万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
11月19日、東京レース場、ジャパンカップ開催。
『……なぜ貴様がここにいる』
『応援。関係者っつったら通してくれたぜ? 俺様が応援してやんだから泣いて喜べよ』
『……ザルなのか、この国の管理体制は……』
勿論そんなわけがなく、(自称)シルヴァーエンディングがサブトレーナーからぶんどった本物の関係者証を使っただけである。
『じゃあ行ってくるが、くれぐれもおとなしくしておけよ。貴様に何を言っても無駄だということはわかっているが他所様に迷惑をかけるようなことは避けろよ』
『んなもん言われんでもわかってるわ』
『そうだな。わかった上でやるのが貴様だ』
ピューゥとわざと下手な口笛を吹いた暴れ黒豆を放置し、ゴールデンフェザントは地下バ道へ向かう。これ以上付き合っていてもレース前に疲労がたまるだけだからだ。
しかし、向かった先の地下バ道でもあからさまに疲れそうな出来事が起こっていた。
「フランスだか、ラ・フランスだか知らんけど、日本で好き勝手するのは110年早いし!! このレオダーバンが全員まとめて倒してやるから!」
『……ねぇ、何言ってるのこの娘』
『ごめん、あたし日本語わからないわ。あんた日本のマンガ好きでしょ、通訳してよ』
『私が読んでるの英訳版なんで日本語はちょっと……』
派手に暖簾に腕押しをしている騒がしいのを見つけて、ゴールデンフェザントは呆れた視線を向ける。ちなみに、ゴールデンフェザントは日英仏の3ヶ国語は日常会話程度なら問題ない。
はじめこそ目の前のアホに困惑していた様子のフランス勢だったが、ややもすれば余裕が戻ってきたのか、本人に伝わらないであろう母国語でバカにし始める。
『ていうか、フランス語は無理にしてもせめて英語くらい勉強してほしいわ』
『それね。マジック、あんたが出てた凱旋門賞獲ってったジャパニーズも英語すらできてなかったんでしょ?』
『一応ほんの少しは話せてたみたいだけど、かなりたどたどしかったし役には立たないでしょうね……しかし、リベンジしに来たのにまさか日本の大レースに出走してないなんてね……逃げたのかしら』
マジックと呼ばれた小柄な鹿毛の少女。彼女こそ、凱旋門賞で3着を獲ったフランス所属のウマ娘、マジックナイトである。
マジックナイトの言うとおり、アイネスフウジンはジャパンカップには出走していなかった。それどころか、チーム《ミラ》からは誰も出走しておらず、有馬に向けて回避したメジロマックイーンや、引退を控えたハクタイセイさえ出走していない。
今回出走しているのはメジロアルダンやホワイトストーン、フジヤマケンザンといった実力はありながらもGⅠ未勝利なメンバーがほとんどであり、海外との交流戦としては確かに心もとない面子であった。
『あら、マジックナイトさんホンマにその漫画好きなんやねぇ……確かに本場に来たからには、シーンのひとつも真似しとうなるわぁ』
どうせ理解していないと挑発交じりに放った言葉尻を掴み、パリ訛りの強いフランス語で話しかけた日本のウマ娘がいた。
マジックナイトと同じく小柄な体躯に栗毛と特徴的な大流星。そして日本の民族衣装、着物に似た勝負服の少女にして、今回の日本の出走者で唯一のGⅠウマ娘。イブキマイカグラだ。
『それにしても、ムルムルのファンなんて珍しいわぁ……あぁ、別にええと思うよ、何が好きかなんて人それぞれやし、似たような場面に出くわしたら再現したくなるものやよね』
『……私が好きなのは主人公のナナミだし、別に再現をしたわけではない』
『あぁ、そら失礼いたしました。ところで、あんさんら早めに日本に来て観光とかしはったん? 日本も見て回るとこ多いから楽しめたやろ。土産買うてへんのやったらトレーナーさんに頼んで買うてきてもらっとくとええよ? もっとも、うちの凱旋門賞ウマ娘さんと違うて"グループ割"かなんかで来た方々にはちょいと財布がつらいかもしれんけど』
『…………』
立て板に水で繰り出される言葉に沈黙するフランス勢。その中で唯一、その
そんな視線を受け流しながら、イブキマイカグラは「こわやこわや」と歩き去っていった。
ゴールデンフェザントはそれを見送り、ただ首を傾げる。最後の嫌味はなんとなくわかったが、反論くらいはできただろうにと考えていたのだ。
そんなゴールデンフェザントの肩に手が置かれ、彼女が反射的に振り返った先には、(自称)シルヴァーエンディングがニヤニヤと笑いながら立っていた。
『いやーあの女おっかねぇ! わざわざパリ訛り練習したんかねぇ?』
『……あぁ、訛っていたから威圧的に聞こえたのか? 母国語話者しかわからないニュアンスがあるのか……』
『あ? ……キシシッ、違う違う! ありゃ特上の嫌味だよ! あのマジックナイトっつーチビは日本のマンガにハマってるらしくてな、なかでも魔法少女モノに出てくるナナミってキャラがお気に入りらしいんだ』
マンガに関しては先程も会話に出てきたので、ゴールデンフェザントも把握している。お前が
『そんでムルムルってのは噛ませ犬のザコ敵でな。ナナミに一回負けてリベンジを仕掛けるんだが、偶然ナナミがいなかったからって「私を恐れて逃げたか」ってまたテンプレなセリフを吐くわけだよ。んで、マジックナイトがそのマンガにハマってることを知ってるやつが、マジックナイトのお気に入りキャラが誰かなんて間違えるわけないだろ?』
