万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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提案日(てやんでぃ)

 新年の行事による慌ただしさも一通り終わり、新年明けの行事で滞っていた事務作業での忙しさも薄れてきた頃。チーム《ミラ》はチームルームで会議を行っていた。

 今回の議題はふたつ。チームメンバーの目標確認と、火急の事態への対応報告。特に後者の割合が強かったため、前者は軽くさらうだけとなった。

 

 ナイスネイチャは大阪杯から宝塚記念を通るローテ。天皇賞は回避するが、この春シニア三冠とも呼ばれる負担の強い――2000mから1200mの距離延長、その3200mから今度は1000mの距離短縮を、クラシック三冠より短い期間で行うため――3戦すべてに、ビワハヤヒデが出てくる。それ故に網による目標設定も全レース3着以内と緩めだ。

 ライスシャワーがこの春から夏にかけて特に力を入れることとなる。そう、ステイヤーズミリオンである。

 

 アスコットレース場開催GⅠレース、ゴールドカップ。19f210y(約4014m)

 グッドウッドレース場開催GⅠレース、グッドウッドカップ。16f(約3219m)

 ヨークレース場開催GⅡレース、ロンズデールカップ。16f56y(約3270m)

 

 以上の3レースに加え、いずれもExtendedクラスの指定されている重賞レースのうちひとつの計4レースに勝利することで得られる称号こそ、ステイヤーズミリオン完全制覇。言わば、今世代最強のステイヤーという称号である。

 

 また、ライスシャワーのゴールドカップに伴い、目標のひとつにキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークスを掲げるナリタタイシンは、世界有数のクソコースと名高いアスコットレース場の経験を積むため、アスコットレース場開催の重賞レースを走る予定である。

 

 既にクラシック期を迎えているビコーペガサスは早急にデビュー、間に合えばNHKマイルカップを、それ以外にはスプリントからマイルの重賞を夏の間も走り、シニア期のランナーに揉まれながら経験を積み、スプリンターズステークスに挑む形になる。

 網曰く晩成型であるマーベラスサンデーはひとまず秋までのデビューを目指すことにするようだ。

 そして、引退組のアイネスフウジンはドリームシリーズサマーミドルディスタンスへの参加を目指し、レース勘を取り戻しつつ体の仕上げ直しが目標となる。ツインターボに関してはメディアへの対応が主になるか。

 

 と、ここまで駆け足で流し、本題とばかりに網がふたつ目の議題を切り出す。と、同時にテーブルに書類の束を置いた。

 

「……エト……それは一体……?」

 

「安心しろ、お前らに読ませるような書類じゃない。これは《ミラ》への加入申込書類だ。もちろんすべて記入済みで、すべて確認済みで、かつすべてお祈り済みだ」

 

 お祈り。就活生にとっての悪魔のワードであり、トレセン生の大部分にとってもほぼ同様の意味で恐れられる、要するにお断りの俗称である。

 マーベラスサンデーが書類の束を手に取り、パラパラ漫画のように素早くめくっていく。

 

「124枚あるね〜」

 

「oh……」

 

「お疲れ様なの……」

 

「唐突に披露された特殊技能についてはスルーなの?」

 

 瞬時に枚数を把握したマーベラスサンデーの呟きに嘆息するナイスネイチャと、それだけの人数の情報を検分し、かつ不承認を決定して通達まで行った網への労いを口にするアイネスフウジン。

 誰もツッコまないところへ鋭く差し込んだナリタタイシンの呟きは誰も拾わなかった。

 

「でもなんで今さらになって? こーいうの、来るならそれこそアイネス先輩の凱旋門賞とか、ターボのBCターフとかで来そうなもんですよね。そりゃ、我ながらあの有は熱かったとも思いますが……」

 

「有記念も確かにキッカケのひとつだろうが、一番大きいのはコイツだな」

 

「ゔぁ……」

 

 網が親指で指し示した先には、唐突に先輩や同輩からの視線の集中を受けて変な声を出してしまったビコーペガサスがいた。

 

「ビコーペガサスがチーム加入の嘆願に来た時、割と周りに生徒がいたんだよ。その直後はコイツがチーム入りできたか分からなかったから噂も下火だったが、有の中継で関係者席にコイツの姿があって、『自分からチーム加入を申し込んで《ミラ》入りした』事実が出回った結果だろうな」

 

「うっ……ゴ、ゴメン……迷惑かけたみたいで……」

 

