万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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変わったもの、変わらないもの

 スタートは()()だった。

 "領域(ゾーン)"を発動したツインターボと全く同時、ゲートが開いたそのタイミングにトウカイテイオーはスタートを切った。天性の感覚、トウカイテイオーはやはり天才だ。

 ツインターボとトウカイテイオーとの距離がゆっくりと離れ、一度目の急坂でトウカイテイオーが失速し、差は5バ身から6バ身ほどになる。

 

(ターボに対して何を予想しても無駄だ。余裕を持って差し切れると思うな。ターボの限界なんてボクにはわからないんだ。あのトレーナーが何段の保険を仕込んでるのかなんて想像できない)

 

 皐月賞では事前の情報で撹乱され、日本ダービーでは危うく土壇場の覚醒にやられるところだった。そしてトウカイテイオーが出ていない秋の天皇賞では、完全な隠し玉でメジロマックイーンを封殺した。

 ツインターボを差そうと策を巡らせれば、それだけ袋小路に追い込まれる。相手は兵を指揮してこちらと読み合いをしてくる参謀ではない、こちらを一方的に罠へ追い込む策士だ。

 

(だから考えるのはどう差し切るかじゃない。ボクがこのレースで出せる最速タイムの出し方、どこまで速く走れるか……!!)

 

 ツインターボがレース(駆け引き)を拒否して駆けっこ(パワーゲーム)を望むなら、それを受け入れた上で押し通す。

 ツインターボのやり方に適応したトウカイテイオーに対して、ツインターボは変わらない。変われない。いつだって先頭に立って先頭を走り切る、そんなやり方をただひたすらに研ぎ続けてきた。少しでも最短距離を、少しでも最小の動きで、少しでも速く。

 仁川の第1、第2コーナーがやってくる。間が狭く繋がったヘアピンカーブ。坂こそないが、少しの膨らみが大きなロスに繋がる難所。

 

(思ったより引き離せてないっ!! テイオーも強くなってるんだ!! でもっ、まだまだ脚は軽いっ!! 息もできてるっ!! それに、ターボ曲がるのは得意だもん!!)

 

 ツインターボがコーナーに入る。目一杯体を傾けて、体が外へ膨れる前に内側へと蹴り込んで内ラチへ引きつける。最内の更に内、目の前を内ラチが通過していく限界まで。

 いつもやって来たことだ。狭い公園で走り回るには、小刻みに曲がることが必須だった。植えられた木や遊具すれすれを走ることもあった。必要だったから鍛えられた。

 トウカイテイオーはそれを驚愕しながらも冷静に眺める。コーナーで引き離されるのは予想していたし、それで掛かることはない。だけど、そんなコーナリングはトウカイテイオーにさえできないと確信した。

 

(だからって、独壇場にさせておくわけにはいかない!!)

 

 だから、トウカイテイオーは自分のやり方でコーナーを攻略する。柔軟な筋肉を活かし、緻密な体重移動をしながらも安定した体勢を保つ。ストライドの大きさによるコーナーの不利を埋めるように、そのストライドで通れる最短距離を見極める。

 それを後ろから追走するホワイトストーンは戦慄をおぼえていた。

 

(いやいやいやいや!! なによそれ!! そこまでやる!?)

 

 ツインターボとトウカイテイオーがほぼタイムアタックをしていることをホワイトストーンは知らない。だからこそ、自分の限界を引き出し続けるその走り方は自傷行為にさえ見えた。

 そして逆に、そんなふたりを淡々と、眈々と観察する目。レース前にこそ正攻法では勝てないと先行策を考えていたが、結局最も得意とする中団での勝負に決めた。

 

(無為な先行の奇策に出たところで彼女たちには届かない。かと言ってこのまま惰性で脚を溜めたところで彼女たちには及ばない)

 

 進退窮まる情況でイクノディクタスは分析する。レース中の酸欠の中でも脳へ酸素のリソースを回す能力はナイスネイチャに迫るであろうその思考回路で、勝利への道筋を()めつける。

 

(導き出される解はひとつ。限界ギリギリまで追い縋り、スパートと同時に私の限界を超えればいい)

 

