万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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斯くして死神は葬られた

 彼女には悩みがあった。昔から不幸に付き纏われることだ。

 行った先では雨が降り、渡る信号は赤ばかり。書店に行けば自分の前で売り切れ、電車はちょうどドアが閉まる。

 それは祝福の名を授かった彼女に対してあまりにも皮肉で、他者の幸せを願う彼女にとってあまりにも大きすぎる苦痛だった。

 自分の走りで誰かを幸せにしたい。子供の頃に描いた夢も、自分が関わったせいで不幸にしてしまっては叶わない。それでも諦めきれず、中央トレセン学園へ入学することはできた。

 しかし、昨年末に行われた選抜レースに出走登録こそしたものの、強すぎるストレスで震えや吐き気を催して結局出られずじまい。多くの人に迷惑をかけた。

 

 どうして自分はいつもこうなのだろう。自分をただ責めて、もうすべて諦めてしまおうかと思っていた矢先のことだった。

 彼女の母親の知り合いだと言って以前から気にかけてくれていた、マルゼンスキーがある話を持ってきたのだ。

 マルゼンスキーと自分の母親の関係は知らなかったが、いくら車が渋滞にはまっても「大丈V!」となんら気にせずドライブに誘ってくれるとてもいいウマ娘。そんなマルゼンスキーからの提案を無碍にできず、彼女はトレセン学園のカフェテリアに来ていた。

 

『あなたをスカウトしたいってトレーナーがいるの! ガンバってアピールしてらっしゃい!』

 

 そんな微妙に虚偽である言葉を信じて向かった指定のテーブルに座っている、おそらくはその『スカウトしたいというトレーナー』の姿を見て、彼女は怯んだ。

 はじめに、そのあからさまに胡散臭い容姿と態度に対して。そしてその相手が、今年のダービーウマ娘、アイネスフウジンのトレーナー、網であったことに対して。

 少しの間その場で竦んでいた彼女だったが、彼女が網に近づく前に、網の方が彼女に気が付き声をかけた。

 

「おや、貴女がライスシャワーさん、ですよね? 私、トレーナーの網と申します。本日はお時間いただき――」

 

☆★☆

 

 数分後。

 

 ひととおりライスシャワーの話を聞き終わって、網は嘆息する。「こんな特殊な加害妄想も珍しいな……」と。

 事実、ライスシャワーの運がちょっとびっくりするくらいないことを除けば、ライスシャワーの周りで起こる不幸の原因にライスシャワーはなんら関与をしていない。

 自分の関係ないことで他人が負った被害に対して責任を感じて心を病んでいる。なんだそれは、新手のギャグか。しかし如何せんライスシャワーは真剣である。

 とはいえ、ナイスネイチャに比べれば随分単純だ。要するに長い年月と回数をかけて、不幸と自身の存在が強く結びつくように刷り込まれてしまっているだけだ。

 確かにこういう思い込みというのは厄介だ。他人が論理的に因果関係を否定しても心理的に響かない。他人の言葉と自身の体験、よほど自分がない人間でない限り優先するのは後者だろう。

 だから、網はそこから否定するのではなく、ライスシャワー自身が()()()()()()()ように誘導することにした。

 

「ライスシャワーさん、ごっこ遊びってやった経験はありますか?」

 

「ふぇ? ごっこ遊び……?」

 

「えぇ……あぁ、もちろん最近という話ではありません。子供の頃で構いませんよ。ウマ娘というのは憧れを強く持つもので、大抵はなにやらごっこ遊びに興じると思うんですが……例えば、魔法使いの役をやったことはありませんか?」

 

 昔、まだ自身の不幸体質に気がついていなかった頃、ライスシャワーは比較的我が強い子供だった。今でこそやや気弱に見えるが、年上相手にも基本敬語を使わなかったり、妙なところで図太かったりと片鱗は残っている。

 そんなわけで、ごっこ遊びでも自分のやりたい役を堂々と主張していたわけだが、その中でも魔法使いの役をやったことはあまりなかった。

 そう答えたライスシャワーに網は続ける。

 

「とはいえ、誰かがやっているところを見たことはあるでしょう? 子供の想像力とはバカにできないもので、呪文を唱えて身振り手振りをするだけであたかも本当に魔法が見えるかのようにごっこ遊びをしてみせます……ところでライスシャワーさん、その歳になって、小さな子どもたちのお世話をしたことは?」

 

「え、えっと……うん、あるよ……」

 

「それではごっこ遊びに付き合ってあげたことは?」

 

 それも、ある。ライスシャワーが首肯を返すと、網はなるほどなるほどと大仰に頷いた。

 

「あれ、ものの分かる歳になってからやってみるとなかなか恥ずかしいものでしょう。子供というのはこちらのやる気を割と正確に見抜いてくる。少し手を抜くと『真面目にやって!』と返ってくるので恥を忍んでやらざるを得ないんですよね。……そうそう、例えばですよ。男の子がごっこ遊びで超能力者の役をやっていたとしましょう」

 

 話が飛んだようにライスシャワーには思えた。しかし、網が淀みなく話しているところを見るに、彼の中では話は繋がっているのだろう。

 芝居めいた口調に絵本の朗読のような感覚を抱いたライスシャワーは、なんとなくそれに聞き入っていた。

 

