万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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 ついに一週間とか間開けよったでこいつ


ある日、山の中

『やぁ! ノンストップ・ラビット!! 長い幕間だった(久しぶりだ)ね!』

 

 皐月賞が終わった翌週、ドリームシリーズに向けて体作りをしていたツインターボのもとに、珍しい来客があった。来客である身振りが大げさな鹿毛のウマ娘は流暢なイギリス英語でツインターボに話しかける。

 

『……あぁ! オペだな!! 久しぶり!!』

 

 客人の顔を見て少し記憶を漁り、ツインターボは客人の名前を思い出す。そもそも、それほど会話をしたわけでもなく、特段仲が良かったわけでもない。同じレースで一度だけ走った程度の仲であるから、すぐに思い出せなかったのも無理もないことである。

 彼女の名はオペラハウス。BCターフでツインターボと対戦したイギリスのウマ娘である。とはいえ、彼女は7着と掲示板にも入っていないのだが。ツインターボがかろうじて覚えていたのも、キャラのインパクトが強かったからである。

 

『いやぁ、急に押しかけて申し訳ない。ワタシという無類の煌めきを放つ存在を目に収めるためにはそれなりの心構えが必要だろうに……』

 

『変わらないなぁお前。で、なんの用?』

 

『いやなに、用があるのはワタシではなく妹でね……ほら、君のチームメイトにNINJAがいるだろう? 妹は彼女のファンでね、一度会ってみたいと言うことだったから連れてきたんだ』

 

『待って姉さん話を聞く限りだと姉さんとライスシャワー限りなく親交がないに等しいんだけど!? 完全に無理に押しかけてるよね私たち!?』

 

 オペラハウスに待ったをかけたのは彼女に似た鹿毛のウマ娘――オペラハウスの言葉を信じるなら妹であるらしい少女だった。

 弁解しておくと、オペラハウスはややシスコンじみたところがあるため、妹さえ絡まなければここまで図々しくはない。

 そしてこの妹、常識はあるのだがどうにも味付けの濃い姉相手だと流されがちなところがあった。それに加え、ライスシャワーへの憧れも彼女の思考を鈍化させたのだろう。

 

『あー、残念だけど、ライスなら今いないよ。春天に向けて北海道行ってる』

 

『ほ、北海道ですか……短期合宿みたいな……?』

 

『支笏湖で耐久潜水と恵庭岳で高所トレーニングするって』

 

 具体的な地名を出されてもピンとこなかったオペラハウスの妹は、やっぱり世界一のステイヤーともなるとトレーニングからして違うんだなぁなどと思考を飛ばした。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 恵庭岳。北海道に位置する山であるここを選んだ理由は、「日本一水質が良い湖」こと支笏湖に隣接することにある。

 日本に存在するプールでは深くても5m程度なのに対し、支笏湖の平均水深は200m超だ。深く潜ればそれだけ、体にかかる負荷は上がる。

 とはいえ、いくらウマ娘の身体能力が人間を凌駕していようとも200m生身で潜るわけもなく、精々が10m前後の辺りを長時間潜水するというトレーニングを行った。

 そして現在は、隣接する恵庭岳での登山中である。高所トレーニングの有用性については、もはや言うまでもないだろう。

 ウェアラブルデバイスでライスシャワーの状態を確認し、適切なタイミングで網のいる休憩地点へ戻りつつ、ひたすらに自身を追い込んでいく。

 ここ数日で履き潰したシューズの数は、サイレンススズカがひと月に履き潰すシューズの数に匹敵する。これは、一般的なウマ娘が四半期に履き潰すシューズの数とおおよそ同じである。

 行っているトレーニングの効果は、通常トレーニングと聞いて思い浮かべるようなステータス上昇、能力の底上げではない。言うなれば、一時的な限界の拡張。成長というよりはバフに近いだろうか。

 

 そして、ライスシャワーが網からの指示を受けて一度休憩地点へ帰還しようとしている、その途中の出来事だった。

 ライスシャワーからやや離れたところの藪が、がさりと音を立てた。ライスシャワーはその音を聞き咄嗟に警戒する。

 

 恵庭岳は北海道の山であり、当然、熊も生息している。一般的に熊と遭遇した時は背を見せて逃げてはいけないというルールがあるが、これはウマ娘でも同じことである。

 確かに走力だけを見ればウマ娘は熊を上回っているし、競技ウマ娘であればスプリンターでもない限り熊より長く走ることもできる。しかしそれは整備された道での話だ。

 山道とは言え舗装されているわけではなく、脚に対する負担が強い山中で、ウマ娘の脚はあまりに脆い。トレーニング目的ならともかく、熊から逃げてどちらが先に走行不能になるかと問われればウマ娘だろう。*1

