万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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短めです。


四叉路

「ナリタタイシン、調子はどうだ」

 

「トレーナー。アタシの方は大丈夫。そっちこそ、強行軍だったんでしょ? 平気なの?」

 

「トレーナー免許の受験生時代は4眠7日とか普通だったからな。この程度なら問題にならねぇ。飛行機の中で寝られたしな」

 

「その表現睡眠に使う人初めて見たんだけど」

 

 帰ってきた網は早速ナリタタイシンの仕上がりを確認する。もう既に15時を回っており、発走まで1時間を切っている。

 鼻出血のあと、ナリタタイシンはしばらくの間は激しい運動を制限されていた。そのため、菊花賞までの時間はほとんどがその制限分のブランクを埋めるリハビリに費やされていた。

 ナリタタイシンの現在の競走能力は日本ダービーの時よりスタミナが伸びた程度である。当初菊花賞の勝率は8割と見ていたが、今は五分五分と言っていいかもしれないと網は考えている。

 ただ、その原因はナリタタイシンのトラブルよりも、むしろビワハヤヒデの成長のほうが大きい。特に、神戸新聞杯で見せた走りは網の目から見ても怪物じみたものだった。

 

「……まぁ、出るからには勝ってこい。ただし怪我はするな。怪我せずに勝ってこい」

 

「普通は勝たなくてもいいから怪我はするな、とかじゃないの? ……って、言うだけ野暮か。そっちこそ、体調崩さないようにちゃんと休みなよ。そのためにアイネスさんとかいるんだから」

 

「あぁ。とりあえず菊花賞が終わったらアメリカでツインターボのライブをやって、その後はツインターボとナイスネイチャの有記念の調整。ビコーペガサスのデビューは来年になるが、それさえ終わればあとはビコーペガサスとマーベラスサンデーのコンディション管理だけだ」

 

「もしかして休むの意味が違う文化圏で育った?」

 

 ナリタタイシンはそう言うが、網に休む暇がないというのもまた事実である。では網がチーム人数を増やしすぎているのかと言われるとそうでもない。

 サブトレーナーを抱えていないチームでも、有名どころなら10人程度は参加しているし、サブトレーナーがいるチームはそれ以上に抱えている場合もある。

 網は新人とは言えサブトレーナー免許を取得したアイネスフウジンがいる状態で、チーム参加者は6人。特別多いとは言えない。

 では何故ここまで忙しいのかと聞かれれば、やはりひとりひとりにかなり手間がかかるメンバーが揃っているからだろう。

 

 マーベラスサンデーはああ見えて虚弱気味なため、まめに管理をしておかないと体調を崩すだろう。

 ビコーペガサスはハードゲイナー――つまり、食べたものの吸収効率が極端に悪い体質だった。これについては先天的な体質であるため改善は期待できない。解決策としては、少量ずつを長時間に渡り摂取することで量を吸収させるという基本的なものである。

 中央トレセン学園の校則では授業中の飲食は飲み物のみ可であるため、プロテインなどを配合した栄養ドリンクを飲み続けさせることでより多くの栄養を摂取させることになった。

 さらに加入直後にデビューが迫っていたため時間がまるで足りていない。集中的に面倒を見る必要がある。

 

 余談だが、このビコーペガサスが飲んでいる栄養ドリンクに含まれている栄養サプリメントは、網が出資した研究の試供品である。

 なんでも東大で行われているその研究に、中央トレセン学園の生徒がひとり参加していると聞いて興味を引かれたのがきっかけで出資したのだが、これがなかなかどうして順調に結果を出しており、この試供品もそれなりに高い効果を発揮していた。

 

 そんな新人ふたりに加え、破滅逃げという特殊な走法と監督が必要な幼さを持つツインターボ。管理しなければオーバーワーク気味になりかねないライスシャワー。生活習慣の改善はされてきたとはいえ、直近で負傷しているナリタタイシンと、ナイスネイチャを除いて皆サポートを厚くする必要があるメンバーだ。

 

 とはいえ、ひとつひとつの仕事が過密というわけではない。今回は国内外を反復横とびしているため忙しく見えるが、実際は機内で睡眠をとっているし、慢性的に仕事があるというだけで普段も見た目ほど忙しくはないのだ。

 

 閑話休題。

 体のチェックが終わり、問題ないと送り出されたナリタタイシン。地下バ道には既にライバルたちが集まっていた。

 ビワハヤヒデ、そしてウイニングチケット。ナリタタイシン自身を含め三強、BNWと並び称されている好敵手たち。

 

 今回のレース、菊花賞である京都レース場3000mはウイニングチケットの得意なコースから条件は外れている。ウイニングチケットには少々長く、右回りなうえに非根幹距離だ。

 全盛期ではあるかもしれないが絶頂期は確実に過ぎ、仕上がりもダービーに比べれば数段落ちる。しかし、それでもウイニングチケットは勝ちに来ていた。

 そしてビワハヤヒデ。網が特に警戒するようにナリタタイシンに伝えた相手。警戒すべきはそのレースコントロール能力。

 レースを乱すナイスネイチャとはまた異なる支配の仕方。言わばレースプランニング能力と言えるだろう。事前に決めた道筋に、周囲を巻き込むよう誘導する力。それ故に、ビワハヤヒデはいつだって()()()()()ができるのだ。

 そして、網はその走りの中にまだ、得体のしれない不気味な何かが潜んでいることを察知していた。網の目でさえ測りきれなかった、隠し通された恐ろしい何かが。

 ナリタタイシンにはその感覚は理解できずとも、油断ができない相手であることははっきりわかっている。その上で、策を巡らせるタイプではないナリタタイシンは、結局自分の最善で走るしかない。

 

 3人の視線がぶつかる。言葉を交すことはない。今更ここで口にする必要のある言葉などない。今から自分たちは同じレースで走るのだから、それ以上の対話はない。

 これが、3人が揃ってトゥインクルシリーズで走る最後のレース。悔いを残さない。そして――

 

(勝つ。いちばん強いのはアタシだ……!)

 

 菊花賞が来る。




 雨穴さんの『変な絵』を読むので次回遅くなるかもしれません。

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