 鉄の女は諦めない。自分の命を()け続けることにおいて、彼女の右に出る者はいないのだから。

 

 コーナーを抜けた向正面はほぼ平坦。完全な地力勝負での300m。スピードに乗りやすくはあるが、この先のコーナーは下り坂になっているため、ここでスピードを出しすぎるとコーナーでのブレーキが利かずオーバースピードで膨らむ。

 仁川の最終直線は中山ほど短くはないが決して長いとは言えず、最後の坂はトウカイテイオーにとっては不利に働くだろう。だから、この直線で少しでもタイムを縮めるのが理想だ。

 コーナー前での急減速にスタミナを削られずどこまで耐えられるか。そして、ツインターボにとってはどこまで距離を詰められずにこの直線をやり過ごせるか……ではない。

 中盤の距離の差なんてもはや関係ないことはツインターボだって理解できている。これはどちらが先にゴールできるかの勝負でしかなくなっているのだから。

 直線においてツインターボにできることは、ただひた走ることしかない。

 一方、トウカイテイオーはここで加速する。脚を多少使うことになるが、クラシックディスタンスをメインに戦うつもりであったトウカイテイオーにとって、ミドルディスタンスの2000mならむしろ脚は余る。

 

 そうやって縮められた距離は、コーナーによって再び開く。緩やかな下り坂になっている第3、第4コーナーをツインターボはやはり最短コースで駆け抜ける。

 しかし、それだけじゃない。

 

(ターボだって、強くなってるだけじゃない!! 巧くなってるんだ!!)

 

 コーナーに入ると同時に、ほんの少しだけ脚を緩める。ツインターボが、自らの意思で()()()()()

 前傾姿勢による重心先導の走り方で結果的に脚が溜まるそれではなく、息を入れることで能動的に脚を溜める技術を、ツインターボは覚えていた。

 それに気づいたトウカイテイオーは、笑った。

 

(なんで、こんなになるまで気付けなかったんだろう。ボクのライバルって、スゴいんだ……!!)

 

 トウカイテイオーも、神業と言える足さばきで緩やかなコーナーを下りながら脚を溜める。最終直線ですべてを出し尽くして、自分にとっての最速タイムをひねり出す。

 そして、トウカイテイオーがツインターボからわずかに遅れて最終直線へと突入したとき、その脳裏に過るものがあった。

 

(……あ……)

 

 それは、風化しかけていた記憶。相手を抜かすことではなく、自分のほうが速く走りゴールすることだけを考えて走っていた子供の頃の駆けっこ。

 いた。みんなが自分を褒めそやす中、普段は臆病なくせにいつまでも挑み続けて、結局一度も前を走らせずに勝ち続けてきた、鹿毛のウマ娘が。あの写真で肩を組んでいたあのウマ娘が。

 髪の毛の変色はウマ娘にとっては比較的珍しい現象で、個人差はあれどそのほとんどは、例えばメジロパーマーの写真に写っていたメジロアルダンのように、幼少期は一般的な毛色をしているケースが多い。

 トウカイテイオーは、皇帝との邂逅という強すぎる光に眩んで今の今まで思い出せずにいたその記憶の少女と、目の前のライバルをようやく重ねた。

 

『ゴールじゃなくてあたしにかつっていわせてやる!!』

 

『あたしを、このツインターボを見ろ』

 

『あたしを、見てるな』

 

 一度も見ることのなかった背中が、今はずっと目の前にある。

 

『いつかぜったい、おまえをぬかしてやる!!』

 

『トウカイテイオー。あたしはお前を追い抜く』

 

『今日こそ、追い抜く』

 

 なんてことない。追いかけていたのは自分だけじゃなかった。3度目なんかじゃない、本当の最初から、何度目かなんて覚えていないこの" n "度目の勝負まで、ツインターボはずっとトウカイテイオーを追いかけ続けてきた。

 トウカイテイオーが忘れていても、その姿を見ていなくても、ツインターボはずっと、トウカイテイオーを。

 涙が溢れそうになって、一瞬だけギュッと目を瞑り目の前を睨みつける。昔あのとき自分はなんて言っていた? 皇帝を前に膝をつく前の、正真正銘『無敵のトウカイテイオー様』は。

 

「『抜かせるもんか、お前なんかにこの(ボク)が』!!」

 

 瞬間、炎が燃え上がった。ストライドが更に大きくなる。脚のピッチがさらに上がる。地の果てまで駆け抜けるような、前へと向かう跳躍。

 ツインターボが息を止める。無理矢理末脚をひねり出す無呼吸運動。この日のために、制御できるまでに仕上げてきた。そのための、円弧での一息。

 

(私……だってッ!!)

