万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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トレーナーによる分析

 叩きつけるような走り方がどうだとか。

 柔らかすぎる筋肉がどうだとか。

 高く飛ぶから衝撃がどうだとか。

 

 そんな話をわざわざ読者へ語るのは釈迦に説法というものだろう。競馬の世界でも、ウマ娘の世界でも、既に耳に――もとい目にタコができるほど見てきた説明だと思うので省略する。

 もし知らないという方がいるならこれだけ覚えておけばいい。『トウカイテイオーの走り方は脚に大きすぎる負担を強いている』。

 

「で、それがなんだ?」

 

 網は決して善人ではない。確かに多少の人情はあるが、それは相手のことを彼の感性で気に入ったからスカウトし、担当となったから責任を持って克服させたという、ただそれだけのことだ。

 顔を合わせてさえいない、情報でしか知らないウマ娘のもとにわざわざ出向いて、「お前の走り方は故障に繋がるから改善しろ」などという言葉を、相手が納得するまで吐き続けることになんの意味があるのか。

 「シンボリルドルフの秘蔵っ子」という肩書にも「師弟2代による無敗三冠」という記録にもなんの興味も感慨も湧かない。

 

「大体、世の中に間違った走り方で壊れていくウマ娘が年に何百人いる? その中のトウカイテイオーという個人を特別扱いするだけの価値を俺は見出してない」

 

「そりゃ、あたしだって可哀想だなぁって気持ちはあるけど、見境なく助けられると思ってるほど夢見がちじゃないの」

 

 でもネイちゃんは違うでしょ?

 続けたアイネスフウジンの言葉に、網は苦い顔をする。

 ナイスネイチャにその話をすれば、一も二もなくトウカイテイオーに伝えに行くだろう。その話をトウカイテイオーが真剣に聞くだろうか。

 風聞だけで判断するなら、聞かない。心配のし過ぎだと茶化すだろう。そこに網が言っていたという情報を付け加えても大した変化はない。というか、逆効果だ。

 トウカイテイオーは既に専属のトレーナーがついている。トレーナーを通さず一足飛びにウマ娘へそれを伝えるのはいい印象を持たれないし、トレーナーへの忠告も、やはり新人の網が行うのは印象が良くない。

 名門出のエリートで、それなりにキャリアを積んでいる相手だ。門外漢の出身で新人で、いきなり結果を出したような男にアドバイスなどされても受け入れられないだろうと網は判断した。

 今ナイスネイチャに話しても行き着く先は取り合われないという結果だけだ。

 

「だから避けたんだよ。今するべきじゃないから。負荷を一気にかけたら壊れるに決まってる。そのくらいわかるだろ?」

 

「うん、だから念の為なの!」

 

 アイネスフウジンは網を信頼しているが、それは盲信ではない。だから言葉にして確認を取る。それを理解できるから、網もぶつくさと言いながらちゃんと答える。

 実に面白いことに、育ちも性格もまるで違うこのふたりは「言葉にしなければ伝わらない」という信条を共通して掲げていた。

 もっとも、その根本は「相手の想いを間違わず受け取りたい」と「考えがすれ違うだけ時間のロスだしいいことがない」とかなり異なったものだが。

 

「とりあえず今さっき根本となってた『トウカイテイオーへの無自覚な信仰』を砕いたわけだが、これは本当に大元でしかなくて、これを破壊したところで何が変わるわけでもねえんだよな……」

 

「と、言いますとぉ?」

 

「トウカイテイオーを基準にした『自己の過小評価』、単純な知識不足からの『価値観のズレ』、防衛本能からくる『心理的予防線』とその副作用である『因果の曲解』。このあたりは引っ剥がさないとレースに差し障りが出る」

 

 ホワイトボードに次々とまとめて書いていく網。ツインターボはともかくとして、それなりに頭が回り他者の機微に敏いアイネスフウジンとは情報を共有するべきだと判断したのだ。

 バランスを崩せばどうなるかわからないから、変に手を出させないよう触れてはいけない点を説明する意味もある。

 

「俺は心理カウンセラーじゃないから確かなことは言えんが、恐らく『価値観のズレ』は一番矯正しやすいし影響も少ない。『心理的予防線』は実際には見てないがああいう手合は間違いなく持ってる。『勝てるはずないから期待しないでおいて』とか『掲示板入りがいいとこでしょ』とか、予防線張る癖。『因果の曲解』は予防線張ったせいで勝てても『まぐれ』としか思えなくなることだから予防線さえなくなれば一緒に消える」

