万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
府中ビッグレッドホテルロイヤルホール。
12月30日の夜、そこには多くのウマ娘レース関係者が集まり、最優秀ウマ娘の表彰式が行われようとしていた。*1
ある意味当然なことではあるが、チーム《ミラ》のメンバーもそこに招待されていた。チームの中からURA賞の受賞者が出たのだから当然と言える。なお、学生であるため礼装である学生服での出席だ。
ちなみに、チーム《ミラ》の中では網馬を除けばアイネスフウジンとツインターボ、ナイスネイチャが、以前にもこの舞台に立っている。アイネスフウジンが一昨年度のジュニア級最優秀賞と、昨年のクラシック級最優秀賞を受賞していたからである。
「いやぁ〜、いつ来ても慣れませんねぇここは……」
「……あっちはそうでもないみたいだけど」
若干声に震えが交ざっているナイスネイチャの呟きを拾ってナリタタイシンが視線で示した先には、テーブルに盛られたビュッフェをモリモリ食べているツインターボとライスシャワーの姿があった。
アイネスフウジンなどは一昨年の初参加時、結局最後まで躊躇して使うことはなかったとはいえタッパーを持参していたので彼女たちを笑うことはできない。
「やぁターボ。久しぶり」
「んぁ! ショーグン!」
ツインターボが走っていってビタッと張り付いたのは、GⅠ2勝とJpnⅠ2勝、今年度のダート走最優秀ウマ娘最有力候補である、地方からの移籍者、ハシルショウグンである。
ジャパンダートダービーで勝利した後に、フェブラリーステークスと帝王賞を勝利していたカミノクレッセをJBCクラシック、チャンピオンズカップ、東京大賞典で破り、その経歴と髪色から『砂のオグリキャップ』と呼ばれるまでになった。
「今年はターボの負けだけど来年は負けないぞ!」
「ははは、わたしはGⅠ級と言ってもふたつは国内格付けだし、引き分けでいいんじゃないかな」
「ダメー!」
そんなやり取りを横目に見ていると、遂に表彰式が始まる。お偉方の長ったらしい挨拶が終わると、その年のURA賞受賞者たちが呼ばれ、表彰が始まる。
ウマ娘の表彰部門はジュニア部門、クラシック部門、シニア部門各世代と、ダート部門、短距離部門*2、障害部門の6項目。
それらの条件にあった現役ウマ娘の中から、URA関係者、記者、有識者の投票によって選ばれる。そのため、成績だけでなく世間に与えた影響なども加味される。
それに加え、教え子の総合成績によって選定されるリーディングライダーが表彰される。リーディングトレーナーについては、複数の人数がおおよそ同点になりうるため、基本的に表彰は行われず、リーディングランキングが発表されるに留まる。
今年の受賞者は以下の通りと決まった。
最優秀ジュニアウマ娘、ミホノブルボン。
最優秀クラシックウマ娘、ツインターボ。
最優秀シニアウマ娘、アイネスフウジン。
最優秀短距離ウマ娘、ダイタクヘリオス。
最優秀ダートウマ娘、ハシルショウグン。
最優秀障害ウマ娘、シンボリクリエンス。
リーディングライダー、ノーザンテースト。
各々が表彰台の前に立ち、賞状を受け取る。そして、リーディングライダーを除く6部門のなかから選定された、年度代表ウマ娘の表彰となる。
多くの人間たちが見守るなか、半ば予想通りのウマ娘がそれに選ばれた。
「年度代表ウマ娘、アイネスフウジン」
「はい!」
呼ばれて再び表彰台へ上がるアイネスフウジンを見る目は決して好意的なものだけではない。鬱陶、嫉妬、蔑視、そういった視線も当然含まれている。
全員が全員、ただその実力を認めて褒め称えるだけであるわけがないのだ。人間やウマ娘が心を持つ生き物である限り、そこには必ず影がさしうる。
そして当然、ウマ娘レースは単なるスポーツだけの世界ではない。それは芸能であり、ビジネスであり、さらには政治にも絡みうる。直接的に干渉してくることはないかもしれないが、だからこそ蟠りは心の底に溜まりやすい。
逆に言えば、己を高めて先人たちの記録に挑み、好敵手たちとしのぎを削るという建前、あるいは本心を盾に、既得権益や自尊心、立場関係、そんなものを悪意なく奪われうるのがウマ娘レースの世界だ。
悪意をもって奪われたのならば恨める、糾弾できる、己は被害者なのだと。理不尽に奪われた、虐げられた者だと。しかしそこにあるのは、悪意など欠片もない純粋な研鑽と勝負、そして力の及ばなかった敗北者という烙印だけだ。
恨むということすら表沙汰にすることを赦されない。相手が悪行を為していない以上、それをしてしまえば糾弾され、侮蔑を受けるのは自分の方だ。