「いつか起こることだった。逆に言えば、いつまでも曖昧なままで済ませられることでもなかった。きっかけができただけだ」

 

 ちなみに言うと、申請者のうち八割はダメ元での申込みである。ツインターボやナイスネイチャ、ナリタタイシン、ビコーペガサスなど、元々それほど才能を見出されていたタイプでないウマ娘が多く加入していることから、その手のウマ娘からの申請が多かった。

 残り二割のうち一割もダメ元ではあるが意味が違ってくる。網目当てのワンチャン狙いである。彼は教え子に手を出すことはないと明言しているのでノーチャンだが。

 閑話休題。網はそこで一度言葉を切って「と、言うことで」と仕切り直す。

 

「事後報告となるが、これからチーム《ミラ》は完全スカウト制と定める。で、定める前の最後の加入者としてメンバーがふたり増えることとなった。今日は都合が合わず紹介は後日となる」

 

「……結局増えるんだ。大丈夫なの? 新しくメンバーが増えるからって、こっち疎かにされても困るんだけど」

 

「それに関して、現状基礎能力トレーニングの監督と庶務をアイネスに一任し、俺は技術トレーニングの監督と各種選手管理を受け持っているわけだが、ビコーペガサスとマーベラスサンデーはまだ基礎能力トレーニングが主の段階。そこに新人ふたりが入ってきて、こちらも基礎能力トレーニングからだから、俺が主に行うナリタタイシンやライスシャワーへの技術指導へはほとんど影響はないだろう」

 

「アタシの作戦考案は引き続き単独作業なんすね」

 

「アドバイスくらいはしてやる。話を戻すぞ。チームメンバー増加に伴って、基礎能力トレーニングの監督や庶務の仕事が回らなくなる可能性を考えて、サブトレーナーをひとり追加する運びとなった」

 

 これにはメンバーたちからも「おぉ」と声が上がる。現状唯一のサブトレーナーであったアイネスフウジンは元々《ミラ》のメンバーであったため、《ミラ》に初めて選手以外のメンバーが参加する形になるからだ。

 

「ナイスネイチャとツインターボが特番に出演する代わり、あちらのラジオパーソナリティの伝手を辿ってサブトレーナー免許を取得しているウマ娘を紹介してもらったからな」

 

「あぁ、アレってそういうことだったんですね。他の大きい番組より優先したからなんでかなぁって思ってたけど……いや、まぁオグタマライブも人気ですけどね?」

 

 ナイスネイチャがそんなぼやきを零すと。その直後、チームルームの扉が開く。そこに立っていたのは、確かにここにいる全員が見知った顔だった。

 

「おうダンナ! 悪ィな、遅れちまったかい?」

 

「いえ、ちょうど貴女の話をしていたところですよ」

 

「なら話が早えや! 《ミラ》でサブトレーナーやることんなったイナリ様だ! よろしくな!」

 

 イナリワン。オグリキャップ、スーパークリークとともに永世三強と称された優駿である。

 意外な人物ではあったが有名人の登場に「おぉー」と若干気の抜けた歓声が上がる。イナリワンと同室のツインターボなどは、「イナリだ!」と嬉しそうだ。

 

「イナリ、サブトレ免許持ってたんだな!」

 

「あー、うん、まぁなぁ……」

 

「トゥインクルシリーズの成績が良かったことで色々と免除されるからなんとなく取り得だと言って取ったものの、レースの才能はあっても教える側の才能がなかったから元担当トレーナーのもとでちょっとした手伝いをしただけで終わらせて、ドリームシリーズの合間もずっと暇しているタイプのウマ娘は結構多いぞ。どうせ基本的に指導を頼むつもりもないから手伝いとして雇った」

 

「ダンナ、確かに江戸っ子って言ったらなんでもハッキリ言う(たち)ではあるんだけど限度がある」

 

 一歩間違えれば悪口である。が、その通りだったためイナリワンも否定はできなかった。

 

「それで、サブトレーナー増やしてまでメンバー加入させるほどの人材だったの?」

 

「まぁそうなんだが、正確には『今のうちから手を付け始めないと間に合わないかもしれない』やつらでな。デビューは少し先になる」

 

 こいつらだ、と。網はメンバーに新規メンバーの資料を見せた。




 急に人が増えたなぁってなるけど、ここで入れとかないといけないのよ……
 これだけの数を扱いきれるかは謎。

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