万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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忠告明暗

「マヤからテイオーちゃんに?」

 

「そうっ! 同期のアタシから言うと角が立つからさ! お願いっ!」

 

 今、こうしてトレセン学園の食堂で、ナイスネイチャが頭を下げている理由は他でもない。トウカイテイオーの脚に関することだった。

 昨日、ナイスネイチャは網から『トウカイテイオーの走り方は負担が大きく故障の蓋然性が高い』ということを聞かされ、どうにかそのことをトウカイテイオーに伝えたいと考えた。

 しかしどうだろう。走り方の負担が大きいと忠告するということは、つまり実質ランニングフォームを変えろと言っているに等しい。どう改善するにしろ当然それだけ、他のトレーニングがおろそかになる。

 そのうえで、ナイスネイチャは一応、トウカイテイオーとクラシック戦線でしのぎを削りあうことになるライバルである。そんなナイスネイチャから直接トウカイテイオーにそんな忠告をするのは、周囲からの妙な勘繰りを生みかねないと、ナイスネイチャは考えていた。

 かと言って放置する気はさらさらない。誰かを経由して忠告するという方針を思いついて、誰に頼むか考えた結果がマヤノトップガンだった。

 

「マヤノだったら『わかっちゃった』で理由とか誤魔化して言っちゃえるじゃん? デビューもまだ先みたいだし、同室だし……」

 

 このマヤノトップガンという少女は、言わばトウカイテイオーの同類である。凄まじい観察眼と理解力で一足飛びに技術を習得していく、まさに天才。

 そんなマヤノトップガンの代名詞とも言える「わかっちゃった」は生徒間でも有名であり、当然だがトウカイテイオーも知っているだろう。少なくとも、ナイスネイチャから口を出すより信頼性は高くなるはず。

 

「う〜ん……実はね? マヤからも言ったことあるんだよ? 走り方が危ないよって」

 

「え……そ、そうなの!?」

 

「うん。テイオーちゃん、『まさかー!』ってはぐらかしてたけど。マヤわかっちゃったんだよね、テイオーちゃん、わかっててやってる」

 

 マヤノトップガンの言葉に、ナイスネイチャは「あ゛〜……」とうめき声をあげながら机へと突っ伏す。

 その可能性を考えていなかったわけではないのだ。トウカイテイオーは『無敗の三冠』にただならぬこだわりを見せている。だから、フォームの改造という大仕事に時間をとられることは許容できないのだろう。

 

 フォームの改造と言えばその程度と思ってしまうかもしれないが、それは今まで培ってきた技術を土台からひっくり返す行為である。

 体に刻み込んだものを上書きし、覚えさせ直す。ツインターボに網が行っているような調整とは規模が違う。

 

「……テイオーのトレーナーは?」

 

「全面的にテイオーちゃんを信頼してるって感じ。何かあったら言ってくれるだろうって」

 

 本来、トウカイテイオーの走り方の欠点に真っ先に気づくべきはトウカイテイオーのトレーナーだ。しかし、今回に限ってはそれを責めるのは酷だろう。

 気づいているのだって化け物じみた観察眼を持つマヤノトップガンと、トレーナーの中でもずば抜けた分析力を持つ網だけであり、アイネスフウジンは網の分析から網が隠しているであろうそれを察したに過ぎないのだ。

 他の多くの人間は、トウカイテイオーの走り方が抱える爆弾は、そもそも想像だにしていない。なにせ、トウカイテイオーの走り方は前例がない特異なものなのだから。

 そもそも、網でさえ脚への負担が大きいということしかわかっていない。例えば、トウカイテイオーの脚がその負担に耐えられるほど頑丈である可能性だってあるのだ。

 

 だから、ナイスネイチャたちも下手に大事にするわけにはいかない。それがどんなゴシップに繋がるか、ナイスネイチャたちには()()()()()()()のだから。

 

 また、故障の多くは突然やってくるものではない。人体には壊れるという危険を伝えるためのアラートとして痛みがあるのだ。大抵、予兆としての痛みが発生する。

 だが、トレーナーが想像するよりも遥かに、ウマ娘はそれをトレーナーに()()()()()()()。ウマ娘という種族の負けん気が悪い方向に働いているのか、我慢してしまう。そして、最悪の事態に陥る。

 そして、トウカイテイオーという娘が人一倍負けん気が強い意地っ張りであると、二人は知っていた。

 

「……打つ手なし、かぁ……」

 

「んー、一応あるにはあるけど……」

 

「ホント!?」

 

 マヤノトップガンの言葉にナイスネイチャは一縷の希望を抱く。しかし、マヤノトップガンは難しそうな顔で続けた。

 

「皐月賞で誰かがテイオーちゃんをバチボコに負かして、無敗三冠の夢を終わらせてからなら説得できるかもしれない」

 

「バチボコに」

 

