万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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咆哮

 一歩、二歩、そして三歩目には既に1バ身の差をつけ先頭を走り始めたツインターボ。極小規模の"領域(ゾーン)"が生んだ爆風に押されるかのように加速していく。

 ツインターボの持っている武器、その1つ目がテンの速さ、すなわちスタートダッシュの加速力。小柄であるが故の脚の短さはそのまま脚の回転数に直結する。

 皐月賞に出走している他の逃げウマ娘に初動で蓋をされるどころか競り合いにすらならない立ち上がりの早さは、この畳み掛けるようなストライドによって成り立っていた。

 特にこの日の皐月賞は稍重のバ場であり、他の逃げウマ娘は脚を取られうまく加速できていない。そんな中、脚を取られようが構わず次の加速のために脚を回すピッチ走法は大きく有利に働いたと言える。

 

 一周目の急坂でまったくスピードを落とさないツインターボと後続とは、第1コーナー以前で既に5バ身から6バ身ほどの差がついている。

 ツインターボは放置していても垂れてくる、むしろ追ってしまえば破滅しかない。そう頭では理解していても、目に見える距離の差は焦りに繋がる。無意識のうちに速めそうになった先行集団の脚を緩めたのは、堂々と構えるトウカイテイオーの存在だった。

 ツインターボがペースメーカーとして機能していない以上、先行集団のペースメーカーは他の逃げウマ娘となるのが普通だ。しかし、それを上回る信頼感がトウカイテイオーにはあった。

 トウカイテイオーがペースを間違えることはないだろうという、今までの実績に基づいた希望的観測のもと、レースの基準はトウカイテイオーによって作られ始めた。

 

 ナイスネイチャならば、それを利用して他バに働きかけスタミナを削りに行くだろうが、トウカイテイオーはそんなことをする必要はないとばかりに自分の走りに集中する。

 一方イブキマイカグラは差し集団の後ろ、追込にしては前寄りのポジションで、極力スリップストリームに入れるようにして脚を溜める。イブキマイカグラにとって、どれだけ脚を溜めた上で仕掛けるタイミングを間違わずに追い込めるかで、このレースが決まる。

 

(自分で思い至ってもまだ信じきれへん……ホンマにあれ()()()()()()()の……!?)

 

 ツインターボが垂れてこなかったら、普通に走っていては負ける。そのことを前提として走っているイブキマイカグラと、もうひとり。

 

(ちっ……マズい。私の脚じゃこの位置からは届かない……前に出なきゃ……!)

 

 シャコーグレイド。イブキマイカグラと同じく追込脚質の彼女は、位置を中団後方まで上げながらも極力競り合いを避けて維持する。

 先行集団の先頭トウカイテイオーが第1コーナーに入ったとき、ツインターボは既に第1コーナーの坂を登りきり最高到達点に辿り着かんとしている。距離にして10バ身ほど。

 

(いや、ホント、イカれてるでしょっ……!!)

 

 ここで初めて、トウカイテイオーがツインターボを意識した。記憶の海から拾い上げた若葉ステークスの映像。コースの形状に差はあれど距離は同じ2000m、いや、中山の皐月賞の方が起伏が激しい分スタミナは多く消耗する。

 ならば、若葉ステークスでさえ逆噴射して、他のウマ娘が同様に掛かっていなければ入着さえ難しい有様だったツインターボが、この皐月賞を走りきれる道理はない。ごく単純な理屈だ。

 あの派手な勝負服も、大袈裟な言動も、こちらを掛からせる原因。気にしたらスタミナを削り取られて若葉ステークスの二の舞になる。無視するのが一番だとわかっていても、視界の端に鮮烈な青がチラつく。

 

(鬱陶しい!!)

 

 苛立ち紛れに、トウカイテイオーはコーナーを曲がりながら、大外から一気に内へと詰めた。斜行ではない。コーナーの曲がるタイミングを調整することで曲がり切った先が内へ収まるように調節したのだ。

 比較的ハイペースで走りながらもこのような技術を使えるのが、トウカイテイオーの天性の才能である。生まれ持ったセンスと体の柔軟性の高さは、トウカイテイオーのレースの幅を大きく拡げていた。

 

(タッ、ァーボッ、がっ、いっ、ちっ、ばぁん!!)

