万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
ナイスネイチャはごく一般的なウマ娘である。
彼女がそう自嘲する理由など、もはや説明するまでもあるまい。周りのウマ娘より速く走れて、自分の才能に自信を持って、そして本物の天才に出会い、目が眩んだ。
そんな、これまでの馬生までもひどくありふれたナイスネイチャは今、これまたよくあるピンチに陥っていた。
選抜レース3着。
6月1週、水曜日、週末からはメイクデビューが始まる。本格化は始まっていると診断が出されているため、早々にデビューを決めたいところではある。しかしトレーナーからお声がかからなければそれもできない。
いや、やりようはある。自分から売り込みに行けばいい。無理だ。ナイスネイチャはおおよそ自分の長所を並べ立ててお伺いを立てるという行為がいちばん苦手であるという自負がある。
ならばもうひとつ、チーム加入である。複数のウマ娘を受け持っているトレーナーが結成しているチームの中には、加入テストを行うことでメンバーを
それこそシンボリルドルフを輩出した中央トレセン学園の最強チーム《リギル》がそうだ。もちろん、そんなエリート中のエリートが所属するようなチームに合格できるとは思っていないので、実際に選ぶのは違うチームになるだろうが。
そんなチーム加入の選択肢が浮かび始めて、早半年。未練がましく専属トレーナーの可能性を捨てきれず、「トレーナーにスカウトされず、リギルは無理そうだからここに来ました〜」感が溢れ出るのはいかがかと言う抵抗から踏ん切りもつかず、メンバー募集中のチームはどんどん減っていく。
そして手元に残った1枚の募集用紙。チーム《カノープス》の募集用紙。既にデビューした友人のイクノディクタスを始め、日本ダービー3着のホワイトストーン、オークス2着にジャパンカップ3着のダイナアクトレス、メイクデビュー以降全戦掲示板入りの猛者ミスターアダムスが所属している。
過去には日本ダービーと菊花賞で2着、春の天皇賞と宝塚記念では3着をとったスダホークが所属していたチームだ。
ゴン、と、机に突っ伏した頭がいい音で鳴る。それなりの歴史があるチームなのに、見事にGⅠ勝利がない。しかし重賞は普通に勝っているので強いチームではある。
なんて自分にぴったりなんだろう、そう思ってしまう自分に涙するナイスネイチャ。未勝利のまま引退していくウマ娘が数多くいるなかでその思考回路は果たして本当に卑屈なのか、むしろ自信過剰ではないかと思う方もいらっしゃるだろうが、種族としてウマ娘は闘争本能が強いこともあり基本的に多かれ少なかれ自信過剰だ。
絶対評価はともかくとして、相対評価的には卑屈でひねくれ者と言えるのが、ナイスネイチャというウマ娘だった。
そんなナイスネイチャの目に、なんとも鮮やかな色彩が映った。クラスメイトであり手のかかるアホ、わざわざ選抜レースでテイオーと当たるように列に並び、スタートと同時にスパートをかけた挙げ句バテて失速しドンケツでゴールした、キラキラどころかネオンライトの如き光を放つ少女、ツインターボである。
当然そんなツインターボのもとにもスカウトするトレーナーは現れず、しかし「次こそ勝つ!」などとテイオーに宣言していた彼女を見て「この子状況わかってるのかな」などと心配になったものであり、そしてこのギリギリの状況で焦ってもいない今のツインターボを見ていると、同じような心配が頭をもたげる。
そこでナイスネイチャの頭に名案がよぎる。《カノープス》の募集にツインターボを誘い、あたかも「アホな友達の付き添いでして〜いやこの子が心配で一緒のチームがいいなぁと〜」という顔をしていれば志望動機を誤魔化せるのではないかというものだ。
「ターボ、アンタ今日暇?」
「えぁ? ターボ今日チームでトレーニングがあるから空いてないぞ?」
予想外の返事に固まるナイスネイチャ。彼女の浅はかな考えは非情な現実に阻まれた。
「えっ!? ちょっ、アンタチームとか入ってたの!?」
「へ? う、うん……」
「ど、どこのチーム!? チーム名は!?」
正直ひどい話ではあるが、ナイスネイチャはツインターボがスカウトされることはないだろうと思っていた。トレーナーとは才能がありかつ言うことを聞くウマ娘を選ぶものだと思っていたからだ。
穿った見方ではあるが、これはそう間違った話ではない。指導に対して文句ばかりで作戦は拒否、なんてウマ娘では育てようがないし、トレーナーにも生活があるのだから。正直、ツインターボは扱いにくく敬遠されるタイプではあるのだ。
それも、スタミナ管理皆無な逃げという絶望的な走りしかできない以上、ナイスネイチャの認識は正しいと言わざるを得ない。
焦り気味にツインターボに問いかけるナイスネイチャに対して、ツインターボはやや考えてから返した。
