万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい 作:仙託びゟ
ニシノフラワーの年齢設定は非公式です。
ニシノフラワーは8歳である。無論、中央のウマ娘トレーニングセンター学園は中高一貫校であり大学施設も併設されているが、初等部は存在していない。
しかし、ウマ娘は中等部級の学力と本格化の兆しがある場合、特例として跳び級が認められている。
名家ニシノ家に生まれた、高等部級の学力を持つ
ニシノフラワーという少女を一言で表すならば、十人中十人が"天才"と答えるだろう。それは大まかに言えば正しいがより突き詰めると間違いだ。彼女は天才であり、なおかつ秀才である。
無論、それがギフテッドのギフテッドたる所以なのだが、その強すぎる好奇心と研鑽思考は彼女の能力を飛躍的に高める反面、同年代との感覚に隔絶を生んだ。
クラスメイトは彼女のことを理解できず、彼女もまたクラスメイトのことを理解できない。ただでさえ名家の生まれという格差が存在する中で、それは決定的だった。
そして彼女は4年という歳月を飛び越えて中央トレセン学園の門を叩いた。日本最高峰の競争ウマ娘養成施設。年上ばかりのこの環境ならば、何か新しいものを見つけられると信じて。
「フラワーさん!!!! この学級委員長たる私と昼食を共に食べませんか!!!!?」
そして知った。知能指数と年齢に相関関係はない。
「バクシンオーさん、あんまり大きな声を出すと皆さんに迷惑ですよ?」
「ちょわっ! これは失礼! 私としたことが委員長みのないことを!」
依然としてサクラバクシンオーの声はデカいのだが、ニシノフラワーの顔に浮かんでいるのは慈愛だ。ニシノフラワーはこのトレセン学園で母性に目覚めていた。
ニシノフラワーとこの壊れたスピーカーことサクラバクシンオーは、
一昨年の選抜レースまでは、ここにミホノブルボンを加えた3人が短距離路線の覇権を争うとされていたのだが、そのミホノブルボンがまさかのクラシック路線を選び、あまつさえ朝日杯とホープフルステークスを連勝してしまったのだから、世の中何が起こるかわからないものである。
「そうです!! ここはブルボンさんも誘って短距離の良さを啓蒙し、スプリンターも目指すよう説得しましょう!!」
「へぇえ!? いや、む、無理だと思いますけど!? 何度断られたんですかバクシンオーさん!?」
2進数を用いても両手では足りない程度の回数である。しかし、そんなニシノフラワーの指摘に対してサクラバクシンオーはしたり顔で返す。
「フッフッフ、わかっておりますともフラワーさん!! このサクラバクシンオー同じ轍は踏みません!!」
「4桁踏んでるんですよ!
「よく思い出してくださいフラワーさん!! 私はスプリンターを目指すよう説得するのではありません、スプリンターも目指すよう説得するのです!!」
まず自分が断られた回数思い出してと言いかけて、反射的にその言葉の意味を考えるために閉口したニシノフラワーに思考時間を与える気などないと言わんばかりの立て板に水でサクラバクシンオーは続ける。
「クラシック三冠を目指すその意志はもちろん尊重すべきです!!! しかし、それは決して短距離を諦めるということにはなりえません!!! クラシック三冠をとりつつ、短距離のGⅠにも出ればいいのです!!!」
自信満々に言い放つサクラバクシンオーにニシノフラワーは言葉を詰まらせる。それがどれだけの苦難なのかわかってて言っているのかわからずに言っているのかは判断できないが、少なくともわかっているニシノフラワーからしてみれば、「不可能」と切って捨てることができない言葉だった。
『
「それでは私!!! 学級委員長みずからブルボンさんを誘うため、一度教室へ戻ります!!! いざ、バクシンバクシーン!!!」
「あっ、ちょ、バクシンオーさん!? 廊下は全力では走っちゃいけませんよー!?」
ニシノフラワーが教養が枷になるという初めての体験をしている間に、サクラバクシンオーはあっという間に廊下の向こうへ消えた。
無性に不安に駆られたニシノフラワーは、
