万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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一歩半

 キングジョージⅥ&クイーンエリザベスステークス当日、アスコットレース場。出走者は僅か8人だが、少人数での開催なのは例年通りのことだ。

 ゲートの中で、ナリタタイシンは控室での網との最終打ち合わせを思い出す。

 

「結論から言えば、今回のレースはラムタラ以外脅威じゃない」

 

 控室。網は確信を以てそう断言した。それに対して、ナリタタイシンが即座に問いを返す。

 

「カーネギーは? ラムタラが要注意なのはあたしも同意するけど、ジャパンカップで感じた限り、カーネギーもかなり強いよ?」

 

「あぁ、確かに強いウマ娘ではある。他のレースなら強敵だったかもしれない。強い精神力もあるし、全体的な身体能力も高くまとまっている。だが、今回のKGⅥ&QEステークス……アスコットレース場では別だ。カーネギーはアスコットの坂を攻略できるほどのパワーがないんだよ」

 

 『鉄鋼王』カーネギー。ラムタラと同じくゴドルフィン・レーシング縁のウマ娘である。ラムタラとの違いは、ラムタラがゴドルフィン・レーシングの養成施設でトレーニングを受けているのに対し、カーネギーはあくまでゴドルフィン・レーシングの経営主による支援を受けているだけで、所属はフランスのトレセンであるということである。

 ジャパンカップではナリタタイシンの後塵を拝したものの、ライスシャワーやミホノブルボンのようなメンタル強者に匹敵する精神力の強さは、実際のスタミナを超えたポテンシャルを発揮する。しかし、単純な登坂能力に欠けている点は如何ともし難いと、網はそう分析した。

 

「加えて、今年のKGⅥ&QEステークスも例年通り少人数での開催になる」

 

「つまり、前が塞がりにくいから差し切りが成功しやすい」

 

「その通り。他にめぼしいウマ娘もいない以上、警戒すべきはラムタラだ。とはいえ、俺はそれほど苦もなく勝てると踏んでる」

 

 そう前置きをして、網はラムタラの注意点を話し始める。ナリタタイシン自身はラムタラを十分警戒しているが、正直に言えば網はラムタラを警戒しろと口にしながら、その実まったく警戒していなかった。

 実際、警戒しようがないというのもある。ラムタラが走ったレースはメイクデビューと賞金を積むためのリステッドレース、そして前走の英ダービーの3つだけなのだ。ゴドルフィン・レーシングで養成されていることもあり、情報が少ないのだ。

 だから、網はラムタラについては所感を述べるにとどめ、その上で警戒しておくようにとだけナリタタイシンに告げる。

 

「ラムタラはステータスは高くまとまっているものの、いや、それ故にレース自体はそれほど巧くない。なまじ自分の身体を使いこなせていて、それで勝ってきたために、基本の戦術がゴリ押し。脚質に柔軟性はあるが、これと言った尖った武器がない」

 

「だから爆発力がない、と?」

 

「接戦をしたがる悪癖も付け入る隙だ。負けん気は強いんだろうが、自然後手に回ることになる」

 

「同じ位置からのよーいドンならあたしに分があるね」

 

 ラムタラとの戦いではない。ナリタタイシンにとってこのレースは、アスコットという強大な関門との戦いだ。それが、ふたりの間での最終的な共通認識だった。

 

 ゲートが開く。それと同時に青い勝負服を着たウマ娘が勢いよく走り出した。英セントレジャーとミラノ大賞で2着を取ったアメリカ所属の善戦マン、ブロードウェイフライヤーだ。

 勢いよく、とは言ったものの、下り坂でスピードが出過ぎてしまえば、起伏の激しいアスコットレース場でスタミナが保つはずもない。そのため、あくまでペースを握るための逃げとしてバ群を引っ張っていく。

 当然、スピードを抑えながら走っているのはナリタタイシンも同じだ。

 

(ッ……! 相変わらず、このダウンヒルは堪える……)

 

 下り坂でスピードを抑えようとすれば、平地とは比べ物にならないほどの負荷が脚にかかる。ナリタタイシンはその負荷を体重移動でできる限り軽減させながら、700mの下り坂を駆け下りる。

 そんなナリタタイシンを嘲笑うかのように、熱波のような威圧が常に降り注いでいる。それがそこにあるだけで発せられる、強者の圧。ナリタタイシンの眼前を走るラムタラの発する圧力が、容赦なくナリタタイシンに浴びせかけられていた。

 それは他の走者にも同じように放たれている。躱せているのは、精神への防御札を持つカーネギーくらいのものだろう。しかし、ラムタラがナリタタイシンを意識していることで、より強い威圧がナリタタイシンを襲っていた。

 なによりたちが悪いのは、この威圧自体は()()()()()()()()()()ことだろう。まさに王、あるいは神たる素質を、紛れもなく彼女は持っているのだ。

 

(さぁ、楽しませてくれよ"Nemesis"……お前も神の名を冠するのならな……!)