 

 一方、ハナを突き進むツインターボは、内ラチへ体を擦り付けるような勢いで第2コーナーへ突入する。ツインターボの2つ目の武器が、このコーナリングの巧さである。

 基本的に、コーナーはストライドが短いほど有利だ。これは感覚的に理解できるのではなかろうか。

 まず単純に、歩幅は短いほど小回りが利く。体の向きを修正できる機会が多い分、内へ内へと引きつけながら走ることができる。

 一方大跳びでのコーナリングは、強く踏み込む分外側へ力がかかることになる。それ故、どうしてもコース取りが大雑把になりやすい。

 コーナーの最内とそのすぐ外とでは、一周した時の平均で13mほど走る距離に差が出てくる。当然、内の方が走る距離は短い。そして、外に向かうほど距離は長くなっていく。

 スタミナ消費を見ればそのくらいと思うかもしれないが、着差で考えれば約5バ身。勝負を分けるに足る距離差であることは間違いない。半周でも約2バ身半だ。

 トウカイテイオーのようなセンスはなくレースの幅なんてあったもんじゃないが、狭いその極一点を限界まで尖らせることで、ツインターボはトウカイテイオーの才能に肉薄せんとしていた。

 

『ツインターボが第2コーナーへ突入! 後続は今まさに坂を登りきり第1コーナーも僅かと言うところ! トウカイテイオーが先行集団から抜け出し、シンホリスキーの1バ身後ろに陣取る! 普段のトウカイテイオーの位置と比べると明らかに前、これは意図したものか、それとも掛かっているのか!? ツインターボからトウカイテイオーまで10バ身以上はあるぞ!』

 

 どちらなのか、その実況の声がトウカイテイオーに届いていたとしても、確固たる答えは出なかっただろう。ただ、本能的に感じたままに速度を上げていた。

 

 "もしかして、ツインターボは垂れてこないんじゃないか"

 

 破滅逃げを相手にするとき、その思考こそが最も危険であることをトウカイテイオーは知っている。焦燥を掻き立て、スタミナと精神力を浪費させることが破滅逃げの目的なのだから。

 

 "本当に破滅逃げならの話"

 

 疑心暗鬼、レース中の回らない頭で考えるには堂々巡りがすぎる思考。そこに迷い込んでいるのさえ、破滅逃げにとって有利になる。

 眼中にないなら眼中にないで徹底すればよかった。意識してしまった時点でトウカイテイオーは既にドツボにはまっていた。

 本来ならレースの展開というのは、大抵スタートから第1コーナー、第3コーナーから先の間で大きく変動し、第1コーナーから向正面終わりまではおおよそ膠着した状態が続く。

 それはセオリーだからそうなるのではない、そうするのが最も勝利に繋がるからこそセオリーとなったのだ。セオリーから外れた破滅逃げも逆噴射の危険と背中合わせであり、成功率は著しく低い。

 だから、常識的に考えて、セオリー通りであれば、ツインターボを意識してスタミナを消費するのは失策であり、ツインターボを無視して普段通りのペースを貫くことこそが正解。トウカイテイオーの選択は正しいものだ。

 しかしそれでも、トウカイテイオーの本能は警鐘を鳴らし続けている。

 

 ツインターボが長い下り坂に入る。前傾姿勢を保ちながら変わらないスピードで坂を下っていくツインターボを第2コーナーの中間ほどで見ていたイブキマイカグラは、その巧さに舌を巻いた。

 下り坂で体重を後ろに引くのは悪手。着地のブレーキが強くなってしまうため、脚に負担がかかるしスピードを殺してしまう。

 本来、下り坂は加速ポイントではなく休憩ポイントだ。体重を前に崩して、脚主導で走るのではなく体の落ちていく方向を下から前へ変えるイメージで、ただついていかせる。そうして脚を休ませる。

