万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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皇帝曰く、真なる黄金とは

 トウカイテイオーは耳を疑った。シンボリルドルフが七冠ウマ娘でなければ、一体何だというのだ。

 しかし、シンボリルドルフはそんなトウカイテイオーの困惑を知ってか知らずか続ける。

 

「更に言うなら、三冠ウマ娘でさえない。そうだな、いいところGⅠ6勝か……いや、普通はこれでも十分な成績か。不満を言っていたら世のウマ娘から非難轟々だな」

 

「なに……言って……」

 

「私は、皐月賞をとれていないんだよ、テイオー」

 

 シンボリルドルフの、皐月賞。トウカイテイオーは見たことがなかったし、周りはトウカイテイオーも知っているものと思い込んでわざわざ話題に出すこともなかった。

 それは、シンボリルドルフのファンの一部が『黒歴史』と評することさえある、"絶対"についたひとつの瑕疵。

 

「私はな、それまでかなり荒れていたんだ。それこそ気性難、ライオンだなんて呼ばれるほどまでに。常に苛立っていたと思う。誰かが隣に立つのさえ嫌った。だから、常に独りだったよ。そんな私に近づいてきたのはそれこそシリウスシンボリかスズパレードか……彼女くらいのものだった」

 

 その彼女が誰なのか、トウカイテイオーは心当たりがあった。シンボリルドルフの同期でクラシック路線に進み、GⅠを勝利できたウマ娘はふたりだけ。

 ひとりは今名前が出てきた、宝塚記念を勝利したスズパレード。そしてもうひとり、NHKマイルカップを制覇したウマ娘。

 

「……ビゼンニシキ」

 

「……そうだ。私は皐月賞で彼女と当たり、最終直線でふたりともが抜け出して一騎打ちになった。彼女が私の隣に並んだ時、気づけば私は彼女に体当たりを仕掛けていたんだ。反射的にな」

 

「そんな……!」

 

「幻滅したか? ……弥生賞で、斜行してきた彼女の腕が当たる事故があって気が立っていたとか、疲れでよれたせいもあるとか、色々言い訳のしようはあるが……何を言ったところで無様を重ねるだけだ」

 

 俯くシンボリルドルフの顔には、苦渋と後悔が見て取れた。心の底のこびりついた、皇帝の古傷。

 

「当時、降着制度はなかったから、私はそのまま着順を変えることなく1着となった。体当たりをしなくとも私が1着をとっていたと言う者もいるが、しかしそれでも、降着制度さえあれば私は自分から……いや、私には無理か。今も、あの時も」

 

「カイチョー……」

 

 ナイスネイチャも、同じ気持ちでトロフィーを手放したのだろうか。もしも手放すことができなければ、ナイスネイチャは同じように後悔を抱えて生きることとなったのだろうか。

 そして今、それとは違う後悔を抱えているのだろうか。シンボリルドルフのときにはいなかった、手放したトロフィーを拾ってしまった自分という重石によって。トウカイテイオーは、そんな考えが頭から離れなかった。

 

「体当たりをしたという事実に動揺したままのウイニングライブ……映像で残っているが、あれは見ていられないな。振り付けや歌の歌詞や音程を間違えることはなかったが、声は震えていたし表情も取り繕えていない。頭が冷えたのは控室でしばらく呆然としてからだ。血の気が引いたよ。謝りに行ったが、相手のトレーナーが激怒していてね……二度と会わせないとまで言われてしまった。結局、日本ダービーで顔をあわせたんだが、一言も話せなかったよ」

 

「その……確か、ビゼンニシキは……」

 

「あぁ。NHKマイルカップで勝ち、日本ダービーで惨敗したあとに短距離路線へ転向。その初戦で故障して、引退したんだ。皮肉なことに『マイルの皇帝』*1の前に敗れてね……それから、一度も会っていない――合わせる顔がない」

 

 彼女を追い詰めた原因たる自分が、今更どの面を下げて会いにいくのか、と。そこまで話して、シンボリルドルフは一度言葉を切った。

 トウカイテイオーは、何も言えなかった。自分の知らなかった、知ろうとしなかった、シンボリルドルフの暗い過去。もうひとつの側面。かつて、暴帝であったときのシンボリルドルフ。

 

「テイオー、私の"領域(ゾーン)"を知っているか?」

 

「えっ……あ、うん……聞いたことはある……」

 