「え? わかんない」
「……は?」
「ターボが入ってチームになるからまだチーム名ついてない。ターボも手続きとかまだだし」
「……それ入ってるって言うの……?」
現実として、ツインターボは書類上チームに所属していない。
しかし、「トレーナーと同レベルの指導してくれる人がいるなら、手続きはメイクデビュー直前になってもいいよね!」というのもまぁ事実である。
本来そんなことは早々起こり得ないのだが、諸々の偶然が重なり起こってしまっていた。
「……あ、ネイチャまだスカウトされてなかったんだ」
「ぅぐっ!!?」
特に悪気もなさそうな一言がナイスネイチャを抉る。外部から見る多くの人間は未勝利のまま引退していくウマ娘の数で現実の厳しさを語ることがままあるが、トレーナーの絶対数が足りていない以上、こうしてそもそも選ばれず消えていくウマ娘もまた、一定数存在するのだ。
そうしてようやく溢れ出てくる焦り。
「おっ、よかったなネイチャ! 面接してくれるって!」
良薬口に苦し。ナイスネイチャにとって一筋の光明とも絶望への切符とも言える一言がツインターボから告げられる。
ウマホのメッセージアプリを操作するツインターボ、どうやらそのトレーナーとやらに連絡をとったらしかった。
面接、ナイスネイチャにとってもっとも苦手と言って差し支えない科目。彼女はコミュニケーション能力は人並み以上にあるが、自身について正確に把握して正確に売り込むという能力に欠けていた。
だがアホは容赦しない。ツインターボはナイスネイチャを抱えあげると早速と言った様子でいつも待ち合わせているグラウンドへと走り始めた。
「……いや、チーム名決めたじゃないですか、一昨日。チーム加入申請書も貰ってますし」
「へぁ?」
先程は嘘をついた。ツインターボは書類上もチームに加入している。
チーム結成に際して支給された部室までナイスネイチャと共に連行されたツインターボは、まぁ大層アホそうな声を上げる。
ナイスネイチャという突然の
実際、日本ダービー翌日の月曜日、早めにチーム結成をしてしまわないとツインターボのデビューに差し支えるため、早々にチーム結成申請を行っていた。
基本的に最初に議題に上がるのはチーム名、慣例に倣うなら、恒星の名前。有名どころはおおよそ使われており、過去には《サン》という名乗るのにクソ度胸が必要そうなチームもあったという。
網馬としては一切どうでもいい、変な名前にならないよう星の名前ではあってくれという気持ちだったが、意外なことに真剣に命名しようとしたのはアイネスフウジンだった。
「あ、これどうなの? 《ミラ》だって」
「聞いたことないー」
「変光星の一種で、膨らんだり縮んだりしてるから一等星より明るく見えたり、逆に肉眼では見えなくなったりするんだって。しかもガス噴きながらすごい速さで移動してるらしいの!」
「速い!? じゃあターボそれがいい!!」
網馬はそんな宇宙の問題児みたいな星の名前にするのかと思いつつも、名前だけならマトモだし2文字5画だから電子でも筆記でも記入が楽という理由で、チーム《ミラ》は誕生していた。
そしてそれをそっくり忘れていたツインターボは、再び名前と由来をアイネスフウジンによって説明されてはしゃいでいた。
「……ええっと、ナイスネイチャさん、ですよね? ツインターボから話は聞いています。模擬レースなどの映像も見させていただきました」
「――っ! は、はいっ!!」
一方のナイスネイチャはあまりにも突然の出来事に意識があっちこっちへ飛んでいた。目の前にいるのは寒門市井の星、名門のメジロライアンとハイセイコーの愛弟子ハクタイセイを押し退けダービーウマ娘となった、話題の中心ことアイネスフウジンである。
ナイスネイチャもテレビ越しに観戦していたが、強大なライバル相手に1度も先頭を譲ることなく府中を駆け抜けたその姿はトウカイテイオーと遜色ないほどにキラキラしていた。その後のインタビューは見ていなかったために
そして、そのアイネスフウジンを育て上げた、この一見不審者か詐欺師のような男も傑物である。トレーナー業は完全に門外の出身でありながら、初担当のウマ娘が既にGⅠ3勝のダービーウマ娘。こちらもまた、市井のホープである。とはいえ、こちらは実家の財力に一般人とは大きな格差があるが。
「私としては、ナイスネイチャさんの加入は問題ないと思っています。実力としては申し分ないかと……つきましては、いくつか聞き取り調査をしておきたいのですが、よろしいですか?」
「は、はい! 何でも聞いてください!」
「それではお聞きしたいのですが――」
そうして網馬はごく自然に、ナイスネイチャの心を解体する始まりの一言を発し始めた。
「貴女は何を目標として走るつもりでいますか?」