『……つまりあれか。「お前はお前の好きなキャラに簡単に倒される噛ませ犬と変わらない」を遠回しに言ったのか』
『それに加えて、「自分が噛ませ犬のセリフを吐いてることに気づきもしないのか間抜け」もだな』
ゴールデンフェザントが顔をしかめると、黒いのは『それだけじゃない』と指を立てる。
『最後の嫌味だが、大事なのはその前だ。「今のうちに土産は買っておけ」。そんなん普通レースの後でもいいだろ? つまり「負けてすぐ帰るんだから」ってのが頭につくわけだ。それを踏まえると観光云々も「負けたら楽しむどころじゃないんだから今日までに目一杯楽しめたか?」って挑発になるな』
『……それは勘繰り過ぎじゃ……』
『で、最後の嫌味の本当の意味だが、こんだけ嫌味垂れるやつが資金難なんてそんな単純な煽りをするわけないわな。つまり資金難じゃないって知ってて言ってる。じゃあ何を皮肉ったのかって言えば「グループ割」だな』
まだピンとこないゴールデンフェザントを喉の奥で笑って、黒いのは説明してやる。
『要するに何人か纏めて飛行機に乗れば割引されるサービスってことだ』
『いや、それはわかるが……』
『資金難でもないのにまるで割引サービスを使ったみたいに一緒に来て、ひとかたまりで仲良しこよしやってる。つまり「群れなきゃ挑めないヘタレの雑魚共」って遠回しに言ってんだよありゃあ』
肉食獣のような歯を剥き出しにして笑う黒いのにゴールデンフェザントはドン引きした。そこまで人の言葉を悪し様に捉えられるのかと。母国でマスコミやら教官やら有識者やらから総叩きにあって人間不信なのかと。
生憎のことに彼女の気性難は生来のものである。
ゲート入りが完了して、慣れないファンファーレをやり過ごしながらゴールデンフェザントはゲートが開くのを待つ。
ゲートが開き、ゴールデンフェザントは差しの位置につく。今回は先程のマジックナイトやスプラッシュオブカラー、ワジドというフランス勢、日本のレオダーバンやホワイトストーン、ニュージーランドのラフハビットにイギリスのロックホッパーなど差しが多い。
むしろ、前脚質なのはメジロアルダンとフジヤマケンザンくらいで、全体的に控えていると言っていい。逃げがいないため全体的にスローペースになっていた。
このままでは前残りの可能性があり先行有利。そう判断し、ゴールデンフェザントが序盤のうちに中団まで上がろうと考えたとき、グイとペースが一段階上がった。
(なんだ? 急にペースが……まさか?)
ゴールデンフェザントがなにかに思い当たり先頭の方を見る。そこには、ハナに立ってレースを引っ張るフランスのワジドの姿があった。
(ラビットか? いや、しかし同じフランス所属とはいえ、全員チームは違ったはずだろう……そもそも、日本ではラビットは禁じられているはずだ!)
困惑するゴールデンフェザントだが、レースは止まらない。どちらかといえばハイペース寄りの展開はゴールデンフェザントにとっても追い風になっているのは確かだが、どこか釈然としないままに結局今の位置をキープすることにした。
一方、最後方のイブキマイカグラも。
(いやぁ、露骨やなぁ)
フランスのウマ娘がひとり、イブキマイカグラを執拗にマークしていた。
1バ身ほど先のやや外側を走行するスプラッシュオブカラーは、イブキマイカグラがスパートをかけてコーナーで少しでも膨らめばブロックできる場所にいる。そして、コーナーを過ぎれば内側に詰めて直線一気をブロックするだろう。
進路妨害の斜行であればルールに抵触するが、やや内に入る程度の距離であるため、これは恐らくギリギリ反則にはならない。そう判断できる距離である。
(ほんであのラビットも、そういうことなんやろな)
ゴールデンフェザントにはひとつ認識の間違いがある。日本で禁止されているのは「勝つつもりがないのに出走すること」でありラビット行為ではない。いや、ラビット行為は勝ちを捨ててチームをサポートすることだから間違ってはいないのだが。
しかし、今日本には「ラビットかと疑われるようなペースで走りながらもGⅠで勝利をもぎ取ったウマ娘」が何人もいる。ラビット行為を指摘しにくい状況にあった。
ワジドは今回出走しているフランス所属のメンバーの中では、メインは差しでありながら唯一前の脚質でも戦えるウマ娘である。「勝つつもりで逃げた」と言われてしまえばそれを否定するのは難しいのだ。
(悪いわね……正直ちょっと気が引けるけど、日本に負けるわけにはいかないのよ、私たち)
マジックナイトはホワイトストーンを押さえている。これで、主要な日本の有力選手は押さえた形になる。
スポンサーからの指示。そう言われてしまえば、マジックナイトたちに抗うすべはない。日本のレースは完全なスポーツだが、アメリカのレースはビジネスであり、そして、フランスのレースはコネクションである。
上流階級同士の社交の場であるフランスやイギリスのレースでは、メンツというものが非常に重視される。極東のレース後進国から来たウマ娘に
(私だってプライドばかり高いお貴族様*1たちに思うところはある。アイネスフウジンに負けたのは彼女が強かったから。でも、私にも人生ってものがある以上、ルール違反でないラフプレーを指示された程度で文句言ってられないのよ。それに……)
レース終盤に差し掛かり、マジックナイトが勝負を仕掛ける。消耗したメジロアルダンとフジヤマケンザンを躱し、ワジドと競り合いにならないようやや離れた位置で府中の直線を駆ける。
(ムルムルのクソ野郎と同じ扱いは流石に赦せねぇわ!!)