 意外なことにツインターボはそれができていた。ただ全力疾走するだけなら下り坂で加速しそうなものだが、余計な力を出さず重力による速度の保持ができている。

 これも、ピッチ走法が関係している。ストライドが大きいほど、当然だが一歩一歩の坂の落差が大きくなる。そうすると、脚にかかる衝撃も当然大きくなる。それがブレーキになりやすいのだ。

 前に前に出ようとする体にピッチ数が追いつくことが肝要であり、わざわざ脚の力を使って体を押し出してやる必要は本来ない。

 

 距離の差は約20バ身。およそ50mもの差がついている中、一応は平穏を保っていた展開が動き出す。ツインターボが第3コーナーに入ったのだ。

 加速する。加速する。ツインターボはまだ加速し続けている。僅かに側面を見せたツインターボの顔を見て、トウカイテイオーは坂を下る脚を速めた。

 

 目に入ったのは、不敵な笑み。

 

『垂れないっ! 止まらないっ!! ツインターボ第3コーナーを曲がりなお加速するっ!! ターボエンジンはまだ動き続けているっ!! イブキマイカグラがスパートっ、シャコーグレイド、トウカイテイオーも、それぞれツインターボを猛追するため早くもスパートを切った……のに、それさえ遅すぎる!! 今っ、ツインターボ()()()最終コーナーへ入った!!』

 

(やっぱり、若葉ステークスはフェイク!!)

 

 イブキマイカグラは出走前のツインターボの言葉を思い出す。「もういいって」というのは、明らかに()()()()()()()()()()を伝聞している。そして「今回は」ということは前回はよくなかった。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 その目的はなんだ? レース前に全力疾走する意味なんて本来ない。むしろスタミナを無駄に消費してしまうだけだ。しかし、それこそが目的だったら?

 

(スタミナの最大量を誤魔化すためや!! ずっとダートのマイルしか走ってへんかったんも、わざわざテイオーさんの参加する若葉ステークス(リステッド)に突っ込んだんも、全部正しい情報を渡さへんため……)

 

 ツインターボが策を弄するタイプに見えないから、突拍子もない行動によって覆い隠されていた。なまじそれを直接目の当たりにしてしまっていたから。

 

(せやけど、ギリギリまで脚は溜めた……今のタイミング、今が仕掛けどころだったはずや……稍重の芝やさかい今仕掛けんと間に合わへん!)

 

(チィッ!! 本当に垂れてこないやつがあるかっ!! 稍重の場で……どんなスタミナしてんだっ!!)

 

 稍重。芝が水を含んでいるということであり、それは芝に対して脚の力が伝わりにくいということ。そしてそれは、体を前に押し出しにくく、加速しにくいということである。

 この時点で、スパートをかけた3人以外のウマ娘がツインターボに追いつける可能性は消えたと言っていい。そのうち、最初に第3コーナーへ入ったのはイブキマイカグラだった。

 理由は簡単で、3人の中で最も加速力とスタミナがあるからだ。3人の中で最も早いタイミングでスパートを切り、下り坂の力で一気に加速したイブキマイカグラが第3コーナーを進む。

 しかし、その内を突いてコーナーでイブキマイカグラを追い抜いてきた影がある。トウカイテイオーだ。体の柔軟性を目一杯使い、イブキマイカグラが僅かに膨らんで空いた最内を鋭く狙ってきた。

 一手遅れてシャコーグレイドがそれを追う。能力ではふたりにやや劣るシャコーグレイドだが、精神力が凌駕していた。

 

(負けられないッ!! ボクは、無敗で三冠を取らなきゃいけないんだ!! カイチョーに追いつかなきゃ……シンボリルドルフと同等にならなきゃ……ッ!!)

 

 レース終盤に至ったツインターボのスピードは、スパートをかけてトップスピードに乗った3人に大きく劣っている。

 スパートをかけたそのタイミングから、今まで溜め込んできたリードが瞬く間に縮まっていく。それでも、ツインターボの脚は止まらない。

 

(勝つ! 勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ!! トウカイテイオーに、勝ぁぁぁつ!!)

