万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
社北グループ。いま日本で最大規模を誇る
社北グループは代々技術や血脈を継いできた名家名門と異なり、海外から積極的に新たな技術を日本に取り入れることを是としていた。
例えば、社北グループに所属していた有名な指導者といえば、社北グループの創始者である
十数年前に社北グループのコーチを辞し、トレーナーの名家である秋川家に嫁いで秋川マーチを名乗り、中央トレセン学園理事長の座についたことでも有名だ。
彼女は元々カナダで生まれ、フランスのレースでGⅠを制覇しているのだが、吉野庵児率いる社北グループはノーザンテーストを支援することの条件に、引退後日本へ渡り指導者をすることを掲げていた。
このように社北グループは海外から指導者を招いているなか、近年で有名なのは3人。『欧州王者』トニービン。『睥睨』ディクタス。そして――
府中某所にある社北グループのトレーニングセンター。その第二トラックでふたりのウマ娘が併走をしていた。
ウマ娘の中では珍しい栃栗毛の、2つに結わえたボリューム豊かな髪を揺らしながら走っているのは、チーム《ミラ》に所属する二冠ウマ娘、マーベラスサンデーだ。
彼女との併走が尋常なものであるはずがなく、その"
それは、彼女もまた一種の異端に類するものだからである。
「成る程、確かに『BZRR』……"別位相"が『重なり合う』している……? "エントロピー"に異常な変化はないから……観測した情報を『共有する』している?」
マーベラスサンデーと同じく、
「アハッ☆ ユニもマーベラス☆」
「『MVLS』……それが"キーワード"なのかな? ネオユニヴァースは『とても興味深い』を感じるよ」
『……いつからジャパンのウマ娘レースはビックリ人間博覧会になったんだ?』
そんな異次元の併走を眺める、全身黒づくめの針金細工のようなウマ娘がひとり。彼女こそ、吉野庵児が最後にスカウトした社北グループ所属のアドバイザー、『気狂い死神』サンデーサイレンスである。
既にトゥインクルシリーズで結果を残しているマーベラスサンデーやフジキセキ、ジェニュインを筆頭に、今年デビューしたバブルガムフェローやダンスインザダークなどによって、サンデーサイレンスのアドバイスは的確さが証明され、アドバイスを受けに来るウマ娘は数を増やしつつあった。
母数が増えれば、その分異端も増える。サンデーサイレンスの目に捉えられているふたりは、その典型と言える。
なお、この異常な能力に対してサンデーサイレンスが与えた影響は一切ないということも記しておく。
しかしながら、関与の有無に関わらず、類は友を呼ぶものである。
『……あなたが、サンデーサイレンスさん、ですね……』
『あぁ? ……あ?』
サンデーサイレンスは聞き慣れない声に母国語で呼ばれ――トレセン学園の生徒は英語ができる者とからっきしの者の両極端であり、サンデーサイレンスにあわせて英語で会話する者は少なくない――振り返って、話者の顔を見て固まった。
そこにいたのは自分だった。いや、当たり前だが、正確に言えば自分ではない。目の前の少女は顔つき自体は似通っているが人相には大きな違いがあるし、サンデーサイレンスよりも幾分健康的な体つきをしている。
窺うような視線は、どこか宙を彷徨っているように見える。そんな自分とそっくりな少女のことを、サンデーサイレンスは耳にしたことがあった。
『――マンハッタンカフェ、だっけか』
『ご存知でしたか……えぇ、私がマンハッタンカフェです』
少女――マンハッタンカフェは、粗暴なサンデーサイレンスとは対照的に丁寧な態度で頭を下げる。その様子に、サンデーサイレンスは奇妙なものを見ている気分になり目線を逸した。
『噂は聞いてたよ。俺様に似てる奴がいるってな。お前もそうだろ?』
『はい。そうですね』
それにしては挨拶に来るのが遅くないか? と、サンデーサイレンスは自身を棚に上げてそんなことを思った。それを声に出さなかったのは、サンデーサイレンス自身が自分にそっくりな存在に対してそれほど興味を抱いておらず積極的に探すことをしなかったためだ。
一方マンハッタンカフェも、相手がそんな事を考えているのを――おおよそサンデーサイレンスが顔に出やすい性格であるために――察しながら、敢えて触れることはしなかった。というのも、たとえ今になって会いに来た理由を訊かれたとしても、それがマンハッタンカフェの
