万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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 お久しぶりです。
 マジで難産でした。


王者不在

 3月末、高松宮記念。

 ビコーペガサスの控室では、網が今日の対戦相手について話しているところだった。

 

「今回、特別気をつけるべき相手はいない。実力伯仲……といえば聞こえはいいが、全体的にレベルが低い。国内のウマ娘はGⅢ勝利が最高で、外国のGⅠウマ娘は慣れないバ場がハンデになる」

 

 GⅠとしてはかなり層の薄い出走メンバーとなっているが、短距離路線において、それはあまり問題ではない。そもそも、短距離は荒れる。それはウマ娘レース界隈において大きな共通認識だ。

 距離が短いということは、単純に駆け引きに使える時間が少ない。バ場の影響をモロに受けるし、縦長の展開になりづらい。

 ついこの間まで未勝利クラスにいた人気の低いウマ娘が当たり前に勝ちうる。むしろ、サクラバクシンオーという絶対王者が1年以上君臨し続けたことが異常なのだ。

 

「特に、今日は今朝方の雨が影響して重バ場だ。後方脚質のお前には不利に働く。展開によっては、無理せず先行策を採ったほうがいいだろうな」

 

 そもそも、スプリントでは後方脚質はあまり有効とは言えない。仕掛けどころの見極めが難しく、加速しきるだけの距離もないからだ。

 確かに縦長の展開になりにくい点に関しては差しに有利かもしれないが、同時にバ群が横に広がりやすくブロックされやすい。

 本格化こそしたもののパワーに難があるビコーペガサスにはかなり不利な環境だった。

 緊張した面持ちで控室を出ていくビコーペガサスを見送り、網は傍らのアイネスフウジンに問いかける。

 

「どう思う」

 

「気負っちゃってると思うの。世間の評判を意識しすぎてるって感じ」

 

 《ミラ》のメンバーは今まで、世間の評判がプレッシャーになることが少なかった。ツインターボやライスシャワーは言わずもがな、ナリタタイシンは意識してはいるがむしろ批判をエネルギーにするタイプだし、ナイスネイチャは世評を話半分に聞くタイプだ。

 それらに比べると、ビコーペガサスは確かに世間の声を真に受けすぎているように見えた。

 

「どうにかするの?」

 

「あれがいい方向へ転ぶなら構わない。責任感で強くなるタイプもいる。もし凶と出るなら何かしら考えるしかないだろうな」

 

 控室を出たビコーペガサスは地下バ道へ向かう途中、パドックで見た、観客たちが自分に向けてくる視線を思い出して足を止めた。

 去年まで、サクラバクシンオーへ挑戦する一意で走ってきたから気にしていなかった。サクラバクシンオーが去り、それでもモチベーションを失ってはいなかったが、心のどこかに緩みが出ていた。重圧はそこにのしかかった。

 他のメンバーと比べて、ビコーペガサスのこれまでの戦績は明確に劣っている。《ミラ》のメンバーとして、自分は力不足なのではないか。『《ミラ》のメンバーである』という期待を向けられるたびに、ビコーペガサスの中でそんな思考が頭をもたげる。

 ビコーペガサスがそれほど強くない、ということは、網から直接告げられている。当然、その『強くない』の水準が一般的な感覚よりかなり上なことは理解している。

 それと同時に、世間が自分に求めているものはその水準のものなのだということも。

 

「…………」

 

 ヒーローは期待に、声援に、信頼に、応えるものだ。

 ビコーペガサスは小さな拳を固く握って、地下バ道へと再び足を進めた。

 

 

 

 ビコーペガサスの評判は、本人の実力を見てのものだけでも悪くはない。

 昨年のスプリンターズステークスで、クラシック級ながら一昨年のサクラバクシンオーが樹立したコースレコードを上回るタイムでゴールを駆け抜けたビコーペガサスは、それをさらにサクラバクシンオーが上回っていたために勝利こそ逃したもののかなりの評価をされていた。

 未成熟な体の限界を超える走りをしたことで、この高松宮記念まで療養を強いられていたのだが、体はしっかりと本格化を始めている。そのため、スプリンターズステークスを超える走りを期待されている。

 期待が糧となるか毒となるか。生真面目なビコーペガサスの性格から、どちらへ転ぶかはまだ予想がつかないでいた。

 

「実のところどうなんだ熊さん? ビコーペガサスの実力は」

 

 貴族服と軍服の中間のようなデザインの勝負服に身をつつんだ、西洋人風の顔つきをした鹿毛のウマ娘は、付き従うように立っている大柄なトレーナーへそう問いかけた。

 

