万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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糸口

 ――その年の日本ダービーは、後の世で様々な感情を込めて『史上最悪の日本ダービー』と呼ばれることとなった。

 

 昨月の皐月賞から大きくメンバーが入れ替わっての出走となった日本ダービー。前走での優勝候補であったジェニュインやタヤスツヨシ、ダイタクテイオーなどが出走を回避しNHKマイルカップへと道を変えた。余談だが、NHKマイルカップの勝者は激しい追い比べの結果ジェニュインがダイタクテイオーに先着した。

 一方の日本ダービーでは、青葉賞で優先出走権を手にしたマヤノトップガンを始めとした新顔の実力者に、ホッカイルソーのような一部の皐月賞出走者が参加し、一強と目されるマーベラスサンデーへ挑む形になっていた。

 皐月賞に出走した者は、最悪日本ダービーを捨ててでもマーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"の攻略法を探るつもりだったが、皐月賞に出走していなかった者の中には、マーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"について甘く見ている者も少なくはなかった。

 

 まぁそもそも、甘く見ていようと見ていなかろうと、警戒しようとしなかろうと、そんなことはなんの関係もないのだが。

 

「う、うわぁああああああ!!?」

 

「なにこれ!? なにこれ!!?」

 

「しっ、死にたくなああああああああ!? 生きてる……?」

 

《クマーーーーーーベラス!!》

 

「いやマジで何こいつ!!!?」

 

 阿鼻叫喚であった。

 海底火山の近くを走り抜ける者、断崖絶壁から落ちていく者、ヒグマに襲われる者、通路左右の壁から発射される矢を紙一重で躱す者、クレバスに落ちるヒグマ。

 観客席まで巻き込んで行われたのは皐月賞の再演。しかし、誰もが()()()()()()()()()()ことに必死になっているなかで、唯一ひとり、別の方向へと目を向けている者がいた。

 

(そんなに簡単じゃないとは思ってたけど……マベちんの後ろが安置ってわけじゃないよね……っ!!)

 

 デビュー前から「才能だけであればトウカイテイオーをゆうに超える」と評されていた不世出の天才、マヤノトップガンだ。

 変幻自在とも言われる自在な脚質を活かし、スタート直後にマーベラスサンデーの真後ろに陣取ったマヤノトップガンの狙いは、マーベラスサンデーの通るルートをなぞることで、"領域(ゾーン)"による妨害を躱そうというものだった。

 しかし、当然そんな簡単な攻略法があるわけもない。マーベラスサンデーの通るルートが必ずしも安全なルートであるとは限らなかった。

 マーベラスサンデーが走り抜けた月面が次の瞬間には海の大穴(ブルーホール)に変わる。マーベラスサンデーが作動させた罠の飛び火を食らう。そんなことが起こり、被害を躱しきれなかったのだ。

 

("領域(ゾーン)"を壊すためにマベちんの集中力を乱す作戦も失敗したし……現状打つ手なしかなぁ……)

 

 マーベラスサンデーがソラを使う癖があるのは既に周知の事実である。しかしそれは『ハナを取り油断したときに集中が切れやすい』ということであり、『単純に集中が切れやすい』ということではない。

 現状マヤノトップガンが使える威圧やテクニックでは、マーベラスサンデーの集中を乱すことはできなかった。

 

(……ま、いっか。元々威力偵察のつもりではあったもん。ちょっと悔しいけど)

 

 マヤノトップガンはそう自分を納得させると、未だ続くマーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"を観察することに徹し始める。

 

 レースは進み残るは最終直線。このまま、またマーベラスサンデーの圧勝か。そう観客皆が思ったときだった。唐突に、マーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"が壊れた。

 柵から解放され、真っ先に我に返ったのはマヤノトップガン、そしてホッカイルソーのふたりだった。すぐに体勢を立て直しマーベラスサンデーの後を追う。対するマーベラスサンデーは集中が切れたという様子ではないが、顔を顰めながら懸命にスパートをかけていた。

 

 結果、皐月賞ほどの圧勝ではないものの、3バ身差をつけてマーベラスサンデーが1位入線。チーム《ミラ》初の二冠ウマ娘となった。

 