 

 イクノディクタスが限界を優に超える。筋が千切れる音を聞きながら、骨の軋む音を聞きながら、目の前のふたりに追い縋る。

 痛みという体のアラームを振り切って、しかしそれでも届かない。今のふたりは、あまりにも()()()()()()()

 マッチレースだ、ふたりの駆けっこ(しょうぶ)なのだ。レースの神が「武士の情けだ、イクノディクタス」と叫んだ。

 

 ツインターボとトウカイテイオーの末脚は上がり続ける。先にゴールするのは、お前に勝つのは自分だと言わんばかりに。

 ふたりが並んだ。速さならばトウカイテイオーが有利だが、目の前には最後の急坂。ツインターボが坂に差し掛かって、ほとんど失速せずに登り始める。

 口は開いていないが、口の端からは泡が噴き出している。それでも前だけを見て、ただひたすらに脚を動かす。前を、ゴールだけを、まっすぐと見つめる視界の端に、陽炎が揺らめいた。

 

 それは、烈火の中だった。抜けるような青空ではない、身を焦がすような灼熱の中で、彼女は跳ぶのではなくただ駆ける。彼女は、トウカイテイオーはウマ娘なのだから。

 何度も聞いてきた『次こそは絶対に勝つ』がトウカイテイオーの頭の中を木霊する。そんな声に、トウカイテイオーはあの頃とは違う響きを以て答える。

 

「絶対は、ボクだ」

 

 トウカイテイオーの脚が斜面を捉える。なんてことはない、パワーが足りないのなら走り方で補えばいい。トウカイテイオーの十八番だ。

 柔軟な足首を存分に使い、登坂の最適解を導き出す。ツインターボがスタミナ不足を克服したように、トウカイテイオーも坂を攻略する。

 吹き上がる上昇気流のように加速したトウカイテイオーがツインターボの一歩前を行く。ツインターボの視界に映る、変わったのに変わらない背中。

 

 たった7人のレースとは思えないほどの歓声が降り注ぐ中、へろへろになってその場に座り込むツインターボ。

 勝ったけど違和感があった皐月賞と違う、負けたけど納得できたレース。悔しいけど、それだけじゃない結果。

 流れる汗を拭って息を整えるツインターボに、トウカイテイオーが手を差し伸べる。その顔には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいた。

 

「テイオー……次こそは、勝つ!!」

 

「『やれるものなら! ボクに勝てたら名前覚えてやるよっ』、だっけ?」

 

「!! っえへへへへへへははははははっ!!」

 

 トウカイテイオーから飛び出した懐かしい台詞に、ふたりの間に笑いが起きる。立ち上がったツインターボとトウカイテイオーが互いに手を掴んで、互いの健闘を称え合った。

 

「いやぁ……やっぱ別格っすわ、あのふたり……イクタスちゃん大丈夫? だいぶ無理してたっぽいけど」

 

「筋肉にいくらかダメージが残っていますが、骨に異常はなさそうです。この傷は、また成長を呼んでくれるでしょう」

 

 今回は届かなかったふたりを見ながら、イクノディクタスは心を燃やす。鋼は一度熱したら、なかなか冷めないのだ。主役はふたりだけではないのだと証明するために。

 

「ま、でも今はあの子達が主役っしょ。次どうかはわからんけどね」

 

「勝ちますよ、次こそ」

 

 歓声は鳴り止まない。戦いはまた、次の舞台へ。

 

 

 

「んじゃ、いっちょやってみますか、爆逃げ」




 皆さんの温かいコメントのお陰で今年一番の陽気になりました。コート着てったので普通に暑いです。手加減してください。
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