万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
「担当に告られたときってお前らどうする……?」
そう口に出したのは今年クラシックを走るマヤノトップガンの担当トレーナーである羽原だった。現在、新年会という名目で開催された飲み会で、彼は管を巻いている。
網馬は基本的に大人数で飲むよりひとりでいるほうが好きなため飲み会という文化をあまり好んでいないのだが、今日集まっているのはそれなりに親交を重ねることになったメンバーであり、基本聞き役に回るという網馬のスタンスを尊重してくれるため、参加するのもやぶさかではないのだ。
「あー、サンエイサンキューちゃん?」
「まだ中等部だし一過性のものだからって断ったんだけどさぁ……卒業してもまだ好きだったらって言われて保留にしてしまった……」
「まぁ妥協点はそのあたりだよなぁ……」
苦笑しながらウーロンハイをすするのは《レグルス》のトレーナー、一岡だ。一方で同じく苦笑している《カノープス》の南坂は烏龍茶を飲んでいる。
「俺はまだそういう経験ないからなぁ……南坂さんとか黒沼さんはそのあたりどうなんですか?」
「私もそのような感情を向けられたことはありませんね……」
「俺もないな」
一岡の問に南坂と、ミホノブルボンの担当トレーナーである黒沼が答える。ちなみに主な理由は、南坂は担当と一定の距離を置く立ち回りをしがちであり、かつ先代から引き継ぐ形で《カノープス》のトレーナーとなったため、複数人を同時に担当したことしかなく、ひとりから強い感情を向けられていないから。黒沼は強面すぎるため、ミホノブルボン以前の担当からも告白されたことはない。
「そもそも中等部だから付き合ったら駄目なんだよな……」
「ヤらなきゃセーフだろ」
「いやまぁ法的にはそうなんだが……」
トレーナーという職業の世間での立場は『教師』ではなく『マネージャー』のイメージに近い。また、昔からトレーナーと担当ウマ娘間での恋愛という事例はかなりの数発生してきているため、世間的には意外とその辺りは、少なくとも教師との恋愛と比べれば寛容だったりする。
それでもやはり、少なからず大の大人であるトレーナーと幼いウマ娘との恋愛に眉を顰める層がいるのは、やはり見た目の印象に強く引っ張られているのだろう。
一方でウマ娘が担当トレーナーへ強い感情を抱く原因は科学的にほぼ解明されており「まぁ仕方ないよね」という意見が多い。
というか、一部の過激派を除けば、トレーナーと担当ウマ娘の交際に強い嫌悪感を抱く者はそう多くない。問題はその後だ。
要するに、法を犯すなの一言に尽きる。
真剣に交際? なら卒業まで待てるよね? ところでトレーナー業は続けるの? 次の担当を迎えるわけだけどうちの娘とどっちを優先するの? あ、辞める? じゃあ次の職は? まさか娘の蓄えだけにぶら下がるわけじゃないよね?
そんなわけで、トレーナー業界で「教官職に転向」と言うワードは「寿退職」の隠語として使われることもある。
対して、
一方、海外では「強豪チームがドバイで勝ったと思ったら現地でトレーナーがチームメンバーらにいただかれてそのまま帰ってこなかった」なんてジョークも存在している。オイルマネーがそのまま重婚資金になる事例である。
「奈瀬さんは……」
「クリークは18だから合法」
「いや、最近別の子からめっちゃアプローチ食らってるって聞いたけど」
店の入り口で入店拒否されかけた合法ショタことダイタクヘリオスのトレーナー、岸江が突っ込むと、レモンサワーを飲んでいた《フォーマルハウト》の奈瀬が机に額を叩きつけながら突っ伏す。スーパークリークとダンスインザダークの間で始まった正妻戦争は激化するばかりなのである。
「明らかに奈瀬とクリークの間にダンスインザダークが割り込んできた形なのにビックリするくらい馴染んでるからなぁ……あれは荒れるぞ……」
「そう言えば南坂。サブトレ時代に担当してた娘とはどうなったんだ? あの未勝利の」
「どうなったって……どうにもなりませんよ、ハローさんとは。そんな関係じゃありませんでしたし。たまに食事に行く程度です」
クソボケがよ。
その場にいる数人の内心が揃った。特に件のOGウマ娘ことライトハローに頻繁にやけ酒に付き合わされているメジロパーマー担当トレーナーの山崎などは、頼むからさっさとくっつくか振ってやってくれないと肝臓が保たないなどと南坂を睨んでいた。
