万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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初の大舞台

 12月末、中山レース場、ホープフルステークス開催。

 

 このレースの次のレースに、URA一年の総決算となる有記念を控えた、ジュニア級ウマ娘の大一番。レースの格としては阪神ジュベナイルフィリーズや朝日杯とは創設日の都合で一歩譲るが、それでも貴重なジュニアGⅠだ。

 ジュニア期の時点でGⅠウマ娘という名誉を戴けるのはわずかに3人。そしてその栄誉は、その先のクラシック、シニアでGⅠをとれなかったときに呪いともなりうる。

 

 汎用勝負服への着替えが終わり、ナイスネイチャはパドックへと出る。既に自分より前の出走者のアピールが始まっている。

 ナイスネイチャは特になにか言うこともなく、自分の番にステージへ立った。まばらな拍手とそれなりの応援。あまりに自分らしい人気に内心苦笑する。

 今回のナイスネイチャは5番人気。未勝利戦を勝った7月からオープン戦を1勝、GⅢを2戦1勝しているナイスネイチャだが、始めの2連敗と前走の3着が響いてのこの位置である。

 また、ホープフルステークスは有記念の直前に開催されるため、有記念目当てで来た観客がついでに観ていくというパターンも多い……というより、そうなるようにURAが調整している。*1

 そのため、ただでさえ微妙な人気な上にそもそもホープフルステークス目当てでない(かさ)増しの観客がいることで、なんか寂しい感じのお披露目になってしまっているのだ。が。

 

「ネイチャー! やったれー!」

 

 人混みの中、野球帽とサングラスでバレバレの変装をした皇帝の秘蔵っ子がそんな風に声をかけたことで、先程までの倍以上の視線がナイスネイチャへ突き刺さった。ナイスネイチャはそれに苦笑を返しながらも内心ほくそ笑む。

 レース中、他の出走者に影響を与えるにはそれなりに注目されている必要がある。相手の意識に引っかかるからこそ策が通じる。取るに足らない存在ではいけない。

 ナイスネイチャは自らに足りない注目度を、トウカイテイオーの友人という立場で底上げすることにした。考えついたきっかけはあの夏祭りでの1幕である。トウカイテイオーのライバル発言は、シンボリルドルフ目当てで集まっていた人だかりからSNSで拡散された。

 「見合ってない」だの「パッとしない」だの結構な言われようではあったが、そんなことはナイスネイチャが一番わかっている。少し前までならともかく、ある程度吹っ切れた今、そんな意見も余裕を持って見ることができるようになっていた。

 

 パドックでのお披露目が終わり地下バ道へと戻ってきたナイスネイチャを出迎えたのは、ライバルたちからの警戒の視線。おおよその目的は達成できたらしいと内心安堵するナイスネイチャに、ウマ娘がひとり話しかけてきた。

 

「また()()()*2こと考えとんの? あんさんそういうの好きやねぇ」

 

「……なんでいるのさ、マイカグラ」

 

 イブキマイカグラ。未勝利戦でナイスネイチャを僅差で破った因縁の相手。しかし、今回のナイスネイチャの発言には別の意味が含まれている。

 イブキマイカグラは2週前、阪神ジュベナイルフィリーズを制しており、既にGⅠウマ娘に名を連ねている。中1週でわざわざホープフルステークスに出る必要はない。

 

「えぇ〜、うちがいたらあかんの?」

 

「はは……いや、お好きにドーゾ。アンタの舌戦に乗ってたら無駄に神経すり減らすだけだし」 

 

「なんや、おもろないなぁ」

 

 ブー垂れるイブキマイカグラだが、おどけたその態度の裏にはやはり濃く鋭い戦意が宿っている。未勝利戦での彼女の殺気は未勝利戦故のものではなく、彼女の本質そのものであったらしい。

 ナイスネイチャの感じた通り、イブキマイカグラはその物腰に反してかなりの気性難であり、さらにひとりで走るのでは満足できずレースを求め続ける競走狂(レースジャンキー)の気があった。

 

 ナイスネイチャは体をほぐしながらコースイメージの再確認を行う。今回の中山芝2000m、同レース場の1600mとは大きく違った性質を持つコースだ。

 中山芝1600mが外回りで頂上から緩やかなカーブを下り続けて最後の急坂を迎えるのに対し、2000mは内回りで楕円形なため向正面に下りの直線があり、さらにスタート地点が坂の手前であるため、スタート後とゴール直前で2度の急坂を登る必要がある。

 中山の直線が短いのは変わらない。それなりにスタミナのあるイブキマイカグラは今回まくり気味に突っ込んでくるだろうとナイスネイチャは予想する。

 幸いなことに、今回は12人立てとGⅠにしては出走者が少ないのに対して、先行策をとるであろう出走者は5人。先行対策はできるから問題はなさそうとすれば、問題は逃げだ。

 

 ゲート入りが完了し、ナイスネイチャはゲートに集中する。今のナイスネイチャの実力だと、GⅠ級で逃げに牽制を打てるのはスタート直後の瞬間だけ。

 ゲートが開くと同時に飛び出す。トレーニングによって特に強化されたスタミナを急速に消費するが、必死にハナを取りに行っていると()()()()()()()()ならない。

