万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

13 / 190
爆逃げ

『すごい! なんだこの脚は!! 出遅れたはずのダイイチルビーが直線で怒涛の追い上げ!! 仁川の坂をものともしない!! 差すかっ! 差すかっ! 差したぁっ!! ダイイチルビー直線一気!! 桜の女王に華麗なる一族からダイイチルビーが戴冠いたしました!!』

 

 マグマのように煮えたぎる血液を肩で息をしながら落ち着ける。無様な出遅れ、貴種にあるまじき失態から見出した己の才能に、ダイイチルビーは拳を握る。

 最終直線、先頭から遥か後方に自分がいることへの、血が沸騰したかのような怒り。起爆剤となったそれは前方への推進力へと化けた。

 

「お嬢、おっつー☆」

 

 地下バ道に反響する軽い声に眉を顰めながら、飛んできたスポーツドリンクを受け取る。

 

「……貴方からの施しは「それミラクルから」ありがたく頂戴いたします」

 

「病室から中継見てたってさ。スポドリでも奢ってやってくれって、やったじゃん?」

 

「正直不服です。己の真価を見つけたとはいえあのような不格好なレース……」

 

 歯噛みするダイイチルビーにダイタクヘリオスは困ったように笑い、ダイイチルビーはそれに苛立つ。

 腐れ縁。ふたりの間柄を問われれば、ダイイチルビーはひどく嫌そうにそう答えるだろう。目をつけられて、つきまとわれている。

 生まれも、育ちも、性格も、レースに向ける姿勢も、今日判明した得意とする脚質まで正反対。同じなのは髪色だけ。

 

「それに……貴方が出ていない。何故出なかったのです。阪神ジュベナイルフィリーズに勝利した貴方ならこちらに出るのが道理でしょう……」

 

「ん〜、いやぁ、あっちの方がバイブスアガりそうだったから?」

 

「私では不服と……?」

 

「じゃなくて! えっと……んー、お嬢もそりゃ好きピなんだけど、アイネスは今ウチにこみこみでバトっときたい感高いから……」

 

「日本語で話してくれません……?」

 

 こういうところもダイイチルビーは苦手だった。自分の知らない言葉で煙に巻こうとする。ダイタクヘリオスからすればもちろんそういうつもりはない――誤魔化したい気持ちはないでもない――けれど。

 そして何より嫌なのが、それでもダイタクヘリオスに確かな実力があると自分の心が認めてしまっていることだ。

 

「……はぁ、もういいです。貴方と話していても疲れるだけなのは前々から理解していました。せめて、無様に敗北することだけはしないでくださいね」

 

「いやぁ、それちょっとキツめかも……多分負ける」

 

「なんです……?」

 

 戦う前から弱気なのか。そう問い詰めようとしたダイイチルビーの目に映ったのは、普段のおちゃらけた姿からは想像もできないほどに鋭く瞳を光らせたダイタクヘリオスの姿だった。

 

「2回マジでぶつかってみたけど、なんつーの? ステ差でパワゲされた感満載みたいな? ウチがMPゼロんなるまでガチってやってる走りをフツー(・・・)にやられたら勝ち目ないっしょ」

 

 ダイイチルビーは息を飲む。言っていることの細部はわからなかったが大筋で何が言いたいのか理解できた。

 大逃げというのは、通常二の脚に残しておくスタミナを道中に配分することであらゆる駆け引きから離脱し、逆に他のウマ娘には追うか追わないかの選択を押し付ける作戦だ。

 そしてこれを完璧な形で成功させるのは、想像するよりも遥かに緻密なスタミナ管理が要求される。ゴールまで一切垂れないで走りきれるだけのスタミナ消費で可能な道中の最高速度を、レース中に起こるあらゆるイレギュラーに対処しながら維持し続けるという規格外の管理能力が。

 何も考えずしてそれを成功し得るのは、破滅覚悟の玉砕が他バを巻き込んで泥沼の消耗戦にすり替えたパターンを除けば3つ。

 

 レコードタイムとラップタイムを参照して区間ごとの目標タイムを算出し、その目標タイムを体内時計のみを頼りになぞりきるか。

 

 自分の出しうる最高速度を維持し続けてもなお尽きないほどのスタミナを蓄え、惜しげもなく注ぎ込むか。

 

 恐怖かあるいは快感か、己の体からの危険信号(スタミナ切れ)さえ認知できないほどの強い感覚にひたすら没入するか。

 

 そのいずれも手札にないダイタクヘリオスがターフのハナを駆けるその裏には、想像を絶する思考量が渦巻いている。その証左こそこの数ヶ月で彼女につけられたアダ名、『笑いながら走るウマ娘』にある。

 脳の使いすぎで常に酸欠寸前の状態にあり、酸素を求めて口をいっぱいに開けながら、神経は脳や体をクールダウンさせようと笑みの形を求める。そして昂り続ける感情は行き場を求め、笑いという形で噴出するのだ。

 

 ダイタクヘリオスが毎回そんな半死半生の状態になりながら、スタミナをつぎ込んでようやく出せる速度に、余力を残してついてくる。

 そんなことをされたらもう、打つ手がない。

 

「では貴方……負けるつもりで走るんですか?」

 

「アッハハハ、そんなまさかぁ! ウチはいつでも勝つ気MAX爆盛ボンバーだし?」

 

 いつものようにおどけながらダイタクヘリオスは笑う。手に持ったウマホに映る出バ表には、2番人気(・・・・)の文字。

 勝てない、勝てるわけない。勝つすべがない。そう言われるほど、ダイタクヘリオスの本能は熱く滾る。

 

