万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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カドラン賞はやると言ったな。
あれは嘘だ。


カドラン賞「どうして……」

 

『ライスシャワー強い! 後続を置き去りにして独走状態!!』

 

 つい先日行われた世界最長の平地レース、カドラン賞の映像を、彼女は繰り返し繰り返し眺めていた。そこから何かを学ぼうと言う意図はなく、ただその姿を目に焼き付けるように。

 ライスシャワーの脚が抜きん出て速いわけではない。他の出走者と比べれば、ロンシャンレース場のコースに必要なパワーも劣ってはいる。しかし、ライスシャワーはそれを覆してなお余りあるほどのスタミナと、その身を危険に晒しながらも攻めたコースを走ることのできる精神力を持っていた。

 そもそも出走するウマ娘が少なく、さらに実力者も出揃いづらいカドラン賞は、ライスシャワーによる蹂躙で幕を閉じた。

 

 レース映像を見終え、彼女は先日トレーナーが言っていた言葉を反駁する。彼女のトレーナーが言うには、ライスシャワーの全盛期も終わりを迎えようとしているらしい。来年の天皇賞まで保てば上出来だと、強面の顔を更に険しくさせる。

 そして、彼女とそのトレーナーは、示し合わさずとも同じ考えに至る。天皇賞まで保てば上出来と言うならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「お前はお前のことだけ考えてろ。ライスシャワーは大丈夫だろう」

 

 大舞台を前に過度に緊張しているわけではない。精神状態はフラットで、レースに悪影響が出ることもないだろう。今日も彼女の鼓動は正確に時を刻み続ける。

 

 始まりは、ライスシャワーを認識したのは入学式のこと。自分のちょうど前に座っていたのがライスシャワーだった。ただそれだけ。

 それから奇妙な縁でたびたび話をするようになり、互いに特段コミュニケーション能力に長けているわけでもないのに交流を持つようになったのは、多分にあの学級委員長が影響していると言える。

 ライスシャワーを好敵手として意識し始めたのは、ホープフルステークス。それは、日本ダービーを経て意識から警戒へと変わった。菊花賞で最大の敵になるのは、己の夢を阻みうるのはこのウマ娘だと。

 それは現実になった。黒い刺客は菊の舞台で大きすぎる壁として立ちはだかり、彼女の求めていた3つ目の冠を攫っていった。

 そしてそれと同時に、彼女が定めていた()()()をも消し飛ばして、その先に広がる果てのない未来を示してみせたのだ。

 

 かつてスプリンターと呼ばれた彼女の本領は、今現在はミドルからクラシックディスタンスにある。彼女もライスシャワー同様ピークからは衰えが現れ始めているが、それでも本領であれば上位に食い込む実力者だ。

 だから、本来戦場に選ぶべきはその距離のレースなのだろう。しかし、彼女が海外に足を運んでまで選んだレースはその範囲を外れたものだった。

 彼女にとってレースとは常に距離の壁への挑戦の連続だった。その果てに、ライスシャワーはいる。

 

 このレースは、ライスシャワーへの宣戦布告。

 

『ミホノブルボンだ! ミホノブルボン遂に三階級制覇!! メルボルンカップをミホノブルボンが勝利し、マイル、中距離に続き長距離でもGⅠ制覇です!!』

 

 

 

★☆★

 

 

 

 画面の向こうの好敵手と目が合う。長いレースのあとだというのに崩れない表情と、平坦な口調とは裏腹に熱の籠もった言葉。

 

『メルボルンカップを勝利し、栄えある三階級制覇を成し遂げた感想をお聞かせください!』

 

 ミホノブルボンに対して鼻息荒くマイクを向けるインタビューアーの質問に、ミホノブルボンは表情を崩さないながらも興奮した様子を隠さずに答える。

 ただし、その答えはインタビューアーの期待していたものではなく、しかしながら満足させるには十分なものだった。

 

『私にとって、このレースは()()()()()()()()()()レースではなく、()()()()()()()()()()レースでした。確かに彼女たちは強敵でしたが、私が打破すべきは()()()()()()()()なのですから』

 

 それは端的な宣戦布告。

 いや、すべてはとうの昔に始まっていた。菊花賞から、あるいは日本ダービー、ホープフルステークス、入学式の出会いか、それともこの世界が生まれる以前から絡まった運命か。

 

『ライスさん……ライスシャワー。春の天皇賞、()()()()()()()()()()()()()()()。それが私の目標(オーダー)

 

 まるで本当に目の前にいるかのように、ライスシャワーとミホノブルボンの視線が画面を越えて交差する。好戦的とは言えない両者の表情が、その一瞬ウマ娘の本能に染まった。

 世代最強として二冠を戴きながらも菊の冠を逃した者と、世界最強として長距離を蹂躙しながらも春の盾を逃した者。

 ふたりの運命が、再び交わろうとしていた。

 