 それはもう完膚なきまでに。

 トウカイテイオーがフォームの改善をしたがらないのは、恐らくクラシック戦線に間に合わないからだ。クラシック戦線にこだわるのは無敗三冠が原因だ。

 だから無敗三冠をとれないように一冠目から潰してやれば、クラシック戦線にこだわる理由はなくなり、フォームの改善を受け入れるかもしれない。単純かつ無慈悲な結論であるが、それ以外に方法は見つからない。

 そして、ナイスネイチャは皐月賞には出走しない。

 

「……マジ頼むよ……ターボ……」

 

 ナイスネイチャは、最早あの騒がしい()最下位常連の友人が、高すぎる壁を乗り越えることを祈るしかなかった。

 

 

 

★☆★

 

 

 

「ツインターボ、久しぶり」

 

 トレーニングの休憩中、アイネスフウジンは聞き慣れない声を聞いて視線を向けた。

 そこにいたのは彼女の後輩でありチームメイトのツインターボと、見たことのない芦毛のウマ娘だった。

 

「おー! ショーグン!! ショーグンも中央(こっち)来たのか!!」

 

「うん、昨日からね。わたしなら中央も狙えるって張り切ったトレーナーが、中央にいる親戚のトレーナーに渡りをつけてくれたんだ」

 

 アイネスフウジンが話を聞く限り、相手は元々地方トレセンの生徒だったらしい。ツインターボは最近大井レース場でのレースが多いため、そこで出会ったのだろうと当たりをつけた。

 と、そこで近くで聞いていた網が話に入っていく。

 

「元大井所属のハシルショウグンさんですね。うちのツインターボがいつもお世話になっております」

 

「いえいえ、彼女の走りは……いや、正直参考にはならないんですけど、面白いなぁって見せてもらってます」

 

「いや、はは、それはごもっとも」

 

 参考には当然ならない。ていうか参考にしてはいけない。

 

「ツインターボともそのうち走ってみたいものですけど……彼女、芝の方ですよね」

 

「あー……やっぱりわかりますか」

 

「失礼ながら、ダート経験が浅い中央のウマ娘やトレーナーなら誤魔化せるかもしれませんが、ダート屋や、地方出身のウマ娘には割と」

 

 それは経験値の違いであり、如何ともし難い。幸い、網が騙したいのは地方出身どころかエリート中のエリートであるため支障はないだろうと判断した。

 

「わたしも基本はダート路線で行くつもりですけど、もし芝で出会ったら、その時はよろしくお願いします」

 

 人当たりのいい柔らかな態度は天然のものだろうとアイネスフウジンは判断する。そうでなければツインターボが背中にひっつくセミになるほど(こんな)に懐くことはないだろう。

 

「あぁ、ところで今日これから時間はありますか?」

 

「へ? えぇ、一応ありますけど……」

 

「それはよかった。ツインターボ、今日はあがっていいからハシルショウグンさんを連れて整体に行ってきなさい。最近重心が崩れてきていますよ」

 

「わかった!!」

 

「あぁ、お金は心配することはありません。実を言うと友人紹介割引がありまして、紹介した側は割引、された側は初回無料になるんですよ。クーポンはツインターボが持っているはずなので、是非」

 

 網の突然の申し出に驚き、はじめは所持金の問題で断ろうとしたハシルショウグンだったが、機先を制した網の説明で納得し、そういうことならと話に乗ることにした。

 

 ツインターボとハシルショウグンがその場を離れたあと、アイネスフウジンはなんとなく予感を覚えて網に話しかける。

 

「ねぇ、もしかして整体に行かせたかったのってターボちゃんじゃなくてあの子のほうだったりするの?」

 

「何だお前、エスパーか」

 

「流石に唐突すぎるの……ターボちゃんや初対面の人じゃなきゃ気づくの」

 

 網の目には、走っていなくともわかるほど重心の崩れたハシルショウグンの姿が映っていた。

 直接の忠告はマナー違反になるが、トウカイテイオーのようにフォームそのものが原因でないなら整体で十分矯正できるし、整体師の言う事なら飲み込みやすいだろうという配慮だ。

 

「罪滅ぼしみたいなものだな。ただの自己満足だ」

 

「うん、それでいいと思うの」

 

「ま、向こうが感謝してくるようなら精々ダートの走り方を教わるといい。お前がダートに行くことはないだろうが、洋芝の走り方に活かせることもあるだろう。あのウマ娘、なかなか逸材みたいだぞ」

 

 トウカイテイオーに、アイネスフウジンに、ハシルショウグン。何気にツインターボの相眼の精度ってかなりいいんじゃないだろうか。

 網は去っていくふたりの人影を見ながらぼんやりとそんなことを考えていた。




トウカイテイオーが忠告を聞こうとしないのも仕方ないことなのだという必死な説明回。

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