万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
スタート直後にナイスネイチャが仕掛けた。威圧を放ちながらやや外側によれたのだ。それは外部から見る分にはほんの僅かなズレだったが、ナイスネイチャの外隣でスタートしたウマ娘からは威圧の効果もあってそのまま突っ込んでくるように見えた。
反射的にナイスネイチャを避けようとした彼女の動きは外へ向かって波及していく。これによって、スタートからコーナーまでの短さで悪名高いこの東京2000mの第2コーナーで、なんとか斜行にならない程度に内へ入ろうとしていたウマ娘たちはそれを阻止される。
比較的内寄りのゲートにいた逃げウマ娘が勢いよくペースを上げていく中、ヤマニンゼファーは番手でレースを進める。その後方外側にナイスネイチャが張り付いた。
この先、ナイスネイチャが威圧をかけることで掛からせた逃げウマ娘は終盤で垂れる。その時にヤマニンゼファーが外に避けられないようブロックすれば、ヤマニンゼファーは垂れウマに巻き込まれて仕掛け時を逸するだろう。
(悪風……空気が淀んでいますね……)
だが、今の位置取りに留まることを嫌ったヤマニンゼファーは、多少走行距離が伸びるのを承知でやや外側にコースをずらす。早々に策をひとつ潰されたナイスネイチャは、それを見て内心舌を打った。
これは偶然ではない。ヤマニンゼファーの独特な言い回しのせいかあまり認知されていないが、彼女にとっての大きな武器はその精神性よりもむしろ、この"空気"を読む能力にある。相手の考えを直感的に察する力に長けており、それをもとにして思惑を外す。
ナイスネイチャは知らないだろうが、彼女にとってヤマニンゼファーは天敵と言っても過言ではない。
しかし、感知できるということは回避できることと同義ではない。
(……っ! なんて複雑な乱気流……まるで
ナイスネイチャの仕掛けた牽制がヤマニンゼファーの安全地帯を少しずつ削り取っていく。一歩でも踏み外せば終わりというほど破壊的なものではないが、足を取られれば連鎖して泥沼に嵌まる。
いつの間にか、ナイスネイチャとヤマニンゼファーの間にウマ娘が数人入り込んでいる。ナイスネイチャが速度を緩めると同時に、自分の前へ後続を誘い込んだのだ。
自分の策がことごとく外されていることは、しばらく攻防を続けていればナイスネイチャにも理解できた。だから、直接ヤマニンゼファーに仕掛けるのではなく、間に他のウマ娘を挟んで間接的に影響を与えることにしたのだ。
ヤマニンゼファーにしてみれば、そのウマ娘たちの動きがナイスネイチャの予測の範疇か不測の事態か不明なのだ。かと言って、その先まで読もうとすると体に回す酸素が足りなくなる。
ナイスネイチャ式の徹底マーク。2200〜3000mが本領のナイスネイチャと、1200〜1600mでしか勝てていないヤマニンゼファー。恐らく、一度スパートの出始めを妨害できれば、立て直してもう一度とはいかない。ナイスネイチャは、2000m初挑戦というスタミナ面への不安をヤマニンゼファーの攻略点と見ていた。
向正面の長い直線。ナイスネイチャは外目につけたままゆっくりと上がっていき、再びヤマニンゼファーの後方外側につける。先程と酷似した構図にも関わらず、ヤマニンゼファーが感じる風の流れは少しばかり異なっていた。
(内側に淀み……でも、外側に向かって微風……?
先程はヤマニンゼファーを内側に閉じ込める策だった。今回も同じような思惑が働いているはずなのだが、同時に外へ誘い出そうという思惑も見える。
状況にそれほど変わりはない。内側
前の逃げウマ娘は未だハイペースを維持しており、いつ逆噴射してもおかしくないし、まくりに行くには早すぎる。迷っているうちにどんどん向正面の終わりが近づいてくる。
(さながらここが颱風の目……八方塞がりならば、覚悟を決めるしかありませんか)
ヤマニンゼファーは意を決して再び外側へとレーンを移動する。これで少なくとも垂れてくる逃げウマ娘にブロックされることはなくなったはずだ。
その瞬間、向正面最後の下り坂を利用したナイスネイチャがヤマニンゼファーとの距離を詰め、ヤマニンゼファーの内に入りながら、コーナーの膨らみを利用して威圧とともに外側へと詰めていく。
コーナーで内側から外への動きであるため斜行と取られにくく、ぶつからないようにナイスネイチャとの距離を維持するためにヤマニンゼファーもやや膨らまざるを得ない。
それによって、後続として迫ってきていたウマ娘たちが開いた内側を通って位置を上げていく。
その瞬間、ヤマニンゼファーは嫌な風が吹いたのを感じた。
「っ!!」
位置を上げていったウマ娘たちに気を取られていた一瞬の間に、先程までヤマニンゼファーの内側にいたナイスネイチャが、今度はまた外側後方にピッタリとつけてきている。間違いなく、この展開はナイスネイチャの想定通りだ。
しかしそれがわかったところで、今のヤマニンゼファーにできることはない。
(来るのがわかってても、こうすれば避けられないでしょ!!)
膠着状態のままコーナーは進み、そして最終直線。ナイスネイチャの《八方睨み》が前方のウマ娘たちを襲う。
(くぅっ……!! 暴風……いえ、鎌鼬のように鋭く容赦のない威圧……!!)
(アタシだって勝ちたいんだ!!)
並の威圧では揺らがないヤマニンゼファーをたじろがせる程の威圧。以前のナイスネイチャならば出せなかったであろうそれは、勝利への執念からくるもの。
それが直撃した先団のウマ娘が一気に崩れる。たとえわかっていても覆せない破滅。ナイスネイチャによって退路を断たれているヤマニンゼファーに、垂れてくる壁を躱す術はない。
「遍昭がアンコール希望だってさ……っ!」
後方に流れていくヤマニンゼファーを横目に、ナイスネイチャがスパートを開始する。仕掛けこそ多く敷いたが、それでもスタミナは十分残っている。
ナイスネイチャが一際強く踏み込んだとき、ナイスネイチャの後ろから突風が吹き荒れた。
「……風は囚われぬもの。
不可解としか言いようがない。ほんの一瞬だけ人と人でできた壁に開いた、大きさも時間も僅かな隙間。
最終直線、最も風を浴びることができるその場所でこそ、ヤマニンゼファーの風を読む能力は一際強くなる。それこそ、どのウマ娘がどのように動くか、一瞬先の未来さえわかるほどに。
飛躍的に向上したコース取りの技巧には、どのようなブロックも通用しない。風を捕らえられる枷などないのと同じように。
一歩、また一歩とヤマニンゼファーがナイスネイチャへと迫る。ナイスネイチャのもう一つの誤算は、ヤマニンゼファーが本質的にスプリンター〜マイラーであると誤認していたことだろう。
ヤマニンゼファーには、2000mを走りきるだけのスタミナが十分存在していた。加速しきった風に、肉体という檻を持って走る者は追いつけない。
走り切って、ナイスネイチャは内ラチに拳をぶつける。あと少しだった。勝てないレースではなかった。今回不足していたのは敵の情報だ。
悔しさが滲む。しかし、その悔しさは卑屈さではなく闘志へと焚べられていく。どこともなく、あるいは未来を睨みつけるナイスネイチャの眼光とは裏腹に、その口元は吊り上がるように笑っていた。
このレースは糧になる。
決戦は2ヶ月後。今度こそ、帝王を落とす、と。
これ解説すんのかぁ……
◇タマ、謎は解くよりも作る方が難しいんだ。知らないのか?