万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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ありきたりな結論

「なぁ、ビコーはなんでバクシンオーに挑むのだ?」

 

 8月。スプリンターズステークスまでの日数も本格的に少なくなってきた頃。

 ライスシャワーはステイヤーズミリオンの残りの2戦、グッドウッドカップとドンカスターカップを快勝し、見事ステイヤーズミリオン完全制覇の称号を得て世界最強のステイヤーの証明を果たした。

 ナリタタイシンもアスコットレース場開催のGⅡレースに出走し、初のアスコットレース場で2着と好成績を残したと同時に課題を見つけることもでき、勝利よりも大きなものを得たと言っていいだろう。

 一方、7月にデビューしたマーベラスサンデーはメイクデビューと続く2戦目、3戦目をことごとく差し切られての2着。先日ようやく未勝利を抜け出したところだ。

 網の指示によってソラを使わないようにゴール直前に差し切れる仕掛けのタイミングを見定めるようにしていたのが原因で、敗戦は見事にソラを使ってしまった結果だ。

 それに加え、マーベラスサンデーの()()()()()をクラシックGⅠまで秘匿するため、本調子で走れていないというところもある。

 

 サイレンススズカは思いのほか衰弱していない。

 エアグルーヴをはじめとする友人たちが、走ること以外でサイレンススズカが没頭できる趣味を探し、気を紛らわせることに協力してくれたためだ。

 結果としては、サイレンススズカは走る他にパズルに没頭する癖があることが判明し、ジグソーパズルや知恵の輪、ナンプレなどを経費で購入し与えることで、サイレンススズカの走れないことによるストレスを抑え込むことに成功した。

 もうじき休養期間が明けるため恐らく再びサイレンススズカは走り始めるだろう。今後は併走役がハーネスの手綱を持って制御しつつのランニングとなる。幸い線が細いサイレンススズカに対して、アイネスフウジンとイナリワン、ライスシャワーの3人は体幹がガッシリしているため、原付やスクーターのような乗り物を使わず、脚で併走すれば問題なくストッパーとして機能するだろう。

 

 シンコウウインディの噛み癖矯正については、対処療法としてひとまずガムを噛ませている。噛み癖は原因の根本が何なのかによって矯正の仕方が変わるからだ。

 現状、ガムを噛ませておけばトレーニングに支障は出ていないため後回し、ということになっている。最悪、レース中は勝負服にセーフティマスクを取り入れればいい。

 

 そしてビコーペガサス。彼女は未だに重賞を取れずにいた。

 善戦、惜しいところまでは行くのだが届かない。なんとか3勝クラスまでは勝ち抜きオープンまで上がってきたものの、そこから先はさっぱりだった。

 そんな折に、《ミラ》に入る前から交流があったシンコウウインディから、ビコーペガサスは冒頭の言葉をかけられた。

 

「なんで……って……?」

 

「バクシンオーに負けたくないと思うのは別にいいのだ。でも、お前弱っちいし、バクシンオー以外にも全然勝ててないのだ」

 

「ヴッ……」

 

 シンコウウインディはあけすけで言葉を飾らない。気遣いがないとも言えるが、そういう点では網に近い感性を持っている。ここに網がいれば、内心シンコウウインディの言葉に頷いただろう。

 網が同じことをビコーペガサスに聞いていないのは、ごく単純に興味がないからだ。それを知らずともトレーニングメニューは組めるし、それがモチベーションになっているなら言うことはない。

 そして、シンコウウインディがそれを聞いたのも興味本位であった。

 

「バクシンオーより先に勝たなきゃダメな相手はたくさんいるのだ。同期とか、先にデビューしたやつでも同じくらいの強さのやつとか……バクシンオーは上すぎるのだ。てことは、お前は『負けたくないから』バクシンオーに挑んでるわけじゃないのだ。バクシンオーに挑戦するのなんて、強くなってドリーム・シリーズに行ってからでもいいのだ。誰か特定の奴に負けたくないって理由もわかるけど、お前とバクシンオーにそんな因縁聞いたこともないのだ」

 

 シンコウウインディの言葉を、ビコーペガサスはじっと聞いている。正直、シンコウウインディの言葉は正しい。

 ビコーペガサスには、サクラバクシンオーにこだわる理由はない。仲はむしろ良好ではあるが、だからといって切磋琢磨しあうライバルというほど近しいわけでもない。強さだけを見るなら、自分より強い相手の方が多いと言えるから、やはりシンコウウインディの言う通りだ。

 

「正直、ウインディちゃんはお前がバクシンオーに勝てると思えないのだ。お前がなんで弱いのかはウインディちゃんにはハッキリとはわからないけど、体が育ちきってないのが理由のひとつなのはわかるのだ。あと1年か2年してからデビューすれば、クラシック限定のレースでも十分勝てたかもしれないのに、それを捨ててまでなんでバクシンオーにこだわったのだ?」

 

 シンコウウインディの問いかけに、ビコーペガサスはしばし思考を回す。自分の考えを反芻し、しっかりと言葉にしてから語りだす。自分の信念を。

 