 

 ツインターボの口が開き、荒く息が漏れる。それでも失速しない。スピードは落ちない。エンジンはまだ止まっていない。ギザついた歯を食いしばって、小柄で低い重心をさらに落とす。

 そして、全員が最終直線に突入する。後続3人は既に先頭ツインターボから7バ身差まで詰めてきている。ツインターボが最終コーナーを曲がりきるまでに13バ身ものリードが消え去った。

 

 観客の反応は様々だ。ジュニア期を含めて初めて追い詰められた表情を見せるトウカイテイオーへの動揺、破滅逃げという派手かつ無謀な作戦であと一歩まで追い詰めているツインターボがそのまま逃げ切るのではないかという期待、師の名を背負ってトウカイテイオーの背を追うシャコーグレイドへの叱咤、この瀬戸際でギラついた眼光と凶暴な笑みを隠さなくなったイブキマイカグラへの畏怖。

 

 そして何より、多くの有識者が抱いたトウカイテイオーが勝利することへの確信。

 7バ身、それは、トウカイテイオーの射程内だ。その程度の距離なら、『テイオーステップ』の持つ圧倒的な加速力で覆すことができる。

 事実、7バ身の距離を覆し、さらに3バ身差をつけて圧勝したレースだってある。まだ手札は切りきっていない。勝ちの可能性は残っている。

 

(差しきれるッ!! この位置ならまだっ……!?)

 

 ただし、その手札が切れるならの話だが。

 猛追するトウカイテイオーは、急坂に阻まれた。かろうじてスピードは微減で済んだが、トウカイテイオーにのしかかった負担は予想を遥かに超えて大きいものだった。

 そもそも、坂道でかかる負担はストライド走法の方が遥かに大きい。そして、『テイオーステップ』はピッチ走法ではなく、ストライド走法の派生である。

 その上、『テイオーステップ』は柔軟性を活かして可動域目一杯まで使うことで成り立っている。今までの中山や阪神の急坂でそれほど負荷を感じなかったのは、ひとえに余裕があったからだ。

 余裕を失うほどスタミナを削られ、精神力を削られ、ギリギリのトウカイテイオーにその負担は重すぎる。

 

 ツインターボとの距離はゆっくりと縮まる。

 

 5バ身、4バ身、3バ身、2バ身半。

 届かない。

 

 1バ身に、"領域(ゾーン)"の発動条件に届かない。

 

 ツインターボのスタミナを正しく把握できていれば、ツインターボが垂れてこないことを前提に考えてスパートを早く切れていれば、破滅逃げに精神力を削られず冷静に状況判断できていれば詰められたバ身差が、"領域(ゾーン)"へ跳ぶことを妨げる。

 

(待て!! 待てよ!! ねぇ待ってよ!! こんな、こんなところでっ!! 1つ目で!! 負けちゃダメなんだ!! 勝たなきゃッ!! ボクは、ボク……ッ!!)

 

「っあ……あああああああああああああああああああああッッ!!!」

 

 グウンと、咆哮とともにトウカイテイオーの体が急加速する。"領域(ゾーン)"ではない、まさに意地の末に見せた急成長。ここで進化できるから、トウカイテイオーは()()なのだ。

 詰まる、距離が、背中が、見えて、1バ身。ツインターボの走りは緩んでいる。

 

 

 

 終わりを告げて、緩んでいた。

 

 

 

『ゴオォォォォォオル!! なんとなんと逃げ切ってしまった!! 最後の最後まで失速することなく!! 前評判をひっくり返してっ!! 前走がフロックなどではないことを証明したっ!! フロック(まぐれ)で帝王を倒せるかっ!!? ツインターボ、ターボエンジン全開で逃げ切ったッ!!!』

 

 皐月の幕が下りる。ダークブロワーの奮闘に地鳴りのような喝采が送られる。

 圧倒的だった。最初から最後まで1度も先頭を譲らず、ただの一度も振り返らず、前に進むことだけに全力を注ぎ続けた小さな逃亡者の戴冠を祝う。

 

 芝は稍重、曇りの中山。

 空は、まだ晴れない。

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