万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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 お久しぶりです。ちょっと寝込んでました。
 ボチボチ頑張ります。


なんかタイムリーやね

 10月1日フランス、ロンシャンレース場。凱旋門賞、開催。

 かつてはナリタタイシンと同じ《ミラ》の――いや、《ミラ》となる前からの最初のメンバーである――アイネスフウジンが制覇するまで日本を阻み続けてきた高い壁、世界最高峰のレースであり、ナリタタイシンが網に課された最後の目標レースである。

 出走ウマ娘たちの気炎は高まっている。相手は()()《ミラ》のウマ娘だ。特にフランス現地所属のウマ娘はアイネスフウジンの時のリベンジに燃えているといってもいい。

 それでなくとも、今回も優駿が集まっている。ナリタタイシンとは何度も走っている『鉄鋼王』カーネギーをはじめ、去年の英オークスと愛ダービーを制し、ゴドルフィン・レーシングでは初のクラシック制覇をもたらした『プリマ』バランシーン。フランストリプルティアラのうち仏オークスと、凱旋門賞と同レース場同距離であるヴェルメイユ賞の二冠を達成した、社北グループ欧州支部所属のウマ娘カーリング。重賞を順に勝ち上がり現在全勝、GⅠ初挑戦ながら高い人気を誇っている『ツバメ』ことスウェインなど、みな強敵揃いだ。しかしその中で、KG6&QEステークスで戦った難敵ラムタラの姿はいまだ見えていなかった。

 

 一方、ナリタタイシンは与えられた控室でひとり瞑想のように気分を落ち着けていた。今日戦うのは()()()()優駿たち。その過酷さと開催時期から少人数での開催になることが常なKG6&QEステークスに比べれば、ライバルの数は倍近い。

 普段こそ気丈に振る舞っているものの本来の気性は大人しく気弱であるナリタタイシンの心を、誰もいない控室の沈黙がじりじりと焦がし、不安が鎌首をもたげ始めたその時、ノックの音が飛び込んできた。

 

「タ゛イ゛シ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ン゛!!」

 

「もうアンタ名前クライングチケットに変えなよ」

 

「久しぶりタイシン、元気にしてたか?」

 

「たった今元気じゃなくなったんだけど」

 

 そこにいたのは、ナリタタイシンの友人でありクラシック路線で覇を競い合ったBNWの一角、ウイニングチケットとビワハヤヒデだった。

 ナリタタイシンはこの数ヶ月、フランスでトレーニングを積んでいたために、久しぶりにふたりと顔を合わせることとなった。とはいえ、ふたりからは定期的にLANEメッセージが来ていたので毎日のように顔は見ていたのだが。主にスタンプで。

 

「いやほんとなんで?」

 

「すごいでしょ!! 結構売れてるんだ、アタシのスタンプ!!」

 

「私が諸々の手続きをしたんだ。どうだった?」

 

「スタンプ爆撃が物理的な攻撃力を持つとは思わなかった」

 

 ナリタタイシンが何度か本気でブロックしようか悩んだという音声付きチケゾースタンプ、150Pで配信中である。

 

「ていうか、わざわざ来なくてよかったのに。日本で中継くらいされてるでしょ。旅費だって無料(タダ)じゃないんだから……」

 

「ふふ……見誤るなよタイシン。私たちだってGⅠウマ娘だ。旅費くらい出せるさ」

 

「タイシンの晴れ舞台だもん、生で観たいじゃん!」

 

「……ふーん……ところでハヤヒデ、その髪なに? ギャグ?」

 

「フランスの水が合わなかったんだって」

 

「ヘアケアグッズは持参したんだが水質にまでは目が向かなかった」

 

 積乱雲の如く膨らんだビワハヤヒデを前にナリタタイシンは深く息を吐く。気の置けない友人たちとの何気ないやり取りは、間違いなくナリタタイシンの不安を和らげていた。

 そんな自覚を憎まれ口で誤魔化したことは、もちろん目の前の友人たちにはバレているのだが。

 

「はぁ……じゃ、行ってくる」

 

「あぁ、勝ってこい、タイシン」

 

「祝勝会の準備しとくからね!」

 

