万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
「ねぇ、そういえば怜さんってウインディちゃんからイタズラされてないの?」
アイネスフウジンがふと気になってそんなことを聞いたのを、《ミラ》のメンバー数人が注目する。
シンコウウインディのイタズラ癖については、《ミラ》内にとどまらず学園全体でも有名である。底に藁を敷いてある落とし穴や吊るしこんにゃく、水鉄砲の罠など、怪我に至るようなものはないが多くの生徒が被害に遭っている。
現在はイタズラ被害はチーム内に限るものになっているのに加え、ツインターボやビコーペガサスというちょうどいい遊び相手やイナリワンという叱ってくれる相手もチーム内で見繕えるため、生徒全体への被害はかなり減少している。
のだが、アイネスフウジンは今のところ、網馬が被害に遭っているのを見たことがない。そして、それは他のチームメンバーも同じだった。
現在、シンコウウインディはツインターボとともに《ミラ》のホームページを作成するのに部室を離れていたため、ちょうどいいということでそんな質問を網馬へと飛ばした。
それを聞いた網馬は、懐から1台のデジタルカメラを取り出した。網馬の持ち物としては珍しくそれほど性能の高くない安物だ。
アイネスフウジンはそれを受け取って起動すると、なんとなくそういう意味だろうとメモリーを確認する。そして、「うわぁ……」と声を漏らした。そこに収められていた写真は皆同じものだった。
端的に言ってしまえば、シンコウウインディが縛られている写真だ。そこにいやらしさや色気は微塵もなく、まさに「下手人」といった様相で写っている。
「ガキの悪知恵なんざ大したことないからな」
どうやら、イタズラを仕掛けられる前にすべて返り討ちにしているらしい。
「シンコウウインディのイタズラ癖は承認欲求から来ている。要は構ってやって注目してやって、反応してやればいいんだから、わざわざイタズラに引っかかってやる必要はない。逆に引っかかったとしても無反応ってのは一番拙いな。まぁ、その点はツインターボとビコーペガサスがいれば完全に無反応になることはないだろうが」
「……実際さ、ウインディ先輩ってなんであんな感じなんです? 言っちゃなんですけど、ちょっとこう、
ああ見えて、シンコウウインディは高等部生であり、ナリタタイシンとはクラスメイト、サイレンススズカやライスシャワーよりも歳上だ。
まぁナリタタイシンやライスシャワーと並べてもそれほど違和感はないのだが、体躯とは裏腹に精神的に成熟しているナリタタイシンと、趣味や言動が幼いように見えて自分の外見なら赦されるとわかってやっているライスシャワーである。どちらも年相応の情緒が出来上がっている。それと比べれば、確かにシンコウウインディの情緒は稚すぎると言っていい。
ナイスネイチャの質問に、網馬は自明といった様子で答える。
「シンコウウインディの父親は進鋼産業の社長で、母親も会社の役員なんだが、これが元々そうとうの子煩悩でな。まぁ蝶よ花よと育てたらしいんだ」
「え、ウインディさん社長令嬢なの……?」
「言われてみれば、所作というかそういう部分はちゃんとしてるよね……」
基本的にトレーナーである網馬以外は庶民出身だったことと、シンコウウインディ自身にお嬢様というイメージがなかったこともあって、ライスシャワーとナリタタイシンが意外といった反応を見せる。
「それで、社長令嬢ってことで周りも持ち上げるわけだ。身内だけならそれで済んだだろうが、赤の他人はそんなの知ったこっちゃない。それでも、トレセン学園に来るまでは大人しかったらしいぞ?」
「あー、寮入りで周りに褒めてくれる身内が完全にいなくなったから……」
「そういえばアマさんに聞いたけど、ウインディ先輩って料理できるし掃除とかもこまめにやってるって……」
「基本、家にひとりでいるなら必須なスキルだな。俺も一通りできる」
さらっと闇をチラ見せする網馬だが、アイネスフウジン以外は気づかなかった。
「トレーニングの妨害にはならないよう厳命してるし、あれも線引は弁えてる。取り返しの付かないようなことはさせないようにしてるから、多少は大目に見るか、逆に思い切り対策を取ってやれ」
「あー……じゃあアレは? 噛みつき癖」
「本人は無自覚なようだが、注目が欲しいからだろう。一種の赤ちゃん返りだな。加減は覚えさせたから甘んじて受けろ」
にべもない網馬の言葉に苦笑する面々。その中でマーベラスサンデーだけが知っていた。網馬が自分の衣服に、犬の躾に使うビターコートスプレー――いわゆる苦味剤を噴きかけていることを。
だが、マーベラスサンデー自身は一度シンコウウインディに噛みつかれたとき、シンコウウインディはフレーメン反応のような顔で固まったあと離れていき、それ以降二度と噛まれていないため、まぁいいかとスルーした。
「アタシのときもそうだったし、ライス先輩の時とかもそうだったらしいですけど、よくもそう完璧に分析できるもんですね」
