万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

136 / 190
2400m

 ゲートが開くと同時に、激しいエンジン音と共にツインターボが先頭を切る。各陣営がラビットとして送り込んだウマ娘はそれを見て瞠目する。

 慌ててツインターボに競り合いに行くがその背中を掠めることすらできず、着差はあっという間に4バ身から5バ身ほどまで伸びた。それでも破滅覚悟でツインターボに食い下がるラビットたちとツインターボによってペースは吊り上げられる。

 

(なんだよこれ……! やっぱイカれてる、わかっててもこんなの疑うだろ!!)

 

(レース映像は見たしわかってるつもりだったけど、いざ一緒に走らされるとどうしてもスタミナが保つはずがないって思っちまう……)

 

 先程コタシャーンとトラッシュトークをしていた栗毛のウマ娘、ビエンビエンは心中で毒づく。差しの位置で様子を窺いつつも、気づかぬうちに自分もペースを上げてしまっていた。

 一方コタシャーンは最後方の追い込みの位置取り。あれだけツインターボのスタミナは足りていると予測していたのに、レース中の回らない頭と実際についていっている自分の感覚が待ったをかけてくる。それを意思の力で捻じ伏せて、自分のペースを維持する。

 

 差し掛かる最初のコーナー。驚くなかれ、このデルマーレース場は1周が1408m。そのうちコーナー部分が約850mと日本のレース場に比べて長い間コーナーを走ることになる。

 そしてそのコーナーも、地方レース場でも滅多にないような小回りのコース。自然、スピードを抑えなければ大きく膨らむことになる。

 だが、ツインターボは一切スピードを落とさず、そのままのスピードで第3コーナーへと突っ込んでいく。流石に膨らんだ内側を突いてツインターボを躱そうとする――というよりも躱すことのできる――者はいないが、膨らめばそれだけ走る距離は長くなり、必要なスタミナは増える。

 出しているスピードが速いほど多くのスタミナが必要になるため、ツインターボほどスピードを出していればコーナーで膨らむだけで加速度的に消耗量は増加する。まさに無謀な吶喊。

 ――膨らめば、の話だが。

 

WTF(ウソだろ)!?」

 

No way(あり得ない)……」

 

 後続のウマ娘たちが思わずと言った様子で声を上げ、あるいは呆然と呟きを漏らす。ツインターボがスピードをほぼ維持したまま、内ラチを()()()()()()()()()()()曲がっていくのだから無理もない。

 『破滅しない破滅逃げ』という大きすぎる個性に隠れて忘れられがちだが、ツインターボの最大の長所は――"領域(ゾーン)"によるスタートダッシュを除けば――そのコーナリング能力だ。

 小柄な体と脚の回転の速さを活かしたピッチ走法によって、コーナーの最短距離を縫うように進む。先程コーナーでの膨らみは大きなロスになると言ったが、それは逆説的に言えば、コーナーで膨らまなければ大きなリードになり得るということ。

 それは後続に大きな動揺をもたらした。なにせ、奥の手を出してきたとか切り札を切ってきたとかの単純なプラスではない。『マイナスになると思っていたところがプラスに転化した』のだ。

 それは『ツインターボが2400mを走りきる可能性』に大きな説得力を与えた。となれば次に起こるのは己への猜疑だ。このペースで進んで、ツインターボに差をつけられて、本当に差し切り捕まえることができるのか?

 そんな不安と焦りに焼かれながら、しかしBCチャンピオンシップに挑む歴戦の猛者たちは掛かりそうになる脚を必死に抑える。ここで抑えなければスタミナの消耗云々どころか、ツインターボとの距離を詰めることさえままならない。

 それがわかっていても、何人もの選手が抑えきれずに掛かり始める。

 

(いや、抑える必要などない! むしろ抑えるべきではない!! このワタシの煌めきを抑えられるわけがないのだから!!)