「そうでもない」

 

「ほう? 慎重論者の熊さんが相手を低く見積もるというのは珍しいね」

 

「勘違いするな。弱いわけではない。だが、あのスプリンターズステークスほどのパフォーマンスは出せないだろうということだ」

 

 《ミラ》のトレーナー、網怜は"領域(ゾーン)"を意図して起こさせることができる。そんな与太話もある。しかし、この熊と呼ばれたトレーナーはスプリンターズステークスでのビコーペガサスの"領域(ゾーン)"が未完成であることを見抜いていた。

 

「あれは恐らく、サクラバクシンオーに太刀打ちするために(あつら)えた分不相応の付け焼き刃だ。サクラバクシンオーという明確な高い目標がいたスプリンターズステークスだったからこそよしとしたんだろう。この高松宮記念で使うのは割に合わん」

 

「言うじゃないか。高松宮記念も栄えあるGⅠレースだぞ?」

 

「『魔人』はレースの格には頓着しないからな」

 

 網が「GⅠだろうとフロックはあるでしょう」という一言で世間をざわつかせたのは記憶に新しい。これには幾人かの評論家が噛みつき至極正当な抗議をしたが、網には糠に釘であった。

 

『理由なき敗北はありえませんが理由なき勝利はありえますよ』

『勿論、勝つべき者が勝つべくして勝つレースもあるでしょう。しかし同時に、負けるべき理由を持った者が負けていき、残ったひとりが勝者となったレースもあって然るべきだと思いますがねぇ』

『GⅠ批判ではありませんよ? むしろ、GⅠだけは決してまぐれが起こらないなんて、それこそ暴論では?』

 

 これで久々に炎上した。論理的に正しかろうと、人間に感情がある以上、GⅠ1勝しか勝鞍がないウマ娘などを批判する意図にとれるために、この言説は敬遠されてきたのだが、網は配慮しなかった。割と網側の落ち度である。

 たちが悪いのは、網の担当した現役、あるいは引退したウマ娘の中でGⅠを2勝以上できていないのは、今年クラシックのマーベラスサンデーを除けばビコーペガサスのみという点である。

 そして、それを指摘した「もしスプリンターズステークスでビコーペガサスがサクラバクシンオーに勝っていても、それがフロックだったと言えるのか」という問いに対して、即座に「フロックでしょうね」と返し質問者を絶句させた。強がりや買い言葉ではなく、それはそうだろう? という語調であるのが明らかだったからだ。

 

 『本格化前にデビューしたクラシック級のウマ娘が、現役どころか歴代最強クラスのスプリンターに勝ったとして、それがまぐれ以外のなんですか』と。悪びれもせずそう返されてしまえばもはや何も言えない。感情論を一切排した正論なのだから、受け入れられずとも納得するしかないのだ。

 しかし、その後に続けた『そのまぐれを起こさせるのがトレーナーの仕事でしょう?』という一言には、多くのトレーナーからツッコミが入ったが。日本において『黒い人』に続いて『魔人』という異名が流行り始めたのは、ちょうどその頃からである。*1

 

「それに、相手がどうでもお前のやることは変わらないだろう」

 

「まぁそれも確かだがね。最近、熊さんはあの猫被りにご執心じゃないか、少しは構ってくれてもいいとは思わないか?」

 

「"あれ"は酷く気分屋な上に我が強い。が、担当したからには責任を持たなければならないからな」

 

「まったく、『死神の後継者』殿にも困ったものだな」

 

 鹿毛のウマ娘は息をついて、地下バ道を見渡した。地下バ道の空気は張り詰めている。サクラバクシンオーに抑え込まれ雌伏の時を過ごしていたスプリンターたちにとって、久しぶりの勝利を目指せる舞台だ。

 そんな姿を彼女は鼻で笑う。

 

「サクラバクシンオーに屈し諦めていた者が、諦めずに挑んだビコーペガサスに勝てるかよ」

 

 彼女も、屈していなかった。諦めていなかった。だから、あの日自分を追い抜いて駆けていった翼に、夢を見た。

 

「ビコーペガサス、サクラバクシンオーに抗ったのは君だけではない。かつて帝国から自由を勝ち取った故国のように、今度は私がこのスプリントの長となる」

 

 襟元に刺繍された星条旗の金属製の星が、地下バ道の灯光を鈍く反射していた。

*1
同時に『TASの悪魔』『才能と引き換えに情を失った哀しき化け物』という異名も一部で流行った。




 早くここ終わらせてマベサンクラシック行きたい(暴言)
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