万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

153 / 189
 最近更新遅くない?


 まもなく繁忙期なんです。許し亭許して。


バタフライエフェクト

ペーガソス(古希: Πήγασος, Pḗgasos, ラテン語: Pegasus, Pegasos)は、ギリシア神話に登場するウマ娘の1人である。蜜蝋で固めた翼によって自由自在に飛翔する能力を得るが、太陽に接近し過ぎたことで蝋が溶けて翼がなくなり、墜落して死を迎えた。ペーガソスの物語は人間の傲慢さやテクノロジーを批判する神話として有名である。

名前はイーカロス(古希: Ἴκαρος, ラテン文字化:Īkaros, ラテン語: Icarus)とする文献も見つかっている。

 

 

 

出典:Wikipeuma

 

 

 

★☆★

 

 

 

『さぁ外からひとり大きく回って、シャドーロール!! ブライアンだ!! ナリタブライアンあがってきた!!』

 

 京都2400mの最終コーナー。まくり気味にあがってきたナリタブライアンがバ群を避けるように大外から追い抜きハナに立つ。

 ナリタブライアンの足が地面を踏みしめるとともに、地面にヒビが入り、溢れた光が影を散らす。ナリタブライアンの"領域(ゾーン)"が見せる幻を前に、後続のウマ娘が怯んだ。

 

「――しゃらくせぇなぁ!!」

 

 ひとりを除いて。

 バ群の内側から伸びてきた人影が、爆発するかのような末脚を見せるナリタブライアンに追い縋る。影を縫い、星が(またた)く。彼女はその名を与えられたが故にただ純粋に星であれる。

 観客がざわめく。クラシック期に入ってから無敗だった。それどころかその影を踏むことさえ叶う者はいなかったナリタブライアンに、彼女は迫り、遂に追い抜いたのだ。

 立場が反転する。怪物が食らいつく側に回る。眼の前に現れた獲物を食い破らんと躍動する『影を嗤う(Shadow Lol)怪物』。その威光を受け、しかし星は更に強く輝く。

 クラシック無敗の怪物と無名の星。観客の誰もが予想だにしなかった接戦に驚くなか、一等星を中心に集まった屑星の集団、《C-Ma》のメンバーだけは……いや、彼女たちも派手に驚いていたが、とりあえず応援はしていた。

 

(っ……!? コイツ、どこにそんな……)

 

「見たか!? 見たな!? 今見たな!? 私を!! おい、ナリタブライアン!! 私だ!! 私が、スターマンだっ!!」

 

 走りながら叫び続ける。それは本来自殺行為とも言える酸素の浪費だ。しかし、スターマンにはそれを可能とする――レオダーバンと同種の才能があった。残念ながらレオダーバンとは違い、レースに活かせるものではなかったが。

 ノーマークだった相手の奮戦。思考の外からの刺客に動揺するナリタブライアン。強者を嗅ぎ分ける彼女の嗅覚がマイナスに作用した。怪物の末脚に揺らぎが生じる。爆発力が下振れる。

 

「勝者は私だ!! 文句は言わせないっ!! これきりだろうが、GⅠじゃなかろうがっ!! 勝つのは、勝ったのは、スターマンだっ!!」

 

 咆哮とともにスターマンがほんの一瞬早くゴールラインを踏み抜く。クビ差。ナリタブライアンにとって、クラシック初の敗戦だった。

 ギリギリまでナリタブライアンの逆転を思い描いていた観客たちは変わらない現実に驚く。確かにジュニア期こそ敗北も目立ったが、しかしクラシック期での圧倒的な勝利はそんなご都合主義さえ夢想させてしまうほどのものだったのだ。

 《C-Ma》の面々もそれは同じだった。いや、むしろ他の観客に比べても驚きは大きいとさえ言える。スターマンの実力は知っており、その上で善戦はしても勝利まではいかないと思っていたからだ。

 そんななか、シリウスシンボリだけが満足げに笑う。実のところ、彼女も予想以上の成果に驚いているのだがそんなことはおくびにも出さない。

 

