万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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あかし

 それはビコーペガサス来襲から遡ること数日。スプリンターズステークス後の優勝者インタビューでの出来事だった。

 

「サクラバクシンオーさん、スプリンターズステークス、レコード更新しての制覇おめでとうございます!」

 

「いえいえ、学級委員長として当たり前のことですよ!」

 

「昨年覇者のニシノフラワーさんを破っての勝利となりましたが、それでも当たり前と?」

 

「えぇ、確かに昨年はフラワーさんの努力が実を結び、見事この私を打ち破って見せました。今年のフラワーさんが努力を怠ったとは言いません。ただ、学級委員長という壁が昨年より高くなっていただけのこと!! そして、学級委員長が日々進化するのは当たり前の話!! つまり、今日私がフラワーさんに勝てたのは当然の帰結なのです!!」

 

 現世代スプリンター最強格――いや、現世代最強スプリンターであるサクラバクシンオー。その受け答えの端々から捉えられる傲慢さに、しかし悪意はない。

 それは自負であり、確信であり、誇示である。自らの脚に対する絶対の自信。その揺るぎなさの証明。当たり前だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「サクラバクシンオーさんは、これで高松宮記念とあわせて春秋スプリント制覇、更に国外GⅠのチェアマンズスプリントプライズ、ダイヤモンドジュビリーステークス、ジュライカップを挟んで短距離GⅠ5連勝という快挙を達成しております! 名実ともに世界最強のスプリンターと呼ばれてもよい実績と言えますがいかがでしょうか?」

 

「私に勝てる方が現れないなら、私が最も強いのでしょうね! しかし、今日のフラワーさんもゼファーさんも、私をヒヤヒヤさせる走りを見せてくれました! 頂点は依然として私ですが、それに迫る方々は海外にも多くいらっしゃいますから、私とてこれからも止まらずに驀進し続けるべきでしょう!」

 

「国外では、チーム《ミラ》に所属する同期のライスシャワーさんが、長距離路線で最強格と呼ばれる活躍を見せていますが、同期として、そして、トレセン学園最強チームの座を守り続けていたチーム《リギル》のメンバーとして、対抗心などはあるのでしょうか?」

 

「ライスさんは良き友人であり良きライバルです! それ以外の何者でもありませんし、私たちの走る道が交わらない限りは対抗も何もありません! その答えが出るのは、いずれ彼女と覇を競い合う日が来たときでしょう!! そして、確かに私は《リギル》に所属していますが、それは私が信頼するトレーナーさんが《リギル》所属のサブトレーナーであったからです。私は《リギル》の、或いは《サクラ軍団》の名を背負っているのかもしれませんが、それはあくまで結果に過ぎません!! 背負う名のために走るのではなく、走ったあと皆が見る背にその名があるのです!! 私がこの胸に抱き示し、そのために走ると決めているのは、学級委員長という務めだけです!!!」

 

 だからサクラバクシンオーは揺るがない。曲がらない。折れない。確固たる目標が定まっており、その中途にあるものは道でしかない。

 

「これからの出走予定はお決まりなのでしょうか? やはり香港スプリントを?」

 

「体調次第では、英チャンピオンズスプリントステークスにも出たいところですね! 来年はライトニングステークス*1から始めて、招待が来るならアルクオーツスプリント、来なければ高松宮記念の連覇になりますね……あぁ、そうでした! これは言っておかなければ!」

 

 サクラバクシンオーがわざとらしく咳払いをすると、カメラが彼女の一挙手一投足を見逃すまいと集中する。

 

「もしも、これ以上私に勝つことのできる方が現れないのならば、私がこの短距離の頂に居座り続けるのは不健全だと思うのです。それはきっと、この道の衰退を呼びます。故に、来年のスプリンターズステークスでの勝利を短距離路線の修了として、トゥインクルシリーズを引退、ドリームシリーズへ移籍します!」

 

 絶対的な強さは時に人を退屈させる。

 高すぎる壁は挑戦する気力さえ奪う。

 クラシック路線やティアラ路線ならばいざしらず、自らがいるスプリント路線において、停滞とも呼べるその強さはやがて衰退へと繋がる。サクラバクシンオーはそう判断した。

 

「短距離での格付けは済んだ、と?」

 

「今私がそれを叫んでも納得しない方のほうが多いでしょう。だからこその1年です。私はこれから出走するスプリントレースで勝ち続けます。そして日本における集大成である来年のスプリンターズステークスに勝利することで、私自身の格を証明するつもりです。それ以降、衰え始めた私に勝ったとしても、それが私を超えたことになるとは、ファンはもちろん何より挑戦者自身が納得しないでしょう」

 

 傲慢。言外に「格付けは済んだが疑うなら付き合ってやろう」と遥か高みから見下ろすような発言。しかしそれも当然だろう。短距離で彼女が敗れたのはクラシック期でのただ一度。そしてその敗戦以降進化し続け、前人未到の短距離GⅠ5連勝。今世代最強は疑いようもなく彼女なのだから。

 

「1年、長いようで一瞬です。だからこそ今言わねば間に合わない。来年、私は自ら立てたこのレコードを、再び更新してトゥインクルシリーズのターフを去ります。私が最強であることに異を唱えたければ、それまでに私に勝ってみなさい!!」

 

 力強く、かの『"絶対"なる皇帝』でさえ言わなかった世界に向けての勝利宣言に、最早呆気にとられるしかない記者を差し置いて、サクラバクシンオーは再び咳払いをする。

 再び前へ向けたその瞳は、本題はここからだとでも言うかのように未だ炎が宿っている。

 