 

 そんな中、ひとりの鹿毛のウマ娘が掛かったと言ってもいいほどの加速を見せた。後方集団のバ群から抜け出し好位につけ多くの注目を浴びた彼女が"領域(ゾーン)"を展開する。

 それは歌劇場。幼い頃から祖父母に連れて行かれた、『王族』を冠する祖国最大の歌劇場こそが彼女の原風景。掛かることで、消耗した分のスタミナを回復するように疲労を癒やす効果のある彼女の"領域(ゾーン)"。

 

(世界よ刮目せよ!! 今ワタシは煌めいている!!)

 

 イギリスからの参戦者、オペラハウスは虎視眈々とツインターボの背中を狙っている。そして、その煌めきに目が眩む者がいるのも事実。掛かりながらもたいして消耗もなく好位置を取ったように見えるオペラハウスに対して焦りを抱く後続が、コーナーであるにも関わらず位置取り争いを始めたのだ。

 既に先頭のツインターボから最後尾のコタシャーンまでは40バ身以上の差が開いた縦長の極地のような展開になっている。

 ただでさえ直線の短いコースなのだから、この時点で後方脚質は既に絶望的なまでの不利を抱えたことになる。

 

(あれが『黒い刺客』のチームメイト……言動で侮っていましたが、恐ろしい精神性……)

 

 フェアリーガーデンが唸り、ツインターボに下していた評価を訂正する。破滅逃げと簡単に言うが、それを行うにあたってのしかかる精神的重圧は想像よりも遥かに大きい。速さは自由であり、孤独なのだ。

 前に誰もおらず、周りにも誰もいない。後ろの遥か遠くから僅かに足音が聞こえるばかり。そんな状況で、ゴールする前に体力が切れるかもしれないという不安と戦いながら、力をセーブしようとする体に鞭打って全力を出し続ける。

 本能というエンジンに理性でブレーキをかけるのではなく、本来よりも強い負荷で強い出力を得(ターボをかけ)る。名前通りの破滅へと向かっていくその姿に戦慄さえ覚えた。

 

 1周1408mであるが故に6度迎えることとなるコーナーは既に4つ過ぎ向正面半ば。1周を僅かに過ぎた計算になる。ツインターボの脚色(あしいろ)は衰えない。

 ラビットとして出走していた者たちは既に力尽き、ギリギリ走りの体を成しているだけの状況でコタシャーンの後方へ流れていく。普段であればいくらラビットでもあそこまで消耗すまい。

 異常なまでのハイペース。しかもそれを引き起こしているのが、本来前残りしやすいスローペースを好むはずの逃げウマ娘。

 コタシャーンは納得した。これは戦いにくい。こんなレースは()()()()()()()()()()()()()()()。相手に未経験のレース展開を押し付け、自分の領分で走り抜ける。そして一切の駆け引きを拒否。

 

(おもしろい!!)

 

 ツインターボだけが最終コーナーに突入したのを見ながら、5つ目のコーナーでコタシャーンは末脚を解き放つ。ツインターボが自分の土俵で戦おうとするなら、自身も自分の武器で戦うだけ。

 

 それを決意した瞬間、コタシャーンは初めて"領域(ゾーン)"へ――いや、"領域(ゾーン)"のその先へと至った。

 

 前にいるウマ娘をゴボウ抜きしツインターボへと迫るコタシャーン。一方ツインターボは、残りは僅かな最終直線のみと言ったそのタイミングで、遂に失速し始めた。

 ツインターボは枯渇しかけている燃料をこそいでこそいで走り続け、勝ち得たリードを崩しながらゴールを目指す。コタシャーンは限界のその先まで脚を突っ込みながらツインターボの背を追う。

 ツインターボが残り150mを過ぎたとき、遂にコタシャーンが最終直線へと入った。直線へ入ったことでさらに加速するコタシャーンと、勢いは完全に衰え精神力だけで走っているツインターボ。

 コタシャーンにとってツインターボの走りは最早亀の歩みよりも遅く、手を伸ばせばその背に届く。

 

(……Shit(クソッタレ)……!)

 

 しかし、限界の先に辿り着いたからこそ、コタシャーンはツインターボに勝てないことに気づいてしまった。

 

 

 

 最終的なふたりの着差は僅か1バ身半。

 しかしツインターボは確かに、あのダービーと同じ距離で、栄冠を勝ち取ってみせた。

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