万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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朝日杯と青髪買いで韻が踏める

 時は進み、アイネスフウジンにとって初のGⅠタイトルである朝日杯フューチュリティステークス出走前。

 

 メイクデビュー勝利から非重賞を挟まずいきなり送り出されたGⅡのデイリー杯ジュニアステークスでは、スタート直後から同学年のマイラーであるダイタクヘリオスとハナを奪い合うことになったが、淀の登りで脚力に物を言わせ突き放し、再びの大差勝ちを演じた。

 網はアイネスフウジンに対して「理想的な勝ち方ではあるが、大逃げしてくる相手に対して無理にハナを取りに行かなくていい。全体のペースを握らなくても勝てる相手に対してハナを取るのはあくまで結果であり、まず自分のペースで走ること」と指摘したが、それと同時に「ダイタクヘリオスは要注意だな。あれは伸びる」と警戒していた。

 アイネスフウジンは結局日本ダービーにこそ出るが基本はマイル路線、長くても2200m程度までに留めるつもりであり、マイラーであるダイタクヘリオスは、これからしのぎを削るライバルとなるだろうと網は予想していた。

 なお、ダイタクヘリオスはそのレースでは10人中4着とまた微妙な入着を果たしたのであるが。

 

 そして、GⅠ。本来なら個々の希望したイメージを参考に作られるオリジナルの勝負服を着用する最も格の高いレースではあるが、ジュニアオンリーである朝日杯においてはまだ発注した勝負服が完成しておらず、みなトレセン学園から配布される汎用勝負服を着用している。

 オリジナル勝負服はもちろん、この汎用勝負服も子ウマ娘や地方トレセンの学生にしてみれば憧れの品である。汎用勝負服を模した子供服を着た我が子に「将来は中央所属か?」などと言うのが父親の定番親バカ発言となっているほどだ。

 また、オリジナル勝負服を作って汎用勝負服が不要になったウマ娘が小遣い稼ぎにオークションサイトで売ったことがきっかけとなり、オリジナル勝負服が届いた際に汎用勝負服を学園に返却する義務が生じる制度となった。

 

『先週の阪神ジュベナイルフィリーズに引き続きジュニアウマ娘たちがクラシックシリーズへのスタートダッシュを決めるため集う朝日杯フューチュリティステークス、もうじきに発走となります。3番人気はこの娘、7枠12番サクラサエズリ。この評価は少し不満か、2番人気5枠9番カムイフジ。そして1番人気、メイクデビューからいきなりデイリー杯へコマを進め、そのどちらも大差での勝利を刻んできた5枠8番アイネスフウジン』

 

 他のゲートから漂ってくるピリッとした敵意に、アイネスフウジンは冷や汗をかく。体のボルテージが嫌でも上がっていく。

 目の前の鉄扉に全ての意識を注ぎ込み、周囲からのヒリつく空気を意識的に遮断する。ただ、ひとりの走りに没入しきる。

 

 結果、そのふたりがゲートから飛び出したのはほぼ同時だった。外枠の不利を埋めるため、サクラサエズリが走行妨害と判定されないよう慎重に内ラチへと斜行する。

 力強い踏み込みは、あるいは先頭争いを制するだけの力がある。アイネスフウジンに網というトレーナーがいなければ、競り合いでの体力消費を嫌って先行策に甘んじただろう。

 しかし、今ここにいるアイネスフウジンは、網の指導によって底上げされたスタミナがある。得意な1600mと言ってもGⅠ、油断できない以上ペースを握りたいアイネスフウジンが加速する。

 

『サクラサエズリ、ここでハナを譲りアイネスフウジンの後ろに張り付きます! その後ろ、アラカイセイ、ヘイセイトミオー、クロスキャストと続きます! ホワイトストーンは最後方、出遅れてしまいましたここから上がってこられるか!?』

 