『それで? 用事は挨拶だけかよ?』
『えぇ、まぁ……』
マンハッタンカフェは何か言い淀んでいる。サンデーサイレンスはそれを察しながらも、こちらも触れることはしない。面倒事の香りしかしないからだ。
マンハッタンカフェはサンデーサイレンスの隣に座り、マーベラスサンデーとネオユニヴァースの併走を眺め始める。その間、マンハッタンカフェはチラチラとサンデーサイレンスの横顔を瞥していた。
しばらく併走を眺めていたマンハッタンカフェだったが、併走が終わる頃になるとサンデーサイレンスにその場を辞す旨を伝えて去っていった。
『妙なやつだったな……あ?』
サンデーサイレンスが去っていくマンハッタンカフェの背中を見てしばらくコースから目を離し、再びコースへと視線を戻した時には、何故かマーベラスサンデーとネオユニヴァースはその場から消えていた。
『……マジでなんなんだよ……』
サンデーサイレンスは唸るように声を漏らした。
☆★☆
「……それで、こちらの方は?」
網馬はマーベラスサンデーが拉致してきた少女――マンハッタンカフェを見る。マンハッタンカフェもまた、網馬のことを見る。互いに怪訝な表情を浮かべる中、マーベラスサンデーだけは笑顔だった。
さらにもうひとり、完全に異物であるのがネオユニヴァースだ。彼女はマーベラスサンデーに連れてこられたのではなく、マーベラスサンデーとともにマンハッタンカフェを連れてきた側だからだ。
「えーと……名前なんていうの?」
初対面なのかよ。
そんなツッコミが飛び出しかかるがなんとか堪えた。
「あー……私、マンハッタンカフェと申します。えっと……こちらの方に連れてこられまして……」
マンハッタンカフェが助けを求めるかのような視線を向けてくる。真意はマーベラスサンデーのみぞ知るのだが、いかんせんマーベラスサンデーである。「マーベラスだから」以上の情報が現れるかさえ怪しい。
そんな状況を打破したのは、意外なことに異物であるネオユニヴァースだった。
「……マーベラスサンデーのトレーナー。"オカルティズム"についてどう思う?」
「オカルティズム……それは本来の神秘学に関して言っていますか? それとも、広義のオカルトについて?」
「後者だよ、トレーナー」
ネオユニヴァースからの問いかけは突然だったが、「オカルティズム」という単語によってマンハッタンカフェの表情に変化が齎されたことを認識した網馬は、問題を先に進めるためにそれに答えることにした。
一方のマンハッタンカフェは、この状況に半信半疑といったところだ。クラスメイトであるネオユニヴァースが、マンハッタンカフェと同じく『この世ならざるもの』を視認できている――その対象は相違があるようだが――ことは知っているし、マーベラスサンデーの"
そのふたりが何故かマーベラスサンデーの所属する《ミラ》のトレーナー、網馬のもとへとマンハッタンカフェを連れてきた。そのことに、なにか意味があるのではないかと。
「……そうですね。現時点で証明するには論拠が不足しているもの、ですかね」
「その意見はアファーマティブなもの? それともネガティブなもの?」
「オカルトに理解はある方だと思いますよ? 極論で言ってしまえば、証明される前は進化論も地動説もオカルトだったんですし。ただ盲信するわけではありませんけどね。証明できないことは確かなのですから」
そもそも、"
それを聞いて、ネオユニヴァースはマンハッタンカフェへ向き直ると、いつもの何を考えているかわからない無表情のまま語りかける。
「『NPRB』だよ、マンハッタンカフェ……ネオユニヴァースが観測した限り、彼はこの『
運命を歪める『ニュートリノスター』のような存在。ぼくの『
「トレーナーさん☆ カフェはとってもマーベラスだよ!」
この時点で、網馬は少なくともネオユニヴァースがマーベラスサンデーと同類であり、このマンハッタンカフェにも共通する部分があるということを把握した。
それは、理解不能であるマーベラスサンデーの"
だから、網馬としてはより多くのデータを収集したかった。その恰好の相手が現れたのだ、ある意味では渡りに船とも言える状況だった。
「……マンハッタンカフェ。ひとまず、話してみませんか? 貴女の抱えるオカルトな事情について」
怪異と生きる少女に、人の悪魔が笑いかけた。
「ライスシャワーですか? あれは実際に他人を不幸にする能力があるかどうかはどうでもいいんですよ。仮に本当だとしても嘘だと本人が思い込んでくれれば精神的には解決しますから」