 とはいえこれはステップレース。本番は来月の菊花賞だ。自身のトレーナーに地面と水平に跳んでのドロップヘッドを食らわせたスターマンを睨みながら、怪物は笑みを浮かべていた。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 ……と、世間的には騒がしいクラシック路線は《ミラ》には関係なく。しかし久々の――正確にはライスシャワーの長距離路線があるのだがあまりに危なげがなさすぎるので除くとして――大舞台がやってきた。

 GⅠレース、スプリンターズステークス。ビコーペガサスの初GⅠである。幸いなことに定員割れを起こしていたため、賞金額が低いビコーペガサスも出走登録することができた。

 しかし、ビコーペガサスの人気は戦績を考えれば高い。それはこう言ってはなんだが、他に有力な候補が――ひとりを除いて――いないこと。そして、《ミラ》というチームのネームバリューがそれほど大きくなったことを示している。

 つまり、ビコーペガサスが評価されてのことではないことを意味していた。

 

 事実、この地下バ道でレースを待つウマ娘たちは皆、ビコーペガサスを含め互いに対して一切視線や意識を向けていない。彼女たちが見つめる先にいるのはただひとり。

 短距離の絶対王者、サクラバクシンオーだけだ。

 

 彼女たちの視線に籠もった感情は様々であり、その多くは羨望や嫉妬、あるいは畏怖。学園でサクラバクシンオーの人柄を知らない者はいないのだが、それを踏まえても負の感情が多い。

 その視線の中心で、サクラバクシンオーは普段の騒がしさが嘘のように佇んでいた。

 

「うん、調子良さげなの!」

 

「ありがとう、アイネス先輩」

 

「お礼なら網さんに言ってあげてほしいの! 多分、レースが終わったらすぐフランスに行っちゃうけど……」

 

 そう、スプリンターズステークスから程なくして、フランスでライスシャワーが出走するもうひとつの4000m台レース、カドラン賞があるため、網はまた日本を発つ。

 しかしこのスプリンターズステークス、仕上げ切らなければそもそもビコーペガサスでは相手にもならない。網はそう判断し、この一週間でビコーペガサスの調子を整えきった。今は発走まで関係者席で休んでいる。

 

 ビコーペガサスはアイネスフウジンからの最終チェックを受け立ち上がると、真っ直ぐサクラバクシンオーの方へ向かう。サクラバクシンオーも知り合いであるビコーペガサスを見つけると、嬉しそうに笑った。

 

「おぉ、ビコーさん! いやはや、出バ表を見て知ってはいましたが、遂にこの学級委員長に挑戦ですか! いいでしょう、スプリントの先達としてお相手を――」

 

「……あぁ。バクシンオー先輩。アンタを倒しに来た」

 

 サクラバクシンオーは、ビコーペガサスの言葉に、一瞬キョトンとした顔を見せる。ふたりの視線が交差する。周囲の反応は二分(にぶん)。事前の成績から身の程知らずと生暖かく見る者と、それでも《ミラ》ならと慄く者。

 その視線の中、揺らぐことなく立つビコーペガサスを見て、サクラバクシンオーは一瞬。ほんの刹那の間だけ、普段のサクラバクシンオーからは想像もできないような獰猛な笑みを浮かべ、そしてまた、再び溌剌(はつらつ)とした笑顔に戻った。

 

「――えぇ! 全力でお相手しましょう! このサクラバクシンオーが!」

 

 

 

 レースが始まる。それは蹂躙だった。

 その距離の短さから(まぐ)れが起きやすいスプリント。そのなかで()()()()()()というサクラバクシンオーの異常性を正しく理解できている者は少ない。

 彼女の頭の中には計算など一欠片もないだろう。しかし、その走りは紛れもなく短距離における『勝利の方程式』そのものだ。なにせ、ビワハヤヒデはサクラバクシンオーの走りを基盤にして自らの『勝利の方程式』を作り上げるに至ったのだから。