 見てはいない。言外にそう答えた。唯一見ていた日本ダービーでは、"領域(ゾーン)"は使われていなかったから。

 しかし、それでもシンボリルドルフの"領域(ゾーン)"は有名だ。陽光射し込む白亜の城。皇帝を出迎える真紅の絨毯と、神威を表すかのように弾ける神鳴り。

 サマー・ドリーム・ミドルでの「汝、皇帝の神威を見よ」の実況とともに、シンボリルドルフの象徴ともなっている"領域(ゾーン)"だ。

 

「あれはな、2つ目なんだ。1つ目の"領域(ゾーン)"を公式戦で使ったことは、一度もない。知っているのは、私の同期と、シリウスの世代くらいだな」

 

 それは、トウカイテイオーにとって初耳だった。確かに、シンボリルドルフの"領域(ゾーン)"は『神威』以外知られていない。()駿()()()()()2つ目の"領域(ゾーン)"に目覚める者も少なくないのに、シンボリルドルフはひとつだけであるというのは有名な話だった。

 

「紅葉舞う月下の山中と、自分の背を追う敵を一切の慈悲なく撃ち落とす矢が、元々の私の"領域(ゾーン)"だ。私はあまり好きではないし、かつてもそうだった。理由は今と違い、使ってしまうとつまらないというものだったがな」

 

 今は何故。その理由を、シンボリルドルフは口にすることなく続ける。

 

「間違いなくそれは、当時の私の心の内を表したものだったのだろう。だから私は、自分の戦い方を変えたんだ。皐月賞の過ちを二度と犯さないように」

 

「それって……」

 

「ああ。テイオーが見た日本ダービー。あれが、私が変わった第一歩だよ」

 

 完璧などではない。完全でもない。完成さえしていない。トウカイテイオーがかつて心折られたそれは、たったの1ヶ月で組み立てられた付け焼き刃だった。

 

「勉強をしたんだ。毎日毎日過去のレースの映像を頭に叩き込んで、分析して、対策を組み立てて、作戦を考えて、その末にできたのがあの走り方だ。あの走り方はな、特徴があるんだ」

 

「特徴……?」

 

「外から見ると何をやっているのかわかりにくいんだよ。常に相手の勝ち筋を潰して、自分の負け筋を潰して、転がった勝ちを拾う。レースを理解していないと、それこそ『いつの間にか勝っていた』ようにしか見えないんだ」

 

 あの日のトウカイテイオーのように。

 言外に付け足されたその言葉を、トウカイテイオーはリフレインする。そして、それは逆に言えば。

 

「レースを理解すればするほど、仕組みが見えてくる、ということでもある。もちろんそう容易いことではない。生半可な理解で紐解かれるつもりはないが……テイオー、君は無意識に私のレースを見ることを避けていたから気付けなかったんだろう。しかし恐らく、君が私のレースを見て、かつてのような絶望を感じることは、もうないと思う」

 

 それは、慰めには聞こえない。ただ、事実を淡々と述べているのだと、トウカイテイオーにもわかった。

 自分は、枯れ尾花に怯える子供でしかなかった。絶望的な壁など最初から存在していなかった。

 トウカイテイオーの絡まっていた心は、ようやく解れたのだ。

 

「……テイオー、私は君が羨ましいと思っている。いや、妬んでいるとさえ言える」

 

「え……!?」

 

「競い合える友がいる。それは、なにものにも代えがたい才能だ。……気づいたときには、私の手からはもう零れ落ちていたものだ……」

 

 強者が常に孤独ではない。しかし、シンボリルドルフが現役である間、シンボリルドルフに()()()者は現れても、()()()()()者は現れなかった。

 多くの場合、ドリームシリーズに進んだウマ娘は成長が止まり、劣化との戦いになる。ようやく渡り合える好敵手を手に入れても、それで研ぎ澄まされることはない。

 

「ウマ娘は切磋琢磨してこそ、より強く練り上げられる。私たちは、ひとりでは強くなれないんだ、テイオー。友を、好敵手を大事にしなさい。それは、王冠よりもかけがえのない真なる黄金(たからもの)だ」

 

「カイチョー……」

 

「テイオー、これから君は、強くなれる。私は待っている」

 

 シンボリルドルフは立ち上がり、テイオーに背を向ける。ついてこいと言うかのように振り返って、宣言する。

 

「ドリームシリーズへ来い。そして、私を、"絶対"を超えてみせろ、テイオー」

 

 トウカイテイオーの胸に、魂に火が点る。それは、決して消えることのない不屈の炎。帝王の伝説は、ここから始まるのだ。

 そこにもう虚無はない。悔しさはバネに、敗北は糧に、今まで虚しさの中に消えていたすべてを原動力へと変えて、トウカイテイオーは立ち上がる。

 

