万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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対峙

「ツインターボォ!!」

 

 5月4週、東京レース場。日本ダービー、開催。

 バ場は良。晴天ナリ。

 

「どうやらあたしのいないところで好き勝手やってくれたようだが、あたしに勝とうなんて110(ひゃくじゅう)年早い!!」

 

 ナイスネイチャの視線の先には、相変わらず目に悪い青髪の皐月賞ウマ娘、ツインターボに対し、なにやら声高に宣っている、ツインターボに負けず劣らず目に悪い、原色に近い赤、青、緑の3色が入り交じる勝負服を着たウマ娘がいた。

 何を隠そうこのうるさいのが青葉賞でナイスネイチャを押し退けて1着を獲得した、日本ダービーから参戦となる優勝候補にしてマルゼンスキーの弟子、レオダーバンである。

 見ての通りアホだが、アホさと強さが比例しないのはツインターボの例を見ればわかるだろう。

 一方こういう宣言に反応しそうなもうひとりのアホは、意外なことにそんなレオダーバンをぽかんとした顔で見ている。

 

「ネイチャさん、趣があってええ感じの勝負服やねぇ」

 

「地味って言いたいのね」

 

似合(うつ)ってはるよ? 侘び寂びやねぇ」

 

「アタシも地味って言いたいのね」

 

 先程までシャコーグレイドで遊んでいたのに、ナイスネイチャを見つけるやいなやニコニコと話しかけてくるイブキマイカグラの口撃は絶好調だ。よほど皐月賞の時の()()()で不完全燃焼だったのだろう。

 レオダーバンに絡まれたときは対応もそこそこに逃げ回っていたあたり、レオダーバンもイブキマイカグラの苦手なタイプに入るのだろう。

 

 なんとも緊張感がない光景に乾いた笑いをこぼすナイスネイチャだが、チラリと周囲の様子を窺う限り、余裕がある表情を見せているのはこの面子だけだ。

 アホふたりが弛緩させている空気のすぐ外では、鋭く様子を窺う出走者たちの闘気と戦意で溢れている。

 

 そして、その緊張が一際(ひときわ)高まった。ただそれだけで、見ていないのに何が起こったか。()()()()()わかってしまう。

 ナイスネイチャの振り返った先。観客席から見た皐月賞の時とは違う、重圧と威圧を身に纏ったトウカイテイオーがそこにはいた。

 余裕の笑みはない。引き結んだ唇に鋭く光る双眸は、ナイスネイチャが今まで見たことのないものだ。それこそ、帝王と呼ぶに相応しいような。

 皆一様にその姿を見て冷や汗を垂らす中、しかし、そんなトウカイテイオーに対してナイスネイチャは「勝てない」とは思わなかった。

 トウカイテイオーはそのまま歩いてきて、ツインターボの前に立った。ツインターボは、いつものような騒がしい宣戦布告もせず、ただ、じっとトウカイテイオーの目を見つめる。

 

「ツインターボ。ボクは今日、勝ちに来た」

 

 幼さの抜けきらない高い声でありながら、地を震わせるような重低音にも聞こえる。そんな声色で名を呼ばれたツインターボは、ギュッと固く口を結ぶ。

 

「キミに、キミたちに勝って、ダービーをとる。師弟二代のダービー制覇を成して、シンボリルドルフが取り忘れた宝塚記念と秋の天皇賞を勝って、ついでにあと4つGⅠをとって、皇帝に並ぶ」

 

 言いたいことは言ったと言わんばかりに目を細めるトウカイテイオー。GⅠ未勝利とか、そういう野暮なことを言わせないだけの存在感がそこにある。

 そんな肺を締め付けるような圧迫感の中、いとも自然にツインターボはトウカイテイオーへ応えてみせた。

 

「トウカイテイオー。()()()はお前を追い抜く」

 

 場に合わせてなのか、普段は使わないような一人称でツインターボが宣言する。

 

「なんのレースがどうすごいとか、そういうことはわからない。だから、ずっとお前を倒すために走ってきた」

 

 ツインターボは一歩、さらに一歩トウカイテイオーに近づく。トウカイテイオーのほうが上背は僅かに高い。そんなトウカイテイオーの顔を両手で掴み、自分の顔の間近に引き寄せて言った。

 

「あたしを、このツインターボを見ろ」

 