 そして、ほんの僅かなロスが絶望の差になる、ほんの一瞬の迷いが絶対の距離に繋がる、加減点が大きい短距離という舞台の『勝利の方程式』は、ビワハヤヒデの得意とする中長距離のそれよりも遥かに成立させづらい。

 にも関わらずそれを本能だけで成立させているサクラバクシンオーは、どう考えても異常なのだ。

 誰もがその背中を前に諦めた。意識に浮かばずとも無意識に『2着』を狙い走る。それはさながら、人が空を諦める姿に似ていた。

 

 そんな彼女たちの間をすり抜け、バ群を飛び出したウマ娘がいた。

 

 飛翔するかのように駆けるその背には翼。未熟とされるその体をひたすらに躍動させ、彼女はひとり太陽(サクラバクシンオー)へと迫る。

 網から授けられた策とも言えない欠陥兵器。ぶっつけ本番、発現するかもわからない"領域(ゾーン)"を成功させるため、網はビコーペガサスの調子を仕上げきった。

 網から授けられた蝋の翼が羽撃(はばた)く。太陽に手を伸ばす者はいても、それを掴み取ろうと本気で考える者はいない。それが不可能だとわかっているからだ。しかし彼女はそれを理解しながら、愚者になってでも太陽を求めた。

 

 だから彼女も、全霊を以てそれに応える。

 

(……きっと、私がここに立つのはあまりに早すぎた)

 

 その魂に焼き付いた王者の記憶。それに比べ、遥かに舞台は整っていた。しかし、役者が揃わなかった。それはまるで、運命が彼女を頂点に祀り上げるかのように、この時代において彼女に比肩する者は特異点を以てしても生まれ得なかった。

 何も起こらなければ、彼女は王冠を玉座に置いて次の舞台へ進んだだろう。だが、傲慢にもそれを引き留める腕があった。その事実が、奇しくも彼女を同じ運命へと導く。

 即ち、次代のスプリンターへの礎を築く道へ。

 

(しかし、早すぎたとしても私は、この世代で走れたことに後悔はありません。短距離路線はここから始まるのです。この学級委員長を規範として。あぁ、それはまさに本望ではありませんか!)

 

 自分を見て心が折れるなら結構。()()()()のウマ娘が自分の背を追いかけようと、決して追いつくことはないだろう。

 しかし、この絶対的な背中を見てなお追いつかんと努力し続ける者がいたならば、その手はいつか必ず太陽をも掴み取る。

 

(だから私は示すのです。私がすべての距離で規範となるという()()()を目指すのだから、私を追い抜く程度の()()を目指してみろと、この走りで)

 

 幸いにも、そんな者たちと再び轡を並べる夢の舞台があるのだから。

 

(だから――これは最後の愛の鞭。この驀進王を越えて来なさい)

 

 サクラバクシンオーの"領域(ゾーン)"が発現する。それはただ、愚直なまでに、滑稽なほどに、走るというただそれだけに傾いた彼女の根源。

 

(いざ、勝利に向かって、驀進ッ!!!)

 

 一度は縮まった距離が再び開く。たとえ太陽が蝋の翼を焼き尽くそうとも、長い年月の末に人間が空を手に入れたように、いつか彼女たちが自分を超えてくると確信しているから。

 4バ身差、自らのレコードを塗り替え出したタイムは1:06.9。ペーガソスの羽撃きは運命を超えることはできなかったが、太陽を星の更に先へ押し上げた。

 

 宣言通り、サクラバクシンオーはマイル、そしてその先を目指す。ただし、電撃の驀進王として王冠を頭に頂いたまま。

 奪えるものなら奪ってみろと。いつか太陽を掴む龍が現れることを信じて。

 

 ビコーペガサスは、短距離の王を短距離の王として掴み留めることに、確かに成功したのである。




 それ(実況の台詞)使いたかっただけやろお前。はい。



 テンプレオリシュ面白いよね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。