 逃げたナイスネイチャを追って本来の逃げウマ娘たちが走ってくる。ナイスネイチャは中山の急坂で敢えて少しずつ速度を緩め、逃げウマ娘にハナを譲った。

 

(逃げが2人、ってことはアタシ含め後方が5人ね)

 

 ナイスネイチャは自身が外枠に配置されていたことを利用して、内でポジション争いをしている先行グループも先に行かせ、息を整えながらそのすぐ後ろにつける。

 外と内のどちらにも行ける中間の位置を走りながら坂を登りきり、既に第2コーナーに突入している逃げのふたりを確認する。ペースは確実に速い。

 確かに中山は前方優位なコースだが、先行の数が多いと話は変わってくる。スタート後の坂で第1コーナーのためにポジション争いをすることになるから、スタミナがガリガリと削られる。

 さらにナイスネイチャは逃げウマ娘を掛からせることでハイペースを演出し、逃げから続く前脚質全体に対して負担をかけた。

 こうなると前脚質は2度目の急坂で止められ、むしろ差しのほうが有利になる。と、ナイスネイチャは事前に教えられていた。

 

 第1コーナー、第2コーナーでやや内気味を走りつつ、ナイスネイチャはまた少し速度を緩め、自分より後ろにいる後方脚質に圧をかけた。コーナーで追い抜くためにポジションを変えるのはスタミナを消費する上に難しい。特に内にいる相手を抜くためには、自分から外に出る必要がある。

 先行集団からやや引き離された後方集団は焦れる。ただでさえ直線が短い中山で大きく引き離されるのは致命的になりかねない。

 第2コーナーを回りきって向正面に入ったタイミングで、ナイスネイチャが大きく内によれた。それを機と見た差しが3人、ナイスネイチャを外から追い抜いて先へ進む。

 そして、その先にある下り坂で減速しきれず、先行集団の後ろをつっつく形になった。

 

(おーこわ。前よりえげつなくなっとるやないの)

 

 イブキマイカグラが内心で呟いた通り、その結果は明確だった。第3コーナーで差しに追いつかれた先行のうち3人は早仕掛けの位置でスパートをかけてしまう。残る2人もスパートこそかけていないものの、やや速度が上がったように思える。

 ナイスネイチャはそれを眺めながら、悠々と下り坂をゆっくり降りていく。一方イブキマイカグラは下り坂の途中までをナイスネイチャを風よけにして降り、残り1/3ほどになったタイミングでナイスネイチャを躱して、下り坂を使い加速しながらまくりの体勢に入った。

 しかし、そこまでがナイスネイチャの読み通りだ。

 

 大外上等でまくりあげたイブキマイカグラが最終直線で見たのは、外側を垂れてくる他のウマ娘たちだった。

 逃げも、先行も、差しも、息を入れられないままハイペースで走らされた影響で完全にスタミナを使い果たしていた。さらに一部のコーナー巧者を除き、多くのウマ娘が減速しきれずにコーナーを走った結果膨らみ、外側で垂れることになっていたのだ。

 さながら蜘蛛の巣に引っかかったかのように垂れてくるウマ娘にブロックされ、まくりの加速を捨てて内に行かなければならないイブキマイカグラを横目に、コーナーの内をしっかりと曲がりきったナイスネイチャは、溜めていた脚を解放し一気に坂を駆け上がる。

 ゴール板を踏み抜けて、歩を緩めながら掲示板へと目をやる。1バ身差。目で見てわかる着差のため早々に確定した結果は、確かにナイスネイチャの勝利を証していた。

 

「はぁ〜……してやられたわぁ。あんさん、いい性格にならはったなぁ……」

 

「へへ……お陰様で」

 

 ナイスネイチャが初めてのGⅠ勝利を噛み締めていると、イブキマイカグラが冗談交じりにそう声をかけてくる。その態度の裏にはしっかりと悔しさが滲んでいる。

 イブキマイカグラは言葉と態度と感情が裏腹で非常に面倒な性格をしているが、その反面裏の感情を読むのはそこまで難しくないことをナイスネイチャは理解した。

 イブキマイカグラ自身、本来の性根が本心を隠すことに向いていないのだろう。案外、このわかりやすい娘とも仲良くなれるかもしれない、なんて考えていると、改めてワァッと歓声が上がった。

 

 正確には、ここに来てようやく観客の声がナイスネイチャの心に届いたのだが、5番人気のナイスネイチャが1番人気だったイブキマイカグラをくだす番狂わせを演じた結果、ナイスネイチャの実力が改めて評価されたのだ。

 間違いなくトウカイテイオーのライバルとなりうる有望株のひとりとして。

 

「……いやぁ、流石に荷が勝ちすぎない……? てか皐月出ないよアタシ……?」

 

 作戦の思わぬ副作用に余韻も何もなくなるナイスネイチャ。幸いなことに、この期待のホープの判明の話題は、直後の有記念でオグリキャップが起こした奇跡の復活によってだいぶ下火になったために、ナイスネイチャは商店街で三冠でもとったのかというほどの盛大な祝勝会を開かれる程度で済んだのであった。

*1
JRAはしてくれない。現実ではホープフルステークスは有馬記念の後に開催されており、有馬記念を大トリにしたい競馬ファンたちと有馬が後だと64億売上が減ったから有馬先にしたいJRAの間で冷戦が起こっている。

*2
京言葉的にはこすいよりこっちで正しいらしいです。


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