万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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短距離レース書くことなくない???

 ビコーペガサスは他のウマ娘、特に体格とパワーに恵まれた者に向くと言われる短距離の世界のウマ娘たちと比べ、いささかそれらの面で劣っている。

 そんなビコーペガサスがスプリントでは不利となる後方一気の作戦で戦えているのは、ひとえにその高い瞬発力と柔軟性によるものだ。

 それはナイスネイチャとは似て非なる性質。周囲の状況を深く理解し操るのではなく、自分の立ち位置を瞬時に理解して即応する才。

 一瞬の迷いが命取りになる電撃戦で、人助けというヒーロー活動のために拡げた察知能力と判断速度が仕掛けどころを迷わず探り当てる臨機応変な動きを可能にしていた。

 そんな勝負勘を持つビコーペガサスはレース開始直後、登り坂があるのにもかかわらず、ゲートが開くと同時に飛び出していきみるみる離れていくウマ娘の背中を見ながら、このレースのペースが非常に速くなることを察し、ギアをひとつ上げた。

 

 ただひとり、バ群を突き抜けた位置をひた走る先頭のウマ娘。それは近年、その作戦において華々しい結果を残すウマ娘が目立ってはいるものの、決して強いとは言い難い。サッカーで言えばオーバーヘッド、野球で言えばアンダースロー、そんな作戦。

 電撃戦においてはそれよりも長い距離と比べればその作戦の難易度は下がるとはいえども、好んでその作戦を決行する者は多くない。しかし、不意打ちに近い形でそれが現れれば、間違いなくレースは荒れる、大逃げという作戦を星条旗のウマ娘、エイシンワシントンは迷いなく打ってきた。

 スタミナが尽きる前にゴールへ。最も単純な思考が、距離の短いスプリントでは現実味を増す。自然、そんな大胆不敵な逃亡者を好きにはさせまいと追う後続によって、レースのペースが引き上げられる。そしてその分、展開は早くなる。

 

 刻一刻とゲームエンドが迫る中、ビコーペガサスは自身の勝利が絶望的になったことを感じていた。展開、能力、バ場、それらすべてが、ビコーペガサスの勝ち筋を封じていたからだ。

 大逃げしているエイシンワシントンを差すにはふたつの手段がある。コーナー手前からまくり上げるか、最終直線で強襲するか。

 

 前者が難しい理由は、ビコーペガサスのスタミナ面にある。ただでさえ重バ場で足を取られスタミナを浪費している上に、中京レース場はスパイラルカーブという形状を採用している。

 スパイラルカーブとは入り口のカーブが緩く、出口に行くほど(きつ)くなるように設計されたコーナーのことであり、高速でコーナーに入りやすい代わりに遠心力が強くかかるため、スピードが出ているほど外側へ振られ、バ群がバラけやすくなるという特徴がある。

 つまり、まくるためにスピードを上げてコーナーへ突入すると、それだけ長い距離を走る必要があるということだ。その上、エイシンワシントンに釣られてハイペースになっているこのレースでは、先団の多くがスパイラルカーブで外へ振られ、最終直線の外側に垂れたウマ娘が溜まる蓋然性が高い。踏ん張りにくい重バ場ならなおさらだ。

 

 では最終直線で追い込むのはどうかと問われれば、それは確実に仕掛けどころを逸していると言わざるを得ない。理由はやはり、重バ場が関係している。

 力が伝わりづらく加速しづらい重バ場で十全に加速しきるには、ビコーペガサスは非力すぎるのだ。

 網に提案されていた先行策は最初に切り捨てた。まくりよりもスタミナを浪費する上に恐らく追いつけないからだ。

 

 ハッキリ言ってしまえば詰みだ。ウマ娘レースの世界では最後まで勝者はわからないと言われるが、敗者が早々にわかってしまうことは少なくない。

 相性が悪い相手、不利な環境、経験の差、能力の成熟度、すべてがビコーペガサスの向かい風となっていた。

 スパイラルカーブを進むエイシンワシントンは、そんなビコーペガサスを一瞥し、すぐに前へ目を向け直す。

 

(……スタミナは十分。このまま粘りきれるな……さぁ、どうするビコーペガサス)

 

 ビコーペガサスは確かに詰んでいる。ただしそれは、1着をとるということに対してだ。ビコーペガサスの実力なら、掲示板どころか3着以内にまで迫ることができるだろう。エイシンワシントンはその程度にはビコーペガサスを評価していた。

 スパイラルカーブを飛び出したエイシンワシントン。2番手とはまだ3バ身差。息はあがっているが、失速は僅か。このままなら先頭のままゴール板を踏み抜ける。

 

(だからと言って、ビコーペガサス/アタシが諦める理由にはならないッ!!」

 

 最終直線に入ったビコーペガサスが飛び立つ。

 足は重い芝を滑り、思うように力を伝えなくとも、懸命に一歩を踏みしめて前へ前へと加速する。

 3着で、2着でいいやなどという消極的な感情は一切見えない。その走りから見いだせるものはただ"1着をとる"という不屈の意志。

 網によって調整され齎された蝋の翼ではない、ビコーペガサス本来の翼が羽撃く。スプリンターズステークスのそれとは比べるべくもない未熟な翼。

 群を抜き、ビコーペガサスが、ヒーローの雛がエイシンワシントンに迫る。

 

