万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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 ススズの怪我はまだ早い♤とも思ったけど調べてみたらここしかタイミングがなかった。


サイレンススズカの特異性

 事の経緯も何もない。

 いつも通りガチガチに固められた脚で走っていたら、ポキリ、である。幸いにも現場は東京レース場の近くであり、土地柄、競走ウマ娘向けの整形外科系病院は充実していたため、サイレンススズカは素早く運び込まれることとなった。

 単純骨折で、全治2ヶ月。下腿の骨折としては平均よりもむしろ短いと言えるのだが、サイレンススズカの顔はFXで有り金を全部溶かしたかのようになっていた。

 

 とはいえ、今回の怪我について、一概にサイレンススズカが悪いとは言えない。何故なら、骨折の原因が不明だからである。

 疲労骨折ではないのかと言われれば、疲労骨折に見られる兆候の類が――サイレンススズカの()()()を加味しても――なかったという理由で否定できるし、かと言って外傷骨折かと言われれば、骨折以外の外傷がないことが奇妙だ。

 結論から言えば、原因不明。ただ、網はサブトレーナーのふたりとサイレンススズカ、それと、興味を持っていたナイスネイチャの4人に対して、「推測でしかないが」と前置きをした上でこう切り出した。

 

「ウマ娘という種族は酷くアンバランスだ。出力できる運動量と身体的耐久性がまるで釣り合っていない。思うに、今回の骨折の原因はそこにある」

 

「……つまりどういうことでぃ」

 

「すみません、正直全く……」

 

「あ〜……えっとつまり、スズカ先輩のパワーにスズカ先輩の体が耐えられなくて、瞬間的に疲労骨折した……?」

 

「あり得るの? そんなこと……」

 

「疲労骨折っていうと長い時間かけて、って印象になるが、要するに骨の耐久限界を超えたってことだ。普通ならばあり得ないが……サイレンススズカの場合、簡単にリミッターが外れるからな……」

 

 大逃げ。一見なんの考えもなく走っているようにも見えるその脚質は、作戦として成立させるためにはダイタクヘリオスのような――この例も誤解を招きそうだが――多大な計算を必要とする。

 レース中の計算なしに大逃げが成立する例は、玉砕覚悟の破滅逃げを除けば3パターン。

 

 まず、自分の出しうる最高速度を維持し続けてもなお尽きないほどのスタミナを蓄え、惜しげもなく注ぎ込む。あるいは、スタミナを消費する無駄な動きを極力抑えられるように体に覚えさせるパターン。

 これは例えば、メジロパーマーやツインターボ、キョウエイボーガンが代表的だろう。最もわかりやすい例だ。

 

 次に、レコードタイムとラップタイムを参照して区間ごとの目標タイムを算出し、その目標タイムを体内時計のみを頼りになぞりきるパターン。これは、結果的に大逃げになってしまうパターンと言える。

 代表というか、このような特徴的な逃げ方ができるのはミホノブルボンしかいない。

 

 そして3つ目。伝説時代に名を残した『狂走』を代表とする、努力や遺伝ではどうにもならない天賦の才。つまるところ、己の体からの危険信号さえ認知できないほどの強い感覚にひたすら没入できるパターン。

 『狂気の逃げウマ娘』と呼ばれた『永世三狂』のひとり、カブラヤオー。現役時代こそ知られていなかったが、幼少期に体験した対人トラブルのせいで酷く臆病だった彼女は、バ群に埋もれればまともに走ることさえできなかった。

 それをなんとかしようと彼女のトレーナーは彼女の両親とともに考え、そして大逃げという選択をした。これが、見事に嵌った。

 背後から後続に追われる恐怖によって、カブラヤオーは走っている最中、一切疲労を自覚することがなかったのだ。

 それが、疲れを見せず2400mを大逃げしきった狂走の正体。そして、サイレンススズカに宿っている天賦の才。

 

 カブラヤオーが恐怖によって覆い隠したそれを、サイレンススズカは走ることによって感じる悦楽によって塗り潰す。

 

「当然、疲労を感じないからと言ってそれは疲労しないということじゃない。かの狂走カブラヤオーも最後は故障しての引退。この才能は諸刃の剣だ。遮ってしまう肉体のアラートは疲労だけじゃない。自壊しないように制限しているリミッターも簡単に外してしまう」

 

「あの……その言い方だと語弊というか……なんかこう、ふしだらな女みたいな雰囲気になりませんか……? 悦楽って……」

 

「というか、公道で何km/h出したんだお前。言っとくけど、コイツらの原付やらスクーターが併走してるってことは法定速度の30km/hを超えるなってことだからな?」

 

 網に詰められ目を背けるサイレンススズカに代わって、アイネスフウジンが答える。

 

「60km/h以上出てたの」

 

「本気も本気の走りじゃねえか全開走厨アホ栗毛がよぉ!?」

 