定期的に勉強会の講師として高等部のウマ娘たちに勉強を教えているニシノフラワー(8)は、当然高等部にもかなりの数の知り合いがおり、「フラワーさんこんにちは〜」だの「またヘリオス?」だの「フラワー様ああ! 微分無理だよおおお! わかんないよおおお!」だのと声がかかる。
知り合いに挨拶を返し、
「がああああ」
サクラバクシンオーはミホノブルボンにアームロック*1をかけられていた。
「モノを食べる時は、誰にも邪魔されず自由で、なんというか、救われていなければダメなんです。独りで静かで豊かで……」
「折れます!!! 私の委員長アームが!!! ポッキリと折れてしまいます!!!!」
「ブルボンさん! それ以上いけない! 流石に!」
これが高等部である。
唐突に目の前に現れた、温厚なはずの友人が見せたバイオレンスな光景。それによって思考が完全に停止したニシノフラワーを救ったのは、彼女が磨き続けてきた教養だった。
「ブルボンさん!! ロボット三原則は!!?」
なんかズレてはいたが結果的にサクラバクシンオーの腕は助かった。
結論から言うと、ミホノブルボンを食事に誘うのは失敗した。
「食事中の談笑は咀嚼効率の低下を招きます。エネルギーの効率的な吸収のため、十分な咀嚼は重要なファクターであり、妨げられるべきではないと判断します。私は食事を完了させてから合流しますので、皆様は先に歓談を開始していてください」
ミホノブルボンの主張はもっともだった。ミホノブルボンは言及しなかったが、行儀作法の面でもあまりよろしくない。ニシノフラワーは古くは華族に連なるニシノ家の生まれであり、そのあたりは当然厳しく育てられていた。
「でも、それじゃあブルボンさんどこで食べるの?」
「西校舎一階の職員用ラバトリーは使用頻度が低く比較的清潔であり、単独での食事には向いています。職員用と銘打っていますが、生徒が使うことを禁止してはいないことも確認済みです」
「私、昼食時間は寮室に帰らないようにしますから寮室で食べてください!」
ごく普通に便所飯を受け入れる同室の住人に対するニシノフラワーの懇願は功を奏した。
そして現在、全員の食事が終わり食堂での談笑中、ミホノブルボンが持っていたストップウォッチへと話題が移った。
ミホノブルボンは磁気か電気かはわからないが、一般的な人間より強い何かを発生させる体質*2らしく、それが原因で精密機器類が壊れることもままある。もちろん、触れるものオールブレイクというわけではないが。というより、そんな存在が現代文明で生きていくのは無理だ。
そんなミホノブルボンがアナログ式でなくデジタル式のストップウォッチを持っていたのは、体内時計を鍛えるトレーニングに使っているということだった。
「文字盤を視認せずに、一定の秒数で停止させるというトレーニングを、タスクの余暇を使って実行しています」
「ブルボンさんの走法って、体内時計重要ですもんね」
「なるほど!!! でしたら折角ですし、誰が目標に近い秒数で止められるかで勝負をしませんか!!!?」
声はデカいがサクラバクシンオーの提案はまともなものだった。ストップウォッチ機能はウマホであればデフォルトでついているので、新たに何かを用意する必要もない。
そうして始まった30秒チャレンジ。5回勝負の結果、ミホノブルボンに軍配が上がった。5回全てで誤差0.03秒以内。流石にレース中の茹だった頭ではまた結果も変わってくるだろうが、平時であればほぼ絶対的な体内時計を持っていることが証明された。
次いでニシノフラワー。最初の一回こそ3秒ほどのズレが出たが、それ以降は1秒以内に収める学習能力の高さを見せつけた。
そしてサクラバクシンオーはある意味予想通りというか、平均して5秒前後早いタイミングで時計を止めていた。しかし、それでも彼女は最下位ではなかった。
「あはは……」
苦笑いをこぼすライスシャワー。ウマホに示された秒数は、47秒。17秒オーバーである。5回平均で13秒程度の遅れを記録したライスシャワーが、ぶっちぎりで最下位となった。
「なるほど!!! ライスさんはかなりのんびり屋さんなんですね!!!」
サクラバクシンオーの評価はまさにと言った感じだろう。事実、ライスシャワーの間の取り方とか、時間感覚は独特であったりする。
そんな折、ニシノフラワーはもしかしてと閃いたことを聞いてみる。