 

 下り坂を降りきってスウィンリーボトムへ突入する。ここからは、ゴールまで続く長い長い上り坂が始まる。

 ブロードウェイフライヤーと後続との距離がやや縮まるが、彼女もGⅠ戦線で戦ってきた優駿。リードをキープしつつ、依然ハナをきりつづける。だがやはり、ラムタラの威圧が効いているのか、その表情は苦悶に溢れている。

 バ群は坂を登りながら、少しずつ全体を縮めていく。最終コーナーが刻々と近づいてきている。そこを超えれば最終直線。東京レース場の最終直線とおおよそ同じ長さ。

 

(もうすぐホームストレッチ、ナリタタイシンが仕掛けてくるポイント……さぁ、勝負と行こうぜ)

 

 傲慢、慢心。それもひとつの王の、あるいは神の資質。

 しかしそれは、『相手を正しく理解した上で』という前提があることを、ラムタラはわかっていなかった。

 

 だから、一瞬何が起こったのかラムタラには分からなかった。

 最後方にいたはずのナリタタイシンが、最終直線に入った瞬間、いつの間にか前にいた。

 

(……は)

 

 息が止まった。

 ナリタタイシンのレースは映像で見ていた。ナリタタイシンの武器がその豪脚であることも、知ってはいた。

 

F○ck(クソがッ)!!」

 

 一瞬で、バ群を切り裂いて、ナリタタイシンは先頭に立っていた。

 

 それを認めたラムタラも急加速してナリタタイシンを追う。最高速度はラムタラに分があるのだろう、ナリタタイシンは既に最高速に近いスピードに達しているが、まだジリジリと離されているとはいえラムタラは最高速度まで達していない。

 ただ、もどかしい。加速する世界の中で、なかなか縮まらない距離がラムタラの精神を苛立たせる。逃げウマ娘を追走していれば、この程度の距離を詰めることはザラにあるはずなのに。

 それはそうだ。脚を目一杯使って保っている逃げウマ娘のリードと、溜めてきた末脚を存分に使っている追込のリード。距離が同じでもその着差が同じ意味を持つはずがない。

 

『無礼るなぁあああああ!!』

 

 それでも、最終直線半ば辺りにはラムタラの速度がナリタタイシンを超え、少しずつ距離が詰まっていく。

 一方のナリタタイシンは、やはり慣れない洋芝に苦戦していた。強く踏ん張らないといけない洋芝で、今は軽い体重が不利に働いている。それでも、多少脚への負荷が増えるのを承知で、地面を抉るように強く強く踏みしめて前へ進む。

 2400mとはとても思えない疲労で脚を止めそうになるのを堪えて歯を食いしばったナリタタイシンに、ゴール直前、遂にラムタラが並びかける。

 

『ナリタタイシイイイイイイイイイン!!』

 

 事ここに至ってラムタラは油断しない。差し切る。ラムタラの足がナリタタイシンより一歩先へ行った。

 

『……吠え面かいてろ』

 

 その瞬間、ナリタタイシンは末脚が伸び、ラムタラの一歩半先にいた。

 

 

 

 歓声と拍手の中、ラムタラは呆然とする。

 負けるなんて欠片も考えていなかった。ナリタタイシンは強いとわかっていたし、油断していたつもりもない。それでも、上回ってこられるとは思いもしなかった。

 掲示板を見るまでもない。自分がゴール板を踏むより前に、ナリタタイシンがゴール板を踏んだ。

 

 ラムタラの敗因はやはり、一瞬でもナリタタイシン相手に様子見をしたことだろう。あるいは先行ペースで走っていれば、ナリタタイシンを振り切れたかもしれない。

 だが、接戦で走りたいがゆえに後方で陣取り、最終直線で一瞬、ナリタタイシンを待ってしまった。

 

 確かにナリタタイシンの最高速度よりも、ラムタラは速い。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()において、ラムタラはナリタタイシンの足元にも及ばない。

 

『……あたしの勝ち』

 

 聞こえてきた声は確実にラムタラへ向いていた。ラムタラは芝を睨み、そちらへ顔を向けられない。

 

GG(グッドゲーム)

 

 ラムタラの欧州三冠はここで断たれ、欧州のGⅠにまた、日本のウマ娘の蹄跡が刻まれた。




 マーベラスのダービー書いてるときの僕「タイシンのKGと凱旋門賞相手ラムタラやんけ!!?」
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