 熊鈴やホイッスルといった対抗策も持ってはいるが、今まで熊と遭遇したことがないライスシャワーは、とてつもない緊張感に包まれていた。

 

 そうして、藪の中から黒い影が現れた。

 

「ヨッ!」

 

「…………」

 

 子供特有の低頭身。ライスシャワーによく似た片目隠れの黒鹿毛。何を考えているのかわからない目。

 いつかうさぎカフェで出会ったライスシャワーのファンの少女が現れた。

 

「……なんで?」

 

「よろしくゥ!!」

 

 混乱するライスシャワー。何かをよろしくしている黒鹿毛。そんな仮称雑穀の後ろからさらに複数のウマ娘が現れた。

 そのうちふたりはライスシャワーも見たことがある。ツインターボやそのライバルであるハシルショウグンに憧れていると言っていたウマ娘のコンビであり、マル、リユと呼び合っていた少女たちである。

 他にふたり、知らない小学生ほどのウマ娘がいる。片方は特徴的な「6」のような形の星があるウマ娘であり、もうひとりはひときわ小柄な体躯のウマ娘だ。

 そしてそんなとねっ娘*2たちの後ろに、引率であると思われる栗毛のウマ娘が立っている。

 長身ではあるが猫背であるがゆえに下から見上げる形になる三白眼の瞳。美しい毛色とは裏腹にボサボサで乱雑にくくられた髪。顔の下半分を隠しているマスクといった様相の、中高生程に見えるジャージ姿のウマ娘だった。

 

「ミア、先突っ走ったらアホふたりの二の舞に……あっ、えっと、登山客の方ッスか……? すんません、ウチのが迷惑かけて……」

 

「あー!! ぐらんしってる!! このひとおこめちゃんだ!!」

 

「グラン人に向けて指さしたら、えっ、お米ちゃんって、ライスシャワーさんッスか……? マジ? ホンモノ……」

 

 ライスシャワーに指を向ける「6」のウマ娘、有名人との遭遇に完全に固まったマスクのウマ娘、注意したマスクのウマ娘に対しておおよそ原型を留めないレベルの変顔を敢行する雑穀とにわかにカオスが生まれつつある場で悠然と動き出したのは、一番小柄なウマ娘だった。

 

「そなた。このひとたちみてない?」

 

「そな……えっと……?」

 

 ライスシャワーに差し出されたウマホには撮影されたであろう写真が映っている。小柄な少女は、2枚の写真をスライドして交互に見せた。

 一方に写っていたのは少女たちと同じくらいの年かさの芦毛の少女で、もう片方はマスクのウマ娘と同じくらいの年のウマ娘である。とはいえ雰囲気にはかなり差があり、ボサボサした栗毛で長身のマスクのウマ娘とは対照的に、ストレートの鹿毛をした小柄な、クールそうに見えるウマ娘だった。

 

「えっと……ううん、見てないかな……」

 

「それはざんねん。それと、サインがほしい。よのいもうとがそなたのファンなので」

 

「よ……余……? あ、うん、いいよ……」

 

「メロちゃん、その言葉遣いはネーちゃんどうかと思うッスわ……」

 

「そにもぷいおねえちゃんもどこまでいっちゃったんだろうね?」

 

 ライスシャワーが小柄な少女から受け取った、新品ではないが洗濯してから使っていないであろうタオルに、同じく渡されたマジックペンでサインを書いた、その直後のことだった。殺戮者のエントリーだ。

 ライスシャワーたちからわずか数十メートルの藪中から現れたのは、日本に生息するクマのスタンダード、ヒグマであった。

 即座に臨戦態勢に入ったのはなぜか一番小柄な少女であったが、すぐに保護者であるマスクのウマ娘がとねっ娘たちを背中に隠すように立ち位置を変える。しかし、その脚は当然ながら震えていた。

 最悪なことに、ヒグマはすでにこちらめがけて走ってこようとする仕草を見せている。ライスシャワーは首から提げていたホイッスルを手に取り咥える。効果がなければそれで終わりだが、他に手段もない。

 

 その瞬間、世界が明転した。

 

 

 

『マーーーベラーーーッス☆』

 

 

 

