万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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【悲報】ホープフルステークス、ナレ死


まくる

 12月22日、中山レース場、ホープフルステークス、有記念開催。

 

 ホープフルステークスに挑んだライスシャワーは2着となった。適性より短いホープフルステークスを今後の負担が大きくなるだろうステイヤーであるライスシャワーが走る必要はないがと前置きされた上での提案だったが、ライスシャワーは出走を選んだ。

 

「遠征前に、ブルボンさんの背中を覚えておきたい」

 

 ライスシャワーのローテーションは、ほとんど日本に帰らず海外を巡りExtended*1レースに出るというものだ。皐月賞には日程が合わず、日本ダービーには出走するがトライアルレースには出られない。

 日本ダービー、恐らくミホノブルボンが出走するであろうそのレースまでに、ライスシャワーが出走するレースは2戦。そのレースを戦い切るために、追いかけるべき背中を目に焼き付けておきたいというのが、ライスシャワーの希望だった。

 果たして、ライスシャワーに3バ身差をつけてミホノブルボンはホープフルステークスを勝利し、朝日杯フューチュリティステークスを含めたジュニアGⅠを2連勝することとなった。

 敗北しながらも目的は達成したライスシャワーの目には、前向きな悔しさが浮かんでいた。*2

 

 そして、有記念。1番人気は国内長距離レースは残り有記念のみのメジロマックイーン。2番人気に菊花賞を獲ったナイスネイチャ。3番人気に病み上がりのメジロライアン。その下にはGⅠの掲示板に食い込んだフジヤマケンザンやプレクラスニーが連なり、ダイタクヘリオスも9番人気ながら番狂わせを期待されている。

 

「順当に行けばメジロマックイーンとナイスネイチャのどちらかが抜け出す。ナイスネイチャがどこまでメジロマックイーンを牽制して、仕掛けるタイミングを間違えさせることができるか」

 

「順当に行けば、ね?」

 

 関係者観戦席にアイネスフウジンたちを残して、網は彼女の誘いに乗っていた。彼女は生憎、チーム《ミラ》の関係者には数えられないからだ。

 

「マルゼンスキー、貴女は番狂わせが起こると?」

 

「起こっても不思議じゃない、とは思ってるわ。アナタの目をもってしても分析しきれないものがあるから」

 

「えぇ、それは否定しませんよ。私は決して万能でも全能でもありませんから」

 

「レースに『絶対』はない。波乱尽くめの一年は波乱で終わるのが相応しいと思わない?」

 

 ふたりの会話をよそに、この年最後のレースの火蓋が切られた。

 

 先に駆け出したのはプレクラスニー。秋の天皇賞ではツインターボを追走し、負けて強いレースでハナ差の4着に食い込んだ。*3

 その後ろではメジロマックイーンを先頭に、フジヤマケンザン、オサイチジョージ、ダイタクヘリオスらが先行集団を形成する。

 好位から差し切りを狙うメジロライアンの後ろで、ナイスネイチャやオースミシャダイは中団後方、最後方にイブキマイカグラが控える。

 

(……なるほど、ナイスネイチャ……やりにくいですわね)

 

 メジロマックイーンにとって2500mは短いと思われがちだが、このくらいまでは適正な距離と言っていい。メジロマックイーンにはロングスパートがあるし、ステイヤーとしては加速力も十分にあるパワータイプだ。事実、2000mでも本職のツインターボにしっかりついていった。

 そんなメジロマックイーンの立ち上がりを牽制し、バ群に飲み込ませようとしたのがナイスネイチャだった。なんとか対処して先行集団の先頭につけたが、それからも牽制は続いている。

 

(うわ〜、マジつらたん!)

 

(んふふ、相変わらずやわぁ……こんくらいはやってもらわんとなぁ)

 

(こ、これが《八方睨み》……!)

 

 メジロマックイーンだけではない。先行も、差しも、追込も、それぞれ息を入れたいところ、位置を上げたいところ、内に入りたいところを的確に潰し、焦らし、塞いでくる。

 レース全てを睥睨し敵の強みを尽く封じる。強者を制する弱者の兵法、《八方睨み》に戦慄する強者たち。その仕掛け人であるナイスネイチャはどうかというと。

 

(やることが……やることが多い……!!)

