万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
「……というわけでして。トレーナーさんからストップが入りまして、ライトニングステークスは回避することになりました! 私としては問題ない感触ではあったのですが、信頼するトレーナーさんからの意見ですから、学級委員長としては聞き入れるべきと思いまして!」
「故障は怖いですからね〜……足元不安があるなら、無理はしなくていいと思いますよ」
「ライトニングステークスで私に挑戦しようとしてくれていた方々には申し訳ない限りです!」
実際はサクラバクシンオーという蹂躙マシーンが出走しないことに安堵したウマ娘も少なくないのだが、ナチュラルにライトニングステークスへ出走するウマ娘は自分へ挑戦しに来ていると認識している彼女に、ライスシャワーは苦笑いを向けた。
これで、サクラバクシンオーは出走予定通りに進んだ場合でも最大でGⅠ8連勝が限度となった。それでも数字上は『"絶対"なる皇帝』を超える大記録となるのだが、クラシック三冠やグランプリレース、ジャパンカップを含めた七冠と比べてどちらの方が格上か、と聞かれれば、人の数相応の答えが返ってくるだろう。
そもそもサクラバクシンオーは、自身の目標たる学級委員長と競合しない生徒会長であるシンボリルドルフとは張り合う気がないので、そこにこだわることはないのだが。
「フラワーさんの次走は京都ウマ娘ステークス?」
「はい。それから阪神ウマ娘ステークスに出て、ヴィクトリアマイルですね。私は多分、年内引退になると思います」
「ブルボンさんは京都記念から大阪杯の予定ですよね!」
「はい。その後は、海外挑戦も視野に入れています」
「ライスは今年も海外メインだから、どこかで会うかもしれないね」
ついこの間デビューしたような気さえする。それでも、今年中に少なくともこの中からふたりは引退する。去っていく者のほうが多いこのトゥインクルシリーズで、しかし友人が引退するのはやはり寂しいものがある。
とはいえ、元々同じレースを走ることはもうないだろうスプリンターたちとステイヤーの間柄、彼女たちが引退したとして日常が変わるわけでもないのだが。
「そう言えば、サイレンススズカさんは《ミラ》に入ったんですよね。私のトレーナーさんが少し残念そうにしていました」
「《リギル》の田分サブも悔しがってましたよ!」
「……そんな人いましたっけ?」
「エアグルーヴさんがそう呼んでいたから、恐らくそうでしょう!」
それは『たわけ』ではないだろうか。《リギル》のたわけこと笹本サブトレーナーを頭に浮かべながら、ライスシャワーとニシノフラワーは内心で確信した。
「サイレンススズカさん……記憶データベースには自主トレーニング中の姿が多数確認できます。熱心な方なのですか?」
「うん……まぁ……なんというか……ん〜……」
「? 不明瞭な回答を検知。何か認識にエラーが?」
熱心と言えば間違いなく熱心ではある。不要なまでに。
結局、サイレンススズカの自主トレーニングという名の疾走癖は、『巨人の流星』*1に登場する大レースステップ養成ギプスさながらの様相となったサポーターの上からさらに各種プロテクターやヘルメットを装備させ、スクーターに乗ったアイネスフウジンか、原付に乗ったイナリワン、たまにライスシャワーの3人が日替わりで補助併走することを条件に解放された。
初めのうちは網馬による「脚の負担を考えてある程度セーブしろ」という言葉に、サイレンススズカも素直に従っていた。少し常識が他者と違うところがあるだけで、基本的に気性難ではないのだ。
しかし、その言いつけをしっかりと守っていたサイレンススズカは日に日に見てわかるほどにやつれていった。これは偶然目にしたメジロパーマーしか理解できないだろうが、
文句は言わない。指示にも従う。しかし露骨なまでに弱っていく。網馬は半ギレになりながら許可を出さざるを得なかった。結果として、「負担を減らす」から「折れたときにすぐ対処できる」に考えを切り替えたのだった。とっぴんぱらりのぷう。
