万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
府中の1600mは逃げ不在であったために、ほぼ横並びで始まった。互いが互いを牽制しつつ、おおよそ団子状態で向正面を走り始める。ビコーペガサスは、その中団よりやや後方の位置につけていた。
間もなく、ビコーペガサスに"
「さぁ、タイマン――はぁッ!?」
ビコーペガサスの後ろから早くも仕掛けられたヒシアマゾンの"
密林の境界が白く塗り潰され侵食される。別の何かが融けるように滑らかに入り込もうとしているのだ。それは熱帯の
(おっと悪いネ〜、この凸コラボは突発で強制だからサ!)
タイキブリザードの"
さらに、ビコーペガサスやヒシアマゾンだけでなく、周りを走っていたウマ娘も"
しかし、それを簡単には許さない者もいる。
(大丈夫。星が私を導いてくれる)
レースにおける最善のルートを見出す効果のあるホクトベガの"
結果的にタイキブリザードがペースを握ることにはならなかったが、他者へ干渉するタイキブリザードの"
実力伯仲同士の優駿による"
(これは……ちょっとヤバいかも……っ!)
団子になったバ群の内側に閉じ込められる形で、ビコーペガサスは周囲を囲われていた。自然と経済コースを走る形になっているが、控えるレースをしているビコーペガサスにとってはメリットが薄い。
それよりも、小柄なビコーペガサスにしてみればこうして封鎖されていることへの圧迫感と、抜け出す隙間が見つからないことのデメリットのほうが多く感じた。
おまけに未だに吹き
(なんとか抜け出さないと……でもどうする……?)
正直に言って打つ手がない。無理やり抜け出すことも、抜け道を探すことも難しいからだ。
「や〜なところにハマったね、ビコー。タイシン先輩ならどうします?」
「ああなったら、最終直線まで耐えるしかないでしょ。コーナーに入れば少なからず外に振れてバ群がバラけるから、そのタイミングで抜け出すしかない。あそこまで最内に押さえ込まれると、コーナーで抜いたとき制裁取られるから……そっちならどうする?」
「アタシならレバガチャよろしく無差別に牽制ばら撒いて崩れるのを待ちますかねぇ……ビコーならタイシン先輩のやり方選ぶと思いますけど」
関係者席でナイスネイチャとナリタタイシンが議論し合うが、ここでも出た結論は待機。動きようがないビコーペガサスを尻目に、レースは否応なしに展開を進めていく。
バ群は大きく2つの勢力に分かれている。端的に言えば、バ群を解こうとする勢力と固めようとする勢力だ。
前者の勢力はハートレイクやサクラチトセオーなどの後方脚質で控えているウマ娘だ。彼女たちにとってスパートの邪魔になるであろう目の前にあるバ群の塊は目障りでしかない。スパートが始まる前になんとかバラけさせて隙を作りたい。
一方後者はまさにこのバ群の塊を作っているタイキブリザードを始めとする先行勢と、そのタイキブリザードに有利を取れている好位差しのホクトベガだ。現状の有利を維持するために不安要素は増やしたくない。
唯一、ビコーペガサスをマークしに行ったがためにビコーペガサスとともにバ群の内側へ取り込まれてしまったヒシアマゾンはビコーペガサスと同じく動けない立場にある。
(威圧は出してるんだけどねぇ……この吹雪のせいで伝わる前に弱ってるのか……完全に天敵に出会っちまった感じだね)
(ホクトベガに効いてないナァ……この吹雪の中ではっきり進む方向がわかってるのカ……密林も掻き消しきれてないし、やっぱGⅠウマ娘は手強い……)
(星の導きは続いてる。このままコーナーに入っても、ちゃんと抜けられるはず……ペースを強制されて息を入れられてない内側の走者より、スタミナを残せる)
各々の思惑が絡み合いながら、向正面を抜けたバ群はコーナーへと突入する。およそ平均ペースで突入したバ群は大崩れすることはなく、やや外側へ膨らむ程度で進んでいく。
(クソっ! インサイドブランクに引っかかるから躱せない……っ! なんとか抜けないと……)
ビコーペガサスの眼の前に少しだけ隙間が開いたが、コーナーで最内を抜けると制裁を受ける可能性があるため、迂闊に躱しに行くことができない。
ビコーペガサスは冷静に考える。仮にバ群がバラけたとして、末脚勝負でヒシアマゾンに勝てるか。互いに"
中距離どころかクラシックディスタンスを走れるヒシアマゾンと、マイル以下のスプリンターであるビコーペガサスではスタミナの残量が違いすぎるし、追い比べが強いヒシアマゾンに最終直線での競り合いでは勝てる気がしなかった。
(考えろ、考えろっ!!
