)だった。

 大したダメージもないくせに素っ頓狂な悲鳴をあげながら吹っ飛ぶ柴原に追撃しようとするオギジーニアスを、同じくチームメンバーであるリンデンリリーが押さえる。

 目の前で行われた急展開についていけず唖然とするウイニングチケットに、ジュンペーこと《レグルス》のサブトレーナー、一岡潤平が声をかけた。

 

「うちのトレーナーが騙したようでゴメン……今ならまだ加入申込書類も出してないし、入らないなら入らないで構わないから……」

 

 申し訳無さそうに、控えめにそう言う一岡に対して、しかしウイニングチケットは首を横に振って答える。

 

「ううん、アタシ、ここに決める。だって、すっごく楽しそう!」

 

 ウイニングチケットはリンデンリリーに押さえられているオギジーニアスに向かって変顔をしている柴原のもとへと歩いていき、問いかける。

 

「おじいさん! アタシ、ウイニングチケット! 夢はダービーウマ娘になること……おじいさんはアタシにダービーを勝たせてくれますか?」

 

 ウイニングチケットの単純で真っ直ぐな問いかけ。

 その瞳をしっかりと見据えて、柴原はニヤリと歯を見せて笑いながら答えた。

 

「当然。勝たせられんかったらトレーナー辞めてやるわい」

 

 これが、ダービーを夢見る少女と、ダービーだけを掴めていない老人の出会い。

 

 

 

★☆★

 

 

 

「じいちゃんはさー。なんで死んだふりするの?」

 

 ある日のこと。ウイニングチケットがふとそんな疑問を口にした。

 きょとんとした表情の柴原に対して、ウイニングチケットはさらに問いかける。

 

「じいちゃんいつも死んだふりしてるじゃん。そのうちみんな信じてくれなくなっちゃうよ!」

 

「大丈夫よ。ハナから信じてるやついないから」

 

 オギジーニアスによる事実陳列は残念ながら虚しく虚空へ消えた。

 ウイニングチケットによる根本的な疑問に柴原は即応する。

 

「そりゃおめぇ、まさにそのためさ」

 

「ふぇ?」

 

「『あのクソジジイがくたばるわけねぇ、どうせまた俺らの反応見てほくそ笑んでやがるぜ』っつって小突き回されてる内にスーッと逝けりゃあ本望だ。わしゃあ死ぬときに泣かれたかないんだ。笑って見送れなんざ言うつもりはねぇが、湿っぽいなかで逝くくらいなら『やっとくたばったかあのジジイ』『地獄から這い出て来ねぇようによく焼いて棺桶の蓋に釘打っとけ』とでも言ってくれたほうが随分マシさね」

 

 爺はよく人をからかう。それで相手に損させることは早々なく、精々顔が汚れるくらいのものだ。特にやらかしたときはしっかり身銭を切って落とし前をつける。

 誰にでも馴れ馴れしく、いつまでもクソガキのような男だった。

 

「特にチケゾー! お前の泣き声なんかは極楽にいても地獄にいても聞こえるくらいデケェんだから、わしが死んで当分は泣くんじゃねえぞ! 気が滅入るからな!!」

 

「ムリだよおおおおおおおおおおおおお!! じいちゃんに死んでほしくないよおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「ウルセェってんだろがぁ!!?」

 

「お前もうるせぇんだよクソジジイ!!」

 

「ジーニアス、君もね……」

 

 どこか情けなく愛嬌がある、しかし頼りになり威厳に満ちた、獅子(レグルス)のような男だった。

 

 

 

★☆★

 

 

 

 ウイニングチケットが思い返してみれば、前兆は確かにあった。指摘して、病院に行かせようと思えばそれもできたかもしれない。

 しかし、それをしなかった。唯一指摘しようとした一岡に対して柴原が「言うな」と低く返事をしたその時に、この哀れな男の意地を通す共犯者になったのだ。

 『皇帝の杖』こと岡田トレーナーの『ウマ娘優先主義』に対して、意外なことに柴原は『徹底管理主義』を掲げており、若い頃はオーバーワークしようとするウマ娘を力と技で押さえ込み『剛腕』のあだ名をほしいままにするほどだ。

 経験を積みながらも老いで勘の鈍った今、病床の上から指示を出して、己のやり方で正確な指導ができるかわからないからだろう。

 自身の体のことは自身が一番良くわかっている。これが最後なのだと。

 

(泣いたらダメだ!! 泣いたら視界が曇る!!)