「えっと、皆さん細い通路とかで、前から歩いてきた人とお互いに道を譲り合って、左右に往復することってありませんか?」
「えぇもちろん!!! 学級委員長ですから道を譲るのは当然です!!!」
「私も経験したことはあります。数度試行したのち、タスク『待機』を実行しています」
この現象はおおよそ共感できるものではないだろうか。特に日本人はこういった経験は多いと思われる。
「へぇ〜、そんなことあるんだ……」
しかし、どうやらライスシャワーにはない経験だったようだ。曰く、いつの間にか前から来た人がどちらかに避けているので、自分は反対側を歩くとのこと。
「じゃあ、会話の切れ目に誰かと話し始めるタイミングが被ったことは?」
「はい。多くはありませんが存在します」
「私もたまにありますよ!!!」
ミホノブルボンはそもそも普段自己主張が多くはない。そのため、話し始めが被ることも少ないのだが、対するサクラバクシンオーは声がデカいため被ったときも相手の声が聞こえずに気がついていないだけである。
「えっと……ライスはないかな」
そしてやはり、ライスシャワーには心当たりがなかった。
ここに来て、ニシノフラワーはライスシャワーの不幸体質の原因に思い当たった。ライスシャワーは他者と比べて生きるリズムが著しく異なっているのだ。
ライスシャワーの遭遇する不幸のほとんどは、このリズムのズレが起因している。
電車の発着時刻はある程度乗客の利用時間にあわせて決められているし、信号機の変わるタイミングは交通状況などのデータを集約して決められている。そのデータから外れた値であるライスシャワーは自然と合わないタイミングに遭遇していた。
雨については、ライスシャワーの生活リズムが天気予報の放送タイミングとあわず、そのマイペースさからウマホなどで天気予報を確認することも、事前に傘を持って出かけることもしないことが原因だ。
商品の売り切れは言わずもがなである。
極度に精神の太いマイペースから来る、間の悪さ。それが一般人とのズレを生み、社会のリズムから微妙に外れることが彼女の不幸の根幹にあった。
当然、それに加えてマイナス思考も理由にあったのだろう。確証バイアスである。事実、周囲の不幸まで自分のせいにしていた黒歴史の頃に比べ、ライスシャワーは自身に降りかかる不運を気にしなくなってきている。
そして、その独自のリズムからくるマイペースさと図太さは、レースにおいては強い精神力という大きな武器になる。特に、自分のペースを貫くことを強く要求される長距離レースでは。
ライスシャワーの最も大きな武器は、豊富なスタミナではなくこの強靭なメンタルなのだ。
(それを見抜き、早期からステイヤーに振り切ったトレーニングを指示した鑑識眼と、クラシック期の前半から海外の長距離重賞レースに出走させることを躊躇わない決断力。チーム《ミラ》のトレーナー、網馬怜。得難い人材ですね……)
ニシノフラワーは、名家の生まれである。
たとえ、気の置けない友人たちとの団欒の最中であっても、それは決して変わることはない。自分の一挙手一投足が、家の未来に関わるのだから。
(利用するわけじゃないですけど。ただ、
純粋に友情を求める子供としてのニシノフラワーと、家の利のために打算を張り巡らせる令嬢としてのニシノフラワー。そのふたつは相反するものではない。
だから、悪意の坩堝である上流階級の世界は、ニシノフラワーには荷が勝ちすぎている。それでも、求められているからにはやるしかない。
「だーれだっ」
「ひゃあっ!?」
ニシノフラワーの視界が塞がれる。後ろからは聞き馴染みのある声。ニシノフラワーはもぞもぞと自分の目を覆っている手を外しながら声の主に応える。
「もー、こんなことするのスカイさんだけですよー」
「えー? そうかなぁ。そうでもないと思うんだけど〜」
セイウンスカイ。ニシノ家の分派、あくまで名家ではなく名門として技だけを継承する、セイウン組の門弟であり、ニシノフラワーの幼馴染みで、親姉妹を除けば最も関係の近い存在でもある。
しっかりものでありながらまだまだ子供の域を抜けないニシノフラワーと、一見不真面目に見えるがその実抜け目のないセイウンスカイとは、非常に噛み合ったコンビだった。
「いや〜、先輩方いつもフラワーがお世話になってまして、セイちゃんまことに感謝感激雨霰ですよ」