と、そんな説明を長々として会話の流れを占有していいものだろうかとライスシャワーが考えている間に、ニシノフラワーが口を開いた。
「ブルボンさん、多分、嗜好が原因の耐久限界を無視した暴走です」
「把握しました」
それでいいのだろうか。いいか。ライスシャワーは考えないことにした。多分あってるから。
と、そんなやり取りが終わったタイミングで、やや遠くの方から声がかかった。
「いたいた! 見つけたチョー探したニシノ神〜! 勉強教えて〜」
「ワンチャン留年の危機なんだけど。ウケる」
「キャロルさん、ジョーダンさ……留年!? それはウケるとか言ってる場合じゃないんじゃ!?」
「まぁなんとかなるって。トウジンぱいせんとか留年4年目らしいし」
「流石にそれはチョーやばくね?」
「も、もう! どこがわからないんですか!?」
こうしてニシノフラワー教室が始まることで、大抵の場合彼女たち同期会の雑談タイムは終わりを告げる。トレセン学園に限らず、一般入学それそのものがスポーツ推薦のようなところがある各地方トレセン学園では、入学における学力のハードルが低い分、入学後に勉強で苦労する者も少なくない。
ただし、トゥインクルシリーズを走る上でノルマとされるラインはこれもまた低く、とりあえず赤点さえとっていなければいい、という程度である。そして、それでもなおそのラインを割ってしまう生徒も少なからずいる。
とはいえ、一部のウマ娘――ケイローン症候群と呼称されるウマ娘特有のギフテッドであり、多くは対人関係や共感能力に問題を抱える代わり、飛び抜けた知能を持つ――を除けば、全体的にヒトよりも知能指数が低く楽観的な傾向があるのはウマ娘の種族的特徴でもある。
学園側からは定期的な補習勉強会――学年を問わず監督教師に質問しながら勉強できる自習会のようなものも開催されているのだが、そもそも赤点を取るような生徒が自発的に勉強会の情報を仕入れて参加するようなことはないため、「赤点は取らないけど平均点より少し下で、トゥインクルシリーズでもそれほど良い成績が出せていないので、将来一般に進むために学力を上げたい」という生徒が主な参加者である。
そもそも義務教育とその延長である高等学校でのいわゆる『お勉強』の本質は『学び方を学ぶ』ことにある。将来、興味を持ったことや必要となった知識について学ぶ際、どうやって学習、勉強したらよいかを学びながら、そのついでに必要最低限の教養を身につけることが義務教育の主目的だ。まぁ、これは人間でも気づいていない、意識していない者が多いのだが。
必然、このトレセン学園においては勉強ができない者は
決して教師の質が悪い訳ではない。問題は、補習が必要な生徒は大抵焦りで視野狭窄に陥っており、補習の報せや意識改革の弁論が届いていないことだ。そして、補習が必然な生徒のなかでもまだ視野狭窄に陥っていないものは、認知度と評判の差でより知られている方へ行きがちになる。そう、ニシノフラワー教室である。
ニシノフラワーが補習会に教師側で出れば、補習会の存在や教師でも個別指導すれば――確かにニシノフラワーの教え方はわかりやすいが、教師のそれよりわかりやすいと感じるのは教師は学力の違う生徒を一括で教えなければならないからであるため――個々にあったわかりやすい教え方ができることが周知され解決するのだが、ニシノフラワーが現役のトゥインクルシリーズウマ娘であること、飛び級制度を利用した中等部未満の子供であること、名家の生まれであることなどが、学園側から依頼をすることを躊躇わせていた。
閑話休題。そんなわけでニシノフラワーは最近はニシノ様、フラワー様を通り越してニシノ神、フラワー神などと呼ばれている。
「……新たな情報をインプット。ステータス《足元不安》とステータス《学力不安》を同等の脅威と認識しました」
「……ブルボンさん、一緒に頑張ろ?」
ミホノブルボンは現文が苦手であった。