「アタシはさ……正義の味方になりたかったんだよ」

 

「知ってるのだ。ウザいほど聞いたのだ」

 

「……そりゃ、アタシは今も子供だけどさ。小学生と中学生って、知識とか思想とか、やっぱ違ってくるんだよ。当たり前だけど」

 

 ビコーペガサスの憧れるヒーローとは、正義の味方だ。では、正義とは何か。遍く中学生が至るそんな考えとその答えに、ビコーペガサスも例外ではなく行き着いてしまったのだ。

 それは最も軽々しく無責任な真実であり、どうにも遠く触れ得ない現実。多様性、即ち『人それぞれ』である。

 

「現実に怪人みたいな絶対悪は早々いなくて、正義の敵は悪じゃなくてまた別の正義なんだ。だから、正義の味方っていうのは『大勢の味方』で、『秩序の味方』なんだと思う」

 

 民衆を宥めるために無辜の贄を処しようとも。

 膨れ上がった国民を養うために他国を滅ぼそうとも。

 皆と違う者は和を乱すから排斥するために囲んで詰ろうとも。

 正義に、なってしまう。

 

 多くの人が、私が、あるいは貴方が、辿り着いたことがあるであろう答えの一片。もしくは一側面。物語では使い古された思想のテンプレートは、正義を目指す少女にはまだ大きかった。

 それでも、大人になれば鼻で笑うようなその詭弁に、幼気(いたいけ)な少女は真正面から挑んだ。

 

「アタシは弱い。レースもそうだけど、子供なアタシにできることはスゴく少ない。大人になればできることは増えるけど、きっと何かが擦り切れて、今みたいにただ思うままに生きることはできなくなる。だから、ヒーローを目指せるアタシは今しかなくて、なら今のアタシにできることで目指すしかなくて」

 

 弱い自分では『大勢の味方』にはなれないし、『秩序の味方』にもなれない。背負えるものはあまりにも小さい。だから。

 

「アタシは『誰かの味方』でいようって、そう思ったんだ」

 

「……その誰かが、バクシンオー?」

 

「うん」

 

 速さは、自由か、孤独か。その答えは未だ出ずとも、他に出ている答えがある。王者は、孤独だ。

 『勝つべき戦い』はもはや残されていない。残っているのは『勝てる戦い』。どうせ勝つ戦いに『確信』はあっても『期待』はなく、『声援』はあっても『応援』はない。

 だからマルゼンスキーはトゥインクル・シリーズを辞めた。だからシンボリルドルフは多くのウマ娘の幸福に夢を改めた。だから、サクラバクシンオーは短距離を修めたと判断した。

 

「もう、バクシンオー先輩と『同じレースを走る』人はいても、バクシンオー先輩に『挑戦する』人はだいぶ少なくなってる。もし、スプリンターズステークスに『挑戦する』人がいなかったら……本当に、バクシンオー先輩はもうスプリントに戻ってこなくなる気がするんだ」

 

「だから、バクシンオーに『挑戦する』のだ? 棚ぼたやフロック狙いでも記念出走でもなく、あくまで勝ちを狙って」

 

「うん。それにさ、ヒーローっていうのは、一回決めたら諦めないんだ」

 

 だって、ヒーローが諦めてしまったら、誰が守るというのか。

 色々なヒーローを見てきた。でも、諦めたヒーローはいなかった。いや、あるいは諦めた時点でヒーローではなくなったのかもしれない。

 

「この先、アタシよりも強くて、バクシンオー先輩を超えようとするウマ娘が出てくるかもしれない。その時にバクシンオー先輩がまたスプリントを走れるように、諦めずに追いかける存在がいるって伝えたい。言葉じゃなくて、走りで伝えたいんだ」

 

 学級委員長みたいに、あちこち走り回って大勢を救けることはできない。風紀委員長みたいに、正しさで大勢を守ることはできない。

 でもだから、学園のヒーローとして、たったひとりを助け、守りたい。それが、ビコーペガサスの出した結論だった。

 

「……なんてさ。結局はカッコつけなんだけどな。『諦めない』ってヒーローっぽいから、それをやりたいだけ、かもしれない。アタシって形から入るタイプだから」

 

「……それなら、それでいいと思うのだ。ウインディちゃんだって形から入るタイプなのだ」

 

 シンコウウインディはそんなビコーペガサスの、幼年期と思春期の境にある、夢と現実が入り交じった少女の憧憬に納得して、意地悪そうに笑った。

 

「でも、まずは勝たなきゃなのだ。賞金足りなくて除外されても知らんのだ」

 

「ヴッ……お、仰るとおり……」

 

 戦いの秋はまだ少し遠い。




 人数が増えるとストーリーにあんまり絡まなかったりドラマが少なかったり、描写するとダラけたり助長になるレースが多いからばっさりカットするレースも多くなる。
 ビコーのキャラがまだあんまりつかめない(露出が少ない)から探り探りである。何故ビコーをメインキャラにしようと思ったんだ。それはバクシンオーの引退レースが書きたかったからです。

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