決して良い方ではない頭を回し、この悪意なき包囲網を抜け出す方法を考える。彼女は
では、彼女の特性とはなんなのか。
例えばアイネスフウジンであれば、異様なまでの粘り腰である。
例えばツインターボであれば、天性のコーナリング能力である。
例えばナイスネイチャであれば、常人離れした思考速度である。
例えばライスシャワーであれば、心身双方に蓄えられた無尽蔵のスタミナである。
例えばナリタタイシンであれば、爆発的な加速力である。
例えばマーベラスサンデーであれば、異能と言ってもいい"
《ミラ》に所属するウマ娘は、網馬によるスカウトの以前か以後かに関わらず、特異的な才能を見出されている。
それは未だデビューしていないシンコウウインディやサイレンススズカに関しても同様であり、また、ビコーペガサスが例外となることもない。
では、彼女に見出された才能とはなんだったのか。残念なことに、それは特別レースに大きな影響を与えるほどの切り札的な強みを持っているわけではない。なんなら、才能と言っていいかすら怪しい基礎能力。
ビコーペガサスが速度を落とした。そんな光景が目前に見えたヒシアマゾンは自然と選択を迫られる。外側は他のウマ娘にブロックされている。内側はコーナーで膨らんだ分空いているが、こちら側に避ければヒシアマゾンがビコーペガサスをコーナーで最内から抜いたことになり、インサイドブランクに抵触しかねない。
もちろんそんな確信があるわけではない。しかし、そもそもが窮地であるこの包囲網の、スパート直前でレース終盤であるこのタイミングで、冷静に判断して内に避けるだけの思考能力は、ヒシアマゾンには残っていなかった。
だから、ヒシアマゾンは安牌に逃げた。ビコーペガサスとともに速度を下げるという安全策に。
その瞬間、コーナーが終わった。
力の向きを、中央最長の府中の最終直線へと向けるため、バ群がバラける。
急減速したビコーペガサスに釣られて減速させられたヒシアマゾンはスパートへの対応が一瞬遅れ、バラけたバ群を抜ける動作において後手に回る。それはさらにそのヒシアマゾンの煽りを食らったサクラチトセオーも同じである。
タイキブリザードやホクトベガは定めていた通りのスパートを切ってゴールへ迫る。だが、この長い直線において、遅れを取ったといえどヒシアマゾンの末脚は侮れない。
(昨年のエリザベス女王杯では辛酸を嘗めた……でもヒシアマゾン、この安田は私が……っ!?)
そう考えて懸命にスパートをかけるホクトベガの隣を一閃し、翼が
小柄な上にハードゲイナーであるビコーペガサスの体重は軽い。それこそナリタタイシンよりも。体重の軽さはスプリントにおいて不利ではあるが、ステイヤーにおいて有利とされる。その理由はひとえに、
これはナリタタイシンやライスシャワーにも言えることだが、ことビコーペガサスには顕著に現れていた。すなわち、多少無理な制動をこなせるということ。
そしてもうひとつ、
「うおおおおお お お お おっ!!」
府中の坂を駆け上がる。圧倒できるほどの着差はついていない。すぐ後ろから北斗が、吹雪が、女傑が、湖光が襲いかかる。
だがしかし、
膝を屈しない
「アタシだって《ミラ》だああああああああああっ!!!」
再び、《ミラ》の現役メンバーからGⅠ未勝利がいなくなる。
"
「まったく、やってくれたねぇビコー!!」
「っわわ! あ、アマさん!?」
「完全にしてやられたヨォ!」
「わばばばばば!?」
掲示板に結果が映し出された直後、ヒシアマゾンにわしゃわしゃと頭を撫でくり回されたビコーペガサスは、その後飛び込んできたタイキブリザードに抱え上げられて振り回される。
そんな微笑ましい様子を地下バ道から眺めていた2着のハートレイクに、栗毛のウマ娘が話しかけてきた。
チームこそ違えど、ハートレイクも栗毛のウマ娘もスカウトされて祖国を離れ、UAEに所属している。この栗毛はやたらと人に絡みたがるため、ハートレイクは半ば世話係のように押し付けられていた。
『よぉ、こっぴどくやられたじゃねぇか。相変わらず楽しそうじゃねぇなお前は』
『……言い訳はしない』
『ま、心配すんな。意趣返しはあたしがやってやるよ。ちょうどいいことに、今回お前を負かした《ミラ》のメンバーが、キングジョージに乗り込んでくるらしいからな。どれだけ遊べるのか楽しみだ』
不敵に笑う彼女に対して、ハートレイクは呆れたように息を吐いた。このウマ娘はいつもそうだ。強者相手でも弱者相手でも、着差をつけずギリギリで勝つことを楽しむ。先日の英ダービーでもそんな悪癖を出しながら勝ったせいで、イギリスではいい目を向けられていないのだ。
『そんな目をするなって。最近日本も調子に乗ってるからな。あたしがチョロッと分からせてやることにするさ』
ハートレイクは思う。『《ミラ》がこいつを分からせてやってくれないかな』と。