万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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渭樹江雲

 中央トレセン学園、生徒会室。

 そこに、日本で最も有名なウマ娘がいる。

 ウマ娘のレースが盛んなこの世界のこの時代において、その勇名は遠い異世界(げんじつ)のあらゆるアイドルホースを凌駕する。

 

 七冠戴く"絶対"の皇帝、シンボリルドルフ。

 URA史上初の無敗三冠、URA史上最多のGⅠ7勝、ドリームトロフィーリーグ長距離部門最多連勝。中央トレセン学園初の生徒会長選挙満票での選出。URA史上初の顕彰ウマ娘選考委員会満票での選出。シンボリ家次期総帥。おまけにURA特別広報委員。

 未だ未成年のうら若き乙女であるにも拘わらず様々な肩書を持つ彼女は、今や日本国内においてVIPとして扱われる存在である。

 

 しかしそんなVIPにも、いや、VIPだからこそ仕事がある。それはもう並のブラック企業会社員に比肩するレベルの仕事がある。

 しかも仕事の能率が悪く何が何に対して作用しているのかよく分からないようなブラック企業の空仕事と違い、シンボリルドルフの行う事務はおおよそすべてが中央トレセン学園とURA、ひいては日本のウマ娘レース業界に影響を与える重要なものばかりだ。

 忙殺。そう、忙殺である。しかも本人が望んで忙殺されているのだからどうしようもない。

 まぁそれでも、手が空く時間というのは来るものである。

 

「さて、待たせたね、マルゼンスキー」

 

「大丈V! アポも取らずに押しかけたのはこっちだもの」

 

 仕事が一区切りついたシンボリルドルフは、応接用のソファに座っていたウマ娘、マルゼンスキーに声をかけた。

 マルゼンスキーがこうしてシンボリルドルフを訪ねてくるのは珍しいことではない。というか、シンボリルドルフが多岐にわたる仕事を請け負いすぎているだけであり、ドリームトロフィーリーグへ進んだウマ娘は本来そこまで忙しくはない。

 その中でも特にマルゼンスキーは基本的に、例えばスポーツドリンクのCMであったりシューズの広告であったりという、宣伝への出演以外の仕事は断っているため、有り体に言って結構暇なのだ。

 

「お忙しい皇帝陛下に代わって、()()()の娘のライバルになりそうな娘たち、ピックアップしてきたわよ」

 

 マルゼンスキーがそう言ってハンディタイプのビデオカメラをシンボリルドルフに渡しつつ、シンボリルドルフのお気に入り、すなわちトウカイテイオーと同世代の有望株について語り始めた。

 トウカイテイオー。シンボリルドルフが日本ダービーを制覇した時に、記者の間を縫ってその少女は現れた。

 当時小学生だったと思われるトウカイテイオーは、シンボリルドルフに向かって「ルドルフさんみたいになる」と宣言した。その頃のシンボリルドルフは少々()()()()()こともあって、トウカイテイオーのそんな純粋な態度が救いにもなった。

 そして、七冠を制覇し名実共に日本一のウマ娘に輝いて、そのカリスマから気兼ねなく話しかけてくれる者が少なくなってしまってからも、トウカイテイオーはカイチョーカイチョーと慕ってくれている。

 トウカイテイオーは、シンボリルドルフの日常における清涼剤のような役割を担っていた。

 

 事実として、トウカイテイオーは強い。同年代であれば無双の強さを誇っていると言ってもいい。特に自他共に――トウカイテイオーはシンボリルドルフの弟子としてメディアにも取り上げられているため、デビュー前からそれなりの知名度があった――『テイオーステップ』と呼称している独特な走法。

 『テイオーステップ』は一歩一歩の間隔を長く取り、跳ぶように走る『ストライド走法』と、一歩一歩の間隔を短くして脚の回転数を上げる『ピッチ走法』を()()()()()ものである。

 跳ぶように長い歩幅を保ちながら、素早く脚を引き戻して次の一歩を踏み出す。この走法は、シンボリルドルフでさえ真似することができなかった。

 小回りが利かないというストライド走法の弱点とスタミナの消費が早いというピッチ走法の弱点も併せ持ってしまっているという点を差し引いても、『テイオーステップ』は非常に強力な武器となる。

 だから、シンボリルドルフは贔屓目なしに、来年のクラシック三冠はトウカイテイオーが、自分に続いて無敗で制覇するものだと思っている。

 

 マルゼンスキーが用意したビデオカメラのメモリーには、ピックアップされた有望株たちのレース映像が入っていた。

 シンボリルドルフはマルゼンスキーの説明を頭に入れながら、そのレースをひとつずつ確認していく。

 イブキマイカグラ、ヤマニンゼファー、フジヤマケンザン、リンドシェーバー。現状、目に留まったのはそのくらいだろうか。

 ライバルは多くない、そして、現状どのウマ娘もトウカイテイオーに届く気配はない。弟子可愛さではなく事実としてトウカイテイオーには届かない。

 

