万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
4月末、京都レース場、天皇賞。
一度交差し、別の方向へと進んでいた縁が、再び交わる。
昨年の三冠ウマ娘、ナリタブライアンは故障により出走回避となった今、観客の注目は一組に集中していた。
過去最も三冠に近づいた二冠ウマ娘。海外遠征でもクラシックディスタンスを中心に活躍を広げ、そして遂に昨年、鬼門であった超長距離GⅠを勝利した、『サイボーグ』ミホノブルボン。
世界最強の現役ステイヤー。日本のウマ娘としては異端、あるいは先駆けとなる、海外クラシックレースでの勝利と、クラシック期での海外シニアレース勝利を成し遂げた、『黒い刺客』ライスシャワー。
そのふたりが、再び相まみえる。しかも、三冠を阻止したライスシャワーへ、阻止されたミホノブルボンが宣戦布告するという形で。
そしてライスシャワーにとっても、一昨年は国内最強のステイヤーであった『名優』メジロマックイーンによって敗れ、昨年は世界を征していたが故に逃した春の盾への挑戦でもある。
両者にとってリベンジとなる天皇賞。盛り上がらないはずがない。
しかし、レース前一番の盛り上がりを見せるはずのパドックで、それは起きた。一番人気、ライスシャワーのお披露目で彼女が観客の前へ立ったときに、会場全体から音が消えたのだ。
誰もが声を発することさえできなかった。ライスシャワーのその風貌に呑まれ、言葉を失った。
言うなればそれは鋭角。見ていて痛々しいほどに一切の無駄を削ぎ落とし、研ぎ澄まされた一本の刃。それはあまりにもおどろおどろしく、美しい極点だった。
カーテシーの後に戻っていくその背中を見ながら、観客たちはまだ言葉を発せない。
そしてそれは、ミホノブルボンの登場で再び水平へ引き戻された。
言うなればそれは真球。鋭角とはまた別の、あらゆる無駄を削ぎ落としたカタチ。研ぎ澄まされし極点に相対するは、磨き上げられた完全。
この瞬間、今この場でどちらが勝つのか断言できる者は、彼女たちのトレーナー以外にいなくなった。
ゲートという無機質で冷たい閉所へ入ることを恐れるウマ娘は少なくない。しかし、それとはまた違う理由で、あるウマ娘はゲートへ歩を進めることを拒んでいた。
それでも意を決してゲートへと向かうのは、流石にGⅠ出走者と言ったところだろう。しかし、触れれば傷つけるような刺刺しい荊棘が、ゲートを埋め尽くすように巻き付いている。そんな風景を幻視した彼女の心は、もう半ば折れかかっている。
そんな、普段よりも長いゲート入りの中で、ミホノブルボンの戦いは既に始まっていた。自身の内側へと没入する彼女の"
(カタパルトへの搭乗を確認。
ミホノブルボンの意識が加速する。過集中を超えた過集中により、正確無比な体内時計が限りなく引き延ばされる。それは、スタートダッシュにおける一種の完成形。
音が消え、目の前のゲートだけが視界に入る。ほんの少しずつ、その鉄の扉が開いていく。無限に等しい時間の中で、緩慢極まるゲートの動きを、ミホノブルボンはただひたすらに観察する。
そして、2枚の扉の間隙がミホノブルボンを通すギリギリの広さまで開いた瞬間、ミホノブルボンは加速を開始した。勝負服の金具がゲートに擦れ火花が散る。ゲートが開き切る前にスタートを切ったミホノブルボンは、観客席からはさながら、ゲートをこじ開けたかのようにさえ見えていた。
スタート直後、既に後続と2バ身の差がついた時点で、ミホノブルボン以外の逃げウマ娘の勝ち筋が消えたと言える。もはや、ミホノブルボンからハナを取り返すのは至難の業だ。
そもそも、ミホノブルボンは先頭に拘泥していない。彼女はただ勝利するペースを刻み続けるだけであり、マルゼンスキーとはまた別の意味で、先頭にいるのはただの結果なのだから。
深層心理の
異様にテンの速いミホノブルボンに追走できるだけの加速力をライスシャワーが出せているのは、恵庭岳でマスクのウマ娘に教わった技術が理由だ。ストライドの幅を変えることはできないが、ピッチの速さを走りながら変える技術。