フランスで未だ魔女文化が残るブルターニュ地方の、魔女の血を引く家系の出身であるマジックナイトは、魔女に並々ならぬこだわりを持っていた。
最近のクールジャパンな魔法少女像に憤っていた彼女を虜にした存在こそ、古き良きクラシックスタイルな魔女をモチーフとした魔法少女、ナナミだったのだ。
そんなナナミの両親の仇であるムルムルと同一視されるのはたとえただの挑発とわかっていても我慢できず、結果として彼女の中の躊躇を投げ捨てさせていた。
(さぁ、最終直線。闇の帳が降り、
後ろに置き去った先行の日本勢が本能的な恐怖に気圧されてやや勢いが削がれる。それとは反対に"
マジックナイトの月夜の町へ景色が塗り替えられ、後続を突き放しにかかる。
そんなマジックナイトの耳に、咆哮が届いた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
『っぐぅ!!?』
耳を劈くような叫びに、マジックナイトは思わず呻く。集中力を大きく乱されたマジックナイトの"
唯一、完全にノーマークだった日本の獅子が唸りを上げて
レオダーバンのロングスパート。スタミナと、その化け物じみた肺活量によって力任せに行われる、レオダーバン最大の武器。
本来ならばレース中に叫ぶというのは自殺行為ですらあり、ルールで明確には禁止されていない。実際、レース中に叫ぶウマ娘が他にちらほらいるのも事実であり、かつてシンザンさえ叫んだことがあると逸話で残っているため禁止するのを躊躇われたという理由もある。
とはいえ、普通のウマ娘ならば本当に最後の最後、気合とともに短く叫ぶ程度であり、長時間叫び続けるのは正気の沙汰ではない。それを可能としているものこそ、彼女の肺活量だった。
叫べば力が入る。吐くときに叫ぶだけでいいならやってやる。そんな子供のような理屈。しかしそれは間違いなく効果的だった。
(っ、しまった……でも、まだ私のほうが速い……っ!?)
並ばれることなく抜き去っていったレオダーバンにジリジリと距離を開けられながらも立て直そうとしたマジックナイトを、今度は悪寒が襲う。ねっとりと這うような寒気、煮詰められた、しかし冷たい悪意。
そんな彼女の横を、その視線の持ち主が追い抜いていく。
(貴族の小間使いごときに、ウチが腹の探り合いで負けることなんてあらへんて)
自分をマークしていたスプラッシュオブカラーを"
最後の力を振り絞ってそれを追いかけるマジックナイトだが、イブキマイカグラによってタイミングよく垂らされたスプラッシュオブカラーを避けてスパートを掛けたゴールデンフェザントが、ゴールの直前、ギリギリで追い抜いて4着をもぎ取った。
『強い強い! 1着から3着まで日本が独占! たとえアイネスフウジンがいなくても府中のターフを踏み荒らさせはしないとばかりに海外勢を完封だ! 1着レオダーバン、2着イブキマイカグラ、TTNだけではないと、今年のクラシック級は強いと今ここにレオダーバン初のGⅠ制覇! 3着はホワ――』
実況の口上も遮るほどの歓声が上がる。息を整えながらマジックナイトはそれをただ聞いていた。
マークする相手を間違えたのか、あるいは、
『あら、どないしたん?』
声が聞こえた。あの腹の立つパリ訛りが。
『やりたかったんとちゃうの?
まぁうちが勝手にやっただけやけど。などと言って、イブキマイカグラはマジックナイトに近づく。背丈はそれほど変わらないため、目線はしっかりとあう。
『でもよかったやん。日本語ってややこしいやろ? 流石に外から来たお客さんにそないややこしい歌、歌ってもらうわけにはいかんからなぁ』
そう言ってカラカラと子供のように笑うイブキマイカグラ。それを見て、ゴールデンフェザントはようやく、レース前に黒いのが言っていたことがおおよそ芯を捉えているのではないかと認識し始めていた。