 

 必死だった。普段よりも息が乱れ、思考も安定していない。その理由はとても簡単で、グランプリというレースの性質にあった。

 

(マークする相手が多すぎる……!! ヘリオス先輩は距離が長いからそこそこでいいかもしれないけど、マックイーンもマイカグラもライアン先輩も、なんならフジケンやプレちゃん先輩も怖い!)

 

 グランプリレース。当然だがそこに出てくるのは()()()()()()()()()()()ウマ娘たち。もちろん回避する者は回避するが、それでも出走するのは現役で上から数えたほうが早い実力者たちだ。

 誰を警戒すればいいかではない、誰も彼もが警戒対象。それを処理するナイスネイチャの脳みそは悲鳴をあげていた。

 

(2500m……あと1000……大丈夫、脚はまだ保つ、息も……今度こそメジロに一矢報いる……!)

 

(ネイちゃんがせせくってくるもんでえれぇくんだりぃけんど、まだ飛べるだら? わたしぃ!)

 

 プレクラスニーが前を見据える。きらびやかな芦毛を靡かせてまもなく第3コーナー。自らのスタミナを確認して、まだいけると歯を食いしばる。

 牽制でスタミナを削られながらも、フジヤマケンザンがメジロマックイーンの後ろを取りスリップストリームで脚を溜める。

 

(中山の直線は短い……ホープフルではそれでネイやんにやられてもうたし、4角で仕掛けたほうがええのやろか)

 

(やっぱり本調子とはいかないか……でもあたしだってメジロだ、ギリギリまで食い下がってやる!!)

 

 イブキマイカグラが3ヶ月弱ぶりの面白いレースに笑みを浮かべながら仕掛けどころを窺い、メジロライアンは病み上がりの体を押して上位を虎視眈々と狙う。

 

(ヤッバ!! もう息、ムリっしょ!! ちょい早かった! アッハ! 意地張って出んじゃなかったわ! でもまだ終わってないし!! 最後までネバギバが絶対!!)

 

(仕掛けどころ……国内最後の長距離の冠、メジロ家として取り逃したくない……時は来ました、参ります!)

 

 ダイタクヘリオスが口を目一杯に開けて息をしながら、最後まで諦めないと引き攣った笑みを浮かべる。マイラーとして明らかに長い距離でも脚を止めることはない。

 メジロマックイーンが自らの矜持を懸けてロングスパートを始める。フジヤマケンザンからスリップストリームが剥がれ、プレクラスニーへとジワジワ距離が縮まっている。

 

(クッソ!! 仕掛けどころ間違わないか!! こうなりゃ意地だ、全力叩き込んで……押さえる!!)

 

 そして、ナイスネイチャが躊躇わせの失敗を覚り、メジロマックイーンの背中を睨めつける。脚は十分に溜まっている。少し早いがと、最終コーナーよりかなり手前でスパートを掛けた。

 

(勝つのは……)

 

(自分だ!)

(わたしだ!!)

(うちや!)

(あたしだっ!)

(ウチしか勝たん!)

((わたくし)がっ!)

(アタシだぁ!!)

 

 

(手牌は上々、上家(カミチャ)下家(シモチャ)対面(トイメン)も怖くないところがない。それでも、負けっぱなし(ヤキトリ)じゃいられないのよ)

 

 伏兵。

 彼女もまた『芦毛の怪物』と同じ世代に生まれたウマ娘だった。しかしながら、怪物とは対照的に日陰を歩き続けてきた。

 体が弱く保健室通い、おまけに内気で臆病で勝負根性に欠けていた彼女は、あからさまにレースに向いていない、才能のないウマ娘だった。

 それでも、走り続けた。かつて間近で見た背中、神と称された戦士の背中を追って。菊を飾った師の想いを背負って。今この瞬間だって、表彰式に立つための正装なんかを着ているトレーナーを信じて。

 

(本日良バ場、芝の噛み合いは悪くない。でも逃げのプレクラスニーはそれほどコーナーが巧くない。今日はスピード乗ってるけど、逆に膨らむはず)

 

 自分と同じ世代に生まれた怪物が有を獲った時は、ただただ遠い世界の出来事に思えた。あそこに自分がいればなんてことさえ思えなかった。

 でも、あの凱旋門賞は違った。心が震えた。自分と同じ市井のウマ娘が、世界最高峰の舞台で勝った。これで燃えないウマ娘がいるか?