 そう判断したとき、マルゼンスキーの口から映像にはなかったウマ娘の名前が溢れた。

 

「そうそう、あとツインターボちゃん」

 

「……ツインターボ? 映像にはなかったようだが……()()ツインターボかい?」

 

 ツインターボ。中央トレセン学園では比較的有名だ。と言っても実力を評価されての名声ではない。

 第一にその髪色。鮮やか青という人間ではまずありえない人工的な色を持つ髪は、ウマソウルの影響によって変色したとされる稀有な特徴だ。

 そんな目立つ身なりで、『開幕からスパートをかける』などという荒唐無稽な走りを見せれば当然悪目立ちする。

 最近噂を聞かなくはなったが、一時期彼女の名前が飛び交っていたときは、おおよそが揶揄の声だった。とはいえ、彼女の人柄からかそれも悪意あるものではなく、無茶をする子供をからかうようなものだったのだが。

 

「えぇ、()()ツインターボちゃん。今年のダービーウマ娘のトレーナーにスカウトされたのよ」

 

 そのトレーナーもまた有名人だ。いい意味でも悪い意味でも。

 まずその容姿。カラスを思わせる全身を黒でかためたフォーマルなコーディネートに、蛇のような表情。第一印象で物事を決めつけてはならないと自戒しているシンボリルドルフでも、()()()()怪しい印象を受ける。

 そのうえで名門の出ではない無名の新人でありながら初めての担当をダービーウマ娘に導いた実力と強運、グレーゾーンを闊歩するような悪質なスカウトなどが原因で、特に名門出身のトレーナーから、やっかみ半分義憤半分の悪評を囁かれている。

 しかし、その実力は確かであり、かつ彼が担当したアイネスフウジンの得意な脚質は。

 

「セオリーを無視したハイペースな逃げ……か」

 

「ぴったりじゃない?」

 

 ツインターボの脚質も、どれに当てはまるかと聞かれれば逃げだ。確かに、第2のアイネスフウジンとなっても不思議ではない。

 シンボリルドルフは目の前のPCでツインターボのデータを確認し、片眉を上げた。

 

「しかしマルゼンスキー……ツインターボは現状、出走しているのはダートのみのようだが……」

 

「知ってるわよ。そういう作戦なんだって。皐月賞トライアルまで芝を走らないようにしてマークを外すって、トレーナーの指示」

 

 なるほど、と、シンボリルドルフも納得した。ダートを走って、全戦全勝。それだけの実力を見せておけば芝に来るとは思わないだろう。今までの成績不振もバ場適性があっていなかったからだと思わせることもできる。

 アイネスフウジンの時も、マイル路線を行くと見せかけて突然のダービー参戦だった。

 

「まさに奇策縦横と言ったところか……」

 

「どうする? テイオーちゃん負けちゃうかもよ?」

 

「なに、負けたらテイオーの実力がそれまでだったという話さ」

 

「あら、意外と冷たいのね?」

 

「事実だ。それに、私はテイオーが勝つと信じているからな」

 

 甘やかすわけでもない、しかして冷たいわけでもない。トウカイテイオーに対して、シンボリルドルフは後継を育てる皇帝として振る舞う。トウカイテイオーの憧れに、期待に背かないように。

 

「……そう言えば、前から思ってたんだけど、テイオーちゃんがあなたを見るときの目、少し、こう、変じゃない?」

 

 マルゼンスキーがそうこぼしたのを、シンボリルドルフはしかしピンと来ない。

 

「? いや、初めて会った時から変わっていないと思うが……」

 

「それ、初めて会った時から思ってたのよ。確信を持ったのは最近なんだけど、あの子の目と同じような目を最近見た気がして……本当に憧れなのかしら?」

 

 それを憧れられている本人に聞くのはどうなのだろうかと考えながら、シンボリルドルフはトウカイテイオーの目を思い返す。

 何も変わったところはない、と、思う。が、それを確信しきれるだけの根拠もない。シンボリルドルフは一流のウマ娘ではあれど、心理カウンセラーではないからだ。

 

「……わかった、テイオーのトレーナーに掛け合って、テイオーに悩みがないかのカウンセリングと、精神的なリフレッシュを勧めよう。私を見る目が、と言うなら、私自身でないほうがいいだろう」

 

「えぇ。言い出しっぺだし、あたしも気にしてみるわ」

 

 そう言って、マルゼンスキーは生徒会室を去っていった。心理的な闇を抱えるウマ娘は少なくない。彼女たちは悩みを抱え込みすぎてしまう傾向にあるからだ。

 おそらくは大丈夫だろうと思っていても、トウカイテイオーへの憂慮はシンボリルドルフの心に蟠った。

 

「……切磋琢磨。テイオーと渡り合える好敵手が現れてくれることを願う、か」

 

 かつてそれを失った皇帝は開きかけた心の傷に蓋をして、再び仕事に向かう。

 まだ自分は、"皇帝"でいなければいけないのだと、自分自身に言い聞かせて。

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