だからこそ人はその鬱憤の行き先を求める。
自分から多くのものを奪っていったのに、正当性を盾に英雄ヅラをするあいつを貶め、嘲笑い、溜飲を下げる。行動の真意を捻じ曲げ、存在しない悪意を植え付け、悪性という
表ではきれいな自分を取り繕いながら、裏では相手に落ち度がないことがわかっているからこそ表にできない心に溜まったヘドロを吐き出し、また取り繕わなければならない日々に戻る。
心というものは脆い。それを嫌というほどわかっているから、網馬はそんな現実逃避を否定しない。陰口程度いくらでも叩けばいい。
探すことをしなければ見つからないような溜まり場が、インターネットにはいくらでも転がっている。その程度で楽になるなら、同じ泥を背負う者を見つけて吐き出しあえばいい。
網馬が嫌うのは、そんな廃棄物をわざわざ掘り起こして世間様にばら撒き、したり顔で救世主を気取りながら信徒から巻き上げた金で懐を温める輩だ。
個人が法人に、あるいは匿名の集団に変わっただけでも、説得力が増したような錯覚に陥り勘違いする。自分の言い分には正当性があると。そして今度は表で同じことをやり始める。
そこまでいかなくとも、その数倍の人数が後ろ暗さを抱えながらも代弁者による間違った擁護を求める。「あなたは間違っていない」と言われる安堵を欲する。
そう言った連中によって需要が生まれると、それを食い物にするため、わざわざ人の迷惑にならないようにという良心の枷によって見えないところで
それによって手に入れることを欲するものの多くは金と立場である。まれに本気で陰謀論を暴いてやったと得意になる患者も現れるが、大抵はそういう輩だ。
アイネスフウジンのスピーチが終わり、トレーナーである網馬に水が向けられる。そうして登壇した網馬のスピーチが始まる。
「ご紹介に預かりました、最優秀クラシックウマ娘のツインターボと、最優秀シニアウマ娘兼年度代表ウマ娘のアイネスフウジンのトレーナーを務めている網馬怜と申します。この度は結構な賞をいただき光栄でございます」
無難な話し出しから始まった網馬のスピーチは、やや不穏な方向を横切る。
「ここに立つこととなった理由を私はやはり凱旋門賞であると認識しております。なにせアイネスフウジンは今年国内のGⅠを勝っていませんから……そのことにご不満がある方もいらっしゃるでしょうけども、私がそれに対してどう思ってるか申し上げれば批判の的になるであろうことは明確ですので少々避けさせていただきたく存じます」
会場からは笑いが起きる。嘲笑の類ではなく単純な失笑だと言っていいだろう。みな、自分の都合のいいようにそれを解釈したからだ。
「さて、私もアイネスフウジンも名門とはとても言えない市井の出身でありまして、そんなアイネスフウジンが凱旋門賞を獲ったことで、去年の日本ダービーのときにも起こりました寒門からの期待の声が増したわけですけども、そんな寒門の方々に私から言いたいことがございます」
と、ここで網馬は一度言葉を切る。テレビで中継を見ている寒門のウマ娘たちが、次の言葉を待つ。何を言ってくれるのかと。
しかし、網馬の発した言葉は、ある意味彼女たちの期待を裏切る言葉だった。
「皆さん、現実を見てください」
梯子を外すような冷徹な言葉に会場がザワつく。それを理解した上で、網馬は続けた。
「勘違いしていただきたくないのですが、決して夢を見るなと言っているわけではないのです。ただ、アイネスフウジンという前例だけを目標にして進めば、挫折したときの苦痛はそれこそ再起不能なまでに大きくなるでしょう。現実を確認して、自分にできることをひとつずつ飛ばさないでやってください。失敗してもやり直せるように少しずつ。アイネスフウジンはそれをやったからここに立っています」
甘くはないが実は確かにそこにある。網馬が伝えたいことはそれだった。
甘い希望に縋るな。辛い現実を積み重ねて夢に届かせるのだ。自分たちはただ寒門にとって都合のいい旗印になる気はない。ついてくるつもりならそれ相応に厳しい現実を歩く覚悟をしろ。足りていないものを自覚しろ。
「私からは以上です。名門名家の方々からお叱りを受けそうで怖いのですが、一家秘伝の技でもなし、心構えくらいは共有してもよいのではないかと思い、この機に話させていただきました」
網馬が一礼して壇上から降りると、真っ先に拍手を返したのはメジロ家の総帥だった。
続いて、ニシノ家、トウショウ家、シンボリ家が続き、拍手は会場中に広がった。
苦い顔をする者もいたが、それを表にはしない。
その後、しばらくの歓談を経て、表彰式は閉幕したのだった。
結局のところ何が言いたい回だったんだこれ?????
多分ゲタがまだ生きてられる理由とか。