「そして、ドリームシリーズでの話ですが――私、サクラバクシンオーは学級委員長として、すべてのウマ娘の規範たる存在であるべきだと考えております。それは、短距離路線だけの話ではないのです」

 

 記者たちがざわつく。サクラバクシンオーが3度走ったことのある1401m以上のレースでの成績は散々なものであり、だからこそ彼女のことを多くのファンは"筋金入りのスプリンター"だと認識していた。

 しかし、この前置きから想定される本題は。

 

「まずはマイル。それからミドルディスタンス、クラシック、そしてロング、エクステンデッド。あるいはダートまで、すべての条件で規範となってこそ学級委員長!」

 

 事実、彼女が言いたかった本題はこちらなのだろう。先程の勝利宣言などは()()()に過ぎない。既に彼女の中で格付けは終わっているのだから。

 

「ブルボンさんという先駆者がいる以上、距離延長は絵空事ではないと考えています! なのでドリームシリーズでは主に距離延長への挑戦、そして全距離区分で『挑戦される側』になることを、学級委員長の最終目標として驀進したいと思っています!!」

 

「そ、それはつまり、ドリームシリーズではスプリント戦には出ない、ということでしょうか……?」

 

「ドリームシリーズにはまだ私が戦ったことのない相手がいます。その方々に勝利を収めなければ真に頂へ立ったとは言い難いでしょうから、それまでは、全く出ないということはないと思います。裏を返せば、その方々が出走しないのであれば、私が出走する理由はないということです」

 

 ドリームシリーズ。その名の通り、かつてトゥインクルシリーズを駆けた優駿たちが集い覇を競い合う『夢』の舞台。それならば、優駿がトゥインクルシリーズで叶えられなかった『夢』を追うこともまたひとつの選択だろう。

 サクラバクシンオーの選択はファンに僅かな未練とこれからへの期待を以て受け入れられた。そして同時に、すべての好敵手たちの闘争心を煽る。

 それでも、サクラバクシンオーは高らかに笑うのだ。目指す先は誰かの背中ではなく、見果てぬ地平の彼方のように終わりのない速さの先の先。

 あらゆるウマ娘(全距離区分)規範(最強)たる学級委員長()となることこそが、彼女の唯一の目標なのだから。

 

 

 

★☆★

 

 

 

「無理です」

 

 網は言葉を濁さなかった。それほど、ビコーペガサスの願いを叶えるために越えなければならない壁は高かったからだ。

 

「サクラバクシンオーは今シニア級、来年のスプリンターズステークスではシニア2年目です。彼女が宣言通りに引退するならば、貴女はクラシック級で彼女に挑まねばなりません」

 

 ツインターボがトウカイテイオーに勝利する、なんてものではない。2年もの経験の差はそれほどまでに大きい。

 その上、恐らく来年もまだ、いや、来年こそサクラバクシンオーは最盛期を迎える。衰えは期待できない。

 

「これから1年足らずで貴女をサクラバクシンオーの領域まで押し上げることははっきり言って不可能です。付け焼き刃で勝てるほど、サクラバクシンオーは甘くない」

 

 それは正論だ。ビコーペガサスに反論の余地を与えない、致死性の正論だ。事実、ビコーペガサスは網の言葉にただ歯を食いしばって耐えるだけだ。

 

「そして同時に、自分の勝利を疑っている時点でサクラバクシンオーには勝てない。彼女の強さは自分の勝利を疑わないことにありますから。貴女がどんな動機からサクラバクシンオーに勝ちたいのかはわかりませんが、絶対に勝てない勝負に絶対に勝てると信じながら挑めますか?」

 

 ビコーペガサスはその問いにすぐには答えなかった。ただ、問を一度飲み込んで、考え、しかし目から光は失われず、決意したように口を開いた。

 

「やってやる……! たとえ負けるとわかっていても、やらなきゃいけないことがあるんだ!」

 

「それは貴女がやらなければならないことなんですか? 他の誰かがやるのでは?」

 

「『誰かがやるだろう』は『誰もやらないかもしれない』だ! だから、アタシがやるッ!!」

 

「わかりました。では、こちら加入届になりますので書いておいてください」

 

 あんまりにもあっさりとした返答に肩透かしを食らったビコーペガサスは目を丸くする。

 

「え……いいのか……?」

 

「サクラバクシンオーに勝てるようにする、などと無責任なことは言えませんから、勝てなかったからと言って、あとで文句を言われたくなかっただけですよ。負けるかもしれないとわかっていて、それでもいいと言うなら結構」

 

「そんなことしねーよっ!!」

 

 これはもはや言うまでもないだろうが、そもそも網にとって担当が勝とうが負けようがなんの感慨もない。勝てればよし、負けたなら原因を洗い出して次へ繋げるだけだ。

 網がサクラバクシンオーにビコーペガサスが負けることを気にしたのは、ひとえに敗戦後のビコーペガサスのメンタルにどれだけ影響するかを考えたに過ぎない。負けたことで壊れさえしなければどうとでもなるのだ。

 

「まぁ仮にサクラバクシンオーに勝てなくとも、スプリンターとして一流と言える程度には育てることを約束しますよ……それに、サクラバクシンオーに勝てる可能性は0%ではありません。運のいいことに、今はそれについて研究せざるを得ない状況でしたから、あとは貴女次第――」

 

「トレーナーさん!! タイシン先輩が!!」

 

 網の声は、ナイスネイチャの声にかき消される。

 すぐにナリタタイシンがいるであろうトラックへ目を向けた網が目にしたものは、しゃがみ込むナリタタイシンと、地面を赤く染める血溜まりだった。

*1
現在はブラックキャビアライトニングに改名されたレース。ブラックキャビアはまだ世に出ていないのでこの世界線では改名前。




赤し

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