 

 

★☆★

 

 

 

『"KAMIKAZE"と"Nonstop Rabbit"は引退済、"String-Puller"はグランプリ出走のために回避、"BlackChapel Murder"はもちろん新人(Newbie)も適性外……』

 

 アメリカはマサチューセッツ州。鹿毛のウマ娘がパソコンのディスプレイを睨みながら呟く。その部屋には薄く煙が充満しており、彼女自身はマスクを使用している。

 

『おぉい! 辛気臭ぇ顔してないでお前もヤろうぜ!!』

 

『こっちは未成年だって何度も言ってるだろう!! トびたいならひとりでトんでろ!!』

 

『お前と吸えば文字通り楽園(Paradise)にイけそうなんだよぅ』

 

 逝ってろ。などと彼女は毒づく。そもそも清く正しい青少年がいる部屋でブリってんじゃねぇメッドメンへ行けと。

 腕は確かだし腐れ縁があるせいでズルズルとコンビを続けてきたことを、このときばかりは彼女も後悔する。

 

『というか、来月にはジャパンに飛ぶってのにあの調子で大丈夫なのかね……』

 

 近年海外へと台頭してきた元弱小国、日本。数年前までは自国の招待レースで勝つことさえ難しかった日本のウマ娘たちが、飛躍的にレベルアップしている。

 その秘密を掴まんと、また、やられっぱなしで終われないと、各国の猛者が例年よりも勇んで招待レース――ジャパンカップへ出走を表明している。彼女が新しく開いたウィンドウには、現時点で表明しているウマ娘のリストが映っていた。

 

 ブラジル所属、Blackの実力者、サンドピット。

 今年の凱旋門賞を制覇した『鉄鋼王』カーネギー。

 ニュージーランドの古強者、ラフハビット。そして――

 

『"Nemesis"……』

 

 英語で「難敵」を意味する言葉ともなっているギリシア神話の復讐を司る女神、ネメシスの名で呼ばれたのは、"Slender-man"の教え子で唯一ジャパンカップに出走する予定のウマ娘。

 『逆襲の剛脚』ナリタタイシン。

 

 海外でのナリタタイシンの評価は、他の《ミラ》のメンバーに比べて高くない。それはURA史上に名を残すであろうほどに活躍したアイネスフウジン、ツインターボ、ライスシャワー。ツインターボや、サンデーサイレンスを打ち破ったトウカイテイオーと互角の戦いを繰り広げたナイスネイチャと比べてという相対的な評価もあるが、絶対的な評価としても、ナリタタイシンは未だGⅠ1勝で――上澄みの中では――微妙な成績であることが原因だ。

 そしてだからこそ、網に煮え湯を飲まされている各国の、特にトレーナー陣がこのジャパンカップで意趣返しをしようといきり立っているのだ。

 

『"Slender-man"を……というより、"Nemesis"を甘く見すぎじゃないかね、それは』

 

 皐月賞以後にナリタタイシンが負けたのは3度。仕上がりきったウイニングチケット相手のダービーに、完成したビワハヤヒデ相手の菊花賞。そして、慣れないアスコットレース場(クソコース)でのレース。

 はっきり言って、負けるべくして負けたレースばかりだ。これらのレースを実際に見てなお弱いなどと言えるほうがどうかしている。

 そこまで考えたとき、彼女のウマホから着信音が響いた。画面に表示された名前は、歳の離れた友人の娘。ナリタタイシンと同じく、中央トレセン学園に在籍しているウマ娘のものだった。

 

『Hallo! 来月のジャパンカップって、確かパラちゃんも出るよね?』

 

『相変わらず急だね。その予定だけど?』

 

『じゃあさ! サポートにマヤのトレーナーちゃんつけない!?』

 

 国際招待レースで来訪したウマ娘とトレーナーには、開催国のトレーナーが開催国の環境に慣れさせるためのサポートとしてつく権利が与えられている。多くの国で適用されているこの制度は、スポーツマンシップに強く影響を受けたものである。

 彼女は通話相手が薦める相手のことも知っていた。このジャパンカップには出ていないが、件のトレーナーもGⅠトレーナーである。信頼に値する。というよりも、自身のトレーナー(ヤクチュウ)が信用できない。それこそ、日本でキめてしょっぴかれなければいいなと思う程度には。

 

『……うん、じゃあお願いしようかな……』

 

『アイコピー!!』

 

 この判断が吉と出るか凶と出るかは、まだ誰も知らない。




 お久しぶりです。
 繁忙期が本格化する前に1話だけ更新して失踪してないことをアピールする。
 月末までには落ち着いてくれるはずです。
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