万魔殿の主〜胡散臭いトレーナーとウマ娘たちは日本を驚かせたい   作:仙託びゟ

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ない(無慈悲)

 アイネスフウジンがサブトレーナーとして、イギリスへ行った網の代わりにチーム《ミラ》の様々な管理を行い始めて1週間。とはいえ、元々やること自体はそう多くない。

 基礎的な部分は既に網が考えてマニュアルにまとめてあり、アイネスフウジンはそれを見ながら指示をするだけだ。

 マスコミへの対応は基本的に一度トレセン学園が預かり、学園から各個人やチームへ話が行くようになっている。直接取材を申し込んでくるような記者へは「学園を通してください」の一点張りでいいと網から指示されている。

 網の影響でアイネスフウジンもかなり図太く……もとい精神的に強くなっている。それでもやはりライスシャワーが一番のメンタル強者なのだが。

 

 そんなアイネスフウジンが目下考えていたのは、宝塚記念への出走登録についてだった。

 遠征中のライスシャワーやデビュー前のナリタタイシンは当然出走できないが、残りのメンバーであるアイネスフウジン自身とツインターボ、ナイスネイチャは人気投票の結果、出走登録をすれば優先される。

 なにせツインターボは人気投票1位、アイネスフウジンは2位であるし、ナイスネイチャも10位以内には入っている。

 ちなみに凱旋門賞をとったアイネスフウジンよりツインターボのほうが上の順位なのは、単純にファン層が広いからだ。キャラや走り方のインパクトから子供からお年寄り、カジュアル層などにもまんべんなく人気がある。

 普段あまりレースを見ないという人も、ツインターボのマスコット的な点を気に入って、人気投票を見かければとりあえずツインターボに入れておこうといった流れになりやすいのだ。

 そこを問われると、アイネスフウジンはウマ娘レースファンからの人気はあるが、カジュアル層には凱旋門賞のすごさが伝わりきらない点があった。

 

 そういうわけで、あとは本人たちの意思確認である。

 

「ターボちゃんは出るよね? 適正距離(2200m)だし」

 

「出る!!」

 

「ネイちゃんはどうするの?」

 

「うーん……それなんですけどねぇ……」

 

 ナイスネイチャが悩むのには理由がある。

 まずひとつ、そもそもナイスネイチャがグランプリレースを苦手としていること。他のGⅠに比べてマークを絞りづらく、対応しなければならない相手が多くなりがちなグランプリレースは、地力が低いナイスネイチャにとって鬼門だ。

 もうひとつ、今回は逃げ、しかも大逃げが多くなるだろうという点だ。

 

「えっと、アイネス先輩は出るんですよね?」

 

「うん、今年は勝つの!」

 

「っ……すよねぇ……」

 

 ツインターボとアイネスフウジンが確定。更におそらくメジロパーマーも出てくるだろう。

 結論から言えば、勝算が著しく低い。出るレースにこだわりがない点はチーム加入当時から変わりがないナイスネイチャにしてみれば、クラシック限定(一生に一度)ならともかくシニアレースに無理に出る必要はないのだ。

 それこそ、まだGⅡに出ても弱い者いじめだの雑魚狩りだの言われないであろうGⅠ2勝のうちにそちらを回るのがいいとさえ思っている。

 これが網相手であれば同意を貰えただろう。彼は苦手な相手を避け、得意分野で勝負することに理解がある人間であり、ウマ娘の希望を優先してくれる。

 しかし残念なことに網は現在渡英してお米の促成栽培に身をやつしている。そして目の前にいるのはサブトレーナーであるアイネスフウジン。

 網の個性にかき消されて目立たないが、アイネスフウジンは結構な体育会系であり、根性の人である。

 

「ネイちゃんもせっかく出られるんだから苦手を克服するいい機会だと思うの! ネイちゃんとの公式レースは初めてだから楽しみなの!」

 

「おー! 今度はネイチャも一緒か! ターボ負けないぞ!」

 

「あ、はは……ウッス、出ます……」

 