 朝日杯は中山の1600m*1という非常にトリッキーなコースだ。

 その特徴はなんと言っても円形に近いコース形状と最終直線直前まで続く下り坂、そして最終直線に待ち受ける急な登りだろう。また、最終直線手前にある鋭いカーブも忘れてはならない。

 円形に近いが故に内枠と外枠ではあからさまなまでに走行距離に差が出る。もし外側を長く続く下り坂のハイペースで走らされれば、あっという間にスタミナは底をつく。だからハナを切って内々を走る。

 そして当然、それほどのハイペースで走っていれば最終コーナーで大きく膨らむこととなる。それ故に、淀の下りほどではないがスピードを緩める必要がある。しかし。

 

『アイネスフウジン! これは速い! 脚を緩めることなく中山の下りを駆け下りていく!!』

 

『これまでのレースでも、逃げのセオリーであるローペースにコントロールしての体力温存ではなく、ハイペースのスタミナ勝負を押し付ける力押しのレースを見せてきました。スタミナに相当な自信があるのでしょう』

 

『しかし、この調子で中山ラストの急坂を登る脚が残るのか!? いやそれ以前に、直線前のヘアピンコーナーを曲がりきれるのか!?』

 

(コーナーはわからない……でもこの人は、坂はものともしない……!!)

 

 アイネスフウジンに追いすがりながら、サクラサエズリは考える。今年はメジロ。そう言われながらも、彼女の所属するサクラ家はそんな下馬評を覆そうと研究を重ねていた。

 昨年はサクラチヨノオーがダービーを制し、スプリントの覇者となる資質を持つ異端児(バクシンオー)も順調に育っている。だからといって今年を諦める理由にはならない。それはメジロ以外のどの名門も思っていたことだろう。

 サクラサエズリにしてみれば、はじめからティアラ路線を進むと決めていた自分に対して「せめてティアラでサクラの名を」と言ってきたのには苛ついたが。

 

 そんな中で寒門から突如現れた、世代を引っ掻き回す暴風。アイネスフウジン。阪神JFではなく朝日杯を選んだのなら、ティアラ路線には来ないだろう。しかしそういう問題ではない。

 かつて「30秒で描いた絵にこんな高値をつけるのか」と問うた客に「30年と30秒だ」と答えた画家がいたと言う。それに(なぞら)えて言うのならば。

 

(サクラ家(こっち)は30年走ってるんだ!! そう簡単に負けてたまるか!!)

 

 静かに燃えながら、サクラサエズリはそれでも冷静に脚を溜める。アイネスフウジンから離されすぎない程度に、下り坂と体重移動を利用して脚を残し、短い最終直線で差し切る。

 しかし既にスリップストリームを利用できないほどの距離がついてしまっている。となればサクラサエズリの狙いはひとつ。最終コーナー、膨らんだアイネスフウジンの内を突いて距離を詰める。

 そして最終コーナー。その差は縮まらなかった。

 

『あ、アイネスフウジン! ほとんど速度を落とさず、コーナーを曲がりきりました!!』

 

(最短距離は意識しない。曲がる方向の肩を前に出す感覚で、前へ、前へ、前へ!!)

 

 かかる遠心力を軽減しながら、ほとんど膨らまずにコーナーを曲がりきったアイネスフウジンは、そのままトップスピードで登り坂へ入る。

 それを見たサクラサエズリもコーナーを曲がりスパートに入る。一瞬でも、同じ路線に進むことがないことに安堵してしまった自分を叱咤しながら。

 しかし、登り坂によって削られるスピードの差が、アイネスフウジンとサクラサエズリとの距離となってはっきりと現れる。

 

 こうして、アイネスフウジンは3度目の大差で初のGⅠを制した。

 

☆★☆

 

「上出来」

 

 ウイニングライブを終えて身支度を整えたアイネスフウジンに、すっかり彼女の前では被っていた猫を脱ぎ捨てた網が声をかける。

 

「強いて言うなら大差にしたところだな。僅差で勝つのが怖かった(・・・・・・・・・・・)か? 突き放して余裕が欲しかった」

 