「もう、大丈夫そうだな」

 

「うん……ありがと、カイチョー」

 

「気にするな。腑抜けた弟子に叱咤激励しに来ただけさ」

 

「ははっ。流石ボクのシショーだ。バッチリ効いたや。そうだね……考えすぎてた。考えなくてもわかることだった」

 

 その顔にあるのは、いつもの小生意気な不敵の笑み。

 

「無敵のテイオー様が、骨折なんかに負けるはずない。当然、皇帝にだって負けない。勝ってみせるさ!」

 

 強い炎は風を跳ね除け、雨を飲み込み地を焦がす。

 この先幾度その身が折られようとも、その歩みが止まることは、心が折れることは、決してない。

 

 

 

 シンボリルドルフとトウカイテイオーが連れ添って神社から出ると、1台のワンボックスカーが停まっていた。トウカイテイオーにも見覚えのある、トレーナー安井の愛車だ。

 シンボリルドルフが当たり前のように助手席へ乗り込んだので、トウカイテイオーは後部座席に乗ろうとして、気がついた。運転手である安井とシンボリルドルフの他にもうひとり、後部座席の奥に座っている人物がいた。

 三十路を過ぎたくらいの男性で、胸元にはトレーナーバッジが着いている。

 

「あっ……えっと……」

 

「キミが、トウカイテイオーか。はじめましてだね、ボクは岡田優輝(おかだゆうき)という。ルドルフが現役のとき、リギルでサブトレーナーをやっていた」

 

「昔は頼りなかったが、今はそれなりに信頼できる相手だ」

 

「ハハ、相変わらず手厳しいな、ルドルフは」

 

 トウカイテイオーがシートベルトを締めて、車が発進する。トウカイテイオーはなんとなく、状況が飲み込めてきていた。つまり、きっとそういうことなんだろう。

 そして、その考えどおりの結論を安井は口にした。

 

「俺は……テイオーのトレーナーを降りることになった。俺はリギルのサブトレとしてもう少し経験を積む。今後は、お前のトレーナーは岡田さんが務める」

 

「……そっ、か……そう、だよね……ボクのせいか……」

 

「違うさ。これがトレーナーの仕事だ。お前はお前の意思で走った。俺はその責任を取る、それだけだ」

 

 トウカイテイオーの脚の故障は、日本ダービーのレース中のものである可能性が十分に考えられるというのが、医者の見解だった。

 その事実は、『だから決してトウカイテイオーが弱いわけではないんですよ』とでも言いたいかのような月刊ターフの記事をはじめ、多くの新聞や雑誌、ネットメディアで飛び交った。

 その結果、批判が集中したのは当然のごとく、トレーナーである安井だった。結果として、安井はトウカイテイオーが故障したことの責任を取ることになった。そして多くの人間の認識は、そこに皐月賞の敗着の責任も含むものだろう。

 

「テイオー、これはケジメだ。もしお前がこれを辛いと感じてくれているんだったら、それがお前への罰だ。それ以外のすべては、俺が持っていく。だからお前は気にせず前へ進め」

 

「トレーナー……ごめん……ボク……」

 

「ちゃんと前見て歩け。もう転ぶなよ」

 

 トレセン学園へ向かっていた車は、涙が乾くまで道を逸れることとなったが、文句を言う者はいなかった。

 

 

 

「そうだ、テイオー。ナチュラルさんからお前に届け物だ」

 

「ズズッ……え、なになに? ……あー! 懐かしいなぁこれぇ……まだカイチョーのダービー見る前の頃の写真だよ〜」

 

 トウカイテイオーが受け取った写真。特徴的な流星があるトウカイテイオーを中心に、同年代のウマ娘たちが写っているそれ。

 トウカイテイオーの後ろでピースをしている、流星のないテイオーのような娘や、芦毛の臆病そうな娘、トウカイテイオーと肩を組む焦げ茶の二つ結びの娘や、後ろの方で転んでる娘など様々なウマ娘が写っている。

 

「でもあれだなぁ……スバル姉以外名前覚えてないなぁ……この娘とか、いっつも駆けっこして仲良かったはずなのに……あ、もちろんボクがいつも勝ってたよ?」

 

「スバル……あぁ、トウカイスバルか。ウイナーの弟子の」

 

「そうそう。それで……あ! ごめんトレーナー! ちょっと停めて!!」

 