 そして迎合しがちなナイスネイチャは悪意なき押し付けと多数決に弱い傾向にあった。

 情に棹をさしたナイスネイチャが流されていくのを、ナリタタイシンは若干気の毒そうな顔で見ながら、自作のドライフルーツを頬張るのだった。

 

 

 

 と、いうのが、2週間ほど前の話。

 6月28日、阪神レース場。宝塚記念開催。

 行きの新幹線はツインターボの希望でグリーン車であった。アイネスフウジンとナイスネイチャは「飛行機をエコノミーからビジネスクラスにするよりは安い」と思ってしまったことに若干へこみ、ナリタタイシンは充電用コンセントの存在に気づいてそれ以降もグリーン車を使うようになる。

 

 閑話休題。ナイスネイチャは本日同じレースに出走するメンツを見渡して、乾いた笑いを溢した。

 勝負服で意気込んでいるアイネスフウジンとツインターボ。向こう側にはメジロパーマー。予想通りである。それはいい。

 しかし、メジロパーマーと親しげに話しているのは何を隠そう本家爆逃げダイタクヘリオス。有記念にも出ていたため、人気投票の上位で目にしたときにもしかしてとは思っていたが、2200mならワンチャンを狙いに来るか。

 そしてもうひとり、見逃せない、見逃してはいけない出走者。

 

「ライスシャワーさんのチームメイト、チーム《ミラ》の皆さんと認識。本日は胸を借りさせていただきます」

 

「……why、無敗の二冠ウマ娘?」

 

 そう、つい先月日本ダービーを制覇し、無敗の三冠ウマ娘に王手をかけたはずのミホノブルボンが、無敗という栄誉をかなぐり捨ててまさかのクラシックでの宝塚記念への出走であった。

 凱旋門賞ウマ娘をはじめとしたシニア級のGⅠウマ娘を相手に賭けるには少々大金が過ぎないだろうか。そんな気持ちを込めたナイスネイチャの呟きにミホノブルボンが答える。

 

「この宝塚記念における対戦経験は、残る一冠、菊花賞での戦いにおいて非常に重要であると判断し、出走を決定しました。私の目標はクラシック三冠の制覇であり、無敗であることは菊花賞での勝率を上げることより優先されるものではありません。優先順位を間違えては、ライスシャワーさんには勝てませんので」

 

 ミホノブルボンの"領域(ゾーン)"は過集中状態を作り出すが、前を走られると崩れやすいという弱点がある。ここまでは幸いそのような走法の相手とは当たらなかったが、ここから先で当たらないとは限らない。その相手が菊花賞に出てこないとも。

 だから、ミホノブルボンは無敗の三冠をとる権利を捨ててまで、宝塚記念への出走を決めたのだ。

 

「……そうすか……」

 

 そんなミホノブルボンのストイックな選択も、ナイスネイチャにしてみれば逆風でしかない。破滅逃げ3人、ハイペースな逃げ2人、普通のレースに普通の逃げが多くても3人程度であることを考えれば異常事態と言える。

 出バ表が発表された時、「めっちゃおもしろそう」「ズルい」「出たかった」とトウカイテイオーやイブキマイカグラからの愚痴メッセージに付き合っていたため、メンタルが結構削られていたこともあり、ナイスネイチャは切羽詰まっていた。

 

「……まぁ、一緒に頑張りましょうや」

 

「……ホワなんとか先輩……」

 

「ホワイトストーン!!」

 

 ホワイトストーンはナイスネイチャのことを、なんか他人と思えない後輩と認識していたが、初対面である。ホワイトストーンは距離の詰め方が下手だった。

 とはいえ、彼女も含め、集まったのは皆希代の優駿である。ひとり、またひとりとターフへ向かうのを見て、ナイスネイチャもそれを追う。

 

 URA史上最も異質な宝塚記念が幕を開けようとしていた。

 

 

 

「……す、救いはないのか……?」

 

 なお、最も絶望していたのは、このレースにおいて6人目の逃げウマ娘であり、唯一セオリー通りの逃げを得意とする、昨年のステイヤーズステークスをレコード勝ちした彼女、メイショウビトリアであった。




 ビトリアのセリフを調整。
 アニメの見た目から口調を調整しました。
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