「あはは……後ろの娘がすごい鬼気迫ってきてたの」

 

「名門のプライドってやつかね。あんだけ走って今後の脚が残ってりゃいいが……」

 

 レース場を出て駐車場へ行く途中のことだった。アイネスフウジンがウマ娘の鋭い聴覚で、自分たちに駆け寄ってくる足音に気がついて歩を止めた。

 それにあわせて網も止まり、アイネスフウジンが向いた方に視線を向ける。その方向から、何やら目が痛くなる色彩の娘がたったか(・・・・)走ってきて、自分たちの前で止まった。

 その小柄な少女は息を荒らげながら、それでも興奮したような輝く瞳でアイネスフウジンを見上げる。憧れ、尊敬、そんなものが混ざった感情を真正面から叩きつけられ、アイネスフウジンは少したじろぐ。

 一方網は、そのあまりに目立つ髪色を中央トレセン学園で見たことがあると気づき、「へー、こんなあからさまにアホそうなのでも受かんのか、中央トレセン」などとド失礼なことを呑気に考えていた。

 そして、そんなアホそうな少女が口を開く。

 

「お前、ずっとすごいな! ターボもああやって勝ちたい! ビューっとぶっちぎりで一番で!」

 

 まくし立てるような賛辞はメイクデビューの時の乙名史記者を彷彿とさせるが、あの立て板に水なマシンガントークではなく、とにかく出てきた言葉を順番に並べ立てているだけという様子の少女は、自らの興奮を体全体で表している。なんとも微笑ましい光景だ。

 

 アイネスフウジンが少女の相手をしている間、網はこの青髪のウマ娘についてURA公式アプリで調べる。毛色からも検索できるのだが、稀にいるウマソウルの影響からか毛色が変わってしまっている娘には対応していない。

 最近有名なのは『硝子の令嬢』ことメジロアルダンだろう。遺伝子的には黒鹿毛のはずの彼女は、ウマソウルの影響で芦毛に近い青みがかった白に変わってしまっている。

 幸いなことに、アイネスフウジンがちょうど少女の名前を聞き出していたため、それを入力して直近のレースを確認する。どうやらまだ未デビューのようだが、選抜レースの動画があった。

 

(ツインターボ……なるほど、こりゃ愉快なのがいたもんだな)

 

 ここで網は考えを改めた。アホそうではない。アホだ。

 ツインターボが得意とする作戦は大逃げ、しかも同じ大逃げでもダイタクヘリオスのような、あくまで自分のペースを調整しスパートの脚を一切残さないというだけの大逃げとは違う。

 言うなれば、破滅逃げ。スタートから許す限りの燃料をエンジンに注ぎ続け、途中で尽きたらそれでおしまいという作戦も考えもなにもない、ある意味原初の走り。

 その行き着く究極形こそかの『狂気の逃げウマ娘』カブラヤオーだろう。とはいえ、ツインターボが「速度を緩めようとしない」のに対し、カブラヤオーは「速度を緩められない」のだが。

 そしてもう1つの違いは、カブラヤオーが日本ダービーを逃げ切るスタミナを保有していたのに対し、ツインターボは2000mでさえ運頼みであるということだ。

 しかし、それよりも、なによりも、網はツインターボに可能性を見出していた。

 

(こいつは化ける(・・・)ぞ……本人の根気次第だが、条件は揃ってる……)

 

 網は計算を始める。ウマ娘をふたり以上担当するには相応の実績が必要。担当がG1を3勝するか重賞を計20勝。後者はあまりにも遠い。

 しかし、前者ならあと2つ。走らせる予定の直近から言えばNHKマイル杯と日本ダービー。勝てれば揃うし、勝たせるつもりでいる。

 だから網

 

「なぁ、ツインターボ」

 

 悪魔の契約を切り出した。

 

「お前を勝たせてやろうか?」

*1
2014年まで。それ以降は阪神での開催。本小説では(都合よく)史実に準拠。

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