 

「『自己の過小評価』は『心理的予防線』に繋がってそうだけど、過小評価から連動して消えないの?」

 

「消える。が、負担がデカい。かと言って予防線から消すと、心理的な防壁がなくなって言い訳が利かなくなりそのまま崩壊する。だから価値観を矯正しつつ実力をつけさせて、成功体験で基盤を作ってやってから取り除く必要がある」

 

 結論、当分できることはない。

 最低でもオープン戦をクリアしてGⅢに挑むまで手のつけようがない。それまでは情報を集めつつ実力をつけさせ、信頼を得ることで心理的な距離を埋めていく。網はそう締めくくった。

 

「だからお前は余計なことは言うな。何も気づいてないふりをしろ(・・・・・・・・・・・・・)。俺ができるかもわからんが責任は持てる。お前はできないし責任も持てない。だから何も知らないふりして、ナイスネイチャの負担が強くなったときの駆け込み寺になってやれ……なんだその顔は」

 

「よかった、頼ってくれたの」

 

 アイネスフウジンとしては、全部網が自分で抱え込んでしまうのではないかと考えていた。もしそうなら説得して自分を頼らせようと。

 それを察して、網は鼻で笑った。

 

「自分以外の誰かの生まで責任持つんだから使えるもんは全部使う。そんなとこで無駄に自尊心抱えて自爆するほうがバカらしい。っていうか……」

 

 網が会話に間を空けたためにキョトンとするアイネスフウジンの鼻を、網がつまんで軽く引っ張った。

 

「ぷぅうぇ〜〜……」

 

「ガキが大人の心配なんか10年はえーよ。経験値がちげぇんだからまずは自分のことをしっかりとやれ。学園の課題は終わったのか?」

 

「ちゃんとやってるの〜」

 

「ったく……お前このあとバイトだろ? 早めに終わらせたんだからさっさと行ってこい」

 

「車乗せてって」

 

「遠慮とかなくなってきたなお前……」

 

 1年半経てば慣れもする。網がガソリン代ごときを渋るほど財布の紐が固くないことも知っている。

 使えるものは使うのは網だけではない。むしろ、貧乏人(アイネスフウジン)の十八番である。

 

 学園の駐車場までやってきたふたり。網愛車(ヤールフンダート)が見える位置まで来たときにそれに気づいた。

 普段はその物々しい雰囲気と万が一の弁償に怯えて、両サイドが空きになっているヤールフンダート。その隣に、真っ赤なボディの外車が駐まっていた。

 

「なんかすごそうなくるま」

 

「語彙力が溶けてますよ。ランボルギーニ・カウンタック、貴女のお父上が生まれる前から子供の頃辺りの年代に生産されていた海外製の自動車ですね」

 

「こ、これがあの……お高いの?」

 

「えー、まず私のヤールフンダートが新車でざっくり2000万しました。GⅠを1回勝てば買える値段ですね」

 

 重賞と金銭の扱いが軽い網に、どの口が価値観の矯正とか言っているのだろうかと思うと同時に、自分が汗まみれで乗っていた車の値段に改めて驚きながらも自身の収入で買えることに気づき、

あぁこうやって金銭感覚が壊れていくんだなと実感するアイネスフウジン。

 

「ランボルギーニ・カウンタックは現在生産しておらず、年毎に100台前後の受注生産となっています。新車で買ったとしたら4億くらいですかね。中古で買っても私の愛車より高いと思いますよ。税金諸々の処理を差し引いてもGⅠ級を3回は勝たないと……」

 

「タンマタンマ〜、ちょっと大袈裟じゃなぁい?」

 

 桁が更に1つ違う額にアイネスフウジンが完全にフリーズしたあたりで、ストップをかける声が割って入ってきた。

 カウンタック。この日本において、その名前を知らない者はいない。車の知識がない者でも、若者であっても、その真っ赤な車体は彼女の代名詞なのだから。

 

「……いやはや、こんなところでお目にかかれるとは」

 

 『スーパーカー』、マルゼンスキー。

 生ける伝説のひとりがそこにいた。


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