「トレーナーさん、それは十返舎一九に失礼なの」

 

 ちなみに65km/h出ていた。これはスプリントの上がり3ハロンでも速いタイムに入る速度である。

 なお、ナイスネイチャはツボに入って撃沈した。

 

「とにかく、完治までランニングは禁止……っていうか物理的にできないだろ。幸いデビューまで余裕あるし、休め」

 

「え? 死ねと?」

 

「マジで走ってないと呼吸できねぇのかお前?」

 

「添え木とテーピングとサポーターと鎮痛剤でなんとかなりませんか……?」

 

「左旋回のし過ぎで脳がイカれたんですか?」

 

「選手生命より一時の快楽(ランニング)を取るならそれはふしだらでなんの間違いもないの」

 

「骨折より先に頭直してきなべらぼうめ」

 

「ウソでしょ……そんなに辛辣……?」

 

 さもありなんである。

 

 

 

 メメント・モリ・スズカを網に任せ、ひとりトイレへ立ったアイネスフウジンはその帰り道、聞き覚えのある声と聞き覚えのある会話に足を止めた。

 

「んでさー、アタシここの産婦人科で産まれたんだけどさー。うちのママ、チョー難産だったらしくてー。分娩中ずっとソーラン節歌ってたんだって。チョーウケる」

 

祝歌(キャロル)なのにソーラン節なの斬新すぎるわ」

 

「わたしの産まれた病院は潰れてたんだよなぁ!!」

 

「あー、あの今ソコカラファインになってるとこね。なんだっけ、医療ミスで死人出したんだっけ」

 

「私は不祥事があって院長が逮捕されたと聞きましたが……」

 

「待って、マンちゃんそれどうやったの? 小声で叫ぶって斬新すぎない?」

 

 そこにいたのは、シリウスシンボリ率いる《C-Ma》のメンバー、チョウカイキャロル、サクラチトセオー、スターマン、アワパラゴンの4人だった。

 

「チーちゃん、久しぶりなの!」

 

「んー? あ、アイネスじゃん。どしたんこんなとこで」

 

 アイネスフウジンは、その中のサクラチトセオーと親しげに挨拶を交わす。その様子をチョウカイキャロルは意外そうにしながら口を開いた。

 

「何? チトっち《ミラ》の総大将と知り合いだったん?」

 

「何度かバイト先が被っててね〜」

 

「《リギル》狙いって聞いてたから、別のチームに入っててビックリしたの」

 

「いやぁ、後輩が先に入って暴れてくれちゃったからさぁ……流石に入りにくかったなぁって」

 

「あぁ……バクシンオーちゃんね……」

 

 納得したように息をつくアイネスフウジン。確かに、スプリンターの驀進王となった後輩がいるチームに入るには、かなり強いメンタルがいるだろう。比べられるのは確実だからだ。

 まぁ、そもそも《リギル》の加入倍率とそれを潜り抜けた者たちのことを考えると、いかな優駿であってもそう簡単に加入できるものではないのだが。

 そんなことを考えているうちに、アイネスフウジンはサクラチトセオーが病院に来た用事に思い当たった。

 

「……ってことは、病院には同期のお見舞いなの?」

 

「お見舞いっていうより、リハビリの付き添いかな? 前々から脚は弱かったみたいだし、再発はしたくないみたいだからリハビリはしっかりしないとね。そっちこそ、《ミラ》に故障者でも出た?」

 

「うん、ちょっとのっぴきならない事情で」

 

「何その顔。チベットスナギツネみたいになってるけど」

 

 「黒の魔人でも流石に故障を完璧には防げないのかぁ」と嘆息するサクラチトセオーにこの世の不条理を説きたいアイネスフウジンだったが、サイレンススズカの名誉のため踏みとどまった。何せ、彼女は未だクールビューティーのイメージが強い。

 ほんの半年前まで同じようなイメージだったメジロマックイーンが見事なまでに愛されマスコット枠に収まったのに対し、サイレンススズカはまだ本性を知られていないのだ。言っても信じてもらえない可能性まであった。

 

「チトっち〜。そろそろ行かんと午後練始まる〜」

 

「シリウスさん、去年の()()()以来張り切ってますからね」

 

「お陰でアタシもオークスとれたし、パラさんは平地じゃなくてよかったん?」

 

「えぇ。障害には障害の輝き方があると、あの中山大障害で知りましたから。私はこの道を貫こうと思います」

 

「わたしは打倒ブライアンなんだよなぁ!!」

 

「おう、クラシック出られなくなったあいつの分までチョー頑張れー」

 

「じゃあ、アイネス。私はこの辺で」

 

 去っていく《C-Ma》の面々を見送って、アイネスフウジンも帰途へついたのだった。

 

「……あれ、球節炎って再発するっけ……」


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