「例えば意のままに風を操る能力者。風はそもそも見えませんから、案外ごっこ遊びとは相性がいい。彼のお気に入りでいつもそんな役ばかりやっている。

 するとある日、彼の身振り手振りにあわせて本当に風が吹いた。もちろん偶然です。風というものは大気の流れ、いわば自然ですから人間ひとりが干渉して生み出せる風なんてたかが知れている。

 しかし、回数を重ねるうちに少しずつ本当に風が吹くときが多くなってきた気がしてきた。中にはえぇ、例えば、かいた汗が動いたときに冷えてそれを風と勘違いしたとか、茂みが揺れた音を風の音と勘違いしたとか、そういうものも含むでしょう。しかし、彼の認識では確かに増えていた。

 そして彼は得意げに宣言するのです。『本当に風を操れるようになった!』と」

 

 なんとなく、嫌な予感がした。ライスシャワーの第六感が告げる報せに彼女が耳を傾けたときには、もう手遅れだった。

 

「微笑ましい限りです。彼は子供ですから、風がなにかなど知りもしないのでしょう。では例えば、いい大人が同じことを真剣になって吹聴していたらどうでしょう。途端にそれを見る目は厳しくなります。なべて感想は『恥ずかしい』でしょう。そんな能力なんて科学的に、論理的に、あり得ないと私たち大人は理解しているからです」

 

 ライスシャワーの目の前に座る悪魔は、口元を三日月状に歪めて、ハッキリと死刑宣告を発した。

 

「ところで、ライスシャワーさんには『不幸を呼び寄せる能力』がある、でしたか?」

 

 ライスシャワーの顔がにわかに発火する。当然それは光エネルギーと熱エネルギーを伴う酸化反応が発生したというわけではなく、彼女の体温が急激に上昇したことの比喩表現(メタファー)である。

 何故そうなったか。理由は簡単、羞恥である。網が回りくどく()()()()と、ぶつ切りにすることで否定させずに刷り込んだ論理を唐突に繋げたからだ。

 

 子供はごっこ遊びをする。

 大人はその内容が現実にありえない事を知っているからごっこ遊びを恥ずかしがる。

 子供は無知ゆえにごっこ遊びを本当だと信じ込んでしまうことがある。

 大人がそうなってしまったら、恥ずかしい。

 

「行った先で雨が降る……天候操作ですか。雨というものは雲の水分とチリなどが混ざって重くなり落ちてきたものです。それを引き起こすということは水の操作か重力操作か……信号機の点滅や電車の発車時刻は決まっていますから、それを毎回決まった結果に固定するというのは電気操作でしょうか? あるいは時間操作? 売り切れに関しては、他人の購買意欲に干渉しているんでしょうかねぇ」

 

「あ……う……」

 

 最初からそう煽られたならライスシャワーも反論しただろう。『だって今までそうなってきたのだ』と。

 しかしそれを否定する論理を、細かく区切って既に飲み込まされてしまっている。そんなことはあり得ない、と。

 天候はまだいいだろう。晴れ男や雨男と言うように、個人で天候が変わるのでは? という発想は案外普遍的なものだ。

 しかし言われた通り、信号や電車は時間が決まっているのだ。ライスシャワーの存在の有無で結果が変化するわけがない。売り切れに関したって、そんな大勢の人間を操れるわけがない。

 

 そして、網はそれを否定していない。網は肯定している。へぇ、そういう能力持ちなんですね、ハハッ。と。

 それを羞恥に感じて、ライスシャワーは自ら否定せざるを得なくなった。

 言っていることはライスシャワー自身の説明とさして変わらない。ただ、心理というのは言い方ひとつで印象を大きく変えてしまう。『可哀想』と『哀れ』のように。

 ただまぁ、『そうなってしまう』と『そうすることができる』は大きく違うのだが、発生原理が超常的な点は一致している。

 

「なんとも沢山の能力を持っていらっしゃる……あぁ、それともそう具体的なものではなくもっと包括的に『運命を操る能力』とかなんですかね? おや、どうしました、顔が赤いですよ? ……あぁなるほど! 自分の意思でそんなことするわけないですものね! わかっていますよ、能力には時たま自分では制御できないものもありますからね。どうでしょう、いっそ名前でもつけて封印してしまうというのは。そうですねぇ、ではタロットカードになぞらえ――」

 

「もうやめてぇ!!」

 

 斯くして。

 ライスシャワーの心に巣食っていた死神(もうそう)は彼女自身の手によって葬られた。

 その心に大きな黒歴史(きず)を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? どうしたのタイセイ……タイセイ?」

 

「ライアン殿……もうなんか……殺してくれ……」

 

「は!? え!? タイセイ!?」

 

「生き恥……いっそ殺せ……あぁぁあぁぁぁああぁ……」

 

「タイセイーっ!!?」

 

 ついでに、カフェテリアにいた無辜のウマ娘(厨二病患者)を道連れにして。




はい、お米ちゃんでした。

多分界隈で1番コメディチックなライスの不幸妄想克服イベント。

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