 

 わかっている。別れが近いことなど。

 楽しかった。今までの人生と比べれば短い間だったけど、《レグルス》での日々はとても楽しかった。自分がここまで来られたのは、柴原のお陰だ。

 ここで勝って、ダービーウマ娘になる。それが自分にできる唯一の恩返し。

 

 ウイニングチケットというX(変数)の、X(未知)なる"領域(ゾーン)"に触れたビワハヤヒデが、《変数Xからの贈り物(Presents from X)》によって己の"領域(ゾーン)"を開花させ最終コーナーを回る。

 ウイニングチケットはそれを昇り龍が如き差し足で躱し先頭に躍り出る。

 

 最終直線、迫りくるナリタタイシンの影がウイニングチケットを捉えるのを、全身全霊の末脚で粘る。

 

 ビワハヤヒデも、ナリタタイシンも、ウイニングチケットを越えて栄光を掴むことを未だに諦めていない。勝者は自分だ、切符をよこせと、己のプライドをぶつけ合い追いすがる。

 激しい競り合い、それでも、勝利のチケットは、彼女()へ。

 

「ダービーウマ娘に、なるんだぁあああああああああ!!」

 

 幼い頃に描いた彼女の夢。

 もはやそれは、彼女だけの夢ではない。

 ジュンペーが、ジーニアスが、リリーが。そしてなにより、誰よりも、ダービーを()()()()()()()

 最後のチャンスを、夢を、自分に託したのだから。

 

「夢の先へっ、届けえええええええええええええええええッッ!!!」

 

 瞬きさえ許さない、熱狂の2()()2()3()() 。

 

 最後の直線を制した者の名は――

 

『ウイニングチケット! ウイニングチケット!! 先頭はウイニングチケット!!! トレーナー柴原念願のダービー制覇をウイニングチケットが決めました!! 勝ったのはウイニングチケットです!!』

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「申し訳ありません。こちらどの局のカメラでしょう? ――あぁ! はいはいわかります。カメラさん2台ありますね? ……もしよろしければ、お一方ついてきていただいてよろしいですか? 損はさせませんので……」

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「チケゾーっ!! こっち!!」

 

 府中2400mを走りきり、その場に膝をついて倒れてしまいそうなほどの疲労がウイニングチケットを襲う中、その声がやけに響いて聞こえた。

 それがいたのは地下バ道の出入り口。ひとりの男性がウイニングチケットに向けて手を振って――

 

 飛んできた()()を反射的にキャッチする。手の中のそれは、何の変哲もないヘルメットだった。

 彼は確か、と、ウイニングチケットは記憶を巡る。そこにいたのは、チーム《リギル》のサブトレーナー、笹本だった。

 『何をやっているんだあのたわけはッ!!』という声がリギルの関係者席から聞こえるが、それを気にした様子もなく笹本はチケゾーを呼び続ける。

 

 不意に、ウイニングチケットの体が浮く。

 誰かに持ち上げられたと考えたときには既に元いた場所を大きく離れ、自分を持ち上げたのがリンデンリリーであると気づいたときには笹本のもとまでたどり着いていた。

 

「リギルの新人トレ。うちの可愛い後輩、怪我させたらただじゃ済まないんで」

 

「フゥー! 怖!」

 

 やっと、何が起こっているのか察したウイニングチケットが、素早くヘルメットを被って、震える脚に鞭打ってなんとかバイクにまたがる。

 

「しっかり掴まっとけ」

 

 笹本の声と共に景色が後ろへブレる。

 激しいエンジン音と共に地下バ道をバイクが駆け抜ける。観客の声援も混乱も置き去りにして、地下バ道を抜けたバイクは進路を駐車場、そして公道へ向ける。

 公道へ出たバイク、それを追う1台の黒い車がいた。網のヤールフンダートだ。

 

 遡ること数分前、網はとあるテレビ局のスタッフと接触していた。

 局のカメラマンと撮影カメラを借り受けて愛車に乗せた網は、《ミラ》のメンバーがビワハヤヒデとナリタタイシンを担いでやってくるのを、駐車場出口近くで待っていた。

 

「ちょ、なにこれ!? 説明して!!」

 

「遂に笹本がやらかしたかと思えば、リンデンリリーや網トレーナーまで……悪巫山戯では済まない。なんの事情があってこうなっている?」

 

「端的に言いましょう。ウイニングチケットの所属するチーム《レグルス》のトレーナー、柴原政祥御大が昨日心筋梗塞で倒れ入院、今危篤状態で生死の境を彷徨っています」

 

 事情を聞かされていたアイネスフウジン以外のメンバーが、ビワハヤヒデとカメラマンも含めて絶句する。そして、目の前を走り抜けたバイクに続いて車が発進したとき、その目的地がどこなのか察した。

 笹本、ウイニングチケットを乗せたバイクと、チーム《ミラ》、ビワハヤヒデ、カメラマンを乗せた車は都道9号に入り、柴原の入院する病院へと向かう。

 

「そのカメラの映像、レース場の電光掲示板と繋がったって!」

 