「旦那、ありゃあどういうこった? 他のやつらがなんかしたって感じはなかったんだが……」

 

 ゴール後、ひと通りケアを終わらせたマーベラスサンデーの介抱をアイネスフウジンに任せ、取材陣の対応へ向かう網に、イナリワンがそう尋ねる。

 イナリワンが見た限り、他の出走者による妨害や威圧によって"領域(ゾーン)"が壊されたわけではなく、ソラを使った様子もなかった。では、何故マーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"が突如として壊れたのか。

 その問いに答えたのは、意外なことに網ではなかった。

 

「あー……多分なんですけど、マーベラスが枯渇したんだと思いますよ。ハイ」

 

 控えめにそう口を挟んだのはナイスネイチャだった。マーベラスの枯渇。おおよそ聞き覚えのない響きにしばし言葉を失うイナリワンに、ナイスネイチャは「そりゃ意味不明だわ」と思い直し慌てて補足を試みる。

 

「え、えーと、アタシが朝から遠出して外泊して帰ってきたときとか、偶にあんな風に萎れてるんですよ、マーベラスは。それを本人は『マーベラスが枯渇した』って言ってるんです。本人曰く、驚きが足りないとかなんとか……」

 

「現実的にこじつけるなら、あの空間の維持にはかなりの精神力を使う、ということだろうな。皐月賞で派手に使い、日本ダービーまでに精神力が回復しきらなかった。そんなとこだろ」

 

 ナイスネイチャの説明を、網が自己流に推察して要約する。とはいえ、マーベラスサンデーの空間展開は完全に未解明の領域に入るので、その説明が正しいかもわからないのだが。

 

「とはいえ、菊花賞はまたフルスペックで使えるだろ。なんなら、"領域(ゾーン)"を使わせたあとはそのマーベラスとやらを補給してやればいいしな」

 

「んー……じゃ、パワースポットにでも誘ってみましょうかね。マーベラスってそういうスピリチュアルでオカルティックなの好きだし」

 

「外国の遺跡でも巡ってきたらどうだ? 多分経費で落ちるし、金ならあるだろ?」

 

 網の提案でマーベラスサンデーとナイスネイチャの謎合宿が決定した一方で、羽原とマヤノトップガンが控室でマーベラスサンデー対策について話を進めていた。

 

「で、実際に体験してみてどうだったんだ? 俺には初見の割には対応できてるように見えたが……」

 

「う〜ん……うん、大丈夫トレーナーちゃん。マヤ、()()()()()()()から」

 

 マヤノトップガンは少し考えて、軽い感じで頷いた。羽原はこの時点で、マーベラスサンデーの"領域(ゾーン)"対策について考えることをやめた。マヤノトップガンが『わかった』と言うのなら、なんとかする策があるのだろう。

 ただし、マヤノトップガンはそれを言語化することができない。考察より先に理解が発生するマヤノトップガンの払う制約。途中式を経由しないがために、その理解はマヤノトップガンだけの占有物になってしまう。

 だから、羽原はマヤノトップガンを鍛えるのだ。たとえどんな方法でマヤノトップガンがあの"領域(ゾーン)"を攻略するにしても、それに不足しないだけの能力をマヤノトップガンにつけさせるために。

 

「マヤノ……菊花賞、勝つぞ。You Copy?」

 

「I Copy!」

 

 ふたりの天才は牙を研ぐ。比類なき未知を食いちぎるために。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 一強状態だった日本ダービーとは打って変わって、翌月の安田記念は群雄割拠の並びとなった。

 ハートレイクを始めとした海外からの刺客、ティアラ路線の強者であるホクトベガとヒシアマゾン、ウマチューブでBBQを主に行うチャンネルで活動している『S.B.F』のメンバーであり、マイル路線で優秀な成績を収めているタイキブリザード、シリウスシンボリ率いる非公式のトレーニング団体《C-Ma》のメンバーからはネーハイシーザーとサクラチトセオーのふたり。

 そして、《ミラ》からビコーペガサス。

 

 中京レース場と比べればビコーペガサスに有利な府中のマイルレース。バ場は良バ場。加速は十分に取れる環境だ。

 《ミラ》の一員として、ビコーペガサスは改めて自らの頬を張り、気合を入れ直した。

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