万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
6月に入り、加入当初に決めていたナリタタイシンの目標レースのひとつ、KGⅥ&QEステークスの開催が近づいているということで、チーム《ミラ》の一部メンバーは一足早い夏期合宿を行うことになった。
便利なもので、トレセン学園では遠征中の生徒のためのリモート授業が導入された。海外遠征が多くなってきた昨今の情勢を加味してのことである。これによって、夏季休暇前でありながら長期間の海外渡航と授業の両立が可能となったのである。
そんなわけで、トレーナーの網馬と本命であるナリタタイシンに加え、マーベラス補給のためイギリスのパワースポットを巡る目的でついてきたマーベラスサンデーと、宝塚記念に出走する予定だったが左脚の骨にヒビが入ったことで休養とすることになったナイスネイチャ、KGⅥ&QEステークスの行われる
一方で、メイクデビューが近づいているシンコウウインディは、ダートGⅠである東京大賞典*1などのダート経験があるイナリワンと、協力を取り付けたハシルショウグンによって、しっかりとダートの戦いを仕込まれている。
できるだけ早いうちにアメリカの2歳重賞に出走してアメリカダートに慣れさせたいがために、《ミラ》のトレーニングにしては珍しく走ることで感覚を養うトレーニングを中心に行われていた。
シンコウウインディの目標はトリプルクラウンではあるが、日本ダートでまともに走れないうちにアメリカへ送る気はないし、目標後に日本ダートでのレースを蔑ろにさせる気は網馬にはない。目立ちたいと言ったのがシンコウウインディ自身である以上、日本のダートでも結果を出す必要があるのだから。
話はイギリス遠征組に戻る。
マーベラスサンデーはナイスネイチャを引き連れて、ネス湖やストーン・ヘンジなどのオカルトスポットを巡っているため別行動。ライスシャワーも観光に出かけているなか、ナリタタイシンはひとり、郊外のトレーニング場で洋芝への馴致を行っていた。
アスコットレース場の2400mは、レース場を約一周するコースだ。スウィンリーボトムへ向けて760mで20m下る直滑降ののち、残りの1700m弱を登り続ける。中山レース場の最終直線がマイルレースほど続くと考えればいい。
ナリタタイシンにとってはしかし、むしろ登り坂よりも序盤の下り坂のほうが鬼門だ。それはナリタタイシンの脚質が追い込みであることに起因する。つまるところ、スピードが出すぎてしまうのだ。
760mで20mの下り。勾配にして約2.6%。想像しにくいかもしれないが、少なくともレースにおいてはかなりの数字になる。意識せずに走ればあっという間にペースが崩れてしまうし、スピードを抑えるにしてもスタミナの消費は大きい。
逆に言えば、坂に強い《ミラ》の中でも小柄だがパワーは強いナリタタイシンが洋芝に慣れてしまえば、コースに関してはそれ以外に敗因になりうる懸念はない。
「……ふぅ」
坂路を終え、息を整えながらベンチへ戻ってきたナリタタイシンは、水分補給をしてからウマホへ目を落とす。そこに映っているのは、普段起動しているウマホゲームではなく、レースに関する記事だった。
英国の有名出版社が配信している記事で、来週に迫ったKGⅥ&QEステークスについて記されたそれに、ナリタタイシンの名前も載っている。昨年アスコットのターフに沈んだ『
しかし、最も目立っているのはナリタタイシンではない。UAE所属のとあるウマ娘が、その記事の最大面積を飾っていた。
UAEにおいては、燃費の悪いウマ娘ではなくラクダを重用していたことから、元々ウマ娘を使った示威行為兼ウマ娘のストレス発散として行われ始めたウマ娘レースの歴史は浅い。近年、ドバイ首長国の皇子ふたりがウマ娘に魅了されて設立したのが、このゴドルフィン・レーシングだ。
そして、歴史が浅い故に、ゴドルフィン・レーシングの本拠地であるドバイ首長国で行われるレースの数は少ない。自然、ゴドルフィン・レーシングの本領は海外遠征になる。同時に、ゴドルフィン・レーシングの所属メンバーは他国からのスカウト選手が主であることになる。
他国から有望なウマ娘を金でスカウトし、他国のレースに勝利するというゴドルフィン・レーシングのあり方は欧州、特に英国のレース関係者からは"遊牧民族"や"海賊"のような印象を持たれている。*3理由は簡単だ。
日本にとってのウマ娘レースは
米国にとってのウマ娘レースは
これらと同様に、欧州にとってのウマ娘レースは
一方でUAE、すなわちゴドルフィン・レーシングにとってのウマ娘レースは日本に近く、上記の通り
だから、
『バカらしいと思わないか? "Nemesis"』
声をかけられたナリタタイシンが振り返る。
そこに立っていたのは、たった今読んでいたネットニュースの記事に載っていたウマ娘だった。
『ライオネルが……あぁ、あたしのトレーナーなんだが、ソイツが「王になれ」って言うんだよ』
そのウマ娘は不遜に語る。
記事の大題に書かれた、彼女が嘯いた『あたしは自分はレースの神なんじゃないかと思い始めてる』という大言に相応しい態度で。
『神になれるのに、王になる必要があると思うか?』
『敗北見えざる者』ラムタラがナリタタイシンを見下ろしていた。
『……アンタがラムタラ?』
『その問いはYESだ、ナリタタイシン』
ナリタタイシンは、ラムタラが自分を見る目に覚えがあった。今までの人生で何度も晒されてきた、しかし久しぶりに向けられる目。格下を見る目だ。
『……敵情視察でもしに来た? それとも宣戦布告?』
『偶然通りがかっただけだよ。わざわざ出向く意味もねぇだろ』
『そのまま通り過ぎてくれてもよかったんだけど? 馴れ合うつもりはないから』
『ハハ、噂通りの狂犬だな。誰にでも噛みつくのか』
ニヤニヤと笑いながらナリタタイシンを見下ろすラムタラに、ナリタタイシンが抱いた感情は「鬱陶しい」ひとつだった。
一方ラムタラはわざわざ出向く意味はないと言ったが、実のところ、SNSでナリタタイシンの目撃情報を調べた上で出向いている。
ラムタラはとにかく他者に絡みたがる。それは誰かと比べた上で常に上に立ちたがる悪癖からくるものなのだが、ナリタタイシンは不運にもそのターゲットに選ばれてしまったのだ。
『キングジョージの障害は
『
煽り返しにラムタラの頬が紅潮するのを見て、「煽ってきたくせに随分と煽り耐性が低いな」と苦笑したナリタタイシンはベンチから立ち上がると、ラムタラに背を向けて歩き出した。
『ヒップホップじゃエリートが雑草に逆襲される話はお家芸でしょ? キャスティングしてあげるから、綺麗に踏み潰されなよ、エリート様』