 自身の勝利を1mmも疑わない友人たちに背中を押され、ナリタタイシンは大舞台へ赴く。地下バ道に出ると同時に襲い掛かってきたのは多数の視線。間違いなく、ここにいるすべてのウマ娘がナリタタイシンを意識している。

 しかし、対するナリタタイシンの心には幾何の不安も残ってはいなかった。睨み返すナリタタイシンの鬼気迫るような雰囲気に幾人かのウマ娘はたじろぎ、あるいはより戦意を奮い立たせる。

 まさに一触即発の空気。だが、それが暴力として発露されることはない。なぜなら、ここに集った彼女らは、皆()()()だから。

 

 決着は、ターフの上で。

 

 燃え上がるかのような闘気。しかし、そんな熱気の海を割って、一際大きな熱量がナリタタイシンへと歩み寄ってきた。

 誰もが息を呑む。この凱旋門賞における最大の仮想敵はナリタタイシンだ。それは殆どのウマ娘の共通認識だった。何故なら、ナリタタイシンは()()に勝ったのだから。

 しかしそれでも、皆が()()の敗北を目にした今であっても、誰一人として()()の敗北を思い浮かべることができずにいた。

 日本の優駿であれば彼女たちの抱くその感覚、その畏怖が、『"絶対"なる皇帝』シンボリルドルフに対して抱くものと同じであると気づけただろう。

 

 『敗北の見えざる神』。ラムタラがその神威を現した。

 

『……ナリタタイシン』

 

 ラムタラが口を開く。そこには、ある種軽薄だった以前の彼女の面影はない。人を試す神の如き様相ではない。

 それは暴威。神だから畏れられるのではなく、畏れられたものが神であるという自然の摂理。常識の内にある者を、ただその圧倒的な存在だけで圧し潰す舞台装置としての神。

 それだけで周囲のウマ娘は察する。相手に合わせて、ギリギリで追い抜き勝利する。ラムタラはその遊びを止めたのだ。

 

 遊ぶのでもなく、競うのでもなく、勝ちに来ている。

 

『お前にとって、神とはなんだ』

 

 ラムタラの口から零れた疑問。それは、彼女の命題だった。

 敬虔な夫婦のもとに生まれた彼女は、常に信仰を隣人として生きてきた。だからこそ疑問に思った。神とは一体なんなのか。

 感謝にも、称賛にも、叱咤にも、あらゆる事柄で父母が引き合いに出す神とはいかなる存在であるのか。それがわからなかった彼女は、両親の猛反対を押し切って洗礼を受けずNones(無宗教者)となった。

 

 独学で神について調べ、彼女は神とはつまり絶対的で圧倒的な存在であると定義した。人々が抗えない、限りなく強大な存在。

 人が神になることがあるのだと知った。ならば自分にも。神が与え給うた恩寵ではない。このラムタラ自身が神となれば、両親も――

 

『クソッタレ』

 

 ナリタタイシンの返答は端的だった。

 ラムタラのバックボーンなど毛ほども興味がない。この質問も、厨二病的な戯言程度にしか思っていないのだろう。

 しかし、その上でナリタタイシンにとっての神とはいかなる存在かと問われれば、それ以外の答えは出てこなかった。

 

 神とは救いである。なら何故今まで救わなかった。

 神とは試練である。なら、そんなもの不必要だった。

 神とは、ただそこにあるだけの舞台装置である。これが一番マシか。だが、それでも、虐げられ、嗤われ、暗闇を彷徨ったナリタタイシンの答えは変わらない。

 ナリタタイシンの脳裏に過ったのは、『こんな体に産んでごめん』と泣きながら謝る母の姿。

 

『どうでもいいよ、そんなこと』

 

 今日勝つのはアタシだ。

 ナリタタイシンはそう言い残して地下バ道をあとにする。

 周囲のウマ娘は、ラムタラとナリタタイシンの間でどのような意思疎通が行われたのかわからない。事実としてなんの意思疎通にもなっていないのだから当然だ。しかし、ナリタタイシンの勝利宣言だけははっきりと理解できた。

 ふたりの存在に怖気づいていたウマ娘もこれで奮起し、戦意を滾らせていた者はより昂る。そしてラムタラは。

 

『……いや、勝つのはアタシだ』

 

 凱歌を歌うのは誰か。

 凱旋門賞が、来る。

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