 

(普通は危ない最内(ウラスジ)だけど、ツッパするだけの価値がある)

 

 最近ずっと見てきた夢だ。赤五筒(アカウーピン)で役満を和了る夢。その矢先にやってきた5枠8番。後輩たちに「私センターのチケットを買ってね! 勝てなかったら私が代金持つから!」なんて大見得を切った。

 狙うは1着、それ以外は全部負け。レースも麻雀も同じだ。

 

(この5枠8番……五八筒(ウッパーピン)両面(リャンメン)待ち、無駄にはしない! 通らば!!)

 

 最内に切り込み、もう周りは見ない。目の前に垂れてきた逃げがいれば詰み(放銃)、そのまま共倒れになるしかない。

 それを覚悟で最終コーナー、曲がると同時に全力スパートをかける。その瞬間、嘘のように体が軽くなった。

 目の前には誰もいない。ただ一本、立直棒のような真っ直ぐな道ができていた。ここにすべてを懸ける。心臓が破れようが脚が折れようが筋が千切れようが、止まるつもりなんてない。

 そもそも、こんな大舞台に自分が立てていることが奇跡だ。この中で最も長くトゥインクルシリーズを走り続けてきて、それなのに僅かGⅢ1勝。自分より下の成績は今年クラシックに出た新人だけ。

 なら、これで壊れようが関係ない。ここが自分の最後の舞台()だ。せめて、GⅠウマ娘を育てたこともある、自分にはもったいないトレーナーに最後の恩を返したい。

 

(コース取り(テンパイ)はできた、勝ち筋(ツッパ)も通った、ならあとは勝つ(和了る)まで走り(ツモ切りし)続けるだけ!! それでも追いつけない実力()差なら、どんなエンディングでも受け入れてやるさ、でも……)

 

 今まで出したことのないスピードで最内をひた走る。全盛期(親番)はとうに過ぎてこれだけ脚を酷使すれば、これが引退(オーラス)になるだろう。だからせめて、最後くらいは。

 

(勝つんだ!! 私が!! この有記念で!!)

 

 イブキマイカグラも、メジロライアンも、ナイスネイチャも追いつけない。

 ダイタクヘリオスも、フジヤマケンザンも、プレクラスニーも追い抜いて。

 

「ぶっトべえええええぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 翻ったメジロマックイーンの芦毛を差し切って、ゴール板を踏み抜いた。

 果断を笑顔に変えて、舞い込んだ幸運を掴み取って、まさかの大金星をあげたダークブロワーに、観客は数瞬の沈黙の後、突沸した。

 

『ゴール!! ゴール!! 1着、ダイユウサクです!! コレはびっくりダイユウサク!! ダイユウサクです! 黄色いスカート、ダイユウサク! あのコスモドリームであっと言わせた、虎澤、虎澤トレーナーのダイユウサクです!!』

 

 バクバクと鳴る心臓の音さえかき消す観客の大歓声。ふと目をやった関係者観戦席で、妹とトレーナーが大袈裟なくらいに喜んでいるのを見ながら、ダイユウサクは仰向けに寝転んだ。

 まだ息が整わない。真っ青に澄んだ中山の空。日本ダービーでアイネスフウジンが見上げた空もこんなだったのかなどと思いに耽るダイユウサクの視界に、大丈夫かと心配そうな表情を浮かべた、才能ある後輩たちの顔が映った。

 メジロマックイーンの芦毛()と、ナイスネイチャの耳カバー(赤と緑)。それは彼女の大好きなあの役満と同じ色で。

 

「ふふっ、御無礼!」

 

 14番人気ダイユウサク、並み居る強豪をまくりきり、1バ身半の着差をつけて有を制覇。

 波乱の年のエンドマークは、大波乱で幕を閉じた。

*1
smile区分において2701m以上の超長距離を指す。

*2
本格化などの影響で、現時点でのライスシャワーは史実より少し強い程度であり、ここまでのトレーニングの結果がしっかりと出るのはまだ先になる。ただ、現時点でもスタミナ面は大きく成長している。

*3
史実では6馬身差ついていたが、マックイーンの降着で1着になっている。本作ではマックイーンの斜行がなかった影響で好走しつつも、最後にホワイトストーンに躱されたが、走り自体は悪くなかったため評価は史実より高い。




 最後のシーン(コレ)とか5枠8番(コレ)もずっと書きたかったネタ。

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