 ふと気がつけば、ライスシャワーたちは網が待機している休憩地点に立っていた。

 ヒグマに遭った直後からの記憶がないライスシャワーたちは皆しばらく混乱と硬直で動けずにいたが、ライスシャワーに対して網が声をかけることで我に返ることとなった。

 

 

 

「いやー、お世話になったッス」

 

 ペコペコと頭を下げるマスクのウマ娘。探し人である芦毛のとねっ娘と鹿毛の少女は網とともにいた。

 改めて事情を聞くと、トレセン生であるマスクのウマ娘と鹿毛のウマ娘は、それぞれの親戚の子供であるとねっ娘たちを預かって登山に来ていたのだが、その途中で何故か走り出した芦毛のとねっ娘と、それを追いかけた鹿毛のウマ娘が逸れていたとのこと。

 偶然ながらふたりは網の用意したライスシャワーの休憩地点へ行き着き、LANEで位置を送ろうとしたタイミングで、ライスシャワーたちが現れたらしい。

 しかしながら、ライスシャワーたちが現れた瞬間を誰も見ておらず、いつの間にかいたとしか言えない状況に、皆首を傾げるしかなかった。

 

「おるねぇよ。であれば、れいとしてあれをおしえてやるのはどうだろうか?」

 

「えっ、"アレ"……? いやでも、"アレ"ってアタシ以外できるヒト見たことないんだけど……」

 

「でも、私も"アレ"はステイヤーには有用だと思う。流石に『偉大なる栗毛(ビッグ・レッド)』の等速ストライドには劣るけど」

 

 それぞれの年齢層で小柄なふたりがそんなふうにマスクのウマ娘に教えるよう促す"ナニカ"に対して、網は少し興味が湧いた。

 等速ストライドと言えば小柄な鹿毛が言う通り、最大着差31バ身差という現実離れした数字を叩き出したアメリカの三冠ウマ娘、2()()()偉大なる栗毛(ビッグ・レッド)』ことセクレタリアトの使う、空前絶後の技術のことだ。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という驚くべき技術。ピッチ走法で加速し、スピードに乗ったらストライド走法へ切り替える。そんな荒唐無稽な技術を、セクレタリアトは当たり前のように行っていた。

 そんな技術を例に出す程の技術をこのマスクのウマ娘は持っていると、目の前のウマ娘たちは言っているわけだ。

 

 網の目から見ても、目の前のふたりはかなりの才能があると言える。マスクのウマ娘はトウカイテイオーやナリタブライアンのような爆発力のあるタイプに見えるが、そもそもの身体能力もトップクラスと思える。とはいえ、まだまだ荒削りだが。

 一方、小柄な鹿毛のウマ娘は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、網は戦慄していた。先程走っているのを見た限り、走法はグチャグチャで走るのが下手という印象はあったものの、それを補ってなお大きく余りある程に、彼女の体は完成していた。いや、そう言ってしまえばこの鹿毛のウマ娘が言う技術の信憑性は薄れるのだが。

 

 結論から言えば、このマスクのウマ娘から教わった技術を、ライスシャワーは完全には会得できなかったが、ほんの端だけ、ライスシャワーは真似ることができるようになった。

 思わぬ収穫だが所詮付け焼き刃。本番の天皇賞でどれだけ通じるかは期待できない。

 

 しかしこれだけは言えることがある。

 

 天皇賞。京都3200m。

 ゲートに入ったライスシャワーには、鬼が宿っていた。

 

 因縁の、決着の3200mが、来る。

*1
ちなみに、そんなウマ娘や熊をも凌駕する驚くべき走行能力を持つ生物もこの世には存在する。それは、奇跡のアホ、ダチョウである。ダチョウはウマ娘のレース中の速度に並ぶ時速60km以上のスピードを数時間維持することができ、さらにはウマ娘とは違い骨が見えるほどの傷を負っても自然治癒することができる程の回復力と、感染症にかからない免疫力を備えている。しかし、そんなダチョウにも弱点が存在する。それは、壊滅的な頭の悪さである。ダチョウはその身体能力の代償としてバチクソ小さな脳みそを持っており、その大きさはクルミほどでシワもない。重量にしておよそ40gと、ダチョウ自身の眼球1個の重量よりも軽い。それ故に知能なんてものは存在せず、一匹走り出せば周りのダチョウもわけも分からず走り出し、その理由は誰にもわからない。記憶力に至っては終わっており、群れ同士がすれ違う時に群れのメンバーが入れ替わり、それに気づかない。それが奇跡のアホ、ダチョウである。

*2
ウマ娘に対してちびっ子と同じニュアンスで使われる言葉。

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