 数瞬の沈黙の後、ツインターボはトウカイテイオーから手を放し、踵を返してターフへ向かう。最早地下バ道(このばしょ)に用はないと。

 それにつられて、何人かのウマ娘はターフに向かって歩き出す。そんな中で、まだそこに立っているトウカイテイオーに向かって、ナイスネイチャは自分の決めたことを伝えるために話しかける。

 

「余韻に浸ってるとこ申し訳ないんですがね……その()()()()とやらにはアタシは入ってると思っていいんだよね?」

 

 トウカイテイオーの視線がナイスネイチャを射抜く。メイクデビューの時、未勝利戦の時、ホープフルステークスの時、そのどれとも違う強烈な圧迫感。

 皐月賞に負けた精神的ダメージを窺い知ることはできない。奥底に隠しているのか、それとも既に立ち直っているのか。

 肌がビリビリと震えるその緊張に、やっぱりトウカイテイオーは立っている舞台が違うのだと再確認する。

 

 だが、それがどうした。

 

「アタシは納得するために来た。自分の選んだ道に納得するために。だから、これで終わりにはしない。この先も、ずっとアンタの走るレースで、虎視眈々と勝利を狙い続ける。もちろん、今日も」

 

 舞台が違うなら引きずり下ろせばいい。そのための武器を、今まで研いできたのだから。

 

「アンタの脚がどうなろうと、もう遠慮なんかする気ない。アタシはアンタに勝つ。二度と油断するな、トウカイテイオー」

 

 ナイスネイチャの宣言を聞いて、トウカイテイオーは薄く笑った。それがどんな感情かはナイスネイチャにはわからない。ただ、否定的なものでないことは伝わった。

 急に気恥ずかしくなったナイスネイチャは、ツインターボと同じくターフへ向かう。その後ろで、鈴を転がすような、可笑しくて仕方ないという声が聞こえてきた。

 

「いやぁ、仲えぇなぁ。青春やわぁ。人のことはみごにして見せつけてくれるやないの。なぁ?」

 

「あなたたちがどう()()()()()()()勝手だが、蚊帳の外は腹が立つ」

 

 イブキマイカグラ、シャコーグレイド。彼女たちにだって言い分がある。

 

「うちは楽しみに来た。皐月もよかったけど、今のあんさんはもっと素敵や、テイオーさん。せやけど、まだ物足り(ほい)ないわぁ。なぁ、目の前の楽しみほっぽって何見てはるん?」

 

「私は刻み込む。あなたに、ターフに、このダービーを見ているすべての人に、シャコーグレイドというウマ娘の名前を。ミスターシービーの弟子という存在を。決して忘れさせない」

 

 地下バ道から、ひとりまたひとりとウマ娘たちがターフへ歩いていく。トウカイテイオーはその背中を見つめたあと、ゆっくりとその後を追ってターフへと歩き始めた。

 

 観客たちの声援が大きくなる。地下バ道から出てきてゲートへと歩いていくウマ娘たちは、皆が皆間違いなく強者だ。

 まずここでも先頭を譲る気がないと言わんばかりにツインターボが姿を現す。続いてシンホリスキー、イイデセゾン、コガネパワー。次々と現れる今年の優駿たち。

 ナイスネイチャ、イブキマイカグラとシャコーグレイド。そしてトウカイテイオー。遅れてレオダーバンが殿(しんがり)を走ってゲートまで向かう。

 

『さぁつい先日一強と言っていたのはどこへやら、かつてない群雄割拠、人気上位6人がほぼ横並びで拮抗する形となりました第58回日本ダービー。4戦3勝、前走青葉賞ではナイスネイチャに先着しておりますレオダーバン。ホープフルステークスを制覇したGⅠウマ娘がまさかの5番人気となっておりますナイスネイチャ。同じく阪神JFを勝利しホープフルで2着、前走皐月賞では4着に入っているイブキマイカグラが4番人気。3番人気はGⅠ未勝利ながら、ここまですべてのレースで三連対を逃さず、皐月賞を除けば連対に入り続けておりますシャコーグレイド。皐月賞では後塵を拝する結果となりましたが実力は本物、未だ人気と期待衰えずトウカイテイオーが2番人気。そして前走、クラシック一冠目を劇的な勝利で手にして魅せた無敗の皐月賞ウマ娘、1番人気ツインターボ』

 

 泣いても笑っても冠はひとつ。手にできるのはひとりだけ。同着などというデウス・エクス・マキナを運命は認めない。

 世代のトップを決める戦いが始まる。


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