「もうっ、自己紹介くらいちゃんとしてよー」
「あはは……大丈夫、お世話になってるのは間違いなく全面的にライスたちだから……」
この学年でニシノフラワーにお世話になっていないウマ娘はそろそろ4割を切る、大人気講師(8)である。
「それで、なんのようなんですか? スカイさん」
「ん? 別になにもないよ〜。強いて言うなら耳飾りがちょっとナナメになってたから直してあげただけ」
そんな風におどけてから、セイウンスカイは「じゃね」と軽く手を振って去っていった。雲のように掴みどころのない、それこそライスシャワー並みにマイペースな少女であることは、彼女が細かな騒動に関わることが多いためか比較的有名である。
「……そろそろ昼休みも終了時間になります。午後からのトレーニングにむけて準備に入りますので、お先に失礼します」
「あ、そだね。それじゃあこの辺りで解散ってことで」
「そうですね!!! それでは私もリギルの集会へ行ってまいります!!! それではまたっ!!! バクシーン!!!」
各々が次の予定のため席を立ち、ニシノフラワーもそれに倣って食堂を出る。途中、彼女が立ち寄ったのはお手洗いであった。
食堂から一番近いトイレではなく、理事長室から近いトイレ。そこは来客が使うことが多いため、学園で唯一隙間がなく完全に区切られている個室があるトイレだった。
完全に密室になったことを確認して、ニシノフラワーは手の内にあったそれを取り出して広げた。
それは端的に言えば、紙の帯だった。1cm程度の幅がある、数十cmほどの帯に、ズラッと不規則に平仮名が並んでいる。紙の帯に対して横書きに見えるが、それだと文章にはなっていない。
先程、目を塞がれた際にセイウンスカイから受け取った『別になにもない』、つまり緊急性のない定時報告である。一見すれば、それは意味のない落書きにしか見えない。
(
ニシノフラワーはポシェットから数本の木の棒を取り出すとそのうちの一本、『3.03cm』と書かれた七角柱を選び、その角に紙の帯の端をあわせてくるくると、やや斜めになるように巻いていった。
(ちゅういたいしょうしゅうへん いまだうごきみせず。たいしょうほんにんにかげりなく とれえなあにもいろはみえず。かいごうにておやかたさま たいしょうほんにんにきけんなしとはんだん。こんごのこうりゅうけいぞくをきょか。ただしはいごかんけいはそのかぎりにあらず。ゆめゆめけいかいをおこたるべからず。あなたひとりのからだではあらぬゆえ)
その報告にニシノフラワーは小さく安堵する。とある友人から向けられていた感情に裏がないであろうと判断され、これから先の付き合いを許可されたからだ。
もちろん、友人となりうる者すべてがこのような審査を受けているわけではないが、その彼女の背後、すなわち関係者が少しばかりきな臭かったため、このような措置をとっていた。
安堵すると同時に、もしも彼女がその背後とやらに利用され、自分に牙を向けたとなったときのことを考える。名家の令嬢として時に冷酷になることも必要だが、きっとその時、自分は非情な判断をくだせないとニシノフラワーは自覚していた。
だから、できる努力は惜しまない。もしものその時に利用された彼女を救えるように、自分の手だけで足りないのなら、多くの人脈を繋いでみせる。
ニシノフラワーは報告書を処理するために棒から外そうとして、最後の一文をよくよく見てみる。
「貴女ひとりの体ではあらぬ故」、それは名家として、家の将来も背負わねばならないニシノフラワーへの戒めだろう。しかし、その文字には幾分かの躊躇が浮かんでいた。
自分より歳下の幼馴染みに、重い運命を背負わせる呪縛をかけるその言葉を書くことへの躊躇い。ニシノフラワーよりもずっと冷静で賢しい判断ができるあの幼馴染みが見せる心の揺らぎ。
それをしっかりと目に焼き付けて、少し微笑んだニシノフラワーは報告書を便器へと捨てて水を流す。水溶紙でできたそれはあっという間に溶けて流れて消えていった。
1月中旬、花咲く春はまだ遠く、雲の隙間の空は青い。
おぼろげながら浮かんできたんです。フラウンスという単語が。
正直
だから多分、かなーりぼやかして、チーム《ミラ》が関わる部分だけ描写することになると思います。あしからず。