人間程度の速さなら問題なくできるが、ウマ娘の出すスピードでやるにはかなりの難易度を強いられるその技術を、限定的ながらスタート直後にだけ扱うことで、なんとかミホノブルボンについていくことができていた。
レコードタイムのラップペースで走り続けるミホノブルボンと、それに追随するライスシャワー。彼女たちについていけるウマ娘はいなかった。
奇妙だ。そう考えたのはどちらが先だっただろうか。
ミホノブルボンは訝る。ライスシャワーから一切の殺気が飛んでこないことを。ライスシャワーの戦法はいつも同じ、生来のテンポのズレと殺気と紛うほどの威圧で持って撹乱した上で、徹底的なマークをして差し切る、まさに刺客というべきスタイル。
しかし、レース中盤になった今でも、ライスシャワーから威圧はまったく飛んできていない。もちろん、己の"
ミホノブルボンは第2領域を展開し息を入れつつ、ライスシャワーの思惑を推測し始めた。
一方のライスシャワーもまた、ミホノブルボンの走りに疑問を感じていた。
ミホノブルボンの走法は同じラップペースを刻み、レコードを上回ることでそれよりも遅い相手に負けないというもの。だが、このままのペースで進めば、ライスシャワーは確実にミホノブルボンを差しきれるのだ。
その程度を計算できないミホノブルボンではないと、ライスシャワーは信頼している。だからといって、このペースで走ってライスシャワーを上回る末脚を出せるのだろうか。
淀の3200mをハイペースで走り抜けるふたりは、完全にマッチレースの様相を見せている。
残り1000m、ライスシャワーがロングスパートを始める。淀の上りを駆け上がる常識破りのロングスパート。程なくしてライスシャワーはミホノブルボンを抜き去り先頭に立った。
下りでさらに加速する。後ろからミホノブルボンもスパートをかけた気配がするが、しかしライスシャワーには追いつけない。やはりステイヤーの間合いでは勝てないのかと、観客たちは勝負を見切り始める。
だが、ライスシャワーは違った。ミホノブルボンならば必ず追いついてくる。理由は言えずともそんな確信があった。それは信頼か、あるいは危険を察知する動物的な本能か。そしてそれは、瞬く間に現実になる。
(
最終直線に向いた瞬間、"
"
ラップ走法を維持した上で逃げて差す。カブラヤオーやサイレンススズカが感情でスタミナのアラートを掻き消しているそれを、ミホノブルボンは精神力で無理やり捻じ伏せてスパートをかけたのだ。
しかし当然、自身を追い抜いたミホノブルボンをライスシャワーはそのまま見逃すことなどしない。彼女自身も"
抑えていた殺気を自身の爆発力へと変える。
互いに、今までの走りではダメだと直感したからこその走りの進化。それが、抱いた違和感の正体だった。
どちらも、全盛期を過ぎたことによる衰えなど見えないほどの好走。3000m以上を走ってきた彼女たちの顔から、首筋から、あるいは髪を伝って、浴びたような汗が滴り空中に置き去りにされる。
ゴール直前でふたりが並ぶ。ほんの少しでも前に出ていた方の勝利。その一瞬の勝ち筋を賭け、ミホノブルボンはスタミナの尽きかけた体で、ライスシャワーはスタミナで補った速度で、どちらも限界を超えて体を前に突き動かす。
そして、決着。
掲示板には写真判定の文字。観客たちがそれを固唾を呑んで見守るなか、しかしふたりの中では既に決着がついていた。
あのライスシャワーが、3200mでスタミナを使い果たし限界ギリギリで立っている。それだけの激戦。酸素を求め荒くなる呼吸を整え、鉄の味を感じながらもミホノブルボンがライスシャワーへと近づく。
それを認めたライスシャワーとミホノブルボンの、どちらからともなく手を差し出す。
「ライスさん……」
「……ブルボンさん」
互いに手を握り合い、示し合わすこともなく口にした言葉は、奇しくも同じものだった。
「「わたしに
あなたはわたしの奇跡だった。
勝者に惜しみなく浴びせられる祝福はシャワーのようで、それはきっと、幼い頃の彼女が求めた幸福だった。
天皇賞、勝者、ライスシャワー。
ちょっと納得いってないんであとから追記修正するかもしれん。