そして話の矛先は網馬へと向く。
「で、網馬さんはバレンタインデーのチョコの何割本命だったんですか?」
「私だけ趣旨が変わってませんか?」
この場にいる男性陣の顔面偏差値は高い。正統派のイケメンである一岡に優男風の南坂、強面だがそれはそれとしてダンディな色気ある男の黒沼に、合法ショタではあるが整ってはいる岸江。一番下でも羽原というかなりアベレージの高い集団だ。
その中で網馬は、もちろんイケメンであるのだが、群を抜いてというわけではない。ただ、ファンの数に関しては飛び抜けている。
言っては悪いが、話題性に事欠かない凄腕の金持ちというステータスがくっついているのだから、
「網馬さんは担当に手を出さないと公言してますし、情に流されるイメージがないですからね」
「南坂と同じ感じだよな。ビックリするくらいビジネスライクなイメージ」
「正直あたしは狙ってるんだけどファンに刺されそうで怖い」
少なくともチーム内での恋愛はないだろうというのはおおよその共通見解のようだ。網馬は、まぁ減るもんでもないし、と、素直にチョコの総量を口にする。
「2t。個数は数えてません。添付されたメッセージは全部読みましたが、内容物になにが混入してるかわからないのでチョコ本体はすべて廃棄ですね」
「トン!?」
「漫画のキャラが貰う量じゃん」
これは網馬の与り知らぬことではあるが、実際数%程度のチョコレートに
それ以前に網馬は普通のチョコレートは苦手だと公言しているし、チームのホームページにも「トレーナー及びウマ娘への加工食品の差し入れはご遠慮ください」と掲示してあるので当然の処置である。
「メッセージには連絡先が書いてあるものや釣書が入っているものもありましたし、裸体や性器の写真が添付されてるものもありましたよ」
「ねぇ食事中なんだけど!!?」
「これは失礼」
吠える山崎。網馬はわかっててやっているし反省もしていない。
実際、普段からファンレターの仕分けは業者を雇ってある程度フィルタリングしているので、少なくとも網馬含む《ミラ》メンバーへその手の危険物が渡ることはなく、自動的に弁護士へ証拠品として移譲される。それの延長線上である。とはいえ、ただチョコを送ってきただけの相手は流石に提訴しないが。
「まぁ実際網馬が恋愛するところとか想像つかないしな」
「大丈夫? 恋愛感情ある?」
「あなた方の担当の出走レースすべてにナイスネイチャ出走させましょうか?」
「「スミマセンでしたっ!!」」
爆逃げコンビは担当トレーナー同士も仲がいい。
「だけど実際どうなんすか? ネットなんかだと、網馬さんとアイネスってもはや熟年夫婦みたいな扱いされてますけど」
「ないですね」
「即答……アイネスって今2年だろ? そんな時間かからず卒業するし、それからなら……」
「いやぁ、ないですね」
「頑な……」
信頼しているのは事実だし、それなりに特別深い感情を向けている自覚はあるが、アイネスフウジンに対する恋情は網馬にはない。
網馬はカルピスハイを一口飲んで、深く息を吐いた。
一方その頃、アイネスフウジンも同期の顔見知りたち(アポが取れなかったダイイチルビーを除く)とのパジャマパーティーで恋バナに入っていた。
「――では、横川トレーナーはメジロ入りということでよろしいのですね? ライアン?」
「待って待って待って待って!!? 違うから!? てかメジロ入りってなに!?」
「いやぁ、でもライアン、横川さんに撫でてもらったとき完全に乙女の表情になってたよ」
「いや、だって、あ、あれはトレーナーさんの撫で方もおかしかったじゃん!!」
「まぁ確かにあれは愛撫と言っても過言では……」*1
「過言だよ!!?」
なお、とうの横川は飲み会の方で酔い潰れて寝ている。
「アイネスはその辺りどうなん? そっちのトレ優良物件じゃん。いつの間にか下の名前で呼ぶようになってたし」*2
「ないなの」
「即答!?」*3
「いやぁ……ムリなの」
「そこまで拒絶するほどか!?」*4
「ところでマックちんそのアルフォート何箱目? 爆食いじゃね?」
「7箱目ですね」
「イクノ数えてんのヤバみ沢なんだけど」
信頼しているのは事実だし、それなりに特別深い感情を向けている自覚はあるが、網馬に対する恋情はアイネスフウジンにはない。
アイネスフウジンはファンタグレープを一口飲んで、深く息を吐いた。
「あれはほら、妹/弟的なものだから」
メジロマックイーンはその月、2kg太った。