『……小さきヒーロー、ビコーペガサス。だが、スーパーヒーローならば合衆国(われわれ)には一日の長があるぞ?』

 

 それを迎え撃ったのは、夜闇(ダーク)極彩(ビビット)という相反する概念を孕んだ建国者の"領域(ゾーン)"だった。

 ヒーロー或いはヴィラン(正体を隠す者共)の舞台である月下の摩天楼と、誇張(カリカチュア)省略(デフォルメ)の象徴たる背景という、ふたつのテクスチャが覆い被さる。

 ビコーペガサスの"領域(ゾーン)"が塗り替えられ、過集中が崩れる。それは、エイシンワシントンがゴールへ駆け込むには十分な隙だった。

 

 1着、エイシンワシントン。ビコーペガサスは眩んだ隙を後続に突かれ僅差の3着。

 

 地下バ道へ戻ってきたビコーペガサスを網が出迎える。よくやった、とは思っている。網自身、短距離への調整を苦手としている。集積したデータから様々な演算を経て経験の差を埋める網にとって、データが不足している短距離レースは鬼門と言えた。

 本格化前だったクラシック期とは違い、成長途中とはいえ本格化が始まったシニア期の初GⅠでの敗北が、ビコーペガサスのメンタルにどれほど響いているかを確認しようとその表情を見る。

 上出来ではある。あらゆる不利を埋めて、勝ち取った結果としては十分すぎる。ビコーペガサスは最善の最良をやり通した。

 

 そのうえで、ビコーペガサスの瞳には悔しさが滲んでいた。勝てなかったことへの悔しさではなく、己の力不足への悔恨が。

 

「……まずはクールダウンです。レース運びに言うことはありません」

 

「うん……」

 

「何が不足しているのかわかっているならば、鍛えるだけです」

 

「……うん」

 

 ビコーペガサスは未熟である。

 しかし未熟とは、未完成とは、可能性の同義語だ。少なくとも諦めない限りは。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 翌月。クラシック戦線が始まった。

 中山レース場、皐月賞。天候は曇、稍重。

 優勝候補筆頭とされていた最優秀ジュニアウマ娘であり、前哨戦の弥生賞を快勝したフジキセキが故障で不出走という波乱の中で、出走者たちは群雄割拠と言える。

 フジキセキと同じく日本において最初にサンデーサイレンスの薫陶を受けたホープフルステークス勝ちウマ娘、タヤスツヨシと、前哨戦の若葉ステークス勝ちウマ娘、ジェニュイン。

 弥生賞でフジキセキに続いて2着に入ったホッカイルソー。ニッポーテイオーの愛弟子でここまで全連対のダイタクテイオー。

 そしてジョーカー、《ミラ》のマーベラスサンデー。

 

「なるほどな。お前が警戒するのもよくわかる。全員仕上がってるし、かなり完成度が高い。誰が勝ってもおかしくないな」

 

 ファンファーレが鳴り響く中、観客席で、若き天才のひとりと呼ばれているトレーナーは、傍らの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()担当へと語りかける。

 

「でも、お前なら勝てたんじゃないか? マヤノ」

 

 マヤノトップガン。

 ()()()()()()()()()()()た彼女は、ダートでのレースを最初の1戦だけにおさめ、京成杯を勝利、()()()()()3()()に入って優先出走権を手にしたにも関わらず、皐月賞へ出走しないことを決めた。

 世間ではすわフジキセキの二の舞か、脚部不安のぶり返しかと騒がれたが、トレーナーである羽原はマヤノトップガンの判断を尊重しただけだ。少なくともレースでの戦術と戦略においては、マヤノトップガンの天性の直感以上に頼れるものはないと理解しているから。

 

「ムリだよ」

 

 そして、そのマヤノトップガンからそんな断定的な一言が飛び出してきたことに、羽原は驚愕を隠せなかった。

 

「一回でも見れてたらわかったかもしれないけど、結局ここまで見せずに来ちゃったからなぁ……うん、多分マヤでも初見じゃムリだと思う」

 

「……やっぱ、マーベラスサンデーか?」

 

 マーベラスサンデーはマヤノトップガンの特に仲の良い友人のひとりであり、親友とも言える。

 《ミラ》のトレーナーである網はマーベラスサンデーの本気を隠させているというのは、多くのトレーナー、ウマ娘たちの中での共通認識となっていた。だが、それを踏まえてもマヤノトップガンがそんな弱気を見せるとは、羽原も予想外だったのだ。

 

「一回外から見て、一回体験して、それでようやく届くかなーって。だから皐月は捨てて、ダービーで試して、勝負は菊花賞かな? マベちんが秋天に行かなければだけど」

 

「――そこまで、なのか……」

 

 あのマーベラスサンデーというウマ娘の本気は、それほど強いのか。

 そんな意味を持った羽原の唸りに、マヤノトップガンがしかし、首を振った。

 

「ううん、そこまで強いってわけじゃないよ?」

 

「……は?」

 

「ただね、()()()()()()

 

 マヤノトップガンの返答と同時に、ゲートが開き。

 

「マーーーベラーーーッス☆!!!」

 

 前代未聞が始まった。

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