万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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トラッシュトーク

 イズミスイセン、BCダートマイル、5着。

 イクノディクタス、BCマイル、7着。

 現状、日本のウマ娘によるこのBCチャンピオンシップでの成績は健闘はしているもののパッとしないものだった。

 

『……このイズミスイセンってのは、日本のダートトリプルクラウンじゃないのか?』

 

『しかたねぇこったよ。日本のダートトリプルクラウンってのは、ウチらにとっての芝三冠みたいなこったから』

 

『フーン、自虐?』

 

『ちげぇよ』

 

 片や栗毛、片や黒鹿毛のウマ娘たちは、遥か極東からやってきた挑戦者たちを見やる。それほど期待していたわけではないが、まぁ良くて自国の中堅レベル。

 このアメリカのレースの祭典であるBCチャンピオンシップで輝くには少々役者不足と言わざるを得ない。そう判断していた。

 

『アメリカ芝路線のトップが"アメリカの芝はあの程度"なんて言ってんだから自虐でしかないでしょ。舐めたこと言ってるとしばき回されるよ。ってか僕がしばく』

 

『いや殴るこたぁないだろ!? それに、肝心のウチらの相手はそう侮るもんじゃないさ』

 

 黒鹿毛が手にしているタブレットに映し出されているのは、彼女たちの出走するBCターフに参戦してきた、日本の刺客。

 そう、まさに刺客だろう。2年前、極東のレース後進国から突如現れ、フランス最高峰のトロフィーをかっ攫ったKAMIKAZEと、この1年半ほど各国の超長距離路線を荒らし回っているNINJA。

 そんなふたりのウマ娘を育て上げた黒い怪人(SLENDERMAN)が、今度はまた別の刺客を放ってきた。

 

『「NonStop Rabbit」か……相変わらずイカれてんね、アイツら』

 

『油断できねぇぞ。そいつはそれでもクラシック1冠と、日本のエンペラーズカップを連覇してるんだ。GⅠ3勝、格上ってこった……お前の』

 

『そうだね。僕はGⅠ2勝だから。ところでアンタはGⅠ4勝するのにデビューから何年かかったんだっけ?』

 

『3年で4つだなぁ? そっちは2つを1年半だっけ? あれ? 変わらなくない? まさか計算ミスってこたぁないよなぁ?』

 

『3年かけてやっと4つとれるようになったのと、1年半で既に2つとれてるのとでは雲泥の差があるの理解できないかな? 1年半の伸びしろがあるんだよ単純計算できるわけないだろ』

 

『希望的観測が上手なこった。終わりに向けて華々しく輝きを増すプレイヤーもいればアッサリ消えてくプレイヤーもいるんだぜ?』

 

『流石、終わりが近い人が言うと説得力が違う』

 

 辛辣な応酬が続く。険悪そうに見えて、これがアメリカのウマ娘のおおよその平常運転である。レース前のトラッシュトークと言えば、どこぞの京都弁が頭に浮かぶが、彼女たちのそれはオブラートも何もない。煽りと挑発の連続。それでもこの程度ならじゃれ合いだ。

 

『2400mは勝ってないみたいだけど……スタミナ保つの?』

 

『SLENDERMANの担当だぞ。ありゃステイヤーならお手の物だろ。距離延長くらいしっかりしてきてるってこった』

 

『いやにあっちの肩持つじゃん。負けたときの予防線?』

 

『まさか』

 

 黒鹿毛のウマ娘がパドックへ進む。果たして日本からの挑戦者はただの無謀な集団か。それとも自分たちの喉元に牙を突き立てるに足る兵士なのか。

 シニア2年目で花開いた芝のトップスターは獰猛な獣のように笑う。

 

敵役(かたきやく)は強いほうが勝者が際立つってこった』

 

 

 

★☆★

 

 

 

『そういうわけで、私も出走いたしますので、本日はよろしくお願いいたします』

 

『おう! よろしくな!』

 

 一方ツインターボ、出走予定のBCターフの地下バ道に、意外なことに見知った顔があった。この合宿中に何度も見ていた、ダンツシアトルの付き人、フェアリーガーデンである。

 忘れられることも多いが、彼女はアメリカ所属の現役競走ウマ娘である。それも、重賞勝利の経験もある実力者だ。BCチャンピオンシップに出走するというのも不思議ではない。

 

 地下バ道の一角ではアメリカ所属のウマ娘たちがトラッシュトークを楽しんでいるのが見える。これが他国のウマ娘が来ないGⅡやGⅢのレースならば、一角と言わず地下バ道がそんなやり取りで溢れ返るだろう。