「えっ」

 

「皆様お騒がせしております。先程のレースで3着に入りましたナリタタイシンの所属するチーム《ミラ》の担当トレーナー、網怜と申します。今何が起こっているのか説明させていただきます」

 

 日本ダービーにも出走していたステージチャンプが所属するチーム《カノープス》のトレーナー、南坂によって会場に映し出されたカメラマンの映像を通して、網が事情を説明する。

 昨日、柴原が倒れたこと。それを出走ウマ娘に知られ、レースに影響が出ないよう箝口令を敷いた上でトレーナー間でだけそのことを共有したこと。

 そして、レース後にウイニングチケットを、最速で柴原のもとへ送り届ける計画を立てていたこと。

 

「幸いにして……と言うとナリタタイシンに睨まれてしまうのですが、ウイニングチケットは日本ダービーを勝利し、その様子を柴原御大は病床で中継越しにご覧になられていたそうです。手を尽くしても最早延命は不可能な状況ですが、せめて最期の挨拶だけでもと、乱暴ではありますがこのような手段を取らせていただきました」

 

 事前に周知させておけば混乱は少なかっただろう。しかし、出走ウマ娘に広がった動揺は、少なからずレースに影響を与えていたはずだ。

 だから、処罰覚悟でトレーナー全員が共犯になり、この舞台を整えた。

 

 走ることおよそ15分、柴原の入院する病院に到着し、駐車する前にウイニングチケット、アイネスフウジン、ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、カメラマンcarried by ライスシャワーが先んじて下車し、院内へ向かう。

 面会の手続きを終わらせて待機していたチーム《リギル》のサブトレーナー樫本理子から面会用ネームプレートを受け取り、アイネスフウジンの案内で柴原の病室へ向かう。*1

 

 病室には、ベッドの上で横になっている柴原と、寄り添うように座っているオギジーニアス、同じトレーナーである柴原の甥、そして立っている医者の姿があった。

 横たわる柴原の表情からは平時のふてぶてしさが失せ、本当に死の淵にいることが窺い知れる。

 カメラマンはそれを映さない。ただ、音だけ拾って部屋の入口で待機する。それが最低限の気遣いだからだ。

 

「……じいちゃん……」

 

 静かに、ウイニングチケットが柴原に近づいて、その手を取る。

 

「ダービー、勝ったよ。アタシが、アタシたちがダービー、とったんだよ」

 

 ウイニングチケットの声を聞いて、柴原が微かに瞼を動かし、口角を上げる。

 つい昨日の昼まで、不調こそあれど普段通りに振る舞っていた柴原の姿からは想像もできない、小さな、小さな反応だった。

 

「……見とぅたわい。よくやった、チケゾー。ダービーだけ取れんとやいのやいの言うてたアホタレ共に、いい冥土の土産ができたわ……」

 

「じいちゃん、アタシ泣かない。泣かないから……」

 

「ハッハッハ……十分湿っぽいわ……そこに、中継の、あるんじゃろ? 入ってこい。しっかり、音だけでも通しとくれ」

 

 カメラマンは柴原の問いかけに反応し、嗚咽を堪えてベッド横まで行く。柴原の顔は映さず、ウイニングチケットの後ろ姿とオギジーニアスやナリタタイシン、ビワハヤヒデらの表情が映るように構えた。

 

「ジュンペー。聞こえとるか? まだ青いが、お前は天才だ。それこそ、奈瀬の嬢ちゃんや岡田の小僧と並ぶ、歴史を変える天才じゃろう。お前に《レグルス》を託す」

 

 一岡が事故で死の淵を彷徨ったとき、柴原は「お前の死神はわしが追い払ってやったわい。なぁに、ここまで何度も死神を追い払ったしぶといジジイだ。死神の1体や2体増えたところで変わらん」などと嘯き、一岡を励ました。

 それは、リンデンリリーのときも、オギジーニアスのときもそうだった。ふたりとも事故で瀕死の重体まで陥った経験があり、半ば奇跡のような回復を見せた。

 一岡は人目も憚らず泣く。リンデンリリーは、涙を流しながら、声を殺して泣いた。

 

「最後に……観客の方々、60回ダービーを勝った、柴原です。ちょいと早いが、お先に失礼します。チケゾー、皆、長生きしろよ」

 

 柴原の心拍が弱っていく。命が、抜けていく。

 

「……陽次(ようじ)……待たせたな」

 

 その日、ひとりの偉大なるトレーナーが、この世を去った。

*1
樫本が案内しようとすると1階の時点で体力が切れるため。




都合によりオグタマライブ回はございません。レースほとんどやってないしね。あしからず。



【追記】

 これ書いたあとに婚活ヒトオスVtuberの最新話読んだから情緒のジェットコースターえぐい。

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