ナイスネイチャが嘆息する。実際、網馬は何度も「自分は心理カウンセラーではない」と言いつつ、担当のウマ娘のメンタルケアを成功させている。
それほど知識がなくとも経験があればまた違うのだろうが、ナイスネイチャを相手にしたときはまだ2年目の新人だ。そんなナイスネイチャ相手に、網馬は一瞬言い淀んで理由を口にした。
「あ〜……こう言ったら悪いんだがな、お前らみたいなコンプレックスとか、そういう手の話は
ウマ娘の競技人生以上に、上流階級の権力争いは汚泥にまみれている。そこにスポーツマンシップはないし、レースという真っ当にぶつけ合える場所もない。トレーナーと担当という他人だからこそある程度節度ある関係ではなく、親子親類という近い関係だからこそ、礼節なく、無遠慮に蔑み、比べ、どこまでも残酷になる。
「慣れだな」と軽く言う網馬だが、それを聞いていた側の意見は概ねマーベラスサンデーの「マーベラスじゃない……」の一言に要約できた。
「で、今年の目標だが……ここにいないシンコウウインディは早めにデビューさせて、アメリカのジュニアGⅠを目指させる」
「アメリカはジュニアGⅠに力入れてるんでしたっけ。何回か聞いた気が……」
「あぁ。それで、マーベラスサンデーは皐月賞だな。賞金額は十分だから直行。そのままクラシック戦線だが……強敵なのは《リギル》のフジキセキ、《ポラリス》のジェニュインだな」
「マヤノとタヤスツヨシは?」
マーベラスサンデーのライバルとしてふたりのウマ娘を挙げた網馬に、ナイスネイチャがそう質問する。マーベラスサンデーやナイスネイチャの友人であるマヤノトップガンや、皐月賞と同条件であるホープフルステークスの勝ちウマ娘であるタヤスツヨシの名前が挙がらなかったことが疑問だったからだ。
それに対し、網馬は歯に衣着せず答える。
「マヤノトップガンは今年出てくるんだろうが、本格化を迎えてない。テクニックだけならマーベラスサンデーのほうが強いだろう。タヤスツヨシは逆に、ホープフルステークスで底が見えた。負けることはない……で、ライスシャワーは春天を目標に、必要なら阪神大賞典を叩くが……」
「ううん、ブルボンさんが阪神大賞典に出るって言ってたから、ライスは出ない。決着は、天皇賞でつけたいから」
ライスシャワーの目には、いつにないほどの決意が見て取れる。目指すものが決まった。あとはまっすぐそこに進むだけ。そうなったライスシャワーは強い。
「……そうか。どちらにしろ、春天がライスシャワーの引退レースになる。悔いを残さないように。ナイスネイチャは……なんというか、正気か?」
「アハハ……」
ナイスネイチャが網馬に提出したプランは、有馬記念以外出走しないというものだった。
「……これならドリームシリーズに行ったほうがいいんじゃないか?」
「いやぁ……アタシ的には有馬に勝ってから行きたいんですよ。せっかく長く走れる脚を貰ったんですし、テイオーやターボが有馬勝っててアタシだけ勝ってないって、悔しいじゃないですか」
「……なるほど、それは理解した。で、それ以外出ないというのは?」
「他に、やりたいことがあるんです」
ナイスネイチャは網馬の目を見てそう話し始める。
「ターボのウィンター・クラシックで、ハードバージ先輩が出てきたじゃないですか。アタシ、あの人のこと知らなかったんですよ。
「……それで?」
「……引退後、アタシは多分ドリームシリーズに入れると思います。そこで走りながら、引退後のウマ娘の就職支援活動をしたいんです。そのために、地方を回って色々調べ物とか、伝手を作ったりとか、今のうちからできることをしていこうかなぁ……って」
言っていて、自分がそれほど綿密なプランを立てていなかったことに気づき、だんだん気まずくなるナイスネイチャ。その様子をジト目で見ていた網馬は、ため息を一つもらした。
「志は立派だが、浅い」
「ヴッ」
「……それならむしろ走れ。より多くにお前の走りを見せて支持者を増やせ。GⅢやGⅡでもいい。いいか、お前が本当に就労支援をしたいというなら、お前が直接それに携わりたいというのはただの自己満足であり、お前にできる一番の支援はその足で稼いで既存の団体に寄付することだと思え。素人のお前が頭をひねるより遥かに有用だ。お前が支援の意思を見せれば、ファンの中にも同調するやつが出てくる。あとはその母数を増やすために、やっぱり走れ。今のうちからできることがしたいというなら、それがお前のできることだ」
立派なことをしようと思わなくていい。
走って夢を見せることが、お前にとって最も立派なことだ。
網馬はナイスネイチャにそう言い捨てた。
「まぁ、あれだ。中学生によくありがちなやつだから、そこまで恥ずかしがらんでもいいぞ」
「ネイチャ真っ赤☆」
「ゔぁ〜……」
自身のモフモフテールで顔を隠しながら机に突っ伏すナイスネイチャ。だが、彼女の選ぼうとした道を、《ミラ》のメンバーは誰も笑わなかった。
なお、《ミラ》のホームページはホームページとしての体裁は整っていたものの、ギラギラしたデザインと『悪の組織』というコンセプトが原因で速攻作り直させられたという。