「策はないけど、意地で勝つ!」

 

 バカ上等。

 

 

 

 来たる5月2週、NHKマイルカップ。

 ダイタクヘリオスはアイネスフウジンの前を走っている。驚異的なスピードで、追走するアイネスフウジンと10バ身前後の差をつけてのハナ。

 大逃げにわざわざ乗る必要はないと指示されていたアイネスフウジンがダイタクヘリオスに代わりペースメーカーを務める――当然それも他のウマ娘にしてみれば破滅的ハイペースである。

 

『ダイタクヘリオス、後方脚質有利の府中でいつも通りの大逃げ……いえ、大逃げに近いハイペースを展開するアイネスフウジンをさらに上回る爆逃げでハナを進みます!! 2度の坂、長い最終直線、コーナーにある下り坂で息を入れるのは困難、スタミナは大丈夫なのかぁ!!?』

 

(保たんが!? マジムリ1000%じゃんこんなん!! 誰よこんなん考えたヤツ!! ウチでしたぁー☆)

 

 アイネスフウジンが余力を残して並んでくる以上、普段通りの逃げ方ではどうあっても勝つことができない。

 だから、普段以上のスピードで逃げつつ、足りないスタミナを根性で補う。脚は止めなければ止まらない。稼いだリードを守りきる。

 

「爆☆逃げぇ!!」

 

 元々得意な最終コーナーでの突き放し。末脚をほとんど余さない大逃げでありながら、スムーズなコーナリングと直線に入ってからの急加速。

 ダイタクヘリオスは歯を食いしばる代わりにキツくキツく拳を握りしめ、前へ前へと脚を動かす。しかし。

 

「いや、ムーリーぃぇはははははははははは!!」

 

 少しずつ、垂れる。かろうじて最後の坂を登りきった直後に、ダイタクヘリオスは大幅に失速した。

 しかしそれでも、ダイタクヘリオスとアイネスフウジンが作り出したハイペースの影響は大きく、マイラーたちの限りあるスタミナを根こそぎ奪っていたこともあり、ダイタクヘリオスはアイネスフウジンにこそ抜かれたものの他のウマ娘相手にはそのリードを守りきり、アイネスフウジンに次ぐ2着へと2バ身差で滑り込んだのだった。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「で、どう思った」

 

 NHKマイルカップ後、学園へと帰ってきたアイネスフウジンは網によるマッサージを受けながらレース内容を思い返す。

 序盤こそ競り合っていたダイタクヘリオスが徐々に加速していって、みるみるうちに距離が離れていった。しかしその結果は未来のチームメイト(ツインターボ)のような破滅逃げ。

 レース場の性質とレース展開のおかげでリードを守りきったようだが、GⅠのレースとは思えないお粗末な幕切れだった。

 しかし、網のダイタクヘリオスに対する印象は変わらないどころか、上方修正さえされていた。

 

「ダイタクヘリオスは走るのが巧い。あのコーナリングもそうだが、意識的か無意識か全体的に負担の少ない走り方を徹底している」

 

「負担が少ない?」

 

「あぁ。ダイタクヘリオスの競走成績を見たが、クラシック期に入ってからはともかくジュニア期の出走回数は群を抜いている。その負担があまり見られないことが疑問だったが、あの走り方なら納得だ」

 

 かつて『最強の戦士』と讃えられた神話の住人は、金にならなければ走らなかったという。ならばどうしたかと言えば、オープン戦を使って調整を行った(・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 実際、トレーニングと比べてレースの方が得られる経験は格段に多い。

 

「前にも言ったが、ダイタクヘリオスは伸びる。このレースはレース自体を利用したトレーニングであり布石だ。開花するとすれば……来年のマイルチャンピオンシップ辺りか……」

 

「フランスから帰ってきて十分休めてる頃合いなの」

 

「そうだな。恐らくお前の連覇がかかったレースになる。互いに1年半分成長しているとして、同じ走り方をされても同じように勝てると思わないほうがいい」

 

 普段繊細な大逃げを成功させているダイタクヘリオスがGⅠで見せた不格好な爆逃げ。そのインパクトはあまりにも大きい。それこそ、目に焼き付くくらいに。

 観客の多くが彼女を『バカ』と笑っただろう。観戦していた、あるいは出走したウマ娘は「次に爆逃げされたときは惑わされずに勝てる」とたかをくくっているだろう。

 それが彼女の狙い通りだったとしても、強すぎる光はどうしても残像となる。

 例え彼女が何も考えていなかったとしても、起きている事象が同じならば結果も同じだ。

 

「『バカ』を見て笑っていたはずが、『バカを見る』羽目になりかねない」

 

 事実、何も考えていないのだが。

 

「……でも今はそれよりも目の前の日本ダービーなの」

 

「そうだな。日本ダービーにダイタクヘリオスは出ない。なら今は気にする必要はない。俺が覚えておけばいいだけだ」

 

 アイネスフウジンの脚に不調はない。ゼロとは言い切れないが、故障はしないだろう。

 予定は先程公表した。蜂の巣をつついたような騒ぎになったが、想定内だ。マイル路線トップをひた走る娘が、中長距離に分類されるクラシック戦線のど真ん中に乱入してきたのだ。さもありなんである

 今日と同じ府中の、今度は2400m。ダービーを逃げで勝つのは難しいという言葉の通り、逃げが不利になる条件がフルコースのように揃っている舞台だ。

 だからこそ。

 

「勝つぞ」

 

「うん」

 

 負けたくない。

 時代の土手っ腹に風穴を空けてやる。

 日本ダービーまで、あと3週。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。