 アメリカのウマ娘にとって、レース前のそんなやり取りはレースそのものとはまた別種のプライドを懸けた勝負なのだ。

 他国のトラッシュトークに馴染みのないウマ娘を巻き込まない程度の気遣いはある*1が、中には自ら望んで巻き込まれに行くウマ娘もいる。

 

『お高く止まったイギリスの二枚舌がよぉ……舌ばっか速く回って脚回んねえんじゃねえか?』

 

『随分とまた甘えきった挑発だね。相手のことをろくに調べもせずステレオタイプのパブリックイメージに甘えきった罵倒が的を射ることはないし自らの怠慢を晒しているのとさして変わらないよ。そういう向上心のかけらもない性根が透けて見えているからここ最近勝てると思われていない(人気順位が低い)んじゃないかな?』

 

『案の定よく回ってるじゃねえか舌がよぉ!』

 

『ここはそういう場だろう? だから的外れだと言っているんだ。そもそも二枚舌を罵倒として用いるとして、それは人格面への攻撃であって能力面への攻撃ではない。むしろその弁舌能力を肯定している。極東の島国でさえ「神官の嘘は方便、騎士の嘘は武略*2」と説いているのに頭を使おうともしないキミと違って、ワタシは勝つために常に思考している。もっとも、キミ相手であれば次回公演の台本を(そら)んじていても勝てそうだけどね。ロクに使わないなら重りになるだけなんだからどこかにおいてきたほうがいいんじゃないか? どうせならキミのトレーナーが接吻(キス)できるように銀の皿に載せてあげよう』

 

『バッババババ、バカヤロウ!! 誰があんなムーニーバレー*3野郎とキスなんかするか!!』

 

『おっと予想外な効き方をしたぞ?』

 

 顔を真っ赤にしたアメリカのウマ娘が控室へと走り去り、イギリス所属の赤と白を基調とした舞台衣装のような勝負服に身を包んだ鹿毛のウマ娘が高笑いをあげた。

 イクノディクタスはともかく、イズミスイセンはこの雰囲気に圧され集中力を乱してしまったことも敗因だろう。

 しかし、一方のツインターボは平静を保っている。イヤホンで音楽を聴いているからというのもあるが、身近にアメリカ人がいる環境で育ったアメリカ人ハーフのツインターボにとって、この雰囲気はホームに近いものがあるのだ。

 そんなツインターボに人影がかかる。ツインターボが見上げた先にいたのは、アメリカ所属であろう黒鹿毛のウマ娘だった。

 まず目を引くのはその巨躯。2mはあろうかというその大柄な肉体は日焼けからか遺伝子からか褐色に染まっており、勝負服のボトムスから覗く脚には隆起した筋肉が見て取れる。

 その後ろにジャージのような勝負服を着た気怠げな栗毛のウマ娘を連れて、彼女はツインターボのことを見下ろしていた。

 

『お前がツインターボか』

 

 野獣のように笑う黒鹿毛に歯を見せて笑い返し、ツインターボはイヤホンを外して立ち上がった。

 

『アタシがツインターボだ。でも、悪いけどお前のことは知らない』

 

『そりゃ情報収集が足りねぇってこった。このレースの1番人気、芝のコタシャーンたぁウチのこったぞ』

 

『ふーん。まぁ覚える気はないけど。お前を見るのはこれで最後で、レース中に見ることはないんだから』

 

『そりゃ勇ましいこった。だが身の程を知らないと恥をかくだけだぜ?』

 

『お前より強いやつが日本で待ってるからね。前座は前座らしくアタシより後ろで踊ってな』

 

『なら安心しろ、そのバトンはウチが継いで、アンタもソイツもぶっ潰してやるさ』

 

 トラッシュトークのインファイト。日本育ちとは言え遅れを取るツインターボではない。強豪コタシャーン相手に一歩も退かず渡り合っていた。

 睨み合いは両者同時に目を逸らし、間もなくゲート入りの時間になる。

 

 BCターフ、発走。

*1
サンデーサイレンスが日本でガッツリトラッシュトークを仕掛けにいったのはイブキマイカグラのジャパンカップでのトラッシュトークを見たことと、DEATH_DOSとのロードレースの際に嬉々としてトラッシュトークが行われたため。つまり大体死ねどすのせいである。

*2
明智光秀の言。「仏の嘘は方便、武士の嘘は武略」

*3
ムーニーバレーレース場。コックスプレートなどのレースが行われるオーストラリアのレース場。直線の長さは世界最短の173m。ムーニーバレー野郎の意味は推して知るべし。


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