 急に声を上げたトウカイテイオーに驚いた様子の安井だったが、歩道を歩くウマ娘の姿を見つけて納得したのか、路肩に寄せて車を停めた。

 トウカイテイオーは車を降りて松葉杖を突きながら、並んで歩いている青ともふもふに近づいていき、声をかけた。

 

「ターボ! ネイチャ!」

 

「ん、うぇ、えぇ!? テ、テイオー!?」

 

 予想外の狼狽を見せるナイスネイチャ。それはそうだろう、ここ数日の彼女のメンタルはそれはもうどん底だった。

 鍍金(メッキ)の王冠を押し付け一方的に菊花賞での再戦を挑んだ相手が、実は日本ダービーで既に故障していて、しかも菊花賞には出られなくなっていたのだ。

 自己嫌悪と罪悪感と後悔とでぐちゃぐちゃになっていたナイスネイチャを見かねて、網の指示でここ数日はトレーニングを完全に休みとしてツインターボやアイネスフウジンにあっちこっちへ連れ回させていた。

 そんなところへ唐突なトウカイテイオーである。ナイスネイチャも急に現れた意中の相手(語弊)に戸惑っているその間に、トウカイテイオーは勢いよく頭を下げた。

 

「ごめん! 菊花賞出られない!!」

 

「あぁぇうぉ!? え、いやいやいや、謝るのはこっち……でもないっていうか謝るようなことではないから!!」

 

 ナイスネイチャが謝るのはアカンという網の言葉を思い出して7割くらい吐き出していた謝罪を飲み込み弁解するナイスネイチャ。

 そしてそのナイスネイチャを一切気にせず、トウカイテイオーは言葉を重ねる。

 

「あと、今までちゃんと見れてなかったことも、ごめん!」

 

「え、あ、うん……」

 

「もう、大丈夫だから。ちょっと遅くなるかもしれないけど、待ってて」

 

 まっすぐと自分を見据えてはっきりとそう伝えるトウカイテイオーに、ナイスネイチャは――絶対にそんなはずはないのだが――心配していたのがバカらしくなってしまった。

 よく考えれば、自分があーだこーだと考えたって仕方がない。トウカイテイオーの周りにはあれだけ善き人たちが大勢いるのだ。そのひとりに自分が含まれてるとは(つゆ)とも思わないナイスネイチャは、返事の代わりにトウカイテイオーの額にデコピンをお見舞いした。

 

「そう、それで、ターボも。必ず追いつくから、待っててよ」

 

「おう! ま、今更ちょっと待たされるくらいどってことないよ!」

 

 そう言って笑いあう3人を、車の中から見つめるシンボリルドルフ。かつての自分にはなかった眩しすぎる黄金。

 きっとトウカイテイオーは強くなる。そう再び確信して、彼女を預ける新たなトレーナーへと声をかける。

 

「テイオーを頼んだよ、優輝」

 

「あぁ、任せてくれよ。ボクと彼女はキミの弟子だよ?」

 

「君はウマ娘優先主義とか言って、ウマ娘が走りたいと言えば故障するかもしれなくとも走らせるから信用ならん」

 

「それは直せないから、他のところでなんとかするさ」

 

 これから先、トウカイテイオーを待ち受けるのは決して楽な道ではないだろう。

 しかし、トウカイテイオーは独りではない。だからきっと乗り越えていける。シンボリルドルフは、西陽に照らされた眩いばかりの友情の未来に思いを馳せた。

*1
ニホンピロウイナー。現役当時、マイル戦においてはシンボリルドルフを上回ると言われた『マイルの皇帝』。事実、ドリームシリーズでシンボリルドルフとマイル戦を3度争い、そのすべてに先着している。




 88年生組はこれで一区切りです。終わりではありませんがあくまで主人公はチーム《ミラ》なので、他の面子の話もやっていきます。

 元々書き始めた当初はオリウマ娘の話だったんですが、あれもこれもそれも書きたいと詰め込んだ結果オリ主をトレーナーにして年代またいで詰め込んだほうがエエなと結論づけたのがこれなので、話はあっちこっちします。
 この辺りは改める気はありませんので、色んな所にスポットライトを当てながらも、チーム《ミラ》が世間を騒がせる様子をこれからもご覧いただければ幸いです。

 ちなみに88年生組のストーリーには個人的にイメソンがあって、SCANDALさんの「瞬間センチメンタル」をイメージしていたりします。有名なのでたぶん皆さんご存知だと思いますが、ぜひ聞いてみていただきたいです。
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